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「大いに快きかな!」

2022年03月17日 18:20

397 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2022/03/17(木) 18:07:38.72 ID:JSQj1OF4
加藤清正の股肱の臣である庄林隼人(一心)、森本義太夫(一久)は共に直鑓を好んだ。
庄林は黒鳥毛を以て鞘とし、森本は白鳥毛を以て鞘とした。時の人は彼等を並び称して、これを
「黒鳥白鳥」と云った。

加藤清正が木山弾正の居城である天草城を攻めた時、森本は清正の前での軍議の序において、
「臣は小勇なれども、組討する事は壮力によりません。ただ心を剛にしてその術を知ること、
それだけです。」と申した。

清正は、森本の勇をたのむの気を抑えようとされたのか、「組討の勝敗は偶然である。必ずという
事はない。」とその言葉を制した。
その翌日、森本は衆を離れて敵と遭遇すると、彼は馬上の達者であったので、敵を横ざまに乗り倒し、
飛び下って忽ち首を掻き落とした。そして清正に「臣が言葉、違っていたか否か!」と申すと、
清正も感嘆したという。

朝鮮の役の時、流れ矢が森本の尻に当たった。庄林がそこを駆け過ぎようとしたのを森本は呼びかけた
「矢に当たって耐えられないほど痛い!この矢を抜いてくれ!」
庄林は立ち返ってこれを抜いた。すると森本は

「大いに快きかな!」

との言葉も言い終わらぬ間に自分の馬を引き寄せ騎乗し一鞭打って
「庄林殿、跡に続かれよ!」
と即座に駆けて一番に首を獲った。

志士清談

加藤家三傑とも言われた森本義太夫(一久)についてのお話




398 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2022/03/17(木) 19:10:43.42 ID:r/VwdZXg
常山紀談にもあるようだ
志士清談のほうが時代的に早いっぽいけど
http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-8669.html
「なんとまあ、快いことだ!」

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森本儀太夫がブワッて感じで泣いていた

2015年06月09日 17:31

151 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/06/09(火) 02:29:39.68 ID:8aW1a38G
有名な話なので皆さん既にご存じかと思うのですが
既出チェックしたら未投下のようなので書いてみます。

加藤清正の中備の吉村又市が釜山海で敵と戦い、戦闘は日暮れにまで及んだ。
清正は「そろそろ兵を退かせなければ危険だね。誰に頼もうか…」と考えて辺りを見回し
遠く離れた所に居た庄林隼人を呼んで兵を退かせるよう命じた。
隼人は早速采配をとって馬を交戦中の両軍の間に乗り入れ、無事兵をまとめ引き揚げてきた。
さてこれで良し…と思った清正がふと隣に視線をやるとΣ(゚Д゚)
直ぐ側に控えていた森本儀太夫が(´;ω;`)ブワッて感じで泣いていた。
しかも何やら怒っているようにも見える。

驚いた清正が泣いている理由を尋ねると儀太夫はこう答えた。
「隼人と俺は同じように殿に従ってずっと一緒に戦ってきたから
俺が決して隼人に劣らない事は殿もずっと見てきて知っている筈と思ってたんだけど、
俺が側に居なくて隼人だけが殿の側に居たんだったらどうも思わないんだけど、
すぐ隣に居る俺に(兵の撤収を)命じずにわざわざ遠くに居る隼人を呼んで命令するなんて
殿は俺より隼人の方が優れてる、役に立つと思ってるんだー!!。゚(゚´Д`゚)゜。ウァァァン」

ウァーン・゚・(ノД`)ヽ(゚Д゚ )ナクナ
清正は泣き続ける儀太夫に笑いかけ、以下のように言って宥めた。
「そんなことは無いのね。二人共同じように俺の手足みたいに大事な家来なのね。
 ただ仕事をしてもらう時は性格や能力に合わせた仕事を頼むようにしてるのね。
(「汝等は均しく予が股肱腹心なり、使ふ所は其器に従ふのみ。」)
 もしお前に兵の撤収を頼んだら、お前は勇敢な気性だからきっと一戦交えてくるでしょ。
でもそうしたらかえって兵に損害が出ちゃうでしょ。
隼人は敵に取り合わずにさっさと引き揚げてくるだろうから彼にお願いしたのね。
もし強い敵や堅固な陣地を攻める時が有ればその時は必ずお前にお願いするよ。
お前に頼めば倍以上の敵だって怖くないね。
そういう強い敵を打ち破ることにかけてはお前に及ぶものは居ないよ。
儀太夫の良い所ってそこなんだからね。」

