官兵衛が荒木にために害せられても

2014年06月18日 19:58

535 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/06/17(火) 19:20:01.22 ID:r3XG2UXF
この頃摂津の荒木摂津守村重は、伊丹の有岡城に籠って織田信長に背いた。
信長は家臣を遣わして荒木を諭したが、同心せず、その上荒木から御着の小寺加賀守政職へ
使いを遣わし、『もとのように我々と一味して、毛利家に属すべきである』と薦めると、
小寺政職は元より荒木と一味していたので、志を変じて、再び毛利家に従うことにした。

これを知った黒田孝高(官兵衛)は小寺政職を諌めたものの同心せず、政職はこのように
官兵衛に言った

「私は今度信長に叛き毛利家に属そうと思うが、これは、元来我々は荒木と一味しており、
彼が俄に志を変じて、我々にもそれを薦めたためである。
であるので、荒木が元のように信長に心を属するのであれば、我々もまた信長に属すであろう。
貴殿は荒木ともとより知人である。なので先に荒木のもとに行って、いかにもして彼を諌め、
信長方に引き入れるべきであろう。」

官兵衛は荒木の心底はかりがたく、この事はどうかとも思ったが、信長への忠節でもあるので
辞するにも及ばず、10月下旬に伊丹へ行き、町から城内に使いを遣わし、事の由を伝えた所、
荒木は官兵衛を城内に招き入れ、力者を多数隠しおき、彼を捕らえて生け捕りにし、をのまま城中に
監禁した。

この事が姫路に聞こえると、黒田の一族家人等は、隠居の黒田職隆にこのように聞いた
「官兵衛殿は不慮に荒木のために捕らわれてしまいました。
御孫である松寿殿は、先年より信長公のもとに人質にまいらされています。

官兵衛殿をお助け、松寿殿をお捨てになって、毛利に従うのでしょうか?
それとも松寿殿をお助け、官兵衛殿をお捨てになって、いよいよ信長公に御従いになりますか?

御子と御孫の間、何れをお捨てになるのでしょうか!?」

職隆は答えた

「官兵衛を捨て、今までどおり信長公に従うべきである。

何故ならば、松寿は我々が決定して人質に参らせたものであり、信長公に従うのは我々の本意である。
一方、官兵衛は荒木を諌めるために行ったのを、理不尽に荒木が留め置いた。この荒木の不義は
是非に及ばぬ所である。
であれば、荒木に従って毛利家に与するのは我々の本意ではない。官兵衛が荒木にために害せられても、
不慮の天災に会ったと思うべきである。

どうして官兵衛を助けるために、我々自身の本意に背いて、敵に従うべきだろうか!」

この言葉に、一族家臣は皆尤もと感じ、その理に伏したのである。

(黒田家譜)

黒田家譜の、黒田官兵衛有岡城幽閉事件に関しての記事である。




536 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/06/17(火) 21:40:46.48 ID:wug+UzVu
悪い話かな?
どっちも大事!なんてマンガじゃあるまいし

537 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/06/17(火) 23:12:00.19 ID:I7ESIrrA
至極真っ当な正論です

538 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/06/17(火) 23:19:44.02 ID:ToqCBF+E
しごくじゃなくてすごくだろ、お前訛りが酷すぎ
これだからゆとりは困るわw

539 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/06/17(火) 23:31:40.07 ID:PuMmim47
【テレビ】大河ドラマ「軍師官兵衛」 第24話の視聴率17.5%・・・一時12%台まで低迷もここにきて“V字回復”
http://hayabusa3.2ch.net/test/read.cgi/mnewsplus/1402903469/

誰が見てるの?

