日本のアンチキリスト、又は肉体に宿りたるルシフェル

2012年07月09日 20:57

448 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/07/09(月) 20:21:34.41 ID:Um77HLya
ルイス・フロイスが、とある人物を熱情を込めて語っている、
永禄12年(1569)12月17日付、日本耶蘇会年報の一節を見てみよう

『私が次に述べたいと思う事を一層明瞭にするため、先ず私が語ろうと思う人物について述べる必要がある。
キリシタンらが、当諸国(日本)においてあだ名を日本のアンチキリスト、又は肉体に宿りたるルシフェルと
称し、思慮ある異教徒は庶民の欺瞞者と称する坊主(朝山日乗)である。

彼は下賎の者にして、背は低く、甚だ醜く軽蔑すべき人物であり、日本の宗教も知らず、また学問もない愚人であるが、
悪魔がその悪事を行うために発見した、最も彗敏な道具である。
彼は談話に巧妙であり、雄弁においては日本のデモステネスである。

彼は妻子があったのだが、貧窮であるためこれを捨て兵士となったのは、未だ多くの年を得ない程度の
以前の話である。そうして武芸によって多数の人を苦しめ、また殺した故に恐怖して服装を変えた(僧になった)
が、その習慣を改めることはなく小羊の皮をかぶって僧侶になったのだ。

諸国を廻りアマンゴの王(尼子晴久)に対し反逆を行い、山口の王(毛利元就)の元に逃れ、釈迦より
「汝を日本の宗旨を改革し、また内裏を往時の名誉、地位、権力、および富貴に復する道具となす」
との夢想を得た、と称し、熱心を装って広くこの事を伝えた。

彼が8年もしくは10年前、当地(京都)において一片の金襴を購入した事は、都のキリシタン等の記憶する
ところであるが、彼は他の遠国に行き、各村落において、「これは内裏より賜った衣服である。
記念品としてあなた方に分けよう」と言い、各人小片に対し、その資力に応じて、あるいは1クルザード、
あるいは2クルザード等を彼に与えたのだ。彼はこれによって多額の資金を得、山口に寺院を建て数人の弟子を
集めた。この頃他にも千種類もの詐欺を行い、悪行のため一つの場所に落ち着くことができず、
シャンニンシウ(三好三人衆)が公方(足利義輝)を殺した弾正殿(松永久秀)を奈良の城(信貴山城)に
囲んだ時、弾正殿の裕福なことを知って、窮地にあるが故に金銭を与えてもらえると思い、山口の毛利より
弾正殿に宛てて『直に士卒を動員して赴き助けよう。三人衆が滅亡した場合は、日乗上人と称する坊主と協議
するべし』と認めた書簡を得た。

しかしデウスの御裁断により、三年前、私が堺に滞在していた時、彼はそこにやって来たが、三人衆の間者が
反逆の書簡と共に彼を捕らえた。
彼は書簡のことは知らないと言いはったが、篠原殿(長房)は堺の寺院において厳しく鞭を打たせた。
そのうちに山口より書簡が来て6,7千クルザードを送り、彼を赦免することを求めてきたが、篠原殿は
これを受け付けず、マラバルのボレヤ(南インドの賤民)の如き、日本の最も卑しき民族である穢多に
引渡した。彼らは死んだ獣類の皮を剥ぎ、また死刑囚の首を斬ることを職業としていた。

摂津国西宮と称する地においてこの人々に彼を渡したが、首に鉄枷をかけ、手足は縛られ、動くことの出来ない
状態で重罪者の牢に入れ、番人に彼に紙や墨を与えることを禁止させ、食料も大いに制限させた。
彼は釈迦の作ったフォケキャウ(法華経)8巻を前に置いていた。

私の記憶に間違いがなければ、篠原殿の用務を帯びてダミヤンをコシミネの城(越水城)に遣わした時、
彼の偽善した神性を装う姿を見た。その後、私が牢の門を通過した時、アントニオは彼の入れられた厠に入って
これを見た。ところが彼を捕らえた者は、悪魔の下僕であったために、毎日彼らの言うところの談合をなし、
地獄において彼の苦痛を増すため首を斬ろうかと協議していた所が、彼の狡知により、内裏よりその赦免を
求めるに至り、彼の死を希望する多数の異教徒の意向に反し、これを釈放したのだ。

