山科本願寺に何と赤松政則がやってきた

2011年09月06日 22:18

実如   
493 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/06(火) 13:34:29.14 ID:KZlNvCnY
戦国時代初期の播磨では、一向宗は固く禁じられていた。
赤松氏が禁教政策をとっており、その厳しさは、蓮如の跡を継いだ実如が
「総じて赤松と申す者は、御一宗に怨をなし、播磨一国の尼入道に念仏をさえ心安く申させぬ者にて候」
と嘆くほどであった。

そんな中、山科本願寺に何と赤松政則がやってきたのである。

実如は、敵対する大大名の当主の突然の訪問に驚きながらも、自らもてなしたのだが、政則は
機嫌を損ねて帰っていった。
「???」
訳がわからなくなる実如。
「えっ?なんで怒って帰ったの?そもそも何をしに来てたの??」

真相を調べるとこうであった。
赤松政則は実如秘蔵の名馬「ちぢみ栗毛」を欲しており、何度も譲り渡しを申し入れたが埒があかず、ついに
痺れを切らし、かくなる上は自ら貰い受けに出向かん!と本願寺を訪れたのだった。
しかし、取次の下間上野があの馬は実如が大変大事にしているものであるから、渡すなんてことありえないだろうと
判断して、政則がこれを欲しがっていることも、直談判するためにやって来たことも、実如には
一切伝えていなかったのだ。

これを知った実如は、下間の思慮の足りなさを叱り、
「播磨一国の尼入道が安心して念仏ができるようになるのであれば、名馬どころか、自分が売られても
惜しいとは思わない。」
と、周囲の反対を押し切って政則に「ちぢみ栗毛」を進呈した。

名馬の効果は覿面で、播磨での禁教は解かれ、一向宗は大いに広まったが、名馬を手にした政則は
間もなく病にかかり、命を落としてしまった。
(栄玄記)




494 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/06(火) 13:42:20.93 ID:2IPCdcl9
下げマンならぬ下げ馬

495 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/06(火) 13:49:35.08 ID:1GMLn5sr
的盧だったりして

497 名前:人間七七四年[] 投稿日:2011/09/06(火) 18:10:23.27 ID:3s40ZfNQ
どこがいい話・・

498 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/06(火) 18:17:38.80 ID:1GMLn5sr
>>497
結果的に偶然正則が死んだけど普通に『ちょっと』いい話でしょ

実如の対応はもちろん、正則にしたって和解のきっかけを求めてた政治的行動だろうし
余計な気を回した下間が空気読めなかったのがまずいだけ

499 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/06(火) 18:37:04.78 ID:3s40ZfNQ
>>498
額面通りに考えると口すら聞かない宿敵の馬を貰い受けようと
厚かましくも寺に乗り込んで手厚いもてなしを受けたが目的は達せず不機嫌で帰り
結局馬を送って和したものの(祟りで?)死んだって悪い話だろ・・。
出店の資料が本願寺の息がかかってる気がするけどw

500 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/06(火) 18:53:37.15 ID:1GMLn5sr
>>499
そういう解釈でも成り立つからそれはそれでいいけど、少なくとも実如のいい話としては
成り立ってるんだからそんな目くじら立てんでもええがな

501 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/06(火) 19:00:10.10 ID:3s40ZfNQ
>>500
戦国としてはいい話・・・なのか?って気もするけど、
目くじら立てたつもりはないんだが、スマソ

502 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/06(火) 19:40:11.32 ID:vM+SORV5
しかしちぢみ栗毛って名前は何だか卑猥だな

506 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/07(水) 19:58:17.68 ID:5n/Xdbo3
>>493
この人もなかなか面白い人だよな
自分で刀を打って褒美に与えたり、猿楽師を取り立てようとして追放されたりと
まさか赤松氏再興の旗印にした連中はこれほど濃い人物になるとは思ってなかったろうなw

507 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/07(水) 20:22:49.86 ID:VfstGE8H
赤松政則というと某戦国ゲームでネタにもならない低能力振り当てられてたイメージが強いんだよなあ
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