篠原長房謀殺未遂事件

2011年12月25日 21:59

篠原長房謀殺未遂事件

篠原長房


497 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/12/25(日) 16:49:04.38 ID:SMAAy7mw
三好長慶の死と、足利義輝暗殺後の三好家の分裂は、三好三人衆と松永久秀の対立と
俗に言われているが、実際には松永久秀は三好宗家当主である三好義継を押し立てる立場であり、
三好三人衆のバックには、阿波三好家を支配する篠原長房があり、実態としては畿内の三好宗家と
阿波三好家との対立、というべき物であった。

永禄11年11月、
その、阿波の実質的な支配者である篠原長房の弟某というものが淡路において、敵対する三好義継方に寝返った、
そして兄長房の暗殺計画を進めていたが露見、そこでこの弟某は堺へと逃亡した。
これは10日のことだったという
(多聞院日記)

分裂状態の三好氏における、暗闘を垣間見させる事件についての記録である。



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