宇喜多直家は岩法師の傷口に自ら口を当て

2014年12月03日 18:45

291 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/12/02(火) 21:00:01.78 ID:nz7+JUBy
宇喜多家において大剛の勇士と世に知られた馬場重助は、奥州の安倍貞任の子孫で、本姓は安倍であるが、
彼は馬場某の娘を妻とし、終には馬場重助と名乗った。

幼名を岩法師と言い、13歳で戸石の城主宇喜多大和守直家に仕え、天文14年の合戦の時、彼は一番槍を合わせ
傷を負いながら首一つ得て砥石城に帰った。この時岩法師14歳であった。
宇喜多直家は彼を賞賛し、岩法師の傷口に自ら口を当てて流れる血を吸った。

(明良洪範)

宇喜多直家の、勇士への扱いがかいま見られる逸話である。




292 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/12/02(火) 21:30:37.43 ID:FT38r0QY
>>291
呉起の吮疽の仁のエピソードみたいだな

293 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/12/02(火) 21:46:03.64 ID:nUg8iukD
母親が「あなたが吸ったら息子が早死にしてしまいます」
と言うのか

294 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/12/02(火) 22:35:46.35 ID:w6x3Aw/h
何らかの毒物を吸い出している可能性

295 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/12/02(火) 22:45:01.49 ID:Lw/2ge6H
いやいやホントは吸血鬼だったんや

296 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/12/02(火) 23:53:52.73 ID:yfEXCVnP
直家って宗景の夜の相手だったわけだし股間を吸ってたのかもしれん

297 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/12/03(水) 00:07:53.00 ID:y4CNBXEE
DIO的な直家様を想像してしまう

298 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/12/03(水) 02:59:20.68 ID:/FVhHBQt
なおいえ!ザ・ワールド

299 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/12/03(水) 07:48:30.20 ID:EpgPGwHl
時を止めて後ろからブスッとかお茶にサラサラとかやるんかな

300 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/12/03(水) 09:44:21.84 ID:L/vbHwrD
そこへルイスフロイス十字架をかざして....。

301 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/12/03(水) 18:28:47.18 ID:MwdX6LHM
>>298
草野仁ボイスで脳内再生された

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宇喜多殿についての事

2014年05月03日 19:03

192 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/05/02(金) 19:44:22.17 ID:EoHCg8jK
宇喜多殿についての事だが、これは元々備前の士であった。当時、浦上という者が備前美作
両国の主であり、宇喜多直家はこの浦上の家臣であったのである。

この直家は悪性の人物であり、国郡を持つ人と縁者などになって、後にこれを殺して奪い取ることを
度々行った者なのである。
最後には主君である浦上をも殺し、終に備前美作両国の主となった。

八郎殿(宇喜多秀家)はこの直家の子である。彼が太閤(秀吉)と非常に良い関係となったのは、
秀吉が備中高松城を攻めていた時、明智光秀による本能寺の変の情報が伝えられ、秀吉は引き返したいと
思ったが、なかなか自由にならなかった。

この時八郎殿は秀吉に味方し、力を添えたので、それもあって高松の城主に腹を切らせ、一気に反転して
上京をすることが出来た。この忠功によって親密な関係となり、秀吉は八郎殿を聟に取った。
ただし秀吉には息女がなかったので、前田筑前守(利家)の息女を養子にして、八郎殿を聟とした。

この時分は、八郎殿は未だ10歳ばかりであった。高松攻めのころは直家も未だ生きていたのだが、
瘡毒のため人前に出ることも出来ない状況にあったため、八郎殿を国主分とし、宇喜多家には
5万石3万石領有する強力な家老たちがあったので、彼らが談合して高松の時も秀吉に協力したのだという。

八郎殿は太閤の聟となりまた官位も上がり、宇喜多中納言殿と呼ばれた。治部少輔(石田三成)の乱まで
治部方であったために、関が原が東照宮(徳川家康)の利運となると、八丈島へと流された。
彼は現在も生存しているという。癸卯の年(1663年)、老人(江村専斎)が99歳の時に語った話である。

(老人雜話)

老人雜話の、宇喜多直家・秀家親子についての記述である。




193 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/05/02(金) 22:41:17.62 ID:WGfCPeAy
>>192
永田徳本「八丈島で不老不死の霊薬が採れると聞いて」

194 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/05/02(金) 22:58:56.80 ID:uD1Xe7rS
>最後には主君である浦上をも殺し、終に備前美作両国の主となった

浦上宗景「あれ、ワシ直家に殺されたっけ・・・?」

195 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/05/03(土) 00:44:22.77 ID:7yiHoIbP
>>194
直家が担ぎ上げていた浦上政宗の孫じゃね?