「殿がそう言ってくれるなら面目が立つような気がします…(´Д⊂グスン」
これを聞いて儀太夫は泣き止み、機嫌を直した。
(名将言行録)




152 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/06/09(火) 03:20:50.41 ID:QT0enhVZ
力士うぜーなw
それにしても清正いい殿やね

153 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/06/09(火) 04:13:16.97 ID:7/phbquE
たぶん、これに類する話って他でもあったんじゃなかろうかね

154 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/06/09(火) 07:55:21.61 ID:Fz4IUy28
清正は脳筋家臣との友情話が多いな。西の清正、東の義光って感じか。

155 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/06/09(火) 08:14:07.46 ID:pAiKCJVZ
>これを聞いて儀太夫は泣き止み、機嫌を直した。

お前は彼氏と喧嘩した女子大生かとw
てか、武士って結構すぐ泣くよなw

156 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/06/09(火) 14:14:28.45 ID:YEEyi+y6
面倒くさいのは三河武士だけかと思ってたけど
ほとんど全ての武士が面倒くさい性格してるように思えてきた

157 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/06/09(火) 14:46:01.42 ID:yywcjHnx
武者はヌコとも言え畜生とも言え、面倒くさき事が本にて候

158 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/06/09(火) 15:34:49.62 ID:zqv3JMd7
確かにヌコも面倒くさいwww

162 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/06/10(水) 01:15:57.60 ID:34KnPauR
       /´⌒ヽ
     /〆    i
   / /′    ,i       _,..r:ァ
  /"  i;       ノ'{`゙ヤ'"´⌒ /
./´     リ_,ィ:‐;''´   `   ``' ,/
                 ヽ
                     ヽ
           -=ュ、      i
              ・\心    ,!
              ゙`  ,ノ
                      ゙、
                    '_シ
       -‐_ニ==`   _ノ;'=.、
      ‐  ̄ /´'/ " ̄´  丶`ヽ
         '   ′

>>157
武者はヌコとも言え畜生とも言え、面倒くさき事が本にて候

163 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/06/10(水) 02:45:26.69 ID:2vPuCum7
>>162
うちが撮ってデスクトップに貼ったヌコそっくりや

164 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/06/10(水) 05:10:11.95 ID:bxb4SBnb
キャットぅ清正

森本儀太夫の土台

2014年09月24日 18:53

864 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/09/23(火) 23:02:58.58 ID:S8utVFQP
江戸御城の石垣を築く時、桜田、日比谷付近の築き立てを、加藤清正
浅野長晟にお命じになった。加藤家は森本儀太夫(一久)が奉行を行った。

さて、この付近一円は沼だったので、石垣の土台を固める時に森本は指図して
人夫を大勢出し、武蔵野の萱をおびただしく刈り取らせ、それを沼に入れた。
そして、10歳から13,4歳までの子供を集めて、その沼の上で遊ばせた。

子供たちは面白く思って踊り狂った。そうして日を送るうちに、浅野家方では
石垣が大方出来上がった。諸人は皆、森本の指図の埒が明かぬのを笑っていた。

森本は諸人の嘲笑には全く構わず、前述の沼がよく固まったのを見て石垣の
築き立てにかかったので、浅野家方よりはかなり遅れて出来上がった。

ところがある日、大雨が降り、この時に浅野家方が築き立てた石垣は、
土台がよく固まっていないので所々崩れ、再び築き直した。一方で、
加藤家方が築き立てた石垣は、よく固まっていたので少しも崩れなかった。

これを見て諸人は、森本の指図に感心した。浅野長晟はこれを聞いて森本を
招き、そのやり方を問うた。森本は答えて、

「沼などを固めるには、急に固めては完全にはならない。そこで萱を踏み込み、
童子らに踊り狂わせて、自然と固めたのである」

と言った。後世に至っても、沼などを埋めるには、この森本の工夫を用いる
ということである。この森本は加藤家において中老であった。かつ、武勇の
聞こえある良士である。

――『明良洪範』




865 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/09/23(火) 23:16:38.11 ID:BlCXq4j6
せいしょこさんの築城能力はよく知られているけどこういう中々表に出ない有能なスタッフの役割も大きかったんだろうなあ

866 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/09/23(火) 23:31:50.04 ID:4z+jW3CR
おばちゃん使う武将もいなかったけ?

867 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/09/24(水) 02:25:32.15 ID:msEfpLVX
沼地を固めるために子供たちと相撲とらせたって話だっけか?