540 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/06/17(火) 23:35:49.11 ID:cYQk51sZ
>>539
ノシ

541 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/06/18(水) 01:22:39.19 ID:MGO4Qu/k
これから仙石や大友、伊東との絡みが出てくるのかと思うと胸アツです

542 名前:人間七七四年[] 投稿日:2014/06/18(水) 01:24:55.51 ID:tk+00PyV
九州戦楽しみだな。

543 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/06/18(水) 01:56:59.32 ID:aLlJ7cpc
懸念だった城井氏にもどういう展開かはまだわからないけど触れるみたいだしな

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黒田職隆は天性慈愛深い性格であったので

2013年10月11日 19:40

291 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/10/10(木) 21:19:27.90 ID:8uiHBRsk
黒田職隆(黒田如水の父)の家は最初、甚だしく貧しかったが、後に大いに富裕となった。

そして職隆は天性慈愛深い性格であったので、人に恵み、天涯孤独の窮身で、飢えて寒さに苦しむ者たちを救うため、
大きな長屋を二つ作り、そこに飢えた人々を多く招き集め、また、通で非人に逢えば、
「汝、我が所に来い。扶養してやる。」
と言っていたため、飢人たちが多く集まり来た。
職隆は、これら一人ひとりに食を与え、衣服を着せ養い置かれた。

後に羽柴筑前守秀吉が姫路に居られた時、この黒田職隆が天性真実であるのを知り、その寵遇は
他と異なるものであった。元日の賀礼に麾下の諸士に杯を与えるときも、最初に職隆を召された。
そして黒田職隆が年老いて隠居しても、秀吉が出陣している間は、彼に城の留守を任せた。

これは黒田職隆のその人となりが忠信なる故であった。

(黒田家譜)

黒田如水のお父さんはこんなに聖人だった。というお話




292 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/10/10(木) 22:49:54.19 ID:YY6F599S
官兵衛も戦以外では人格者だったんだよな
長政はどうだったんだろ?

296 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/10/11(金) 08:09:54.69 ID:WJ58CzFO
>>291
来年の大河で恭平さんが演じるのか。関係ないね、とは言えないね。

姫路城譲渡し

2011年06月02日 00:00

姫路城譲渡し

黒田宗円 黒田如水 豊臣秀吉


850 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/06/01(水) 01:26:21.63 ID:PEX8+RtA
荒木村重の有岡城が陥落し、黒田官兵衛が救出された暫く後、天正8年(1580)のことである。

播磨一国をほぼ平定した羽柴秀吉は、黒田宗円(職隆)・官兵衛親子を呼び、
「播磨統治の居城はどこにすべきだろうか?そなたたちはこの播磨の案内者であり、
又老巧の者であるから、見解もあるだろう。どうかそれを話してもらいたい。」
と尋ねた。

これに黒田宗円申し上げる
「どこと言っても、私が今居る姫路ほどの城はありません。これを差し上げましょう。」

これに驚いたのが秀吉である。彼は宗円に
「せっかくの申し出であるが、重ね重ねの忠を成した者の居城を召し上げるなどというのは、
これは不義であり、且つ世間の、わしの弓箭に対する疑いともなるであろう。
黒田は今のままの領地に召し置き、わしは他所で自分の居城をさがすつもりだ。」

こう、断固として言った。ところが宗円、重ねて申し上げるに

「恐れながらそれは、御分別違いのように思います。
これが無理矢理に領地を召し上げられるのなら当然、それを非難する声も上がるでしょう。
しかし我ら親子が差し上げると言っている以上、羽柴様を頼もしからざる人物だと思う人間は
少しも存在しないはずです。

当国統治の首府とすべき場所として、姫路ほど条件の整っている所はこの播磨は言うまでもなく、
全国を見渡しても稀なほどです。

現在、この播磨は平和に治まっているように見えます。しかしこれは、隣国の大敵を抱え、何よりも
反織田勢力の残党たちが未だ国内に多く存在している中、羽柴様の諸軍勢が日夜警備に
心を砕かれ、野原に陣を張り諸卒に労をおかけしている故であります。
実に勿体無いことだと感じ入っております。

現在の姫路城は普請堅固ではございませんが、野陣よりは増しでしょう。
見苦しい城であることは、今さらどうにも出来ませんが、どうか直ぐに御移り下さい。
私は近くの民家へと引っ越します。」

と宗円言い捨て秀吉の返事も聞かず姫路へと帰ってしまった。
そしてすぐさま近所の民家に引越し、姫路城内は本丸以下畳の表替えをし大掃除、
家臣の家まで綺麗にするよう申し付けその上で

