牧野氏家臣・渡辺太郎左衛門、使いの帰路にて

2011年07月09日 23:29

530 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/07/09(土) 09:48:36.34 ID:QiBUq4G7
三河牛久保の地に、牧野氏の家臣で渡辺太郎左衛門という侍がいた。
彼は毎日近所のお地蔵さまにお参りをして、とても神心深い人であった。、
村の世話を進んでしてくれるし、親切な人だったので村民からとても頼りにされていた。

ある日、太郎左衛門は殿様からの命令により、部下を連れて隣の八幡村へ出かけた。
しかし、なかなか話し合いが纏まらず、いざ帰ろうとした時には既に日が暮れかけていた。

「さて、用事も済んだ。帰ると致そう。」

馬に乗った太郎左衛門の後ろに家来が続き、急ぎ足で駆けながらついに本野が原へ差し掛かった。
そこは人の背ほどある草が生い茂り、木が疎らに生えており家は一軒も見当たらず、
牛久保へ帰るには一番寂しく気味の悪い道であった。

「もう一息じゃ。皆の者、足元に気をつけよ。」

太郎左衛門が、そう声をかけた時だった。
突然辺りの草むらから野武士が二十人ほどワラワラと現れ、道を塞いでしまった。

531 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/07/09(土) 09:51:42.40 ID:QiBUq4G7
「ぐへへ。おい、てめーら。命が欲しかったら持ち物全て出せや!」

頭と思われる男が大声で言った。
しかし太郎左衛門は殿様のお使いの帰りであり、騒ぎを起こしたくなかった。

「何者だ。わしは、牛久保の太郎左衛門じゃ。名を名乗れ。」

太郎左衛門は落ち着いた様子で野武士たちに尋ねた。しかし、

「うるせえ、ずべこべ抜かすな。
貴様らの持ち物は俺様のモノなんだよ!お前らやっちまえ!」

と全く取り合う様子もなく、太郎左衛門らは取り囲まれてしまった。

「くっ、こうなっては仕方ない。南無地蔵大菩薩、私共をお守下され!
これよりは侍の意地にかけて戦うのみよ!」
太郎左衛門は馬を飛び降り松の木を背に刀を構え野武士共を相手に、
南無地蔵大菩薩を一心に唱えながら戦った。だが、相手は大勢である。

次々に攻め込まれ、もうこれまでかと思われた時である。

突然、数人の若侍が風のように現れた。

532 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/07/09(土) 09:53:45.91 ID:QiBUq4G7
「どうやらお困りのようですな。助太刀いたす。」
言うが早いか、若侍はいきなり野武士どもに斬りかかって行った。

「おお、これはかたじけない。」
片手に杖を持った侍が太郎左衛門を守る。すると、一人の野武士が太郎左衛門に斬りかかって来た。

「危ない!」
野武士の剣筋は、太郎左衛門を庇った侍の肩にざっくりと入った。

「大丈夫か。」
「肩をやられたが、これしきの傷大した事無いよ。」

若侍は気にする様子も無く、次々と野武士を倒していった。

ついに野武士の頭を松の木に追い詰め、杖で足を打ち動けなくさせると
手下たちは、もうこれまでと思ったのか、頭を抱えて逃げて行った。

「貴殿らの助太刀によって命を拾った。先程の傷は…」

太郎左衛門が振り向いた時には、若侍たちの姿はなくなっていた。

次の日の朝早く、村人たちが太郎左衛門の家に駆け込んで来た。
「大変でございます。お地蔵様が切られてござる。肩から胸にかけて血がべっとりと付いています。」
話を聞いて太郎左衛門は涙を流した。

「そうか、あの侍はお地蔵様だったのか。私の身代わりになって助けて下さったようだ、
有難いことだ。南無地蔵大菩薩、南無地蔵大菩薩・・・・。」

人々はそれ以来、肩から胸にかけて傷のある
このお地蔵様を「けさがけ地蔵」(みがわり地蔵)と呼ぶようになった。 


地元の伝説・民話集を纏めたサイトにあった話。ソースのソースは「牛窪物語」です。




533 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/07/09(土) 10:23:23.09 ID:VxV2s3wN
肩から胸って言うとかなり深いよね。
戦国時代の刀って、野武士レベルの持ち物でもそこまで切れるのか。

535 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/07/09(土) 12:29:42.86 ID:HVPaoWbY
かさがけ地蔵ならぬ、けさがけ地蔵すかw

536 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/07/09(土) 12:38:33.28 ID:/GVclcJg
こういう昔話みたいなやついいな

537 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/07/09(土) 13:49:53.69 ID:Kj8zPXyA
いや昔話そのものだろw

538 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/07/09(土) 15:15:11.16 ID:Jykh43aO
いい話だね。ほのぼの。

539 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/07/09(土) 15:43:07.40 ID:pbGFzFMM
恩返しといえば徒然草に
毎日大根を二本食っている男がいた。
ある時賊に襲われそうになったところ、二人の武士がやってきて
賊を追っ払ってくれた。
名を聞こうとすると
「われわれは日ごろあなたが食べてくださっている大根です」
と言って去った、という話が
食われる側の大根でさえこれなら、地蔵様が助けないわけがない

540 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/07/09(土) 15:58:58.48 ID:cAGeeCAj
名もなき野武士ってだいたいこんな役回りだな
こういうのがあの時代にどれだけ跋扈していたのか知らないけど、怖いわ

