大将の兜、鉛痕

2016年07月14日 13:11

森可成   
851 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/07/13(水) 22:48:09.91 ID:nZuFrBJI
大将の兜、鉛痕

 今冬、赤穂老侯〔美濃守忠賛〕が予の荘を訪ねられた。
そのときの談中で、
「私の祖の三左衛門〔可成〕が着られた兜が今も伝わっている。
鉢の側には銃鉛が半ば打ち込まれた痕がある。
上の方にも十文目の鉛痕がある。これは上にすべったかと思われる。
このような事に遭っても、やはり着ておられたものなのか。」
と話された。

 先年仁正寺侯〔下総守長昭〕の祖の長勝〔初め平左衛門、後に下総守〕が着られた
一谷と称する兜の図を侯が示したものを写しおいた。
この兜には後立がある。大きな版のようなものであった。
これにも銃鉛の痕があると聞いた。

 聞き伝わることには、板倉内膳正(重昌)は、正月元日に天草の城を攻めたとき、
城中の賊が、十文目筒で内膳正の兜を打つと、真向かいに当たり、
内膳はすぐに落馬して死んだ。
徒士は内膳を負って退き、兜を脱いで見てみると、鉢に弾が当たったが貫通していなかった。
内膳の頭は砕けて腐肉のようになっていたという。

(甲子夜話)



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森可成と谷大膳

2009年08月12日 00:01

森可成   
297 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/08/11(火) 20:38:45 ID:zWcou58b
鬼武蔵のキレっぷり・・・ ではなくその親父殿、三左衛門可成のお話

信長の配下に谷大膳という者が居た
可成は昔この男と相撲を取って負けた事があり、それ以来谷とは仲が良くなかった
しかし谷が浪人した時には面倒を見てやったりしていた

その後森家を離れた谷が近江長浜城主羽柴秀吉の元へ居る事を知った可成、秀吉へ手紙を書いた
「お宅の所にいる谷ってのうちに返してくれない?」
これに対し秀吉の返事は
「じゃあお前のとこの尾藤源内(尾藤知宣の父親)を返せよ。
あれは昔うちに居た男だ。そうしたら谷を返してやるよ」
と互いに交換を持ちかけた

これを聞いた可成は
「オレは谷を返せと言ってんだテメエの要望なんざ聞いてねえ!山猿の理論を持ち出してくんボケ!」
と何故かブチ切れて交換は当然無かったことに

その後、谷大膳は秀吉の播州三木城攻めの時、尾藤源内は近江宇佐山で
朝井・朝倉連合軍に攻められ可成共々討ち死に





298 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/08/11(火) 20:42:07 ID:6pekxzpN
この谷大膳ってのは谷衛友の父親だな。

まぁ、しかし・・・やっぱ親子だねぇ

299 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/08/11(火) 20:44:33 ID:IyJyPVoA
>>297
親父様は至極真っ当な常識人だとばかり思っていたけど。。。
やはり血か、血のなせる業なのか

300 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/08/11(火) 20:46:55 ID:UYdvqdHk
坂井がちゃんと森の対立候補として立っていればこんなことには・・・

301 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/08/11(火) 20:48:43 ID:Gk7ap0wp
斎藤利三めぐっての明智家と稲葉家の紛争もそうだけど、織田家って基本的に
家臣間は仲悪いよねw


302 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/08/11(火) 20:53:21 ID:PrbhV8RA
武士を物のように交換なんて出来るかよ!って言ういい話かも

303 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/08/11(火) 20:58:35 ID:fpsoUPVJ
森家は主君信長には忠犬なのに他の奴には狂犬すぐる

304 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/08/11(火) 21:10:08 ID:UR7qBzHi
狂犬と狂猿じゃそりゃ噛み合わんわ

311 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/08/11(火) 22:54:28 ID:mNiaMJTS
>>299
でも仲悪いのに面倒見てやったり、
何よりキレたのに1人も人死にが出てないし、
森家としては奇跡的なほど常識人と言って良いのではないか。

312 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/08/11(火) 23:10:41 ID:wbIwmdNI
>>297
可成が生存中に、秀吉が長浜城主ってないだろ

313 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/08/11(火) 23:15:34 ID:6pekxzpN
>>312
そういやそうだな。


鬼武蔵の父森可成、前田利家を援ける・いい話

2009年02月04日 00:29

森可成   
187 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/02(月) 23:57:59 ID:TW5fjdtw
信長の近習を斬り、出奔していた若き前田利家は、美濃攻めのころに帰参を許された。

