斎藤利宗、波乱?の人生

2012年06月29日 21:01

188 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/06/28(木) 23:49:42.09 ID:4s59c1jM
斎藤利宗、波乱?の人生

斎藤利宗という、ちょっとマイナーな武将の紹介。

といっても、お父さんは有名です・・・

あの「斎藤利三」です。

189 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/06/28(木) 23:56:32.88 ID:4s59c1jM
彼は光秀の謀反に加担し、山崎の戦いで高山右近と戦うも、敗れて畿内に潜伏した。
そののち光秀に加担したとして捕えられ、細川忠興に預けられることとなった。

だが、その後、同族の斎藤兵部入道以密に訴えられ、北野天満宮で神意を問うことになった。
その方法とは・・・熱く熱した鉄を持ち、その火傷具合で非があるかないかを見極めるというものである。

190 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/06/28(木) 23:58:36.04 ID:4s59c1jM
この結果は利宗の勝利に終わり、今度は稲葉一鉄に預けられることとなった。
その後の彼は小牧の戦いに従軍して活躍し、朝鮮の役では加藤清正に属して活躍。
役後そのまま清正に仕え、5000石で召し抱えられたのであった。

順調にいけば加藤家の重臣になったのだが・・・

191 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/06/29(金) 00:04:25.51 ID:Z2hCvOqw
しかし、清正の死後、加藤家は分裂してしまう。

そう、「馬方・牛方騒動」である

利宗はこれに直接かかわっていなかったものの、勢力を伸ばした加藤右馬允正方と対立し、ついに
加藤家を飛び出してしまったのであった。

192 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/06/29(金) 00:08:14.13 ID:Z2hCvOqw
しかし、利宗は幸運だった。
妹が於福=春日局であったからである。

そのつてを頼ったかは定かではないが、5000石で家光に召しだされ、幕府につかえることになった。

193 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/06/29(金) 00:13:15.00 ID:Z2hCvOqw
その後、前半の流転人生がウソだったかのように安定した生活を送ることとなった。

元主家である加藤家の改易の際には、土井利勝、ダブル酒井忠勝、同忠世に混じって密議に加わっている。
その密議ののち、甥の稲葉正勝が城受取に加えられている。

194 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/06/29(金) 00:17:52.54 ID:Z2hCvOqw
越後の堀家が改易になった際には、城受取の役を務めている。

そして正保4年5月4日、81歳でこの世を去ったのであった。
なお、名乗りは伊豆守だったが、のち佐渡守に改めている。

195 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/06/29(金) 00:21:04.88 ID:Z2hCvOqw
そんな彼だが、最後に小ネタを一つ。

出版された『寛政重修諸家譜』では、宗利(としむね、とルビがある)と誤表記されてしまっている。
原本はどうなんだろう・・・?

細切れで読みづらくてすみませんorz




196 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/06/29(金) 03:04:12.71 ID:p3bJYqM8
火起請て勝ち負けによらず下手すりゃ手が使い物にならなくなったらしいがその辺は大丈夫だったんだな

197 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/06/29(金) 09:18:04.07 ID:M2bMXRSn
そんな危険なものに挑んだのかノブと作左…

198 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/06/29(金) 09:38:07.07 ID:7uclrbgO
あれって、なにかトリックがあった気がしたけど

199 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/06/29(金) 10:57:43.12 ID:HGN8hn2A
清正さんとかだと平然とやりそうだ

200 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/06/29(金) 11:26:05.59 ID:JDqW3Uy+
地味加藤さんならうっかりで火起請みたいなことやっちゃってたな
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