我が孫に似合いたる申し付け様なり

2018年05月25日 20:08

950 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/05/25(金) 14:41:32.99 ID:xEuNUbXd
我が孫に似合いたる申し付け様なり


尼崎城は池田家の縁者で幼少の建部三十郎(政長)が城主だったため
慶長19年5月21日、家康は池田利隆の家臣池田重利を摂津尼崎代官とした。

10月27日、家康は池田利隆を呼んで
「尼崎は西国往来の要路で兵糧運送の喉である。これを大坂に取らせては
 ならないので、早く播州に帰り多くの士卒を尼崎城に入れて守るように」
と指示したので、利隆は家臣の田宮対馬(長勝)*らを送っていた。

ところが大坂の陣が始まると、尼崎城では進軍用の小舟を借りにきた
片桐且元を疑い取り合わなかったので、城の周りの片桐の兵が大野修理亮に
多数討ち取られて、茨木城に帰っていく事態となった。

大いに怒った片桐は使者を板倉伊賀守に送り、板倉が関東に伝えると
大君(家康)も大いにお怒りになり
「武蔵守(利隆)の者共が尼崎にありながら
 どうして片桐の兵を見殺しにしたのか糺明せよ」
と板倉に仰せ付けた。

板倉が西宮に陣取っていた利隆公のところに来てそのことを申したので
利隆公も大いに驚いて
「私はそのことを知りませんでした。尼崎の者共に訳を聞きます」
と言って尼崎に使者をやり穿鑿させた。

尼崎の者共が"そもそも片桐を助けたくても無勢なので助けられなかった"と
返答しようとしたので、田宮が進み出て
「その返答はよくない。ここは要路なので多勢をもって固めるようにとの
 直接の上意だったのに、城中が無勢だったとは申すべきではないだろう。
 それがしが申し分を考えよう」
と言ったので、使者には田宮が考えた以下の申し分を返答した。

片桐の兵が討たれているとき、尼崎城中では助けようとしたが田宮対馬と
申す者が出てきて"お助け無用"と止めてきた。田宮に理由を聞くと
「城をよく固めよとの上意で武蔵守殿が我々を配置したのだし、尼崎は
 海陸に道があるので一方より誘き出され、搦手の納戸のような所から
 攻め落とされたらひとたまりもない。天下の大事に比べれば片桐の者共を
 助けないことは落ち度ではない。この西国咽頭の要害を敵に取られる方が
 主君の弓矢の落ち度になり、天下の大事になってしまうのだ。」

「迂闊に城を出て、敵に足元を掬われたらどうする。ここの難波口木津表で
 中入りによって原田備中(塙直政)は討死し、それで信長公は災難に遭われた。
 勝入公が長久手で敗軍したのも、中入りの手立てが不調に終わったからだ。
 一人も助けに出てはいけない。大体片桐の兵のようではあるが、万が一つ
 我々を誘き寄せる為の大坂の偽兵かもしれないのだぞ」
と田宮が申したので、城兵で相談して片桐勢をわざと見殺しにしました。

使者からこの返答を聞いた利隆公は、この趣を一書にしたためて板倉方に渡した。
大君がこの一書を御覧になって
「輝政は日頃矢に念を入れていたから、下の者もその風を忘れずにいたのだな。
 今度の仕方は、我が孫に似合いたる申し付け様なり。
 尼崎城外で何があろうと出合いはせずよく城を守るように」
と仰せになり事が済んだという。


――『池田氏家譜集成』

* 池田利隆の家臣。のちに家康の命により徳川頼宣の家臣として800石で仕える。
 居合を主とした剣術「田宮流」の2代目とされる。



951 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/05/25(金) 18:29:45.98 ID:4ko1/ESr
抜刀田宮か
修羅の刻で見たような記憶が

952 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/05/25(金) 20:21:58.17 ID:Lm1qhWqo
充分に兵力を入れていなかったのを、いい抜けた話か。

953 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/05/25(金) 23:54:44.12 ID:cMVWVWaf
片桐の兵共々鉄砲で追い払えば良かったのに

954 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/05/26(土) 18:48:06.81 ID:HOWgnCDb
そんなことできるのは伊達さんだけ
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池田利隆、生母との逢瀬

2017年12月07日 18:58

395 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/12/06(水) 19:44:01.42 ID:wehhV3dI
池田利隆、生母との逢瀬


池田輝政の正室絲姫(中川清秀の娘)は、天正12年に利隆を出産し
その後病気になり実家の中川家に帰ったとされる。
『池田家履歴略記』では、絲姫は利隆の出産後に出血が収まらず
物狂いのようになってしまい、遂に治らなかったという。
真偽はともかく、輝政が督姫を継室に迎えた後も池田家と中川家には交際があり
関ヶ原前には絲姫の弟・秀成が輝政の仲介によって家康に忠誠を誓ったりするなど
池田家側からの一方的な離縁でなかったことだけは確かである。

『中川氏御年譜』でも、慶長13年に
中川家の大坂屋敷に住んでいた性寿院様(清秀の正室で絲姫の母)が
岐阜様(絲姫。輝政と共に岐阜城に住んでいたことがあった為そう呼ばれた)と
小長様(秀成の兄秀政の娘)と一緒に中川家の領地の岡へ向かう前に
"松平武蔵守利隆様"が三人の送別の為に饗応をしたとの記録が残っている。