196 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/05/03(土) 01:14:58.08 ID:Kz69vmly
浦上はむしろ直家台頭後に畳の上で死ねたのが宗景しかいない気が

血塗れの絹

2013年07月15日 19:52

42 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/07/14(日) 19:48:25.21 ID:nPuh317M
備前国主である宇喜多和泉守直家は近年持病が重くなり、天正9年(1581)の冬より
以ての外に下血した。

備中で宇喜多と対峙していた毛利勢には、直家の病状が悪化したとの風聞は聞こえてきたが、
その実態を正確に知ることは難しかった。
そういった所に同年極月(12月)、備前御野郡浜野村の窮人が毎朝絹に大量の血が付いたものを
拾ったと言って売り物に出していることを、毛利の目付け(スパイ)が察知し報告してきた。

これを聞いた備中の侍大将は不審に思い、それは宇喜多直家の下血が付いたものだと気がついた。
そこでその状況をさらに注視させたところ、同10年正月9日朝より、大量の血が付いた絹が
市場に出ることはなくなった。

そして備前に潜ませた目付けの者からは、宇喜多直家が正月9日に死去し、法名は涼雲星友居士、
密かに平福院において法事が行われた、との報告が届いた。

この情報は中島大炊助より、吉田へと届けられた。
(中國兵亂記)

毛利が探知していた、宇喜多直家の死去についての情報である。




43 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/07/15(月) 07:12:06.28 ID:s/CCduls
せめてあと10年生きてたらな。秀吉もあそこまで伸びなかったかもしれん
絶対後ろでかき回すから

44 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/07/15(月) 07:19:55.39 ID:Gb5M3G+d
血まみれの絹がそのまま売られてたのか
ワイルドすぐる

45 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/07/15(月) 09:08:13.83 ID:whRkNexa
神州纐纈城、備前版である

46 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/07/15(月) 16:30:08.22 ID:jH894G01
だって岡山言ったらぼっけーきょうてえな国だぞ

47 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/07/15(月) 18:10:32.25 ID:Gi+Z4YNW
なんで絹布とはいえ下血まみれのものを売ろうと思ったのか

48 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/07/15(月) 18:55:16.23 ID:5eXCWaAy
連日下血量と輸血量が報道され領国内は自粛ムードが広がり、領民はこぞって記帳所を訪れ…
っていう昭和の末

宇喜多直家、家老の子を

2013年06月16日 19:15

853 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/06/15(土) 20:38:03.29 ID:57YiH2sk
織田信長の部将として、羽柴秀吉が播州に進出する頃までは、宇喜多直家も毛利に属していたのであるが、
隣国であるゆえに、直家は数年の間、別所と秀吉の弓矢の体を研究して、
家老である戸川秀安に密かにこう言った

「信長、秀吉の鉾先は、我々の及ぶものではない。その上彼らは賞を重くし爵を軽んじている。
それ故に人はこれに懐いている。
我々がこれに属することをせず、後で後悔しては何にもならない。

私は急ぎ秀吉を頼りに信長に属したいと考えている。そなたはこれをどう考えるか?」

戸川秀安はこれを聞いて

「仰ることはご尤も、言われる通りだと思います。そのお考えを、急ぎ実行すべきです。
このような事は延引きしては、その功を立てるのが難しくなります。」

と申し上げたが、直家は

「それも去る事ではあるが、そなたの二男である孫六が、毛利への人質として備後に置かれている。
私はこれを捨て殺しにするのが忍びないのだ。」

と、自分の思いを伝えた。しかし秀安

「御家の大事と、幼稚のもの一人ばかりを取り替えることが出来ましょうか?
その事を気にかける必要はありません。」

そう言って、絶って信長へ属することを勧めた。これには直家も大いに感心し、

「それならば、孫六の事は後日に手立てをし、とにかく直ぐに秀吉を頼もう。」

と、その工作を整え、天正7年より信長に従い、播州での秀吉の合戦にも加勢を出し、
毛利家には手切れの使者を遣わし、『そういうわけなので人質を返してほしい』と伝えたが、
勿論毛利がそのような事を承知するはずもなかった。

このような中、直家は毛利の外交僧である安国寺恵瓊が、所用が有って上京するという情報を
察知した。「これこそ絶好の機会だ!」と、京の安国寺の許に使者を立て、

『ご帰国の時、備前に立ち寄ってください。内々のご相談をしたいことがあります。』

と申し送った。これにより安国寺が帰国の際に備前に立ち寄った所を押さえて監禁し、
安芸に使いを送り

『戸川平右衛門(秀安)の子・孫六をお返し頂きたい。さもなくば
安国寺恵瓊をこのままこちらに留め置きます。』

と申し渡した。この事態に毛利家でも様々に議論されたが、『それでも安国寺は捨てがたい』と、
人質との交換に同意すると決まった。

そして備中何邉川を隔て、互いに人数を出して川中で行き違い様に双方を引き換え、
終に孫六を連れ帰ることに成功した。

戸川秀安は直家が自分の子を取り返してくれたことに篤く感謝をした。
この孫六は後に助左衛門を名乗り、宇喜多家に仕えたそうである。
(戸川記)

宇喜多直家、毛利への人質を取り返す、というお話。




854 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/06/15(土) 20:55:33.13 ID:qbbrMiMl
どこ辺で暗殺されるのかとビクビクしたが
すごくイイ話な件(´・ω・`)

856 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/06/15(土) 21:06:03.57 ID:Z0/rxtu5
人質返してくれとかストレートに言いすぎだろ
どれだけ相手を信用してるんだ?