信長が再び公方様を立てるため上洛した後、内裏はこれもまた、不幸および貧困より興起する好機を
得るべき時と見、この日乗上人を仲介者とした。同人の人間的知慮は彼に信長の寵を得させ、その後あえて
その側を去ることはなかった。これによって彼は、悪魔の如き傲慢悪意の翼を広げたのだ。』

以上、ルイス・フロイスによる朝山日乗の解説である。これでもかと言わんばかりに徹底的に悪様に
書いているが、ここまで波瀾万丈だと本当なら逆に不世出の大宗教人ではないか、とすら思うw

(日本耶蘇会年報)



450 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/07/09(月) 20:33:51.64 ID:H2a8va+d
ここまで嫌われるとは…
よっぽど脅威だったんだな

451 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/07/09(月) 20:36:51.32 ID:MKG8FPPh
フロイスフィルタさえ取り除けば貴重な逸話だね

451 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/07/09(月) 20:36:51.32 ID:MKG8FPPh
フロイスフィルタさえ取り除けば貴重な逸話だね

453 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/07/09(月) 21:05:55.15 ID:yBR6ytM1
フロイスが日乗が嫌いなのはよくわかったwww

454 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/07/09(月) 21:29:12.46 ID:Z8GAcVoL
ルシフェルに体を乗っ取られた仏僧ってのも斬新だな

455 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/07/09(月) 21:57:49.96 ID:D9xrLaL5
狐憑いてんじゃね?って大名とかどうよ

456 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/07/09(月) 22:51:03.34 ID:84jaUo1D
日蓮宗は他宗教に排他的で一神教みたいだから
フロイスも危機感というか同族嫌悪を感じたんだろうな

457 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/07/09(月) 23:00:52.02 ID:7RLViAzf
ってか、毛利が京に出兵して松永を助けるってどんな世界線だ

458 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/07/09(月) 23:14:56.05 ID:tGmYUv6T
まさかフロイスの書簡に我が故郷の名が記されていようとは思わなんだw

459 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/07/09(月) 23:19:05.71 ID:0A0guFnz
>>457
その頃の毛利は上洛する野心があったとか?

462 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/07/09(月) 23:55:57.59 ID:75H+0CR6
>>455
当時、乱心・狐憑きは無罪(隠居はさせられるが)なので
擁護してるという見方もある
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「朝山日乗は全く異能の人物です。」

2012年01月21日 22:00

813 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/01/21(土) 16:59:55.98 ID:rJgb+r7o
『信長之代五年・三年者可被候。明年辺者公家などに可被成候かと見及申候。
左候て後、高ころびあをのけにころばれ候すると見え申候。
藤吉郎さりとてはの者にて候。』

この言葉で有名な、安国寺恵瓊の天正元年12月12日付書状。
実はこの書状には、もう一人別の重要人物に関する人物評が書いてある。
それは織田信長の使僧であり、フロイスから「日本のアンチキリスト」「庶民の欺瞞者」「肉体に宿りたるルシフェル」
と罵倒された朝山日乗について、である。
恵瓊は、こう言う

『日乗は全く異能の人物です。信長にとって彼は、昔の周公旦に対する太公望のようなものです。
似合いたるものは出会いたるとはこの事なのでしょう。

然しながら、今現在において彼の行なっていることは、我ら芸州にとっても重宝と言うべきでしょう。
今度の調え(将軍義昭追放にともなう混乱の処理)も、みな尽く彼の奔走によって成立しました。

ただ、これは危ういと考えます。我々は藤吉郎(羽柴秀吉)への取次まで、日乗に頼っています。
この事について、どうか御推量ください。』

この時期の朝山日乗に存在感の大きさを、存分に表している記録であろう。
(吉川家文書)




815 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/01/21(土) 18:52:38.98 ID:bTMAn5bQ
でもこの後すぐ失脚するよな?

816 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/01/21(土) 19:04:01.78 ID:GA35w0jv
>>815
失脚というのはキリシタンが言っているだけで、実際には死亡年から見ても、この時期あたりから
体調を悪くして表舞台から去った、と見るのが今は主流だと思う。>日乗