868 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/09/24(水) 08:56:00.63 ID:V1jcRmr6
「へうげもの」の築城シーンにもあったな

869 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/09/24(水) 09:13:46.39 ID:eBqypMLF
堤防を作るときにも、わざわざ遠い側から土を持って行って、行き帰りに踏み固められるようにしたとか

870 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/09/24(水) 13:54:10.30 ID:FJwfTTB0
で用済みになったらズドンとやるとw・・・どこだっけ?

871 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/09/24(水) 15:43:49.30 ID:V1jcRmr6
>>870
石垣なら仙台城の政宗公に殺されまいと
石工らが踊ったのが起源とされる雀踊りがある

872 名前:人間七七四年[] 投稿日:2014/09/24(水) 21:34:46.67 ID:lB0y2ti4
>>870
丸亀城の石垣を作った羽坂登(重)三郎は石垣の出来を褒められた際にその攻略法を披露したら生駒親正に井戸に埋められました。

873 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/09/25(木) 00:35:57.51 ID:sF5YtMXU
浅野の所の奉行陣も全国指折りの有能揃いな気がするが。長晟も優れた人だし
それにさえ教えを請わせるような人間がいる加藤家って恐ろしいな

「なんとまあ、快いことだ!」

2014年08月17日 21:01

553 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/08/17(日) 14:36:45.69 ID:sit330gk
朝鮮において、どこの戦いでのことか、加藤清正の士大将の森本義太夫
(一久)は流れ矢に肘を射られてしまった。

このようなところに、庄林隼人(一心)が馳せて来るのを見た森本は、

「もしもし、手負いしてしまった。この矢を抜いてくだされ」

と言った。庄林が馬から下りて矢を抜き捨てると、森本は、

「なんとまあ、快いことだ!」

と言うや否や、馬にひらりと打ち乗り、一鞭打ってさっと駆け出し、

「庄林殿、続かれよ!」

と言い捨てて、敵に出会い、首を得た。二人とも清正の士大将にして、
大剛の者である。森本の槍は白鳥毛を鞘とし、庄林は黒鳥毛を鞘とした。
世の人は、黒鳥毛、白鳥毛、と言い合った(渾名したという意味か)。

――『常山紀談』




554 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/08/17(日) 14:48:56.56 ID:XnkegDf9
どこの戦いでのことかw
ストレートだなw

555 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/08/17(日) 14:51:59.73 ID:VVjdKVfz
戦以外でなんか聞いたことあると思ったら
アンコールワット落書きしたやつの父親か

556 名前:人間七七四年[] 投稿日:2014/08/17(日) 17:20:21.80 ID:LA87lVqN
>>553
森本義太夫が乗った馬ってまさかとは思うが庄林隼人が乗ってた馬じゃないよね?
森本義太夫が助けて貰った上に馬盗…拝借して活躍した様に見えるんだが…

組み討ち

2011年09月21日 22:04

693 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/21(水) 07:14:55.77 ID:snatQOpk
加藤清正が天草一揆と対峙していたある夜、軍評定の後の雑談で森本儀太夫一久が、こんな事を言った。

「およそ組み討ちは力によるものではござらぬ。心を強く保てば、あとはやり方次第で易きものにござる。」
清正は、これをたしなめた。
「組み討ちは危ない!勇に誇る時は必ず仕損じると言うぞ。自重せよ。」

翌日、清正の前で馬を進めていた儀太夫に、徒歩武者が襲いかかって来た。
「儀太夫・・・!!」

清正の心配をよそに、儀太夫は悠々と愛馬を操って武者の攻撃をかわすと、武者の横合いからブチかました。
サッと馬から下りた儀太夫、立ち上がろうとする武者に組み付き、サッサと首を取ってしまった。

「どうですかな?昨夜言った通りでしょう!」
これには清正も苦笑しつつ、儀太夫に褒美を与えた。(常山紀談より)




694 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/21(水) 07:40:50.91 ID:GjRgkw45
馬で踏むとかじゃないんだなあ
武士ってなんか首刈り族みたい

695 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/21(水) 09:35:43.07 ID:VY08ydiH
>>694
ラオウと黒王号じゃあないんだから

696 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/21(水) 10:16:23.73 ID:/xCtEaT8
>首刈り族
あながち間違いじゃないw

697 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/21(水) 10:23:35.51 ID:4AlNVTah
死亡フラグをやすやすとブチ折るとは・・・こやつ出来る・・・!

