北條新三郎の亡魂

2012年12月12日 19:58

740 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/12/12(水) 05:29:13.12 ID:/eJrE2dz
永禄12年(1569)、武田信玄の駿河侵攻。

信玄は大宮通に討って出てあつばらを過ぎて加島へ進出し、悉く放火して富士川を渡り、岩淵の宿を焼いて
蒲原へ押し寄せた。

蒲原には北條新三郎が籠っていたが、当時駿河方面の北條方は、信玄の小田原侵入の煽りを受けて
小田原に集まっており、蒲原に残るものは少数であった。
このため甲州勢は、『きっと聞落(軍勢が迫るのを聞いただけで自落する)』と侮っていた。

しかし北條新三郎は少しも怯まず、信玄が城を取り巻き、徐々に攻め寄せると、新三郎は弟の少将をここに留め、
自身は狩野新八郎と共に出撃し、甲州勢を悉く追い立て、信玄の近臣・小幡弾正を初めとして悉く討ち取った。

ところが、である。蒲原城内に武田に内通したものがあり、これが甲州勢を城内に引き入れてしまった。
出撃していた北條新三郎・狩野新八郎・新三郎弟少将・渡邊以下三百余人、城に引き返し一人も残らず斬死した。

この新三郎という人は、北條一門でも優れた勇者であり、氏康に特に評価され、人も多い中に、この地域の拠点である
蒲原城を任されたほどの人であった。

ところがこの不慮の討ち死にに、最期に大きな怨念を持ち、霊鬼となってこの蒲原の山に留まった。
樵夫・刈草の童は、これを見て恐れること限りないほどであった。

天正の頃、この山に居住する僧があったが、新三郎の霊はこの僧の元に訪れ物語などをしていた。
ある時僧が、「あなたは何者ですか?」と問えば、「私は北條新三郎の亡魂である」と言って、たちまち煙のように
消えてしまった。

今でも蒲原の住人は、この新三郎の霊に遭う事があるのだという。
(關侍傳記)





742 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/12/12(水) 09:19:47.57 ID:T6krAu3h
>>740
僧が何とかしてくれるのかと思ったがそんなことは無かった

744 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/12/12(水) 11:56:16.27 ID:cpj77mD9
>>740
幻庵さんの息子さんだっけ

745 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/12/12(水) 15:21:51.00 ID:j+rWurv3
そうだよ
長男は夭折して、残った次男三男はここで討死に
幻庵じいさまの息子はこれで全員死んじゃった事になる

せめて兄と弟は別の城に置いてやれよ、って気がする

746 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/12/12(水) 18:18:09.79 ID:qa/7RCob
>>745
同じ死ぬなら兄弟共に一箇所で斬死にを、て考えなのかな。
兄弟がそう願ったのか上の配置なのかは分からんが。

747 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/12/12(水) 18:22:55.85 ID:zdNSsK1S
弟が指揮官である兄の副官を務めるのは普通の配置

748 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/12/12(水) 18:26:29.60 ID:p8wEpweF
だよね

749 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/12/12(水) 20:14:11.62 ID:R9HsZojG
弟が若年だと女装して兄の篭る城に単騎駆けするんだろ
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