川原御所の事件

2013年09月11日 20:09

303 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/09/11(水) 18:01:38.78 ID:4Inlku3Z
永禄5年正月六日、晴天で東風が少し吹いていた。
同二日浪岡御所様(北畠具運)は昨夜至極の悪夢を御覧になり、
奥方も悪夢を見られた為、御祈祷を色々と被りなされた所、
三日には雪が降り大風が吹いて全く不思議なことであると人々は言っていたが、

四月五日に川原の御所(北畠具信)御親子は大御所へ切り入り、
大騒動となり城中防いでいたが終に大御所を殺害し川原の御所御親子も切られて、
家中の者は散々に逃げ去った。
御所様の御息子三郎殿(北畠顕村)は当時五歳であり、
北畠左近の計らいで養育して三郎兵衛殿と改名なさったが、その後浪岡譜代の武士も多く浪人となった。

『本藩通観日記』より、名門浪岡北畠氏の衰退が決定的となった川原御所の事件でした。





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