698 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/21(水) 12:04:44.46 ID:88cbQwRb
馬って東北のデカ馬やサラブレットをイメージしてるんだろうけど、
当時の日本産馬はかなり小さい。大河の影響がデカイのか。

699 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/21(水) 12:14:26.59 ID:vknQY13h
儀太夫と覚兵衛はガチ

700 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/21(水) 12:16:04.85 ID:0WiXwZJO
>>698

「一般に体高が低い」ということと、「大きな馬が居なかった」というのはイコールではない。
平均身長と最大身長は全く別物。

それに
> 当時の日本産馬はかなり小さい
ここが大きな間違い。当時の日本産馬はポニーと呼ばれたが、「ポニー」とは「肩までの高さが147センチ以下の馬」
の事。世界的にも平均的といっていいし、当時の日本人の平均身長から考えれば、これだけでも
かなり大きい。

それに当時は、将官クラスの乗る馬は軍馬として特に選別され調練され育てられたもの。
人を踏みつぶすほど大きなものがいても全く不思議ではない。

701 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/21(水) 13:37:29.66 ID:RkqfITeI
検索サイトのBINGで宮崎の馬の写真が貼ってあったけど
ポニーのイメージよりは大きかったな

702 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/21(水) 13:37:58.31 ID:I3LYrDQT
ばんえい競馬に出るようなポニー(道産子はポニー系)なら足軽を踏みつぶせるな

703 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/21(水) 14:17:42.88 ID:4AlNVTah
ばんえい競馬の馬は
道産子ベースにペルシュロンやシャイアーなんかの洋種をかけあわせた、
もはや原形をとどめていない魔改造馬だと何度言えば(ry

704 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/21(水) 14:30:32.62 ID:aAeaE65s
土佐犬みたいなもんだからな>ばんえい競馬の馬
目的に特化されているから。

705 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/21(水) 15:59:48.19 ID:aUsIrToX
戦国期だか鎌倉期だかの馬が130位なんだっけか

706 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/21(水) 16:09:34.42 ID:I3LYrDQT
戦国時代にばんえい馬持って行ったらどういう反応するか見てみたい気がする

気性が温和しいから軍馬には向かないかもしれんけど

707 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/21(水) 17:17:19.60 ID:4Af65pId
力勝負の競馬なんて他に類を見ないし、もっとばんえい競馬の人気が出てほしいけど、
よく考えると、ここはそんなことを力説するのに相応しくない戦国板なのだった

710 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/22(木) 03:00:21.96 ID:+f6Z7oAE
ばんえい馬と言えば、実物よりラオウ号や慶次の馬を想像してしまう。
おとなしい性格だし、動物園とかで乗馬させて欲しい。

>>700
ポニーってのは思ってるより意外に小さいもんだぞ。
いくら昔は身長低かったとは言え、
ポニークラスに踏み潰される小人は前戦には出んだろうw

711 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/22(木) 05:40:42.89 ID:dvtbTxEL
>>694は倒れた相手を馬で踏むことを想定してるから、140cm台の馬でも十分だろう。

712 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/22(木) 07:07:34.77 ID:+rym/qHz
わかってるとは思うけれど、馬の体長は肩までの高さな

713 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/22(木) 08:06:45.94 ID:jxvH0+Dh
動物園などのポニーはシェトランドポニー(体高100cm)ぐらいな。
それの1.5倍はある訳で結構デカイ。

714 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/22(木) 09:01:47.95 ID:pGhSMI5I
競馬2かと思ったぜぇwww

715 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/22(木) 11:10:01.37 ID:DNBYWPoX
木曽馬は本当に小さいよ。大きいというのは無理ありすぎ。
ただ、小さいから弱いというわけではない。
人間一人くらい楽々跳ね飛ばすパワーはあるよ。
木曽馬での流鏑馬見たことあるけど、まさに豆タンクという感じで凄い突進だ

716 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/22(木) 13:50:50.82 ID:xZ5khMxS
実物で見ると小せぇ、カワイイって思うよなw
あれでも倒れてる人を踏みつけるぐらいできるだろうけど、
馬の気性から言ってそういうの命令してできるもん?
腕とかなら踏み潰れるかもしれんけど、胴体とか重さが足りないような。
踏みつける訓練でもしなと無理じゃないか。

立ってる人を故意に前蹴り、カカト落としとかはせんでしょw
勢いに任せて胸筋で跳ね除けるって感じじゃないかな。

717 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/22(木) 19:25:12.04 ID:SeXg4Wz7
ポニーってのは品種じゃ無くサイズが147cm以下の馬の事なのな
動物園のふれあいコーナーとかの愛玩用ポニーを想像してる方が多いと思うが
乗馬クラブとかで疾走する乗馬用ポニーを見ればイメージが変わると思う
スポーツバイク並みには様になってるし格好悪いってイメージは払拭できるはず

718 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/09/22(木) 19:30:21.82 ID:4E8OMKHb
そもそも、戦用に鍛えられたり、改良された馬って廃れたんじゃなかったっけ?