まぎれもなく雪舟の作であったのだ

2016年07月22日 21:14

雪舟   
904 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/07/21(木) 23:09:29.91 ID:6X1DPJep
 雪舟等楊は室町から戦国にかけて活躍した画家であり、明国で修業した後に帰国してからは
日本各地を旅して多くの水墨画を残した。
 明応8年(1499年)の頃の雪舟は山口の大内氏に仕えて、明国から購入した絵画の鑑定をするようになった
 その年の夏、雪舟は主君の大内義興に呼び出されて一幅の山水画を見せられたが、その絵を見た雪舟
なぜか何も答えなかった。
「この見事な絵は先日、明国から大金を支払って取り寄せたものだが落款(作者の署名、印)が無いので、
誰が描いたか分からぬ。そなたはこの絵をどう見る?」
 大内義興はそう言って意見を求めると、雪舟は口を開いた。
「おそれながら、この絵は私が明国にいたころに描いたものでございます。自分の絵について
とやかく意見を申すのはひかえとう存じます」
 これを聞いた義興は激怒して、「落款がないからといって、自分の絵などと言うとは不届き者め!
もうよい、さがれ!」と叱りつけた。
 それから、雪舟は石見の国へ旅立ったまま山口へ戻ることはなかった。
 ところが、その後になってこの絵の裏側を剥がしてみたら、雪舟の僧名の「等楊」の字が見つかった。
この山水画はまぎれもなく雪舟の作であったのだ。



905 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/07/21(木) 23:14:53.21 ID:NvgDwZXH
昔日本の偉人を一ページずつ漫画にした学習漫画があって
雪舟の話がこれだったのを思い出した

906 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/07/21(木) 23:51:26.85 ID:/tuRtWGf
雪舟はアーッじゃなかったからか?

907 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/07/22(金) 00:29:53.71 ID:VyMMLeHY
>>906
息子と勘違いしてる?

908 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/07/22(金) 01:29:56.82 ID:+EHNhqgx
なんで剥がしてみようと思ったんだろ

909 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/07/22(金) 05:55:13.27 ID:RlPreye2
相剥ぎしようとしたんだろ

910 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/07/22(金) 07:12:34.27 ID:i21XoMp7
>>905
涙で描いたネズミが縄切った話だろ

911 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/07/22(金) 15:18:09.83 ID:8ZNSG2+n
>>908
仕立て直しでしょ
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雪舟渡唐ノ富士云云

2016年07月08日 16:33

雪舟   
918 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/07/08(金) 12:28:22.81 ID:/8qXeXoP
雪舟渡唐ノ富士云云

 谷文晃の話に以下のものがあった。
 今細川家[隈本]秘蔵の雪舟渡唐富士の幅は妙心寺の什物である。
三斎の時、妙心寺の住職に求めてそれを借りて、江戸に至り茶席に掛けて愛賞していた。
しかし、表装が粗末であったので佐久間将監に頼んで、趣向を凝らした表装に替えられた。
帰国の時に上方へ持って行かれ。
しばらく国元まで借りたいといって持ち去り、また翌年の参勤の時もそのように断って江戸に持参され、
年月を送る内にいつの日か細川家の物となったという。

 その図は、清見寺の山を前に描いたものである。雪舟が唐国にいて、うっかり寺山列樹の間に塔を描いてしまった。
帰って清見寺を過ぎると塔は無かった。雪舟は嘆いて、
「私は唐人を欺く意がはなかった。ふと描くいてしまったが、今見ればでたらめになってしまった。」
と寺から十八町ほど隔てた所に、新しく塔を建立した。
その方角だとちょうど描いた場所になったという。
 しかし寺の境内ではない所の塔であれば、守る者は誰もいなく、遂に乞食の住家となった。
そして、或る日失火して灰燼となった。
天明中のことであったという。古人の物に厚いこと感ずるに余りある。
 以上は林述斎の話である。

この話で思い出したことに、先年享和壬戌夏、狩野養川院の粉本を見たことがある。
その時に模写しておいた。取り出して見れば、雪舟渡唐富士と記してあり、内に、
此本紙細川越中守殿所持と記してあった。
(甲子夜話続編)

http://www.eiseibunko.com/collection/chusei3.html

どうやらこの絵の逸話だそうで



応永の頃、一人の若い坊主が寺に預けられていた

2011年06月14日 00:01

雪舟   
135 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/06/13(月) 19:59:41.75 ID:XoGIYf9D

では有名な文化人の話で。

応永の頃、一人の若い坊主が寺に預けられていた。
お寺での生活といえばお経を読んだり、雑用をこなしたりするものなのだろうが、彼はいつも絵ばかり描いて、
勉強をしなかった。
これを見かねた和尚さん、彼を柱に縛り付け、懲らしめとした。

時間も経ってもうよかろうと思って様子を見に行くと、彼の足もとに一匹のねずみがいた。
和尚さん、これを追い払おうとするが、ねずみは動く様子を見せない。

よく見ると、ねずみは絵だったのだ。
両手を使えない少年は、涙を流し、足を使って絵をかいていたのだった。
しかも、その出来は一見生きているように見えるほど素晴らしいものであった。

これに感心した和尚さんはついに彼に絵を描くことを許す。


水墨画の泰斗、雪舟の若いころの話である。




136 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/06/13(月) 20:17:17.46 ID:NeD+cXI9

>>135
雪舟も室町期のイメージが大だけど、戦国時代にかぶるんだよなぁ。

137 名前:135[sage] 投稿日:2011/06/13(月) 20:22:30.77 ID:XoGIYf9D
>>136
おっしゃる通り迷ったんだけど、応仁の乱の頃くらいからはOKな流れのようだし、最晩年は1500年を過ぎてるから
許容範囲かと思って書きました。