利隆は絲姫のことを引き取りたいと、中川家の家老にまで書き送ったものの
大阪の陣前後の騒がしい時期であったため、遂に叶うことのないまま
絲姫は元和元年岡城において五十歳で亡くなり、西光寺に葬られた。



何宗であっても松を立てよ

2017年07月07日 17:33

936 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/07/07(金) 10:57:24.12 ID:18PP1XD/
何宗であっても松を立てよ


ある年の十二月晦日に興国公(池田利隆)が櫓に上り
家臣の高木内記の家をご覧になったが門松がなかった。
「どうして門松を立てないのか」
と(利隆が)尋ねたので、内記は
「それがしの宗旨は一向宗であるので、いつも松かざりもいたしません」
と答えたが、興国公は
「何宗であっても松を立てよ」
と仰せられたので、すぐに御厨から人が来て門松を立てたという。


――『池田家履歴略記』

浄土真宗の門徒が神道由来の門松を避けていたというお話。



937 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/07/07(金) 15:29:45.75 ID:uVcwbxIo
浄土真宗の人が自分のこと一向宗っていうんです???

池田利隆の乳母

2013年10月31日 19:19

460 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/10/31(木) 17:35:45.16 ID:sbzUBMtC
池田利隆の乳母は古田甚内の妻である。ある日、利隆が門外で
遊び戯れていると、狂った僧が来て利隆を奪い、空室に入った。

衆人はただそこを取り囲むばかりであったところ、乳母は衣を持って
静かに落ち着いて僧に近づいた。

「とても寒いですから、どうぞしばらくその子を私に貸してください。
あなたがこの衣を着た後に、お返しします」と、乳母は僧に言った。

すると僧は利隆を放したので、乳母は利隆を抱いて離れた。

――『皇朝金鑑(日本智嚢)』




461 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/10/31(木) 21:12:53.66 ID:6wUnyXdP
乳母の機転は素晴らしいが、狂った僧って怖いな

462 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/11/01(金) 14:10:14.69 ID:wzWHPK96
>>461
私、錯乱坊

463 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/11/01(金) 18:36:20.41 ID:5XK1ent5
本願寺だ!

464 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/11/01(金) 21:28:04.52 ID:KlJ4x1QH
>>462
運命(さだめ)じゃ

465 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/11/01(金) 21:44:20.57 ID:VlTXoGo4
そのうち、うる星やつらのネタも通用しなくなるのだろうか…

466 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/11/01(金) 23:47:33.83 ID:amd12zl7
うる星って、もう30年過ぎたのか

高木内記の殉死

2013年08月27日 19:50

978 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/08/27(火) 18:20:53.14 ID:y6/AsSPv
元和二年、池田利隆が亡くなった。高木内記は起臥の愛を受けたというわけではないが、
無双の寵臣であった。これ故に高木は「かねてより覚悟したことなので殉死する」と言った。

これを番大膳と芳賀内蔵助は「内記が殉死するならば、私達も莫大な御恩を蒙った以上は
存命しがたい。しかし、一国の政事を執ってゆく二人が殉死することは、

幼君に対してこの上ない不忠だ。だから私達は他の人口などに拘らずに幼君を守り立てる所存だ。
どうか内記も殉死は止めてくれ」と理を尽くして留めた。

高木はひとまず二人に対して殉死を留まったのだが、かねてより思い詰めたことであったので、
利隆の死後、四十九日に当たる日より食を絶ち、その年の八月二十日に餓死した。

当時、高木の死は「世上の殉死よりもひときわ困難な死を遂げた」と評された。

――『埋礼水』




979 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/08/28(水) 06:33:01.12 ID:Rf3PPeou
切腹より餓死の方が評価されるとは

980 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/08/28(水) 07:48:09.50 ID:Xe/O/6xA
平盛国辺りに倣ったんだろか

981 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/08/28(水) 11:09:46.68 ID:raFkBi0C
切腹はしないと約束しちゃったので餓死しました!

982 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/08/28(水) 12:52:14.73 ID:PRTuB8UT
まぁ切腹の方が辛くはないだろからな・・・

983 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/08/28(水) 13:49:38.83 ID:P2Log87N
番さんと芳賀さんの止め方も微妙だな
死なれるとおれたちの面目が立たなくなる
みたいな言い方はどーなんだろ

984 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/08/28(水) 15:10:28.41 ID:mvRMVnsr
正直でいいやん

985 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/08/28(水) 15:17:14.22 ID:P2Log87N
まあそれ言ったら高木さんが一番正直だろ

986 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/08/28(水) 21:02:36.98 ID:S0YR5kHe
ごくごく個人的な印象に過ぎないんだが、大膳を名乗る武将は多いけど、なぜかあんまり
いい場面で登場する記憶がない。

987 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/08/28(水) 21:13:00.78 ID:PkBgnFPb
悪いスレで大膳が二人続けてでたからとか

988 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/08/28(水) 21:27:11.51 ID:3DKrPWwb
んじゃ弾正で

994 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/08/29(木) 11:01:33.74 ID:0AvAjFMu
>>986
既出の逸話でなら谷川大膳が居るじゃない。

稀にみる女体化戦国もので描かれたら一途なドジっ娘にされそうだが。