葉隠から、ちょっと不思議な話

2013年07月03日 19:51

601 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/07/03(水) 08:48:12.34 ID:tR9aGuPf
鍋島直茂の祖父、鍋島清久が本庄の社に年越しの参籠をしたとき、
その社には既に一人の尼が参籠をしていたので、清久は尼に素性を尋ねたところ、
「一生行脚をしている者で、生まれた土地も父母も存じません」という返事であった。
清久は尼の身を哀れんで屋敷に連れ帰り、元日の祝膳を出してやり、五日間屋敷に置いておいたところ、
よく気が付いてこまめに立ち働くので、約束して夫婦になった。
この妻が産んだ子が、直茂の父である鍋島清房だということである、妻の名は松月妙栄(妙英とも)と言った。
清房が三歳になると、妙英は清久に暇乞いをし屋敷を出ていった。
清久は止めようと後を追ったがどうしても追いつけず、ついには筑後川を越え高良山の方へ向かい、やがて行方が分からなくなったという事である。

葉隠から、ちょっと不思議な話。
おとぎ話みたいだな。




602 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/07/03(水) 13:38:57.93 ID:dTwRYJ14
九州だから猫岳の猫かもしれんな

603 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/07/03(水) 14:02:01.16 ID:fycOV6BR
鍋島のほうが化け猫だったのか

604 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/07/03(水) 21:27:31.89 ID:TmhV5QdQ
>清久は止めようと後を追ったがどうしても追いつけず

左慈を追いかけた許褚思い出したw

605 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/07/03(水) 21:51:27.05 ID:iNC3M3XN
本当は遊女に産ませたのを、跡取りが遊女の息子とは聞こえが悪いので、
行脚の尼ということにしたのかなと思った

606 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/07/03(水) 21:58:33.29 ID:HEsRDELb
「三国志演義」には許チョが左慈を追っかけるが追いつけない、て描写があるが
「三国志」「後漢書」「捜神記」「神仙伝」といった書物には左慈と許チョの話はでてこないはず
「神仙伝」には孫策が馬で左慈を追うが、どうしても追いつけなかった、て話があるから
そちらのほうが例としては適当かと

607 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/07/04(木) 08:26:16.04 ID:rQA4dZJ8
>>605
俺もそう思ったわ

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