691 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/11/05(水) 13:25:35.46 ID:bsemGf33
谷地城の下美作
以前の話と異なるものがあったので投下
長谷堂合戦の後に谷地伯耆・寒河江広俊の率いる兵3000と、長谷堂城主志村光安の援軍兵1000が上杉軍下吉忠の篭る谷地城を取り囲んだ
志村光安が下吉忠に降伏を求め一人谷地城に入ったが、吉忠は光安に時間を貰い席を外すと、城奥で一族老臣を集めて最上軍に降るか抗戦を続けるかの軍議を開いた
内談は皆渋り顔で結論が中々纏まらなかったが、吉忠の一族の下美作が進み出て申し出るは
美作「敵の重臣の志村光安がのこのこ一人で谷地城内に来たのですから、これを幸いに人質にとって庄内に帰るべきです!
志村ほどの人質ならば最上軍もまさか追撃しにくいでしょう」と発言した
吉忠はこれを聞くと「…人質といっても伊達政宗が二本松に父を人質に取られて敵と共に射殺した事もあったよな。
志村光安は一人で身を捨て我等に道理を説き、敵を助けるために降伏を勧めてきたのだ。光安は人質にせず、ましてや殺さずに陣に帰すべきである。
武士の体面を大切にするならあとは潔く一同城を打って出て討ち死にするくらいしかないよ」と答えた
すると列座の者から
「志村光安は敵に対してもけして嘘いつわりを申さずと聞き及んでおります
その志村が我等が篭城・継戦を無駄と申すなら、一度は捨てた命を生まれ変わった気で新しき主のために使ってみてはどうでしょう?」との声が上がった
この声に我もそう思うと評議は一決し
「志村光安に身を任せて降伏しよう」と慌ただしく谷地城の開城降伏が決まった
『奥羽永慶軍記』
下美作が志村光安を人質にしようとしていた異聞
谷地城の下美作
以前の話と異なるものがあったので投下
長谷堂合戦の後に谷地伯耆・寒河江広俊の率いる兵3000と、長谷堂城主志村光安の援軍兵1000が上杉軍下吉忠の篭る谷地城を取り囲んだ
志村光安が下吉忠に降伏を求め一人谷地城に入ったが、吉忠は光安に時間を貰い席を外すと、城奥で一族老臣を集めて最上軍に降るか抗戦を続けるかの軍議を開いた
内談は皆渋り顔で結論が中々纏まらなかったが、吉忠の一族の下美作が進み出て申し出るは
美作「敵の重臣の志村光安がのこのこ一人で谷地城内に来たのですから、これを幸いに人質にとって庄内に帰るべきです!
志村ほどの人質ならば最上軍もまさか追撃しにくいでしょう」と発言した
吉忠はこれを聞くと「…人質といっても伊達政宗が二本松に父を人質に取られて敵と共に射殺した事もあったよな。
志村光安は一人で身を捨て我等に道理を説き、敵を助けるために降伏を勧めてきたのだ。光安は人質にせず、ましてや殺さずに陣に帰すべきである。
武士の体面を大切にするならあとは潔く一同城を打って出て討ち死にするくらいしかないよ」と答えた
すると列座の者から
「志村光安は敵に対してもけして嘘いつわりを申さずと聞き及んでおります
その志村が我等が篭城・継戦を無駄と申すなら、一度は捨てた命を生まれ変わった気で新しき主のために使ってみてはどうでしょう?」との声が上がった
この声に我もそう思うと評議は一決し
「志村光安に身を任せて降伏しよう」と慌ただしく谷地城の開城降伏が決まった
『奥羽永慶軍記』
下美作が志村光安を人質にしようとしていた異聞
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