「太平記」とよばれる歴史物語

2017年04月18日 18:23

830 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/04/17(月) 21:37:32.59 ID:MsDcnCUQ
ジョアン・ロドリゲスは過去にも何度かスレに出てきたポルトガル出身のイエズス会宣教師で
10代後半を日本で過ごし耳川の戦いにも参戦し、日本語に関する「日本大文典」「日本小文典」を書き、
明の軍事顧問をした人物だが
http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-8123.html
集英社のシリーズ<本と日本史>④「宣教師と『太平記』」の日埜博司編訳ジョアン・ロドリゲス『日本小文典』から孫引き

まさしく日本語でものされているというふさわしい書物で、生徒たちに講じてやってもよいものを、
クラス別に分けてみるとつぎのようになる。
第一のもっとも低いクラスには「舞」および「草子」がくる。
第二のクラスには「撰集抄」「発心集」というものがはいる。
第三のクラスには、歴史物語を意味する「物語」という名の書物がはいる。
たとえば「平家物語」「保元平治物語」がそれ。これらはこのジャンルに属するもののうちでは
ひときわ優れたものであり、いちだんと優雅な文体からなるものである。
第四のクラスには、「太平記」とよばれる歴史物語がはいる。
これは日本にあるもののうちもっとも荘重で高尚な文体のものである。

「宣教師と『太平記』」では、太平記を平家物語の上位に置くという考えをロドリゲス特異のものでなく
戦国日本の評価をある程度反映したもの、と論じているが、興味深かったのでロドリゲスに関する話として


スポンサーサイト

「日本語大文典」より、戦国期の動詞の活用の一例

2015年04月13日 18:46

831 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/04/12(日) 23:07:23.95 ID:Hc6A8vbq
http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-category-1667.html
で出ていたジョアン・ロドリゲスの「日本語大文典」についての研究書があったので買ってみた
動詞の活用の一例
語根 Curabe(くらべ), 現在時制 Curaburu(くらぶる), 過去時制 Curabeta(くらべた), 未来時制 Curabeo^ (くらべん), 命令 Curabeyo(くらべよ), 否定形 Curabezu(くらべず)
と現代の国文法なら日本語を膠着語と考えるから、不変の「Curab」を語幹とするところを、
屈折語のラテン語文法が規範となっていたために最も多用される「Curabe」を語幹としたり、
動詞の人称・数に対する活用?を
一人称「でござる」二人称「でござる」三人称「でござる」、単数「でござる」、複数「でござる」
とこれもラテン語などヨーロッパの言語では活用するから、日本語ではすべて同じなのに一々繰り返したり
(もっとも、モンゴル語とかトルコ語のような日本語同様の膠着語でも人称語尾がつくから表記したのかもしれないが)
ラテン語のように主格(-Φ, -ua, -ga, -no, yori)、属格(-no, -ga)、与格(-ni, ye)
対格(-uo, -uoba, -ua, ga)、呼格(-Φ, icani -)、奪格(-yori, -cara, -ni)
複数主格 -tachi, (後のも-tachi-の後に上の格変化語尾を加えて全て書き出している。
一応「ラテン語のような屈折はなく、不変の助辞がくっついている」という説明がある)
としていたり、と内容は日本語文法なのにどこかヨーロッパの言葉を学んでいるような感じがして面白い




しかしシナ人たちは

2013年12月21日 18:03

924 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/12/21(土) 00:19:11.89 ID:G38eoc5n
カピタン・モールのガスパル・ピント・ダ・ロシャが名護屋に太閤様を訪れました時、
金色の槍を携えた(アフリカの)カフル人を護衛として連れて参りました。
カフル人たちは赤い衣装をまとい、太鼓と笛を携えていました。
太閤様はカフル人たちに太鼓と笛に合わせて踊らせました。
カフル人たちは元来、この上もなく踊りが好きでしたから、それを見る人々は腹を抱えて笑い転げました。
と申しますのは、彼らは順序も調和もあったものではなく、あっちに飛びこっちに跳ね、
始めたら最後、いくら「もうよい、十分だ」と言いましても踊りをやめさせる方法はなかったからでございます。
太閤様は彼ら一人一人に、前が開き、きわめて繊細な麻で出来た肌着である白いカタビラをとらせました。
私が彼らに、これを賜わった方に尊敬をあらわし、名誉としてそれを頭上にいただくようにと言いつけますと、
彼らはカタビラを、まるでインドの船乗りたちのターバンのように頭にくくりました。
太閤様をはじめ、居合わせた政庁の人々全員が楽しんだ光景でありました。
カピタン・モールは、輝くばかりの出で立ちで訪れましたので、この政庁では彼の噂でもちきりとなって、
人々はあれほどの人間はこの世にいないと語らいました。
人々がそのように噂する動機をもたらしましたのは、たまたまその時、
一人は学者で、もう一人は軍事の高官である、二名のシナの使節が居合わせることになったからでありました。
彼らは七十名あまりのシナ人を従え、2人の使節は白馬に乗り、
従者たちは彼らの流儀で笛とパテーガス(金属製の鉢)を演奏していました。
ですが一行は誰も皆甚だ汚く悪臭を放ち、醜態の極みでありました。
もとより彼らの多くは大麻のような目の粗い胡椒袋のカルサンを着用していましたが、
その所持品はまったくくだらないものばかりで、太閤様への贈り物は携えていませんでした。
一行は数日間滞在して、その間、そこに居合わせていました日本の全諸侯からつねに余興を伴った宴会のもてなしを受けました。
しかしシナ人たちはいとも謹厳に構えて、あたかも誰をも相手にしないように見受けられました。