利家「というわけで、妻のためにも功名を上げ、さっさと汚名を返上したい。
   そのために最近手柄の多いという三左殿、あなたに付いてそのやり方を見習いたい。
   よろしくお願い致す。」

森可成「心得た。ちょうど近く、ある砦攻めに参加する。良ければ、一緒に来なされ。」
利家「うむ、ありがたき申し出!」

こうして二人は、斎藤軍のこもる砦攻めに加わった。
砦は山上にあり、みな馬を下りて、競うように駆け出した。利家も、可成の手を引いた。
「なにをしておられる?!急がねば、手柄を他の者に奪われてしまいますぞ!!」

しかし可成、少しもあわてず、
「まあ、落ち着かれよ。こんな山道を走って行けば、肝心の敵近くに迫ったころには、
疲れて手柄どころではないわ。今は味方と争うようなマネはせず、歩いて力を貯め、
敵に全力を振るえば良い。 あせらない、あせらない♪」

はたして、先に行った味方は、砦の前の部隊に足止めされている。
「それ、見たか。今が力を出し切る時ぞ!!」

二人は互いに励まし合って突き進み、砦の目前までやって来た。可成の槍が、止まった。

利家「 (´・ω・`) ? 」
可成「 ( ̄ー ̄) ・・・・・・行けよ。」
利家「!! ( ;ω; ) さ・・・三左殿・・・・・・」

砦への一番乗りは、前田又左衛門利家となった。
可成は信長に報告する時も、その後に同輩と話した時も
「いや又左めに、してやられたわい。ガッハッハッハッ!」と笑うばかりだったという。

これを機に利家は汚名を返上し、のちに信長の赤母衣衆筆頭に選ばれた。
利家は大大名となってからも、
「森三左衛門ほどの巧者は、稀であった。」と褒め称えた。 (利家夜話より)




188 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/02(月) 23:59:43 ID:+XBkUS7Y
>可成「 ( ̄ー ̄) ・・・・・・行けよ。」
そんなバカな!

189 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/03(火) 00:04:20 ID:ZY1ndZ9l
>>187
親父殿が漢すぎるw

190 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/03(火) 00:07:05 ID:OtTxRDYm
なんでそんな可成が坂井政尚とは仲が悪かったのか・・・

191 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/03(火) 00:08:51 ID:IbvamW9g
森パパは普通の人じゃなかったけか?

192 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/02/03(火) 00:23:21 ID:Ldftuzdd
>>190
いや、むしろ…
何でそんな漢な男から、武蔵のようなのが生まれたんだw

193 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/03(火) 00:26:30 ID:ZY1ndZ9l
>>192
嫌なことがあったら影でコソコソしないで正々堂々正面から相手を切り伏せる、
漢の中の漢じゃないかw

194 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/03(火) 00:32:20 ID:mZcr0ZUp
可成は有能だけどごく常識人だよね。

こんな父親から、歩く死刑宣告鬼武蔵や、
人間としてどうかと思われるくらいこ才気ばしっている乱丸やら、
なんのかんので次代の幹部候補生坊丸、力丸、
さらに幹部候補生の面接試験に落ちた忠政と、

こんな複雑なキャラクターがどうして育つのだろう?w
つーか本能寺無かったら、森家は室町幕府で言うところの幕府政所伊勢家、
徳川幕府で言うところの老中家みたいな感じになったんだろうな。


206 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/03(火) 11:10:21 ID:oiqC7E1I
>>187
あと、別の戦場だったか突出しようとする利家を見とがめて

「前がかりになって万一、流れ弾にでも当たったらどうするよ、
ここぞという場面まで備えを崩さないのも武将に必要な我慢だぞ?」って諭した話とか。

イケメソで槍働きで知られた“槍三左”なんだけど以外と美濃衆の調略でも動き回っているし
単なる豪傑じゃない視野の広さがあるんだよね。つくづく息子どものDqんwfそ;?@

森可成と出陣の門出・いい話

2008年10月31日 00:03

森可成   
984 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/10/30(木) 05:54:11 ID:byHj0/8T
悪い話のほうに出ていたんだけど
森可成が朝からお汁粉だすお父さんと
「いくらなんでも朝からこれはないでしょう。
しかも食前ですよ?せめて食後にしてよ」とケンカする話があるらしのだが
詳細知ってる人いませんか?
気になって仕方ありません



