老武士が男泣きに泣いた話

2012年01月25日 21:58

852 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/01/25(水) 00:54:58.87 ID:8iRVnDgO
大道寺直次は元亀2(1571)年生まれ
御厨の合戦では18の首級を挙げ、小田原の役では300の兵を従えて北条氏直に従し
その後徳川家康に拝謁して呉服羽織等を下賜されたという。
以後黒田如水、豊臣秀次、福島正則に仕え関ヶ原の合戦では岐阜城攻めで三か所に負うなど奮戦
正則の改易後は蟄居し、寛永11(1634)年5月に徳川家光に1000石で召しだされ12月には御先弓頭となった。

そんな戦国生き残りであった直次はある日坂下番所に近藤貞用を訪ねた。
この時直次は貞用にこのように語った。
「今指しているこの刀、片手で100度は打ちつけることが出来たものだが年老いた今では3打も出来ぬ。」
そして無念であると声をあげて泣きだしたという。

老武士が男泣きに泣いた話。





853 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/01/25(水) 08:22:09.29 ID:BMEfX9D/
黒田如水、豊臣秀次、福島正則、徳川家光に仕えるとはビッグネームばかりw

>年老いた今では3打も出来ぬ。
武辺者の時代の終わりを示してるようで寂しいねぇ

854 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/01/25(水) 13:12:56.82 ID:HYvPr3kU
そりゃ政繁の息子だから引く手あまただったろうね


855 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/01/25(水) 13:16:34.42 ID:HRvmd4Ig
打つ場がないと言って嘆くなら時代の移り変りかもしれんが、
個人の老いの嘆きとしかオレが感じなかったのはそれぞれの感受性の違いかw

856 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/01/25(水) 18:39:00.03 ID:ZH/+zZn2
いつまでも同じ刀差してないでもっと軽い刀に換えなよ(´・ω・`)

857 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/01/25(水) 21:39:19.04 ID:EiFFBlZo
忠勝のように刀を短くするとか
スポンサーサイト