“地ずりの晴眼”

2016年10月26日 10:11

248 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/10/26(水) 02:31:41.89 ID:kweATJqC
東国で1人の浪人が“地ずりの晴眼”という太刀を覚え、「これに勝てる者はおるまい」
と思い、伊藤一刀斎に会って、

「この地ずりの晴眼の止め様でもありましたら、御相伝くだされ」と、望んだ。一刀斎は
「なるほど、伝えよう」と請け合いながらも、それを伝えずにまた他国へ行こうとした。

浪人は心に、「一刀斎でもこの太刀を止めることができないからだ」と思って、彼の
途次に出向かい、「日頃望んだ地ずりの晴眼の止め様を御伝授されないとは、遺恨
である。只今、御相伝くだされるべし!」と、言うままに、

刀を抜いてかの地ずりの晴眼で、するすると一刀斎に仕掛けた。その時、一刀斎が
抜き打ちに切ったと見えると、かの浪人は2つになって倒れ伏した。

世間はこれを、「地ずりの晴眼の止め様を伝授したのに、そのまま息絶えてしまって
残念である。これを“真金江の土産(冥土の土産)”とでも言うべきだろう」と評し合った。

一刀斎一代の行跡には、このような事なども多かったという。

――『撃剣叢談』




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小野次郎右衛門出身の事附伊藤一刀斎が事

2016年07月26日 17:54

922 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/07/25(月) 23:20:28.70 ID:Yfnqv6S2
小野次郎右衛門出身の事附伊藤一刀斎が事

 伊藤一刀斎は剣術を広めようと諸国を修行していた。
淀の夜船で大坂へ下っていたときのことである。
船の船頭は力量が優れていた者であり、一刀斎が刀を携えていたのを見て

「御身は剣術でも修行されているのか。
剣術は人に勝つ道理だというが、我の力にはあまねく剣術の達人でも敵うとは思えない。手合わせできないだろうか。」

と言う。一刀斎は様子を見て、かなりの強剛に見えたので、どうかと思ったが、
どうせ剣術修行の出てきたのだから、たとえ命が果てることとなっても手合わせを辞退をするのは本意ではないと、
互いに死を約束して陸に上がった。
 船頭は櫂を片手で持って拝み打ちで一刀斎を打ちにいったが、身をかわされ外してしまい、
力が余ったためだろうか大地へ櫂を打ち込んでしまった。
引き抜こうとしたところを、木刀で櫂を打ち落とされ両手を押さえられたので、船頭は降参し弟子となって諸国へ付き随った。

 元来力量が優れていたので、国々で立ち合いの時も一刀斎は手を下さず、大抵は船頭が立ち合い、いずれも降参させて、門弟とさせる者も多かったという。
 しかし元来は下賤の者で、その上、心ざまは真っ直ぐではなかったので、一刀斎に降参したのを遺恨に思っていたと見え、
立会いでは敵わないと夜陰に旅泊していたときに一刀斎が眠っているとみたら、付け狙う事数回に及んだが、
一刀斎の身の用心に隙間がなく、むなしく江戸へ随ったていたという。

 江戸では将軍家から一刀斎を召抱えたいとの話もあったが、諸国修行の望みがあるのでとお断り申し上げた。
門弟の内にふさわしい者はいないかとお尋ねがあったので、小野次郎右衛門を推挙して、召抱えることに決まった。
 これに、かの船頭は大きく恨み

「我は最初から一刀斎に随い、共に流儀を広めた功がある。
このたび、将軍家の御召しに末弟の次郎右衛門を推挙した事は心外である。
全く生きてきて良いことが無い。次郎右衛門と真剣の試合で生死を決めたい。」

と申し上げると、一刀斎は

「その方は、最初から随身していたが、これまでたびたび我を付け狙ってきた事は覚えているだろう。
今まで生かしておいたのは格別の恩徳のためだというのに。
しかし次郎右衛門と生死を争いたいといのは望みに任せるとしよう。」

と次郎右衛門を呼んでこれまでの委細を話し、勝負せよと申し渡した。
同時に次郎右衛門へ伝授の太刀を許した。

立会いのとき、次郎右衛門の一刀で船頭は露と消えた。

 さて次郎右衛門は召しだされて、牢内の罪ある剣術者を選んで立ち合いを仰せ付けられた。
これもまた次郎右衛門が妙術を顕わして勝ったので、千石で召抱えられたというそうだ。

(耳袋)

船頭の命までは奪わない甘い展開はなかったわけだ



923 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/07/26(火) 07:02:44.90 ID:I4E7S5xh
牢内の罪ある剣術者を選んで立ち合い って最初から処刑前提で選んでいるだろ。
グラディエーターという映画では、皇帝が勝てるように最初から対戦相手にはケガを負わせてから
出場させていたけど。

925 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/07/27(水) 13:25:08.35 ID:K9rTlUr0
>>923
こういうのは死にもの狂いの人間相手に勝てるか、っていうある種定番のテストだよ
死刑囚に「勝ったら無罪放免にしてやる」って言って戦わせるの

家中の人間に本気で相手させると遺恨が残ったりするけど
死刑囚なら使い捨てに出来るから適任なの

一刀流の祖・伊藤一刀斎景久は

2015年12月02日 12:36

720 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/12/02(水) 02:31:32.97 ID:/f+gQegS
一刀流の祖・伊藤一刀斎景久は、世に並ぶ者のいない剣術の達人である。
諸国を武者修行して名の有る者と勝負したが、一度も負けたことはなかった。

ある時、京都で1人勝負を望んで来る者がいた。その者はたちまち一刀斎に
打ち負けて、その弟子となった。この者は深く憤ったのか、徒党4,5人で
相談し、その一味も同じく門人となって一刀斎の術を学んだ。

ある夜、悪党らは酒肴用の物を携えて一刀斎のもとに来たり、これを勧めた。
一刀斎は興に入り、酔い伏したため、悪党らは帰っていった。

ところでかねてより一刀斎には1人の愛妾がいた。一刀斎は彼女には何事も
心を許していた。その妾を悪党どもは様々に欺き騙して、謀を合わせた。

まず彼女に一刀斎の大小を奪わせた。これで安心だと、悪党らは夜半過ぎ頃、
一同に一刀斎のところへ入って来た。入り口の戸は妾が開けておいたので、
悪党らはただちに一刀斎の寝所へと仕掛けていった。

折りしも夏のことなので蚊帳が吊ってあったのを、悪党らは入りざまに四つ乳を
切って落とした。その時、驚き目覚めた一刀斎は枕元をさぐるも両刀はない。

早くも前後左右から切り掛かってくるのを、一刀斎はあちらにくぐり、
こちらにひそみ、ようやく蚊帳から這い出した。

その時、宵の酒肴の器が手に触れたので、一刀斎は手に当たるに任せて
向かう者へ続けざまにそれらを投げつけた。そして飛び掛かって敵の持つ
一刀を奪い取った。

今まで無手でさえ討たれざる一刀斎、刀を得たとなれば虎に翼を添えるが如し。
一刀斎は当たるを幸いに切りまくった。これには何をもって持ち堪えられようか、
しばしのうちに深手浅手数多となり、これは叶わないと、各々手負いを助けて
逃げ去った。かの妾も同じく行方がわからなくなった。

こうして一刀斎は比類のない働きをしたが、女に心を許したことを恥ずかしく
思ったのであろうか、その日に京都を出て、東国に赴いたという。

――『撃剣叢談』