989 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/10/30(木) 09:45:37 ID:E1TchvIz
>>984
可成が浅井・朝倉戦に備えて出発するときに、
老父の越後守可行が門出の朝ご飯をご馳走しようとお知らせの使者を遣わしてきた。
可成は「親父は自分の好物だからっておしるこ餅をだして、後からご飯をだすので食べられないんだよね。
先にご飯をだしてから、おしるこ餅にしてくんない?料理も夕食にしてほしい。」
との使者を遣わした。使者はお礼かたがたその事を可行に申しつたえた。
可行は「具足の威し初めの母衣幕の仕立初めには先ず鏡餅をそなえて、小豆雑煮にて祝うのだ!
武士は”血をつけたい”ということで小豆の赤にあやかるのだ!
諺にも”吉日の夕祝いより悪日の朝祝い”というので朝食なのだ。
餅が食いたくなければ食べなくていい。」と言う事だった。
可成は翌月20日に討ち死にしたので、これが祝宴納めになった。

だそうな。


991 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/10/30(木) 10:02:26 ID:orPrk18H
>>989
じーちゃんは一家言持った常識人だったのに
オヤジがあの時代に好き嫌いするようなヤツだから息子たちが…

森可成と前田利家・いい話

2008年10月25日 00:02

森可成   
759 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/10/24(金) 00:15:13 ID:Mbg/iNz7
信長に追放されていた前田利家は
織田家で功の多い森可成の戦い方を参考にしようと思い、
美濃攻めの時、可成に付いていった。
さて可成たちは山の砦を攻めたところ、兵士たちは皆馬から
降りて山を登っていったが、可成はゆっくり移動している。
「これでは手柄を立てられない。」と利家は急かすのだが可成は
「今急いでも疲れるだけだ。本気を出すのはもっと近づいてからのほうがいい。」
と利家を制した。
そして砦に近づくと可成は今だ!と合図し、利家が始めに、
続いて可成が攻撃して功を立てた。

その後、可成は信長に「あの時は利家に先を越されてしまいました。」
と言って利家の顔を立ててやった。

可成はいい奴だというお話。



760 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/10/24(金) 00:24:31 ID:wT2yu72I
悪い話の鬼武蔵先に見てきちゃったからなあ・・・

762 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/10/24(金) 00:46:14 ID:Mbg/iNz7
>>760
なんのことだと思ったら悪い話スレで息子の残酷話が出てて吹いたw

763 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/10/24(金) 00:46:40 ID:/geGRbBZ
>>760
うん?どういう事?もしかして勘違いしてね?
可成≠鬼武蔵だよ。
可成は鬼武蔵ではなく鬼武蔵(長可)の父親。

764 名前:奇矯屋onぷらっと ◆SRGKIKYOUM [sage] 投稿日:2008/10/24(金) 00:49:15 ID:mj3Uobhq
分かってるだろうから心配せんでよろしい。

765 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/10/24(金) 00:53:00 ID:wT2yu72I
>>763
あ、そっか
勘違いしてたよ

( ;∀;)イイハナシダナー

そして息子は・・・

766 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/10/24(金) 00:55:57 ID:GXKM3UE2
親父が甘すぎて、息子がDQNになったんだな

767 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/10/24(金) 01:01:32 ID:HIOFmb1U
オヤジが優秀=息子も優秀ってわけじゃないんだな、いつの世の中も。
勉強になるわ。

武藤五郎右衛門と博打と三百貫文・悪い話

2008年10月23日 00:09

森可成   
940 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/10/22(水) 17:22:50 ID:2+5A9/D8
ある時、柴田勝家、佐久間信盛、森可成といった、織田家のお歴々がうちそろって
博打を打っていた。そこに、森可成の家臣、武藤五郎右衛門が、自分にも打たせてくれと
やってきた。

柴田勝家が「それは構わんが五郎右衛門、我々が打つ博打は値がはるぞ?
おぬし、銭は持っておるのか?」と聞く。

武藤「三百貫文までなら払いましょうぞ。」

するとその座の者はどっと笑った。
「おぬし、森の家臣の癖に、主君よりも銭を持っておるわけがないではないか」

武藤は気にせず、さらさらと何か書き始めた。そこには

「自分が負ければ、可成に断りを入れた上で、一年間負けた相手の下に出向いて
三百貫文分まで無給で奉公つかまつる」



941 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/10/22(水) 17:24:42 ID:8yIdLM4O
柴田、佐久間「・・・・・いらねぇよ」

945 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/10/22(水) 18:47:16 ID:S5Q1Gus4

>>940
結局五郎右衛門は勝てたのか知りたいな
大体この手の話って、結末伝わってないような…?