「本日は吉日です。今日中に姫路へ御移り下さい」

と秀吉に申し上げる。
これには秀吉、「下知は好し、御意は重し。それほどまでに言うのなら」と、不承不承ながらも
姫路へ移った、という。

この時秀吉は再び黒田親子を召し出し、官兵衛に完粟(シソウ)郡にて2万石を与えた。そして
「昔は完粟、今は我ら秘蔵の郡ぞ」と、冗談を言ったそうだ。
(どうも”シソウ”と”ヒゾウ”を掛けているらしい。実に下手くそなダジャレであるw)

姫路城が、秀吉の居城となった経緯である
(古郷物語)




851 名前:人間七七四年[] 投稿日:2011/06/01(水) 01:52:39.10 ID:C6sW4fyy
大きくなる前の姫路城の縄張り見てみたいんだけど
何てキーワードで見れるかなぁ?

852 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/06/01(水) 02:09:08.67 ID:P44p60nw
元々は御着城の支城だよな、姫路城

あった場所も今とはちょっと違う

853 名前:人間七七四年[] 投稿日:2011/06/01(水) 02:34:30.10 ID:KAUf+0LK
面白い逸話だ
「とろろが宗円」と言うのも可愛い
※修正済み

854 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/06/01(水) 09:24:45.42 ID:8zfSbsHV
となりの宗円

855 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/06/01(水) 10:23:14.73 ID:K0Y/he/+
城を献上したのにたいした領地もらえなかったな。
山内さんは一国ももらえたのに。

856 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/06/01(水) 10:32:25.75 ID:0i9s4Xag
>>855
同じ人から息子は50万石もらったじゃん

857 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/06/01(水) 10:37:10.46 ID:gBvj1K3V
後世の創作だろうけど、官兵衛パパ半端なく理屈っぽいなw

858 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/06/01(水) 14:41:55.45 ID:niU1yVvZ
これが後世の創作かどうかは知らないけど、
平和な時代に成立した話は理屈っぽくなる傾向があるな。
戦国真っ只中はもっとこう森武蔵チックだったのだろう。
だからこそ宗茂さんや信繁さんが光る

859 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/06/01(水) 17:14:05.80 ID:ET2u94bf
      ☆ チン     マチクタビレタ~
                        マチクタビレタ~
       ☆ チン  〃  ∧_∧   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
        ヽ ___\(\・∀・) < まだ黒田三代主役の大河ドラマまだ~?
            \_/⊂ ⊂_ )   \_____________
          / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ /|
       | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|  |
       |   揖保の糸  |/

860 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/06/01(水) 20:18:40.46 ID:2ZNncOXt
黒田重隆-職隆-孝高の三代ですね^^

861 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/06/01(水) 21:19:00.76 ID:Rblrydfk
>>860
やべえ、それ見なけりゃ普通にそう思ってたぜ、ってかそう言われて重隆から数えるのはこのスレじゃ
多数派かもしれんが
うん、4代にしてやってくれw奥州藤原なんて世間じゃ3代なのに5代やったんだから余裕だろ。

862 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/06/01(水) 21:21:53.17 ID:yjXr33MU
黒田騒動は需要ないかな

863 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/06/01(水) 21:25:24.08 ID:L41ouwqG
黒田家ならホームドラマ仕立てに出来そうだな

864 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/06/01(水) 21:58:47.73 ID:qB9+a0r1
親子四代でねちねち息子をいびるホームドラマか

865 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/06/01(水) 22:04:09.76 ID:EhSvnTHH
大涼院を主役にして、田淵が書きそう
大涼院から見たスイーツ黒田三代
誰かが書いていたけど、陰謀バカの舅と戦バカの旦那と本物のバカの息子に
翻弄されつつも、けなげな大涼院が強く行きぬくというやつ
主人公はAKBの誰かでいいよ

866 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/06/01(水) 22:06:28.83 ID:mPjYnBUo
>>861
奥州藤原氏なんてそんなのあったんだ・・・見たかったわw

867 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/06/01(水) 22:10:19.30 ID:EhSvnTHH
炎立つ・・か
[ 続きを読む ]

黒田宗円、官兵衛幽閉の報に

2011年06月01日 00:07

438 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/05/31(火) 01:39:21.67 ID:6ou96sCR
http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-5450.html の直前のお話。

