丸亀城を今の我々が目にすることができるのも

2014年04月17日 19:00

4 名前:人間七七四年[] 投稿日:2014/04/17(木) 16:49:41.66 ID:uY1P5ieq
讃岐の丸亀城。数少ない現存天守の残る貴重な城である。

丸亀城は慶長のころに生駒親正によって築城されたが、元和元年の一国一城令により廃城と決まった。
しかし時の藩主・生駒正俊は、祖父の親正が石工を井戸に落としたり、豆腐屋を人柱にしたりと、
心血を注ぎ築城した丸亀城を惜しみ、城の要所に樹木を植えて城を覆い隠し、カモフラージュに成功。
人の出入りを厳しく制限して城を破却したように見せかけて城を残した。

丸亀城は天守のほかに大手一の門・大手二の門・御殿表門・番所・長屋・石垣などが現存しており、
今の我々が目にすることができるのも生駒正俊さんのおかげ・・・かもしれないのだが、
築城の逸話を考えると、いい話に投稿するのもなんだかなぁと思ったのでこっちに。
余談ではあるが、今の丸亀城は山崎家治が改修し、京極氏の時代に完成したものだから、
破却してても見れたかもしれない。





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