539 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/04/17(日) 09:33:58.35 ID:WytbZ4y4
その頃、後藤助三という金物師がいた。生国は都の者であったが、打ち続く京の惣劇に家も貧しくなり、
身を置くのも難しくなったため、縁を頼り中国地方に下り、安芸の吉田・甲立あたりをあちらこちらと巡り、
彼は非常に弁舌が立ったので、古今の事を語って人の気持ちを慰め糊口を得ていた。
その中でも宍戸元家は東国で生まれた人であるので、都あたりの物語珍しく、この助三を常に近くに呼んで
洛中洛外の名所旧跡の事などを訪ね聞いた。
ある夕暮れ、欄干において、残暑も過ぎ涼しい風に元家が半醒半睡となっている所、助三はいつにも増して
熱心に語り、元家の膝近くまで近寄った。
が、ここで元家の左右の手が助三の手足を掴んだ!そして
「汝の今の音声は常成らぬものであった。間違いなく殺意の音があった。汝は虎狼の心を抱くと覚えたぞ!
詳細に白状いたせ!」
そう責め立てると、初めのうちは弁舌を尽くして弁じていたが、百人力、千人力と言われる元家に締め上げられ、
眼も飛び出し骨も砕かれんばかりになると、終に
「この上は有りの儘に申します!この程、北野入道浄真、中山弾正、只菅某に頼まれたのです。
『その方は上方者であり、殊に武道を学ぶ人でもないのだから、いかに宍戸元家が人の表情を悟る人間
だとしても、お前に用心することは無いだろう。そこで隙を伺い、元家を殺せば、紀州において百貫の地を
お前に与え、そのほか望みのままだ。』
そう言われたため、卑賤の身の浅ましさ、君の御恩を忘れ哀れにもこの事を行い、紀州にて報奨の地を得て
故郷に帰り、妻子を安楽に育み、数年の浪々の艱苦を忘れようという嗜欲にほだされ、時を伺っていたところ
今日さいわい、君が御休息されていたので、御睡眠を待っていたのですが、因果不昧の断り免れず、
却ってこのようなことに成りました。
ですが!これらは皆奥家の寵臣たちの陰謀であって、私の野心ではありません!
日頃のお情けに、どうか命だけはお助けください!」
元家、にやりと笑って
「そういう事なら糾明には及ばぬ。汝が望みであるのだから、紀州以上の大国の土地を与えよう。
その名は”無限地獄”。子々孫々にまで与える!入部せよ!」
そう言って左右の手を一つに寄せると、後藤助三の背骨が折れ果てた。彼の懐中には刀が有った、
その後、この刺客を放った北野入道浄真の一族、北野心右衛門、中山弾正が周田五郎によって
討ち果たされ、彼ら一味の残党は或いは逐電し或いは討たれた。その折、城に在った者達は
逃げる道なく倉庫に取り籠もり、内より火を放ち自害して滅んだ。
(宍戸記)
その頃、後藤助三という金物師がいた。生国は都の者であったが、打ち続く京の惣劇に家も貧しくなり、
身を置くのも難しくなったため、縁を頼り中国地方に下り、安芸の吉田・甲立あたりをあちらこちらと巡り、
彼は非常に弁舌が立ったので、古今の事を語って人の気持ちを慰め糊口を得ていた。
その中でも宍戸元家は東国で生まれた人であるので、都あたりの物語珍しく、この助三を常に近くに呼んで
洛中洛外の名所旧跡の事などを訪ね聞いた。
ある夕暮れ、欄干において、残暑も過ぎ涼しい風に元家が半醒半睡となっている所、助三はいつにも増して
熱心に語り、元家の膝近くまで近寄った。
が、ここで元家の左右の手が助三の手足を掴んだ!そして
「汝の今の音声は常成らぬものであった。間違いなく殺意の音があった。汝は虎狼の心を抱くと覚えたぞ!
詳細に白状いたせ!」
そう責め立てると、初めのうちは弁舌を尽くして弁じていたが、百人力、千人力と言われる元家に締め上げられ、
眼も飛び出し骨も砕かれんばかりになると、終に
「この上は有りの儘に申します!この程、北野入道浄真、中山弾正、只菅某に頼まれたのです。
『その方は上方者であり、殊に武道を学ぶ人でもないのだから、いかに宍戸元家が人の表情を悟る人間
だとしても、お前に用心することは無いだろう。そこで隙を伺い、元家を殺せば、紀州において百貫の地を
お前に与え、そのほか望みのままだ。』
そう言われたため、卑賤の身の浅ましさ、君の御恩を忘れ哀れにもこの事を行い、紀州にて報奨の地を得て
故郷に帰り、妻子を安楽に育み、数年の浪々の艱苦を忘れようという嗜欲にほだされ、時を伺っていたところ
今日さいわい、君が御休息されていたので、御睡眠を待っていたのですが、因果不昧の断り免れず、
却ってこのようなことに成りました。
ですが!これらは皆奥家の寵臣たちの陰謀であって、私の野心ではありません!
日頃のお情けに、どうか命だけはお助けください!」
元家、にやりと笑って
「そういう事なら糾明には及ばぬ。汝が望みであるのだから、紀州以上の大国の土地を与えよう。
その名は”無限地獄”。子々孫々にまで与える!入部せよ!」
そう言って左右の手を一つに寄せると、後藤助三の背骨が折れ果てた。彼の懐中には刀が有った、
その後、この刺客を放った北野入道浄真の一族、北野心右衛門、中山弾正が周田五郎によって
討ち果たされ、彼ら一味の残党は或いは逐電し或いは討たれた。その折、城に在った者達は
逃げる道なく倉庫に取り籠もり、内より火を放ち自害して滅んだ。
(宍戸記)
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