857 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/06/16(日) 00:33:52.53 ID:E1i6Xco3
まあダメ元で一応言ってみたって感じなんだろう

858 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/06/16(日) 07:33:16.23 ID:TanzOudz
愛され坊主安国寺

859 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/06/16(日) 08:50:26.39 ID:VSlMgNCv
>>856
意外にそういうこともあるんじゃないの?
小牧長久手のときも秀吉方の池田に織田信雄が人質返してるしな

860 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/06/16(日) 11:02:06.53 ID:tBHH/roo
>>856
普通に考えれば宇喜多直家が律儀な正直者ってだけだろ

861 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/06/16(日) 11:10:59.97 ID:UVJmsyTD
すっげー違和感があるけどな

862 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/06/16(日) 12:06:42.81 ID:da24ZRSI
だが待ってほしい
直家の悪行のほとんどは軍記物がソースではなかったか
ゆえに悪行はなかったということもありうる!

863 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/06/16(日) 12:35:42.72 ID:ZR3LCTMl
>>862
最近本出てたからそれ読んだ方が早いよ

864 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/06/16(日) 12:37:01.28 ID:qi2OIALG
>>863
kwsk

865 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/06/16(日) 12:45:49.78 ID:lspbdD/+
妙な申し入れしたら勘繰られるの目に見えてるし裏で動いてると警戒されたら後で坊主ふんじばるのも難しくなるじゃないですかー

正々堂々手切れしといて相談が・・・ってやったら外交上の問題か、で寄ってくれる可能性はあるけどさ。

866 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/06/16(日) 12:47:12.90 ID:ZR3LCTMl
宇喜多直家・秀家って本

867 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/06/16(日) 12:48:41.64 ID:qi2OIALG


敵となり味方となるのも、前因後果の報いなのだ

2013年06月12日 19:51

451 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/06/11(火) 20:25:35.22 ID:7kCSsO88
備前瀧口城といえば、宇喜多直家が美少年の岡剛介を使い、乞食の老婆を母と偽るなどして
城主である松田氏家臣・サイ所元常を騙して暗殺し、城を奪い取った事で有名だが、この瀧口城は備中の
三村家親による備前侵攻の時に奪われた。

そこで永禄七年(1564)、直家は松田氏などと和解した上で同盟し、瀧口城を攻め、7月9日に、
ついに城の奪還に成功した。

さて、同月11日、宇喜多直家から瀧口城で三村方として戦った、備中幸山城主・石川源左衛門久式に
使いが送られた。

『今回は国人達が不意に合戦に及んでしまい、我々は呉越を隔てることになりましたが、
これは全く私の本意ではありません。

瀧口城の傍にある福輪寺から、討ち死にされた方の死骸を集め置きました。
雑兵の死骸は、福輪寺にて葬礼をいたします。』

直家はこのように申し寄越した。
石川久式はこれを聞いて、直家の懇情に感じ入り、返答を送った。

そして脇田村で討ち死にした石川方の将・小田小太郎の死骸は、彼の郎党である
名越修理と有岡右京が行って福輪寺の山の峰で葬礼をして墓所を築き、印塔を立てた。
また討ち死にした兵429人は、同所の峰に3つの塚を作りそこに取り納め、それは
福輪寺の首塚と呼ばれるようになった。

この後、備中と備前との交通が絶たれたため、備中の諸士でこの合戦で討ち死にした者の
子孫や親族は、2月、7月、8月の彼岸に、代理の僧を福輪寺に立てて墓所に火を灯し
墓に水をかけた。

宇喜多直家が毛利家に従い幕下に入ってからは、直家はこの地の郷民に申し付け、
墓所に石塔を建て、7月13・14日には脇田村、湯廻村、四之御神村の峰々に数万の火を燈し、
討ち死にの子孫、士農工商旧功の恩を思い出し、酒菓を供えて供養した。

宇喜多直家はこのように言った
「敵となり味方となるのも、前因後果の報いなのだ。仇であっても善の心で報いる事が、
義士道というものである。」

これを聞いた、ある古い武士は、こう感想を洩らした
「直家は計略の謀の手腕を持ち、毛利家の威を借りて、まさしく家を興す人物であろう。」

【中國兵亂記】

宇喜多直家の、備中の国人懐柔策の一端が見えるような逸話である。

表面的にはいい話なんだけど、そのとおり受け取っていいのかどうかちょっと迷うのは
直家の人徳なのだろうなw




452 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/06/11(火) 22:02:19.19 ID:NnZK3DSB
直家が生前に周囲から警戒されたのは本当に晩年になってからの小早川隆景と伊賀氏からくらいだからね。

一度浦上宗景に反旗を翻しても許されて味方増やしてるくらいだし。
真の謀略家とは人徳があって信頼される人物でないとなれないんだろう。

453 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/06/11(火) 22:32:09.22 ID:qgKBMWpr
忠家「…お、おう」

