假屋原甚右衛門の活躍 その1 馬の飼料

2013年07月06日 20:00

620 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/07/06(土) 07:42:34.85 ID:VdEudswC
假屋原甚右衛門の活躍 その1

祐兵様は都から一里ほどの松山(セウセン)と言う城に文禄二年二月より
在陣していたが、このとき馬の飼料が尽きて難儀に及んだ。

これにより祐兵様は假屋原甚右衛門尉満次を呼んで「昨日、島津又次郎
家中の者が大豆を求めに出たが、唐人多人数が現れて半弓で射たて、是
を追ってきたので、手負い数人を出してむなしく陣屋へと戻ったと聞く。
汝は才覚をもって筏を組みモクソ川を渡って大豆を求めてくるように。
警護の為に鉄砲足軽十五人を差し添えよう」と仰せられた。

假屋原は難儀な事だとは思ったが断わりようもなく、陣屋を出てモクソ
川を渡って大豆二十五石を得て、その上テルマカクセイの郷民等十八人
を捕えて戻ってきた。

(日向記)

朝鮮陣のところでやたらと假屋原甚右衛門の記事があったので、三部作
として書き込みます。

ところで島津又次郎って誰なんでしょう。




623 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/07/06(土) 18:05:14.53 ID:WbhhgLau
ググってみると小田原の北条氏家臣ってのしか出てこんね>島津又次郎

624 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/07/06(土) 18:36:58.55 ID:VdEudswC
>>623
そうなんですよ。他は幕末の人だったりしますしね。

次郎以外の又○郎だとすれば多数の候補が出てくるし
次郎が正しいとすれば藤次郎あたりもありそうですし・・・

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假屋原甚右衛門の活躍 その2 兵糧才覚

2013年07月06日 20:00

621 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/07/06(土) 07:43:08.77 ID:VdEudswC
假屋原甚右衛門の活躍 その2

祐兵様が朝鮮国楚天(泗川)に在陣していたとき、兵糧が既に尽きよう
としていた。そこで假屋原甚右衛門を呼んで汝が才覚するようにと
仰せられた。

甚右衛門は警護の足軽十人を召し連れ田里へ出て人跡山林を見回って
みたころ、洞穴を隠したような怪しい所があるのを見つけて掘りかえ
してみたところ、穴蔵が三つ見つかった。

甚右衛門は大いに喜んで、大小豆大小麦を掘り出して馬を探しだし百駄
をつけて帰ってきたと言う。

(日向記)

「前回と同じパターンかよっ」と言いたくなる出だしですが、それだけ
朝鮮陣では兵糧馬糧の手配に困ってたんでしょうね。

隠し倉庫を見つけられた住人にとってはとんだ災難でしょうか。





假屋原甚右衛門の活躍 その3 蔚山遊猟

2013年07月06日 20:00

622 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/07/06(土) 07:43:58.22 ID:VdEudswC
假屋原甚右衛門の活躍 その3

祐兵様が清館に在陣していたとき、士卒を船に乗せ蔚山へと鴨狩に
遣わされたが、この時、伊東平右衛門と家僕一人、曽我弥三郎が同道
して三人で奥深く遊猟していた。

假屋原甚右衛門はこの三人と途中で行き会い、甚右衛門は平右衛門に
対して「少人数で奥深く入られると伏兵にあって難儀するでしょう。
早く引き返して下さい」と申しあげた。

平右衛門は血気盛んな若武者であったから「何ほどの事があろうか、
其の方も来られよ」とさらに奥へと向かった。

甚右衛門はこれを見捨てがたくともに遊猟していたところ、案の如く
韓人三十人余りが現れ半弓をもって射たててきた。

多人数に対抗するすべもなく引き上げようとしたが、弥三郎は皆とは
離れていたので早々に討たれてしまった。

平右衛門と家僕、假屋原の三人は離れずに引き退いたが、厳しく追い
迫ってきたので、道の端にあった少し切り立った場所を後ろ盾として
襲い来る韓人を切り払う事、三・四度に及んだ。

これで討ち取り難いと思ったのか怯む色が見えた所で、三人一緒に
切って出て追い払った。

この時、平右衛門は二ヶ所、家僕は三ヶ所、假屋原は六ヶ所を負傷
した。平右衛門主従は深手であり歩行も叶い難く見えたので、韓人が
うち捨てた半弓を手輿としてこれに乗せ、舟へと戻って帰陣した。

祐兵様はこれを聞き「假屋原の働きにより平右衛門の命が助かった」
と肥田木伝右衛門を使者として備前祐定の御刀を褒美に与えられた。

(日向記)

ようやく兵糧探し以外の話です。大名でも中川秀政が狩猟中に討たれ
たりしてるから、敵中の狩猟は危険だったのでしょうね。

なお伊東平右衛門は以前の逸話にも登場した虎ハンターです。