宇都宮尚綱の死

2011年02月15日 00:00

809 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/02/14(月) 19:52:35 ID:kYVX1VUy
宇都宮尚綱の死

宇都宮尚綱は足利晴氏の要請を受けて領を接する那須高資を倒すべく兵を率いて出陣。1549年9月27日の朝、
下野の喜連川で両軍は激突した。
宇都宮軍3000人に対して那須軍が用意できた兵はわずか300人、兵力差は歴然としていた。
しかしながら那須軍の粘りは凄まじく、午前中は宇都宮軍と互角に渡り合うほどであったがやはり午後になると
徐々に劣勢となっていく。

那須軍を押し始めていた宇都宮軍であったが那須軍もただ小勢でやられに出て来たわけではない。
山越えで迂回していた那須七騎の一つ、伊王野資宗の軍勢がにわかに宇都宮本陣に肉薄していたのである。
勝利を目前にしてやや慢心があったのかもしれない。予期せぬ新手の登場に宇都宮本陣は混乱した。

尚綱「な、なんだと・・・ええい、落ち着け!」

怒涛の勢いで攻めかかる伊王野の軍勢を前に尚綱の判断も冷静さを欠いた。混乱を収めようと尚綱は
馬を進めてしまう。
そこで伊王野資宗は立派な身なりをした騎馬武者を視界に捉えた。

資宗「弥五郎よ!あの騎馬武者こそ宇都宮尚綱ぞ!矢を放て!」

伊王野家一の弓の名手、鮎ヶ瀬弥五郎の剛弓は一矢で尚綱の胸板を貫き、命を奪い去った。
そして弥五郎は敵陣に討ち入ると尚綱の首を取り、高らかに叫んだ。

弥五郎「宇都宮尚綱討ち取ったりー!那須勢、伊王野家家臣、鮎瀬弥五郎実光が討ち取ったりー!」

総大将が首を取られた宇都宮軍はもはや混乱どころではなく総崩れである。宇都宮軍は甚大な被害を出しながら
領国へと逃げ帰った。
こうして「喜連川女月坂の戦い」は那須高資の逆転大勝利で幕を下ろしたのであった。




810 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/02/14(月) 20:10:30 ID:+iHgqyzK
那須家は戦いになると本当に強いな。
家中はある一家のおかげでゴタゴタだが。

811 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/02/14(月) 20:40:00 ID:qyXH6lX6
那須家はいつも寡兵だな。糞田舎で人が集まらないのか。

地の利で最大限カバーしてる感じ。

812 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/02/14(月) 20:48:34 ID:nNVuD4M0
戦場で大将が討ち取られるなんてそんなにないのに
圧倒的兵力差があるときの大将討ち死に率高すぎだろ


上杉朝定
武田元繁
今川義元
陶晴賢
龍造寺隆信

油断大敵とはよくいったものだ


813 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/02/14(月) 20:49:36 ID:TiFls+sU
戦国時代を通して数少ない大名が野戦で討ち取られた事例
そのうち二件が下野で発生しているのはなぜか?

814 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/02/14(月) 20:51:20 ID:GP5eG0oW
神はまず天と地を作った。海と山を作った。
そして日本という国を作った。
那須地方には日本一有名な弓取りと、それなりにうつくしい風景と、
まあまあおいしい水と、日本一過ごしやすい(?)気候を作った。
天使がいった。
「神様、これではあまりに那須家が恵まれすぎています!」
神はこたえた。
「心配するな。獅子身中の虫を作った」

815 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/02/14(月) 21:02:17 ID:kYVX1VUy
>>813
もう一人は佐野宗綱だっけ?

816 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/02/14(月) 21:13:32 ID:q5nxc30x
>>812
大友親貞も忘れないであげてください

817 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/02/14(月) 21:38:29 ID:TiFls+sU
>>815
そうだね

818 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/02/14(月) 21:44:11 ID:ErCRo6fT
>>812
そのうち2人も元就が首getしてるのか
その運をもう少しTERUに残してやれよ・・・

819 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/02/14(月) 22:01:18 ID:bEx/fawy
>>818
そしたら毛利の勢力がいまいち拡大できなくて、
TERUに現実以上の苦労が舞い込んだんじゃなかろうか。

820 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/02/14(月) 22:07:33 ID:a6DCbeqi
隆元パパが長生きしてくれたら、財源ガッポガッポだったのにね・・・可哀そうなTERU
スポンサーサイト