音羽城主・蒲生貞秀の一計

2011年05月15日 00:03

628 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/05/14(土) 17:35:30.82 ID:v2+QIi+5


文亀三年、近江国音羽城が管領細川政元の家臣沢倉某に包囲された。沢倉は城の水の手を切り、乾き攻めを行った。
そして籠城が長引くにつれ、音羽城に水がなくなり始めた。そこで音羽城主蒲生貞秀は一計を案じた。
このパターンに覚えがある人もいるだろうが、そう敵から見える位置に馬を並べ、桶に白米を入れ、それで
馬を洗う振りをさせたのである。
この作戦は軒並み失敗する事でこのスレでは有名だが、なんとこの時には見事成功した。
城に水が豊富にあると勘違いした沢倉は囲みを解いて兵を退かせた。そこを貞秀が打って出て、勝利を
収めたのである。

一応出展は常山紀談だから信憑性はアレだけどやたら逸話に出てくるこの作戦が成功してる珍しい話




629 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/05/14(土) 18:40:45.60 ID:29EnhITp
元ネタはどれなのかちょっと気になるよな

630 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/05/14(土) 19:40:30.48 ID:uK4nXgwp
>>629
おそらく中国の演技ものとか軍記からだと思うけど…
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