すごい人、柴田小左右衛門

2011年03月06日 00:01

69 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/03/05(土) 18:29:35.70 ID:4ZMJgjIY
いい話というかすごい人がいたという話

高橋紹運配下で、岩屋城の前線砦である龍ヶ城に柴田小左右衛門という強弓で有名な武将がいた。
どれくらいの強弓だったかというと、天正14年9月に筑紫広門勢が攻めてきた時の言い伝えが残る。
敵情視察の命を受けた小左右衛門と他兵士6名が筑紫広門勢の方面に進んでいたら
ぱったり筑紫隊にでくわした。相手が小勢と見て筑紫隊が一斉に攻めかかったところ小左右衛門は
畦の上に登り狙いを定めて矢を放ち、その矢は一町余り(約109m)先を突進してきていた
筑紫方の将の鎧の胴版を射抜いたばかりか、さらに後ろにいた兵士4~5人を一斉に射抜いたという。
どこの『花の慶次』の登場人物だろうかと言わんばかり。

どんだけ~と思われるかもしれないが、ただの伝説では終わらない話がまた別に残っている。
小左右衛門は日々弓の鍛錬を行っていたのだが、それがなんと、2km以上先にある
たたみ二畳分の大きな石に向けて弓を引きまくっていたのだそうだ。この石は「的石」と呼ばれ
現在も筑紫野市阿志岐の田んぼの中に残っている。そりゃ一町程度の距離なら簡単に当てられる精度も
4~5人は貫通させる強さもあったのかもしれないと思わせてしまう。
http://maps.google.co.jp/maps?hl=ja&q=%E7%AD%91%E7%B4%AB%E9%87%8E%E5%B8%82%E3%80%80%E5%A4%A7%E7%9F%B3&lr=&ie=UTF8&hq=&hnear=%E7%A6%8F%E5%B2%A1%E7%9C%8C%E7%AD%91%E7%B4%AB%E9%87%8E%E5%B8%82%E5%A4%A7%E7%9F%B3&gl=jp&ll=33.509697,130.563154&spn=0.031632,0.054331&z=14&brcurrent=3,0x35419c91312ca24d:0x60946b760ad31433,0
龍ヶ城近くの大行事原というところ(リンク先地図のA地点あたり)から矢を射ていたそうだから
阿志岐(地図左下に阿志岐小が見える)まで2km・・・どころか3km近くあるかもしれない。
ちなみに龍ヶ城はA地点の右、笹尾山の左側、農業試験場の後方の山にあった。




72 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/03/05(土) 19:35:01.97 ID:WKcvJfcW
右半身だけが極度に肥大していたに違いないw
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