541 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/07/09(土) 16:11:43.20 ID:N6vUyEva
ヒャッハー

542 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/07/09(土) 16:38:57.38 ID:Ia/wwm8t
この場合大根は主食なのだろうか

543 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/07/09(土) 17:11:06.15 ID:/GVclcJg
こういう民話的なやつ図書館で探したけど、時代不詳かせいぜい江戸時代の話ばっかりだった

544 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/07/09(土) 18:06:36.65 ID:riBeJ5m+
この時代に大根はあったんだなにんじんが確かまだ無かったと思ったけど

545 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/07/09(土) 18:23:54.98 ID:oCfSSAA9
>>540
寺や神社が武装し始めたのは
野武士が山賊になって神聖な場所だろうがヒャッハーしてたのが原因の一端でもあるらしい

546 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/07/09(土) 19:13:11.60 ID:nrp2sYmf
>>542
なかなか毎日2本は食えないよねw

547 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/07/09(土) 19:34:02.56 ID:RKMGWFKI
>>546
二きれだったと思う

548 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/07/09(土) 19:34:31.32 ID:oT76ung6
>>542
大根はカロリー低いから主食にはならないと思います

549 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/07/09(土) 19:35:58.65 ID:fWaMIQ72
その話の頃の大根は今の蕪くらいの大きさだったとか。

550 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/07/10(日) 09:07:09.75 ID:HkdM0/oX
その頃はいまの大根ほど大きくなかったのと
おろして米とか麦に混ぜて食うとか
練って餅みたいにして食うんだと思う
それだと、二本なんて余裕

551 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/07/10(日) 09:22:31.19 ID:eHOPkbqX
大根なら漬け物にしてご飯にのせて食うだろ、桜飯とかウマー

552 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/07/10(日) 10:01:13.15 ID:tbauvVkf
ハマダイコン採ってきて畑で育てたら
きっと当時のダイコンとほぼ同じものが出来るんだろうなあ

553 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/07/10(日) 10:17:28.28 ID:Tu83M5wE
昔、朝のテレビ小説で、おしんはわずかな米に刻んだ大根をいっぱい混ぜて
炊いていたぞ。大根飯って。貧しそうだったぞ。

554 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/07/10(日) 10:27:35.79 ID:5wpd8CeC
大根飯と味噌汁は最高に美味い

555 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/07/10(日) 10:35:11.90 ID:uqLSKw+D
ほかにも麦飯は貧しさの象徴みたいに言われるが結構旨かったりするよな

556 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/07/10(日) 10:38:48.09 ID:uFdFY52q
最初食べたときはすごく美味しかった。
撮影のたびに食べてたらやっぱり不味かったと、おしん役の人が言ってたな

557 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/07/10(日) 11:48:32.79 ID:ppYkKHJx
 個人的な経験から言うと麦飯も雑穀飯も暖かいうちはうまいが冷めてしまうと白飯より不味くなる

558 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/07/10(日) 13:04:37.23 ID:C5saOIz6
だが栄養価は高い

559 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/07/10(日) 13:31:47.39 ID:XuBsUytl
昔から雑穀飯を毎日食べていますが白米より歯ごたえと言うか
食感が豊かに感じられるので一品おかずが少なくて済みます
でも麦も稗も粟もそれ単体で食べるとやはり白米には勝てませんねw
冷めたものはおにぎりにするとほんのり塩味と
この食感が絶妙に合うのでお昼のお弁当や夜食に重宝します。

560 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/07/10(日) 17:54:12.69 ID:zsfInQSl
>>557
麦は同意するが雑穀米は冷えても旨いと思うんだがなぁ

561 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/07/10(日) 18:42:49.83 ID:uqLSKw+D
古人の食事は飯に一汁がつけば上等なのかね
昔の小説に芋粥食えたら死んでもいい公家、ってのがあったっけな

567 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/07/11(月) 16:47:44.56 ID:BsXcGIzw
>>544
今更だけど、
大根ってジャパニーズラディッシュって言うぐらいだから日本原産なんじゃないの?

568 名前:人間七七四年[] 投稿日:2011/07/11(月) 18:01:41.69 ID:X1eOcevK
>>567
大根は外来種を日本人が今のような形に品種改良したらしい
元々はもっと細くて小さかったらしく、今の大根とはだいぶ見た目が違う上
いつごろ伝わって、あのような太った形になったのかよく分かっていないので、
実質日本原産みたいな扱いを受ける場合もあるみたい
(ブランド化するほど品種改良して今の形になったのは江戸時代だけど)


569 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/07/11(月) 19:30:51.45 ID:sCQBajbC
日本には米と同じ頃伝わったと聞いた。

570 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/07/11(月) 21:43:04.93 ID:5GaIqG/L
奈良時代の出土した木簡に「大根」って書いてあるよね

571 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/07/12(火) 02:12:40.97 ID:v3xbTjYA
昔、大河ドラマで竹中秀吉が生の大根食って走ってたの思い出す。
あと、市原悦子が「藤吉郎、ほれ、だゃ~こん」って。

572 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/07/12(火) 07:50:59.51 ID:hfheNVec
すると比較的ハイカラでみずみずしい大根はフルーティな感覚で食べられてたのかな?
だとすれば中世日本の大根人気もうなずける

574 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/07/12(火) 23:27:32.42 ID:D1SxhnqJ
>>572
たくあん和尚のお話もあるしな、ってただの保存食の話だけど
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