天正6年(1578)黒田官兵衛が摂津有岡城にて荒木村重に捕らえられ幽閉される。

さて、この事が姫路の黒田家に伝わると、黒田家の家臣たちは皆すぐにこう思った。
「これは御着にある主君、小寺政職が荒木に頼んでそうさせたのだ!」と。
織田に付くか毛利に付くかで官兵衛と対立していた小寺政職は、黒田家の者からは
そのくらいのことはする、と確信されていた程、関係が悪化していたのである。
黒田家の重臣たちは官兵衛幽閉の一報を聞くやいなや官兵衛の父宗円のもとに集まり、

「官兵衛様の今回の事、最初からこうなるのではと予想はしておりました。
なので差し出たことを申すようですが、今更驚くことはありません。
そしてこの上は弔い合戦として、今回のことを主導したに違いない小寺の殿のある御着へ攻め寄せ、
彼を討ち果たすことがかなわねば討ち死にする、我らはそう決めました!」

と、口々にこう申し上げた。これを聞いた黒田宗円

「皆の者達がこのように忠義の心を持ってくれているのは、今に始まったことではないが
実に感じ入っている。だが、聞いてほしい

官兵衛が腹を切らされるか、あるいは牢の中で病死するような事態になれば、私はそれを
許さない。その時はこの法師頭に兜を被り、主君である小寺の殿に対し弔い合戦を仕掛け
そこで討死をし、本望を遂げる覚悟である。
その時は勿論、お主達にも協力を頼むつもりだ。

しかし官兵衛のことだが、小寺の殿が荒木に頼んでこれを生け捕りにしたこと、それは間違い
無いだろう。
だが荒木が少しでも弓箭の道を知っているなら、拙速にこれを殺すような真似はするまい。
分別があるのならむしろ、良き弓箭の種を求めたと喜び、身体に危害を加えること無く
丁重に礼遇して置くであろう。そんな所に、お前たちが言うように合戦をしたらどうなるか?

御着の城を取るのは簡単な事だ。だがそれをすれば、荒木は残念だと思いながらも、官兵衛を
殺すだろう。これを良く考え、とにかく冷静になるのだ。その時が来れば、私が指図をする。

見よ、先日まで能をさせていた能舞台も、この上はいらぬ物であり、舞台も桟敷も打ち壊した。
この城は今や、戦備を整えることだけに集中している。
もともと1年2年籠城しても、兵量・弾薬・その他の武具であって事欠かないこと、皆知っている
通りだ。御着にも常々我等と心通じている者たちがある。御着からここに参りたいという者たちは
皆連れて来るといい。どれほど入城させても兵量は豊富に備蓄してある。

これから御着より使いが来るだろう。それまでは一切表立った行動をしてはならない。
使いが帰れば、御着の官兵衛の屋敷に火をかけ、留守居の者たちを急ぎ引き取らせよ。
こんなこともあるだろうと思って、官兵衛の妻はあらかじめこちらに越させておいた。
気遣いすることは何も無いぞ!

御着の官兵衛屋敷を自焼させ、留守居の者たちを引き取れば、御着と姫路との境を封鎖し
通行する者たちは切り捨てよ。

…さてこれからは、若者共が面白がる展開になるぞ。」

そう、法師頭を打ち振りながらそれらの方策を指示したという
(古郷物語)




440 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/05/31(火) 16:28:27.40 ID:hpBciY+L
最後のセリフに一番古強者の匂いを感じるw

441 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/05/31(火) 19:03:19.29 ID:TL2rjv/D
渋いね。この親にしてあの子あり、か。

442 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/06/01(水) 10:33:05.80 ID:nQ8YvOqN
それに比べて若殿は

443 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/06/01(水) 10:37:50.31 ID:0i9s4Xag
50万石の大大名

444 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/06/01(水) 20:00:18.40 ID:8r1ZGZju
その時左手はなにをしていた!

445 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/06/01(水) 20:41:47.33 ID:lIUgISRI
ティッシュを広げて発射に備えてました

446 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/06/01(水) 21:46:56.00 ID:vpEgk3ra
>>444
それって創作なんだよな

447 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/06/01(水) 21:50:55.94 ID:qB9+a0r1
でも如水が関ケ原のとき大暴れしてたのは本当なんだろ?

