563 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/04/07(土) 08:41:30.62 ID:CLQf/nBy
小田原の役の時の話。
小田原城を目指すべく、碓氷峠を越えて上州入りした前田利家率いる北国衆は松井田城を攻めるとともに、
一部の軍勢をその近くの支城に向けた。
その1つである幽崖城(西牧城)に対しては、依田康国が攻撃を加えた。
城主である武将多目周防守長定は奮戦するも多勢に無勢、とうとう城を捨てて落ち延びた。
しかし追撃は激しく、長定は近くの山まで逃げるしかなかった。
すると山頂付近に切り立った岩壁(地元では「メンバ岩」と呼ぶ)があり、そこからは藤つるが伸びている。
長定と家来たちはこれ幸いと、この藤つるを伝って岩壁の上まで登ると、追手が来れないように藤つるを
全て断ち切った。
しかし翌朝目覚めてから彼らは気づいた。
降りられない・・・。
降りる手立てとなる藤つるは前日に全部切ってしまったのだ。
あわれ長定主従、そこで覚悟を決め、小田原の方角を向いて自害したという。
そんな物語があることから、この山は物語山と呼ばれてるのだそうな。
(下仁田町史)
ちなみにこれとは別の話で、やはり戦国時代に武将(長定かどうかは不明)がメンバ岩の上に
財宝を置いて登るのに使った藤つるを切って自害したという話が伝わっている。
そしてまだメンバ岩の上にはその宝が置いてあるのだそうな。
564 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/04/07(土) 08:53:37.38 ID:OaBC1W3K
ぜんぜん関係ないけど稲垣メンバーって言葉がさいしょに頭に浮んだ
スポンサーサイト