454 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/06/11(火) 22:44:27.52 ID:K+2XHs9B
逆にそこまで身内だと怖さがわかっていても、
もうちょい距離のある人には自分だけは大丈夫と思わせる何かがあるのかな

455 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/06/12(水) 00:02:25.27 ID:Vc+Sdv0A
戦で人がたくさん死ぬのが嫌っていういう健気な人だから
守ってあげたい感じになったのかも

456 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/06/12(水) 00:03:16.33 ID:OJeB81yf
>>455
直家のことだと理解するのに時間がかかった

457 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/06/12(水) 00:06:00.19 ID:/qj52nhH
時間がかかった、て
一分もレスまでに経ってないやん

458 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/06/12(水) 08:40:35.68 ID:eNWMgWw/
誠実な人物だと思わせていないと人を騙せないからな

459 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/06/12(水) 10:07:39.79 ID:+e/Yj0vr
あんなに敵対してた
島津と立花が関ヶ原では同じ西軍だったり
直家の逸話も素直に感心する俺みたいな奴は
暗殺されるのだろうな

宇喜多直家の事

2013年04月04日 19:51

148 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/04/04(木) 00:16:11.30 ID:In+/la0l
浦上は赤松の家老であったがやがて備前国の主となり、天正2年までその地位を堅固に
守っていたが、家老に直家(宇喜多直家)と申す人が有り、この直家の一門隆盛して
浦上を追い出し、備前一国を進退した。

彼は主君の妻女も捕らえ自分の妻にせんと企んだが、彼女が常に端刀を離さず覚悟を決めて
おられたので、終に諦め播磨の親のもとに送ったと聞いている。
これは天正2,3年頃のことであった。

直家は天正の年号に相果てた。その子息の中納言(秀家)は、慶長5年(関ヶ原)の事で
八丈島に流された。これは全く、父親の悪行の報いである。
(三好記)




149 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/04/04(木) 00:29:11.27 ID:62GD+v6o
暗殺しまくったことには触れてない…

主君に対しての反逆は悪行だけど、親戚や同僚も含めて殺しまくったことは
悪じゃないのかね?

150 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/04/04(木) 08:24:31.24 ID:5Tg4IDsV
その親戚や同僚が悪事を働こうとしていたのです(棒

151 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/04/04(木) 08:39:37.78 ID:8qz0nNUC
暗殺だなんて人聞きの悪い。少し早めに身を守っただけだよ(棒

152 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/04/04(木) 11:04:16.14 ID:Sqhyb1II
親の報いと言う割には栄達重ねてるのはどうなのか

153 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/04/04(木) 11:17:29.84 ID:nqUW/6K2
流れる血は1000人より1人がいい

人を愛する武将うっきーくんカコイイ(棒

宇喜多直家と殉死

2012年11月19日 19:53

460 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/11/18(日) 20:53:32.97 ID:RAK6Tl5l
宇喜多直家と殉死

宇喜多直家と殉死の話はまとめスレにもあったけどこのパターンは無かったので

宇喜多直家が危篤状態に陥った時、左右に居並ぶ家臣達に
「わしが死んだら、誰が殉死してくれるだろうか」
と言った。家臣達は内心慌てたがただ口を閉ざしたままであった。しかし、ある家臣が一人
直家の近くに膝を進め
「殿、よくお聞きください。ここに居る家臣は皆賢臣、忠臣です。
将来世継ぎの秀家様を支えていく者達です。
そのような家臣をあの世につれていって無駄にして良いものでしょうか。
どうせあの世に連れていくならば坊主を連れていくべきです。」
と言った。直家もそれ以降殉死を口に出さなかったそうな。
「閑際筆記」

確かに次世代の事考えると殉死はアレだからいい話っぽいんだが、ただこの家臣が花房某って
記録されてるんだよなぁ

花房氏は結構宇喜多騒動で出て行っちゃってるから場合によっては悪い話かもしれない




478 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/11/19(月) 22:46:35.24 ID:9Ngaa4lD
>>460
大体どのバージョンも宇喜多騒動で居なくなった家の人間が言ってなかったっけ

雑談・蒸し暑い夜には、スカッと爽やかに直家公

2011年07月16日 23:10

19 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/07/16(土) 19:27:49.42 ID:N/5tXDqe
こう蒸し暑い夜をスカッと爽やかに過ごせる悪い話は無いかね

20 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/07/16(土) 19:36:43.41 ID:f/wwxMmH
>>19
そういう時はやっぱり直家さんだな

http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-1764.html
http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-640.html
http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-430.html

直家さんの暗殺謀殺話は酷いというよりもはや感心する域に達しているのがすごいw

21 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/07/16(土) 20:50:00.92 ID:UuZl0C3E
ああ解る解る、なんかもう暗殺芸術的な何かになってるよな
どこかの探偵物のライバルみたいな人だわ

22 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/07/16(土) 20:50:43.08 ID:TzUyqRWo
でもなんか直家さんの場合はスカっとするのとはまた違うような……

23 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/07/16(土) 21:34:24.37 ID:d2nX3xIn
流石直家さんだ、そこに痺れるry 的な感覚を覚えるのは否定しないw