黒田官兵衛幽閉事件と、官兵衛の父宗円

2011年05月29日 00:00

808 名前:1/2[sage] 投稿日:2011/05/28(土) 02:03:52.73 ID:/pbA5iPc
天正6年(1578)、織田信長に反旗を翻した荒木村重を説得するため有岡城に乗り込んだ黒田官兵衛孝高は
その場で捕らえられ有岡城に幽閉される。

さて、この報を聞いて喜んだのは、かねてから織田を離れ毛利に付きたいと考えれいたものの、
織田派の官兵衛の存在のためそれを果たせなかったその主君、小寺政職である。
政職はこの期に黒田家も取り込み毛利に寝返らんと、にわかに使者を姫路にある勘兵衛の父、
宗円に派遣した。ちなみにこの時の使者は、宗円と古くからの友人だったそうだ。

さて、使者は宗円に政職の言葉を伝える

『荒木が理不尽に官兵衛を捕らえた事は、議論の余地のない非道である!
その行為への恨みは言葉にすらし難い。
しかしこの事から推し量るに、官兵衛はかねてからこの小寺家が、信長に付くべしと唱えていた。
この事を有岡城の荒木が知り、官兵衛を人質に取れば小寺家も毛利方に付くに違いないと考え、
そのため彼を捕らえたのであろう。

そこで、この上は信長への一味を取りやめ、毛利方に付いて官兵衛の身柄を救いたいと、今は一途に
決心している。

勿論その場合、信長のもとに人質に出している松千代(後の長政)は見捨てることになってしまう、これが何より
難しいことなのは、私も良く解っている。が、松千代は未だあくまで少年に過ぎず、ここはしっかりと判断すべき
事だが、官兵衛は黒田家の家長であり、我が小寺家の重臣であり、才知才覚は人に超えており、まさに
将来にわたって小寺の守りとなるべき人物である。その官兵衛を助けることこそ、我々としては先ず第一に
考えなければならない。

その方(黒田家)とっては柱石と頼み、私に取っては兄弟にも代えがたいと考えている官兵衛を失っては、
我々の滅亡は疑いない!』

このように真に迫った内容に、黒田家のものも尤もだ、その通りだと思わぬ者はいなかったと言う。
が、宗円がこの使者に言うには

「上意の旨、謹んで承りました。官兵衛のことは是非を申し上げるまでもありません。
この上は尚以て前以上に、信長方にひしとお付きなされるべきです!
その事を殿が同意していただいたなら、私は老体であり不似合いでしょうが、力のかぎり御奉公を勤め、
小寺のお家が成り立つよう、あらゆる手立てを成すつもりです。
しかし中国方に付こうと思い召されるのなら、この愚老はお暇を頂くより他ございません!」

これを聞いて使者、宗円を説得する
「あなたのような功者に意見など似合わないことだろうが、言わないのもどうかと思うので、あえて言わせてもらう。
宗円老の御存念は間違っている。
信長方に付くというのは、官兵衛殿を殺すという事と同じだ。
官兵衛ほどの家臣を犬死させては、たとえそれが誤りのない判断であっても、たのもしからざる主君であると、
殿に悪名が付くだろう。
貴老も、人に超えた能力を持ち公私において活躍されている長男を捨てて、一体いつまでの齢を保つ
つもりでいるのかと、諸人に笑われることだろう。
今まで世間に対し何の傷も付いていないあなたのご身体を、この事で捨てるのか!?

たとえ官兵衛殿を捨てられ小寺の家が末永く栄えたとしても、それは不義の富貴である。
いや!官兵衛を捨てれば小寺の家の滅亡は疑いない!これらは全て、貴老の判断次第である!

