平戸の東インド商館・強制閉鎖の理由

2012年05月04日 21:10

16 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/04(金) 18:13:25.50 ID:15ti2dtC
慶長五年のウィリアム・アダムス以来、極東の日本にもイギリス人が訪れるようになった。
当時のイギリスは、エリザベス一世の治世以来海洋国家として着実に踏み出しており、
時の国王ジェームズ一世と徳川家康・秀忠の間には書簡のやりとりがあり、
英国王室の武器庫であったロンドン塔には秀忠が贈呈した甲冑が保管されている。

君主同士だけではなく、イギリス人商人たちも平戸に東インド会社商館を築き、
活発に交流を始めていた。
ところがアダムス没後、わずか3年後の1623年にはこの商館は強制閉鎖されてしまう。
バダヴィアのイギリス人商人委員会からの一方的な命令であった。

しかしなぜなのか?
まず思ったよりも貿易が利益をあげないことがあげられる。
そしてそれ以上に、リチャード・コックスら商館員の態度があまりにひどく、
まさしく国の恥であったのだ。
借金する、酒屋で暴れる、若い娘に絡む、通りで暴力をふるう。
こうした連中の中には日本の奉行によって斬首された者もいた。

もっとも目に余ったのは性的な乱れであった。
商館員は日本人女性を妻にし、しかもとっかえひっかえしたという。
さらにはイギリス人やオランダ人同士で妻をまじえてワイルドなパーティをする始末。
朝まで続くパーティでは大量に飲みまくり、本国ではありえないほどセクシーなダンサーを
はべらせる酒池肉林ぶりである。

こんなパラダイスを去る気は商館員にさらさらなく、なんのかんのと滞在を引き延ばしていた。
だがついに強制連行するという脅迫を受け取り、彼らも重い腰をあげた。
上洛していた秀忠のもとに代表者を派遣し、この国から去ることを告げたのである。
ついでに莫大な借金返済も…ただし大名たちはこの申し出をやんわりと断ったという。

盛大なお別れパーティを終え、バダヴィアまで戻ったコックスを待っていたのは、
怠慢、浪費、そして遊興への叱責であった。即刻イギリスに戻り釈明せよと宣告されたコックスは、
己の失われるであろう名声を思いすっかり意気消沈、心身ともに病み衰え海上で帰らぬ人となった。

ポルノが没収され恥をかいたセーリスといい、(http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-5674.html)
以上、未来に生きた日本人に触発されて人生を踏み間違えたイギリス人の、悪い話である。





17 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/04(金) 19:11:40.41 ID:A3nzwVtG
他国から日本製品買った方が安かったとか?

18 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/05/04(金) 19:26:07.68 ID:FjlMaFMg
単純に儲からないから撤退したんだと思ってたけど
そんな事情もあったのね
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