24 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/07/16(土) 21:52:41.32 ID:Q4gjw6EX
>>22
なーに、スカッと首を獲ってるじゃないか

25 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/07/17(日) 11:06:25.63 ID:WbTfnz/u
直家さんそのまま放浪して尾張で仕官していたら…

才能年齢的に秀吉抜いて中国軍団長とかになってたろうか?
配下に 秀吉 如水を抱える



26 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/07/17(日) 11:52:16.37 ID:Lwujg6ar
秀吉が誑し込んで直家が毒殺する……
恐ろしいコンボだ、回避できる気がしない

27 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/07/17(日) 11:56:57.33 ID:J2P+idiO
でも、信長さんに突如さよなら~されそうな気もする・・・

28 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/07/17(日) 12:48:47.51 ID:12+4XvrS
久秀「うむ、やつは信用できん」
村重「ですね」

29 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/07/17(日) 13:11:24.92 ID:1J2aF1RY
松永も直家も未来では新たな資料が見つかって評価が変わってるかもしれん

30 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/07/17(日) 14:06:33.37 ID:12+4XvrS
直家は特にソースのほとんどが軍記物だからね

宇喜多直家の美作三宮城攻めと岡平内利勝

2009年11月22日 00:11

516 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/11/21(土) 21:58:38 ID:JtFA/qre
天正7年(1579)3月、宇喜多直家は美作三宮城を攻めたが、城主・村上勘兵衛はみずから
60騎を率い討って出る剛の者で、なかなか勝負がつかなかった。
直家は明日こそ城を落とさんと、若手の足軽大将ら4人を呼んで策を授けようとしたが、
隣室でこれを聞いていた、家老の岡平内利勝が進み出た。

「殿が弓を取られて以来、大事の謀を戸川、長船、そして私に明かされぬことはなかった。
しかるに此度、若い者どもと謀を成すとは、誠に心許なし。
この上は、明日我ら城に討ち入り、村上が首を取ってお目に掛けるべし。首を取らずんば、
生きて再び帰りませぬ!」

自陣に戻った利勝は、先駆けするには身軽でなければ、と思い家臣の半井原某を呼んだ。
「おい、オレの鉄の脛当ては重くていかん。お前の脚絆を貸してくれ。」
「お断りします。利勝様は、城中まで騎馬で行けばよろしかろう。私は徒歩で行くのです、
鉄の脛当てでは不自由です。」

翌日、仕方なく鉄の脛当てを着け出陣した利勝は首尾よく村上勘兵衛と遭遇して渡り合い、
勘兵衛を押さえつけた。
その時、勘兵衛の妹が長刀で利勝の足に斬りつけたが、鉄の脛当てのおかげで無事に
済み、そのスキに追いついて来た半井原が彼女の首をはね、利勝は勘兵衛の首を挙げた。

城将の首を見た直家は苦笑しつつ、「また利勝が手柄を立ておった。」と褒め、また、
「脚絆を借りず、長刀の難を逃れたのは運が良かったからだ。半井原は一人、利勝の供を
して難を救い、良く働いた。」と言い、二人に感状と褒美を与えた。




517 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/11/21(土) 22:07:15 ID:3B2GthLD
従者の活躍って珍しい気がする、乙

518 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/11/21(土) 22:32:03 ID:Jyfg9eSa
>>516
戸川、長船に岡で宇喜多三家老だったか。
直家も昔から苦労してるだけに、
その頃からの家臣との結束はそうとう固かったんだろうな。

519 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/11/21(土) 22:37:37 ID:Zvk1uejw
直家は謀略見事に成し遂げて帰ってきた家臣にきっちり報いたり
切腹させた相手との約束守って子に扶持与え続けたり
いいところも多いと思うが…敵とか自分を脅かす可能性感じた相手とかへの対応は凄いからな。

まぁしゃーないところ。

~ 宇喜☆宇喜フェスティバル ~ お近くの方は是非!

2009年09月22日 00:07

631 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/09/20(日) 00:46:56 ID:voUQWG0n
おいおまいら
http://www.okayama-cci.or.jp/ukita/
こんなイベントがあるぞw
愛されてるなw

632 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/09/20(日) 00:53:13 ID:juMrQOUV
>>631
リンク先見てきた。

>主 催:うきうきクラブ
>※うきうきクラブは宇喜多直家・秀家父子の偉業を称え、その功績を広めることを目的にしています。
この部分に吹いたのは俺だけか…?