…しかし一大事の事柄であるから、早合点すべきことでもあるまい。繰り返し繰り返しご思案された上で、
ご返答を頂きたい。今日でなくてもかまわないのだ。」

この、使者の情理を尽くした言葉に宗円、重ねて


809 名前:2/2[sage] 投稿日:2011/05/28(土) 02:04:24.16 ID:/pbA5iPc
「あなたのご助言には感謝する。心からの言葉、感じ入り申した。
確かに仰るとおり、殿様の御為には一体どうなるかわからぬ。今の小寺家が官兵衛を失うということは、
盲目の者が杖を無くし、闇夜で灯火の消えることよりも、なお心許なき事態であろう。

殿は官兵衛の成人してからの忠孝を高く評価していただき、小寺の御苗字も下され、それがしは姫路に在宅仕り
一方の押さえをいたし、官兵衛は、若年ではあるが万事功の入りたる者なればとて、五着へ召し置かれお家の押さえを
申し付けられた。そして、君臣共に神仏の冥加が強かったのであろう、小寺のお家は次第に強く、逞しく
なった。そのお陰を以てこの老体も、一身の安楽この上あるまじと思うほどであった。それも偏に、官兵衛の
忠孝のおかげである。

私はそれを捨てろと言っているのだ!それにはこう云う仔細がある。

先ず、松千代を信長に人質に出したことは、殿様、私、官兵衛の3人で相談し、小寺家の証人として出したのだ。
そして今度官兵衛が有岡の城に幽閉されたのは、荒木の突然の狼藉に過ぎない。
どうして熟慮の末出した証人たる松千代を捨てて、突然の狼藉で捕らえられた者を救けねばならないのか!?
熟慮の人質を捨てないことは、順であり道であり義である。これを捨てるのは、逆であり無道であり不義である。
この道を弁えることが人倫、それを知らないことは、木石とも畜類とも言って、取るに足りないことだ。

弓箭をあえて逆に取ることは無い。松千代を殺すことは、逆だ。逆の行いが仮に成功したとしても、
それは長続きしないし。その上不義、非礼、表裏者の悪名を得るだろう。
順にして物事が成り立たないということも、世の中にはある。しかしそれは侍の本意には背かないし、もし成り立てば、
それは長久のものとなる。もし順義正しく守っても、成り行きが悪くなれば、それは夏に雪が降ったようなものだと
覚悟を定めれば後悔することは無い。大体において、大身小身、下郎に到るまで物事、大小にかかわらず
仮初のことにも、順逆・義不義の判断は事に応じて有るべきなのだ!

返す返すも残念なのは、私は若年の頃当家に仕えてより、これほどまでに取り立てられた大殿様の御恩を、
私のこの判断で捨ててしまうこと。そして私も御奉公し、殿と共に辛苦をしのぎ、小寺の領地を倍あまりにまで広げたものの
今回の信長方と毛利方との争いの渦中に入り、その光忠を虚しくし、頼み切った一子を失うこと。これが長生の
業というものなのだろう。

この上はこの法師首を引き抜かれ骨を磨り潰されるような事になろうと、殿が毛利に一味するという御覚悟ならば、
お暇を申し受ける所存である!」
そう、涙を流して訴えた。

使者はこれをおかしな事だと思い、再び意見をしようとした。が、それはしなかった。
一つには、理屈では宗円には勝てないと思ったこと。そしてもう一つは、この使者と宗円は、先にも言ったように
若い頃からの友人であり、宗円が普段は柔和で人の意見に流されるように見えるが、大事において決断すれば、
どんな意見であっても聞き入れない覚悟を持った人物であることを、よく知っていたからである。
そして

「あら恐しの行く末や 足元の明るきうちに帰りたるがまし(帰り道が怖いので、未だ日の明るいうちに帰りたいねえ)」

と、カラカラと笑った。これに宗円
「もはや何彼と気遣いすることはない。五着の殿にはこう語れ。宗円は『一寸の虫にも五分の魂がある』と言ったと。
隠し事は却ってよく知られるものだ、若い者たちよ、以後よく心得よ、そう伝言したまえ。」

すると使者
「いやいや、せっかくの麝香に糞をまぜるような、そんな伝言はしたくもないよ。」と立ち上がり

「大たわけめ!さらば!さらば!これも命令である!」
と叫んで帰っていった、という。

以上、黒田官兵衛幽閉事件直後の、官兵衛の父宗円と小寺家の使いとの話の内容である。
(古郷物語)