宣教師ジョアン・ロドリーゲスの手紙より
知ってる人は知ってるだろうが、当時のヨーロッパの衛生状態はかなり悪い
そのヨーロッパ人にここまで言われてしまうシナ人の話




925 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/12/21(土) 00:46:53.73 ID:OEsnFTJh
宋応昌・沈惟敬が日本に派遣した
明皇帝からの勅使に偽装させた部下の謝用梓と徐一貫の事なのかな

ポルトガル人から見ても胡散臭かったってことか



926 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/12/21(土) 01:51:15.23 ID:Wf+sB5zs
ジョアン・ロドリゲスは13、4歳頃にポルトガルの田舎を出て
16歳くらいに日本に来て、その後豊後の修練院で育った人で、
日本語や日本文化に精通して通訳士として活躍した人だから
感覚的にはあまり西洋人的ではないのかも



927 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/12/21(土) 06:29:21.71 ID:FRfUXB83
その人物主役に長編小説書けそうだな




931 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/12/21(土) 07:16:14.36 ID:gIR0ZHw0
>>926・927に絡んですこし。

ジョアン・ツヅ・ロドリゲスといえば、『日本語文典』という日本の文法解説書をはじめ、日本に関する著作をたくさん書いた人で有名。
日本語はイエズス会士の中で最もうまかったらしい。
人生的にも、高城・耳川合戦に居合わせたり、島津の府内攻撃で慌てて避難したり波乱万丈。
そのうえイエズス会士の財務担当としても大活躍。家康の貿易顧問にもなったり。
……なんてはなしがWikipediaに詳しく載ってる。

けど、この人のマカオに追放後の人生も非常に面白い。
というのも、明朝の軍事顧問・陸若漢として、砲兵部隊を鍛え、しかもその砲兵部隊を率いて実戦にも参加。
山東登州では、反乱軍と城門の中でやりあって負傷し、崇禎帝から褒美と「登州副将」の官職をもらってる。
明清あわせて、唯一の「夷人将軍」となったとか。

当然、ふつうの漢文もバリバリ書けるので、朝鮮人と文通して布教したりもする。
朱子学もわかっているから、うまく朱子学の教えと噛み合わせながら宣教できた。

ほんと、この人を大河ドラマにしたらめちゃくちゃおもしろいんじゃないかと。




932 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/12/21(土) 09:54:29.14 ID:7ZB+1H2Q
>>931
事実は小説よりも奇なりを地で行くような人生だな
大河ドラマ化は無理だろうから誰か小説にしてほしいわ

933 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/12/21(土) 13:14:28.55 ID:tMED3JMG
「陸若漢」て、素人見ではいかにもツヅ・ジョアンの当て字っぽいけど
当時の言語(発音)では何て読(呼)んでたんだろう。

934 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/12/21(土) 13:15:24.79 ID:MS3TCgbX
スケールでかすぎて今の大河じゃ無理だわなw
半径3メートルの価値観でしか書けなくなっちまってるし
現代人の目線なんてどうでもいいんだよなあその時代の空気を感じさせてくれよってはなしで

935 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/12/21(土) 13:32:15.25 ID:uhzBTJg3
あれはほとんど功績のない人を主役にしてる時点で大河ドラマとして終わってる。
2時間ドラマを無駄に引き伸ばしてるに過ぎない。


940 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/12/21(土) 16:50:39.68 ID:23I4s9Xe
>>933
漢字の音韻学のサイトで調べると洪武正韻箋(明初期)と分韻撮要(18世紀末?)のそれぞれの音韻は
http://ytenx.org/
陸:盧谷切 入聲一屋 祿小韻(洪武正韻箋)、來母 篤韻 陽入 六小韻(分韻撮要)
若:爾者切 上聲十六者 惹小韻or如灼切 入聲六藥 若小韻(洪武正韻箋)、日母 着韻 陽入 若小韻(分韻撮要)
漢:虚汗切 去聲九翰 漢小韻(洪武正韻箋)、曉母 干韻 陰去 漢小韻(分韻撮要)

と書いていてなんだが、正直11世紀初頭の「広韻」と、現代普通話の発音しか今わからないんで、両者併記でごまかす
陸の子音の「盧」「來母」は「広韻」で「l」、母音の「祿」「篤」は「入聲一屋」で「uk」(ただし入声は消失していたので末尾のkはなし)
若の子音の「爾」「如」「日母」は[ɲ]→[ɲʐ]→[ʐ]と変化し、母音の「上聲十六者」は「麻三開」で「ia」、「入聲六藥」「着」は「iak」
漢の子音の「虚」「暁母」は「x」、母音の「九翰」「干韻」は「寒部」で「an」

よって陸若漢は
lu ʐia xan
と普通話の
lu reかruo han
間なんで、ロドリゲス→lu(ルー)、ジョアン→ʐehanかʐuohan(ジョハン)
あたりが適当なんじゃないかと