633 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/09/20(日) 01:03:56 ID:HfjGM5at
>>632
・・・特技暗殺なんて広めてよろしいのかしら

634 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/09/20(日) 01:05:16 ID:8Ipt9JHP
もはや覚悟の上だろう。

男らしい団体じゃないか。

635 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/09/20(日) 03:24:25 ID:cFRSGRcr
参加者が当日泳いで集合するのなら認める。
さもなくば看板倒れだな>うきうきクラブ

636 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/09/20(日) 05:55:21 ID:fbIGV0rt
途中休憩でお茶会開きましょう

637 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/09/20(日) 06:43:56 ID:wlEoAWBt
とうぜん、うっきー君もいるんだろうな

638 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/09/20(日) 10:19:00 ID:/MaxifmN
宇喜多と宇喜多でうきうきクラブかw


656 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/09/21(月) 10:41:30 ID:0LD2o7bJ
こんなものが!w



戦国の貴公子
  宇喜多秀家☆フェス
 
~ 宇喜☆宇喜フェスティバル ~

   戦国時代、備前を統一した宇喜多直家。26歳で豊臣政権の五大老に任じられた
 貴公子の秀家。
  岡山市の発展の礎を築いた宇喜多父子について学ぶとともに、戦国武将について、
 おもしろく学び、楽しく語り、そしてわいわい交流する集いを開催します。
      戦国武将が好きな皆さん、「いざ、出陣~!!」

 ○と き  平成21年11月21日(土) 午後1時から午後4時

 ○ところ  岡山城天守閣前広場(雨の場合は、不明門)
       (岡山市北区丸の内2-3-1)
http://www.okayama-cci.or.jp/ukita/


宇喜☆宇喜ってw

657 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/09/21(月) 10:42:13 ID:0LD2o7bJ
ごめんなさい>>656は誤爆です…orz


658 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/09/21(月) 11:15:15 ID:xvWZBhTx
これは罠に違いない…!

659 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/09/21(月) 11:16:08 ID:hbmLY2kA
茶会もあって毒を盛られるんだろ

660 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/09/21(月) 11:20:18 ID:7EnO0vEv
兄弟でも防弾チョッキなきゃ会うきしねーとか、突然の呼び出しで俺オワタかもとか
浮き浮きすることばかりですね

662 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/09/21(月) 18:17:58 ID:AA8Nh8ei
>>660
あれは、いざというときは兄上の盾になるためにという心構えだと信じてます

[ 続きを読む ]

宇喜多直家家臣、遠藤又次郎秀清「元祖ゴルゴ」

2009年09月17日 00:10

502 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/09/16(水) 21:33:12 ID:0gRrxVxf
「元祖ゴルゴ」

暗殺と言えば宇喜多。直家と言えば暗殺。
その宇喜多直家の家臣に遠藤又次郎秀清という男がいた。
元は名も無き流れ者だったが、鉄砲の腕を買われて召抱えられていた。
その又次郎に命令が下る。「三村家親」の暗殺であった。
三村家親は当時毛利家の傘下にあったが、事実上備中一国を支配する大名であり、
直家の強敵であった。
又次郎は弟とともに、この困難な任務に挑む。
敵陣のど真ん中に潜入して大将を暗殺するのだ。成功率は低く、
成功しても生きては帰れないだろう。
彼は「残された家族を頼みます」と直家に条件をつけ、承諾させている。
そして三村家が美作興善寺で軍議を開いている陣中に潜入。
夜間に短筒という悪条件の中、見事にワンショットキル!
しかも無傷で生還した。
ミッションコンプリート!

直家も喜び、彼には千石の褒章と浮田姓が許され、後に「家」の片諱も受けた。
浮田河内守家久である。
戦国武将の銃殺では三好義賢が最初の犠牲者だが、彼は流れ弾に当たっている。
戦国ヒットマンとしては織田信長を狙った杉谷善住坊が有名だが、
彼はこれより好条件下で失敗している。
それに又次郎のヒットの方が4年早い。彼こそが日本史上初のヒットマンなのだ。
直家の「暗殺」という手段は、こういう持ち駒を揃え、時と状況に応じて
使い分けた故の成功率なのである。
と書くと、なんとなくいい話に・・・ならんか。




503 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/09/16(水) 21:50:59 ID:mQwkUA1r
>>502
乙。
茶でも飲め。

504 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/09/16(水) 21:52:28 ID:4zidM6qP
>>504
仕事を完璧にこなした「いい」話じゃないか


宇喜多直家、草々の頃の艱難・悪い話

2009年06月10日 00:02

150 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/09(火) 19:14:54 ID:PttN1fTh
有名な話だけど、詳しい内容はまだ出てなかったと思うので


宇喜多直家がまだ、16,7の頃の事だと言う。

浦上宗景は、児島からの海賊に対応するため、乙子に砦を築いた。
ところが、この地は敵と隣接した危険な場所であり、宗景の家臣たちは、誰もこの砦に
入るというものはいなかった。

が、この時、まだ若き宇喜多直家は進み出た。
「私にこの砦をお任せください。若輩ではありますが、必ず守って見せましょう。」

これに、自分が入る事には消極的だった家臣達も「そうだ、直家がいい」と同調。
宗景、直家に乙子の近在に300貫の知行を与え、足軽三十人をつけて、この砦を
彼に任せる事にした。

さて、直家この砦を堅固に守ったのだが、そのための兵卒に対して、300貫の知行は
悲しいほど小さかった。
そのため兵糧も乏しく、直家の侍大将であった、戸川平助、長船又三郎、岡平内らをはじめ皆、
自ら耕作をし、さらには近郷で夜盗の真似や辻斬りまでして兵糧を集めた。

しかし、それでも兵糧は不足した。

そこで直家を初めとした家臣たちは、月に3~5回、失食と言う日を作り、
その日は一日食を絶って、その分の米を砦に納めて兵糧としたのだという。

宇喜多直家草々の頃の艱難、のお話。





151 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/09(火) 19:53:50 ID:/6qI+Hkn
食うや食わずの生活から一代で二国の太守になった直家はもっと評価されるべき

152 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/09(火) 19:55:13 ID:fFYbXMaA
>>150
悪いってより、自ら節制する直家のいい話なんじゃね?

