鑓を合わせなかった事

2014年10月31日 18:51

142 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/10/30(木) 21:50:34.54 ID:gQOwjDV4
関ヶ原の役、岐阜城攻めの際、岐阜中納言織田秀信の重臣である木造左衛門(長政)は勇戦し、
手勢10人ばかりで引き退いていたのを、東軍側よりただ一人、鑓を引っ提げ駆け来て声をかけた者があった

「私は福島正則の与力、川村伝右衛門である!返せ!返せ!」

そう挑発してくるのを、木造は顧みもせず静かに引いていたが、川村がしきりに呼びかけるため
木造も遂に怒り、馬を止め「憎き奴め!首を討ち落としてくれる!」と引き返そうとするのを、
家臣たちが強いて諫め、遂に城中に引き入り門戸を固めたため、川村も是非無く引き返した。

その後岐阜落城して木造は牢人したが、軍功の誉れ高い人物であったので諸家から招かれ、
その中の福島正則に、一万石で客分として抱えられた。

ある時、福島正則と木造左衛門が対談していた時、木造がふと問うた
「御家士の中に、川村伝右衛門という勇士はおられるでしょうか?」
正則はしばらく考え
「直参の侍にはそういう名前は無い。与力共の中にはいるだろうか?」
そう近習に申し付け調べさせたところ、早速この川村伝右衛門を呼び出した。

正則は川村を近くに招き、木造に「この者が川村伝右衛門である」と紹介した。
木造は川村に尋ねた
「いつぞやの岐阜での合戦において、私が引き上げていた時にただ一騎にて『返せ!返せ!』と
声をかけられたのは貴殿でしょうか?」

「いかにも、それは拙者です。さてはその時、引き退いていた大将は貴殿でしたか。」

それより互いに、その時の甲冑の毛色などを語り合った。
そうして木造は川村に言った

「あの時の貴殿の勇気、馬上に槍を取ってただ一人、衆に離れて進まれし有り様、その
天晴なる武者振りに、誠に一騎当千と見えました。
あの時貴殿と鑓を合わせなかった事は残念に思いましたが、合わせなかった故に、今対面することが
出来ました。」

川村はニッコリと笑って
「仰せのごとく、あの時鑓を合わせていたら、今対面することは出来なかったでしょう。」

その後、話も済んで川村が退出しようとするとき、正則は「しばし待て」と言いながら、筆を執って
川村に二千石の墨付を与え、さらに与力20騎を預けた。これに川村は感涙を押えながら退出した。

木造はさすが岐阜中納言の重臣ほどあって、川村をそれとは言わず昇進させたのだ。
人々はそう語り、皆感じ入った。

川村伝右衛門は福島家が滅びた後、細川越中守に三千石にて抱えられた。
この話は川村伝右衛門の分家である、松平丹後守家臣の川村某が語ったものである。

(明良洪範)




143 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/10/31(金) 01:27:43.44 ID:AwJxo9Wc
主君そっちのけで話し合ってる横でわくわくしてたんだろうなあ、このときの福島さん

144 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/10/31(金) 01:35:55.07 ID:u6nUfvni
市松っつぁんは幸せ者だな、本当に愛すべきなんとやらた

145 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/10/31(金) 02:09:00.23 ID:ddUVnLPA
酒の絡まない市松はほんといい奴だな

146 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/10/31(金) 08:56:53.92 ID:Is14By4n
木造さん勢州軍記だと市松に2万石で召し抱えられてるね

147 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/10/31(金) 17:40:02.46 ID:7QuXCc0r
これ市松さん直参の侍の名前全員分覚えてるってことだよな
市松さんすげー

150 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/11/04(火) 12:42:11.32 ID:Z0TOaDRV
福島の家での与力のは直参ではなく陪臣になるのですか?

151 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/11/04(火) 13:06:27.35 ID:d8QMzJsm
その直参じゃなくて、直参=御目見クラス。じゃね。江戸時代の用語的に。

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福島正則、木造長正を心配す

2012年10月26日 20:01

79 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/10/26(金) 18:15:40.74 ID:LhmtQg1g

関ヶ原の戦いの前哨戦である岐阜城の戦いにおいて、
織田秀信の家臣・木造長正は奮戦して負傷し、岐阜近くの民家にいた。

福島正則はこれを聞いて使者を遣わし「今日の戦の怪我が気掛かりだ。
医者を申し付けたほうが良いのではないか」と、長正に伝えさせた。

これを聞いて長正は「厚いご好意は本当にありがたい。
軽傷ですから些かの御心遣いも無用です、とお伝え下さい」と言った。

その後、長正は前田利長に招かれたがこれには応じず、
正則の招きに応じて二万石を与えられた。

――『名将言行録』





80 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/10/26(金) 20:54:01.46 ID:y2dtVPgs
酒の入ってない市松は本当にできた人だな
…酒さえ入らなければ本当に

81 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/10/26(金) 21:01:06.60 ID:MCgYhkiG
そういう気配りのストレスを酒でどうにかしてたのかもなw

しかし最上って分限帳だと70万石越えてたのか
公式には57万石だっけ
ナニこれ?脱税?

82 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/10/26(金) 21:26:48.28 ID:NaMLM/Cn
市松はほんと下の人間に対して面倒見がいいよな。
・・・酒さえ入ってなければの話だが

83 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/10/26(金) 21:54:37.64 ID:NlwOP3Ki
しかし、酒絡みの失敗がない市松はただの福島左衛門大夫正則ではないだろうか

84 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/10/26(金) 22:00:27.65 ID:gS9QP7Ba
庄内の鮭が13万石分とれたとか

85 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/10/26(金) 22:12:13.89 ID:wJxlblL8
名将言行録だと長政じゃないのか

86 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/10/27(土) 01:26:59.76 ID:kx+WAarq
一見いい話のようだが前田家に仕えた方が...(´・ω・`)