桑山修理太夫殿は宋儒の談に迷われたのか

2015年11月18日 06:49

657 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/11/18(水) 02:11:23.36 ID:LrBIlTdP
 大和新庄一万五千石を領しなさっていた桑山修理太夫(一晴)殿は宋儒の談に迷われたのか、領地に昔から有った、
産土神が鎮座なされていた各地の森を切り払い、木は取り除きなさった。
 跡は田地に仰せ付けられ、一所へ産土神の宮を引き集めなされ、当分の間は二十数社を財政の足しとなされた。
 そのようなので神罰があったのだろうか、早世が打ち続いて、ついにお家断絶におよんでしまい、
今は前の通りに産土神が御鎮座されております。
 現在もこのような事があり、それにしても神罰と言うようなものは、甚だ恐れ慎むべき事と思われますので、認め置いておきます。
(本阿弥行状記)

一通り調べたのですが、桑山氏が断絶されたこと以外には、このような話は見つからなかったんですよね



658 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/11/18(水) 11:08:34.80 ID:2n2BJH2w
領主が断絶された事から逆算して逸話を作ったのかな
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