153 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/09(火) 19:57:05 ID:jATKEXNg
(待遇の)悪い話

154 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/09(火) 20:06:27 ID:EgGF1ZR6
>>151

朝倉宗滴「わしは彼の手腕を評価しておる
     自慢の茶器で彼に茶を振舞いたいくらいじゃわい」

155 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/09(火) 20:08:58 ID:6veXPo8B
>>152
>近郷で夜盗の真似や辻斬りまでして兵糧を集めた
ここで「ちょっと悪い」話かと

156 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/09(火) 20:09:51 ID:fFYbXMaA
>>155
あ、そこすっ飛ばして読んでたわ

157 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/09(火) 20:15:14 ID:YGUYzMiq
直家さんならば当たり前すぎるからですね

158 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/09(火) 20:46:11 ID:/6qI+Hkn
しかし確実な資料がある中では日本史上で一番暗殺した人なんじゃないか?<直家

159 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/09(火) 20:57:05 ID:tdMDg3Of
いや、備前の戦国史の史料は史料とはいえない代物ばっかりだから。

もしかしたらもっと死んでたりして。

160 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/09(火) 20:58:46 ID:9/qKUtPF
武略も普通にあるんだが可能なら使わないで済ませようと努めに努めるあたりが尋常の人じゃねーんだよなw

161 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/09(火) 21:11:33 ID:L5aXQBTw
大河ドラマでやればいいのに
牛飼いから大名とかロマンじゃないか

162 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/09(火) 21:23:06 ID:/6qI+Hkn
道程は全然ロマンじゃ(ry
直家と秀家の生き様、死に様を対比的にすれば
あるいは出来るかもしれないけど主役には…

163 名前:人間七七四年[age] 投稿日:2009/06/09(火) 21:46:35 ID:2iO3b9mO
>>150
大義である。食すがよいぞ。

  ∧ ∧   
 ( ´・ω・)                                     ○
 ( ∪ ∪  ,.-、   ,.-、   ,.-、   ,.-、     ,.-、      ,.-、   .,.⊥、
 と__)__) (,,■)  (,,■)  (,,■)  (,,■)    (,,■)     (,,■)   (,,■)
       梅干  高菜 大腸菌 こんぶ 足尾鉱毒 豚インフル オプーナ
          ,.-、   ,.-、     ,.-、      ,.-、   ,.-、   ,.-、    ,.-、
          (,,■)  (,,■)    (,,■)     (,,■)  (,,■)  (,,■)   (,,■)
          砒素 明太子 ちりめんじゃこ タブン  柴漬  塩辛 石見銀山
      ,.-、   ,.-、     ,.-、    ,.-、    ,.-、   ,.-、    ,.-、   ,.-、
     (,,■)  (,,■)    (,,■)   (,,■)   (,,■)  (,,■)   (,,■)  (,,■)
      鉛 プルトニウム 野沢菜  サリン 工場廃水 キムチ  鮭マヨ VXガス


164 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/09(火) 21:47:50 ID:Zl78R+sL
>>163
直様、致死性ロシアンおにぎりはそろそろ勘弁願いとうござりまする・・・

165 名前:人間七七四年[age] 投稿日:2009/06/09(火) 22:06:21 ID:2iO3b9mO
>>164
そうであったか。ではお茶にしよう。
  ∧ ∧   
 ( ´・ω・)                                     
 ( つ旦O
 と__)__)  旦    
       青酸カリ   

166 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/09(火) 22:34:23 ID:Qdit7q8q
容赦ねぇなw

167 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/09(火) 22:46:44 ID:Zl78R+sL
>>165
選択肢ないのかっ!

169 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/09(火) 23:54:19 ID:KqjQiUze
さすが宇喜多www

172 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/06/10(水) 00:16:18 ID:eBDv0OQO
直家ならプーチンにも勝てるな
小童の腹に毒塗って…

173 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/10(水) 05:42:40 ID:9FG4fVNF
戦で自分の家臣が死ぬのを見るのが嫌だったから、と思えば良い殿様な気がしなくもない‥‥

174 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/10(水) 07:58:38 ID:5+T+udHw
     ('A`)      「戦で自分の家臣が死ぬのはいやだお…」
     ノヽノヽ
       くく

       |
   \  __  /
   _ (m) _ピコーン
      |ミ|
    /  `´  \
     ('∀`)      「そうだ、暗殺すればいいじゃん!」
     ノヽノヽ
       くく

175 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/10(水) 08:37:08 ID:yLs8qD1c
ヤンデレ?
それともシリアルキラー?

