施薬院全宗が見た秀吉と光秀

2011年05月16日 00:00

187 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/05/15(日) 00:44:00.94 ID:PyWULXvg
医師の施薬院全宗は羽柴秀吉に従い、中国戦線の陣にあった。

さて天正10年(1582)6月、秀吉も本能寺の変を知る。
この時秀吉は施薬院に、急ぎ上京するよう命じた。しかし施薬院はこれを拒んだ

「私はここまで来た以上、京にも筑前様(秀吉)のお供をして上りたいのです」

秀吉はこれに
「いやいや、我が家のためでもあるのだ。必ず上京してほしい。道中の用心のため
これを与えよう」

と、槍一本を下され

「お手前は運のいい人である。今後天下を取るのは、わしか明智のどちらかとなるだろう。
丁度お主は我らとも明智とも関係が良い。これは家のためには好都合である。

さて、上京した上で明智に対面し、このように伝言してほしい。

私は長年合戦をしてきたが、大将と直の太刀打ちという物はしたことがない。
この度は三日の内にも畿内に上るつもりである。あなたは主人の敵であるから直の太刀打ちにて
勝負を決しよう。」

そのころ光秀は下鳥羽に陣していた。
施薬院はそこまで行き、光秀と対面して秀吉の伝言を伝えた。
光秀はこれを聞くと施薬院にこう、声をかけた

「そなたは運のいい人である。天下は秀吉かそれがしか、このどちらかが取るであろう。
お手前はその両人と関係が良いな」

と、先に秀吉が施薬院に言ったことと、全く同じことを光秀も言った。
そして施薬院が御前を下がろうとすると

「いや待たれよ、盃をさそう」

と盃を取り交わした上で

「洛中は未だ騒がしい。用心のためにこれを持たれよ。」

と、槍一本を贈った。これも秀吉のしたことと全く一緒であった。
ただ光秀の方は、施薬院と話をしている間に『もはや御出あれ!』と3度まで使いが来たそうである。


施薬院全宗が見た、山崎の合戦前の秀吉と光秀についての話である
(武功雑記)




190 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/05/15(日) 09:03:21.65 ID:I04aZ2GM
天下の名医は優遇されるなw

191 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/05/15(日) 10:25:10.87 ID:HAnVW8dL
>>190
ああ、鬼武蔵が「結婚するなら医者にしろ」って言ったのってそういう…

192 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/05/15(日) 11:04:26.43 ID:6YxTR5M/
伝言は?
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