176 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/06/10(水) 09:33:05 ID:MPKWOIw+
>>173-174
数人殺せばただの殺人鬼だが万人殺せば英雄という言葉もあるが
直家の場合、少ない犠牲で多くを生かすという行動原理があると思えば、
真の英雄の資格が十二分にあるだろう



177 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/10(水) 09:33:15 ID:E3senSL1
>>174
そういう考え方はい奸悪

178 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/10(水) 11:23:59 ID:Wl5gIjuf
暗殺ってそう考えたら、家臣が死なないばかりか、兵糧を使わない、
金子は褒美のみ、領地は荒れない、敵に動揺を与える、
証拠が残らなければその敵が仇打ちで挙兵した際に戦う理由ができる
と何かと利が多いなぁ

179 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/10(水) 11:35:29 ID:WDhV3GaM
その代償に信用が無くなるがな。
余程器量が無いと他勢力との交渉が難しくなり、
敵は増え易く味方が増え難くなっていく。

180 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/10(水) 12:02:47 ID:HT4x5Kp+
あんま暗殺が横行すると現代のフィリピンみたいになるよ。
前回の選挙で立候補者含め関係者100人以上暗殺されたのに犯人が一人も捕まってない。

181 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/10(水) 12:03:26 ID:Wl5gIjuf
>>179
確かにね
そうなると、暗殺相手を誅したことの大義をアピールするか、
味方は利で釣るようにしなきゃいけなくなるわけだ。

大義があっても、確たる証拠が残ってなくとも
手段が暗殺じゃ中々難しそうだけどね

182 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/10(水) 12:21:31 ID:WDhV3GaM
暗殺といえば・・・だが、
毛利さんのとこも、宇喜多さんのとこも、三好さんのとこも、
親族にそれを補うようなバランス調整タイプの人柄の良い人が居たな
逆に斉藤さんや松永さんの場合…
特に松永さんの場合、弟が死んでから滅んでるし、
家全体でどこかに信用をされる人が居ないとやっていけないんかもしれんね

185 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/10(水) 14:10:25 ID:vmIhYouE
>154
松永弾正先生が古天明平蜘蛛にせっせと何かを詰めております

186 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/10(水) 18:07:26 ID:E090TqAG
先生!それ今代まで残ってりゃ重文クラスだからやめて!

187 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/06/10(水) 20:04:41 ID:uCUthbzH
>>180
なにそれこわい

188 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/06/10(水) 20:07:50 ID:MPKWOIw+
>>185
ゲヒ殿が何かたくらんでおる模様

189 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/10(水) 20:36:44 ID:RYHDzbrP
>>188
(ジュッ)熱ちぇええ!

垪和郷攻防戦、そして竹内氏のその後

2009年04月27日 00:08

962 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/26(日) 10:13:21 ID:y97dQQ3f

便乗して同じ時期、伊賀領と旭川を挟んで隣の地域の話。
美作高城主竹内善十郎為能は当時毛利に属しており、彼の治める垪和郷は毛利にとって
備中から美作東部、因幡方面へ向かう回廊の一つであった。
宇喜多にとっても竹内氏は美作西部への兵站に目障りな勢力であり、吉川元春による失地
回復の為出陣した宇喜多本隊により、竹内一族の一の瀬城も呆気無く攻略された。

そこで竹内氏は近隣の地侍に合力を求め、毛利にも援軍を要請し兵糧や鉄砲衆、備中勢の
加勢を得て守りを固めていた。また備中との境目にも改めて毛利の一所衆が配備されて、
その何割かが垪和郷に後詰として着陣していた。
さて、垪和郷攻防戦は天正八年二月に始まり緒戦は毛利方有利であったが
戸川、岡、長船らの部隊が到着すると逆転した。
諸城陥落し城兵は高城へと落ち延びていき、三月中旬ついに高城合戦が始まった。

前置きが長くなったが、ようやく本編。
宇喜多家臣馬場重介職家は谷の方面の討手であったが、数刻経っても敵が現れない。
退屈して嶺に上ると出会い頭に敵と遭遇してしまった。敵は五段に備えていたが、
鉄砲で備えを崩し自身も槍をふるって三段目まで打ち破ったところで
敵の鉄砲が重介の右の股に命中した。鉄砲が放たれる中、重介は心は猛く進むが、
出血多くもはや前進できなくなり、土手を楯にして討ち死にする覚悟で敵を待ちうけた。

その時向かいの谷の柴の陰から鉄砲が放たれ重介の右肩甲骨の内から肘までうち抜いた。
竹槍で布袋を突き通したような感じで、目もくらみ、心も動転し、
世界がまるで朝顔の花の色のようにみえたという。

気を取り直して眼を開くと、田中藤介が登って来て、重介を励まし退くように説得した。
重介が、「深手を負ってしまい敵の追手に討たれるに違いないから潔く自害したい、
藤介こそ早く退け」と言うと、藤介は「某、ここを一足も退いたりしない。この覚悟なら
堅固に防ぐことも難しくない」と言い、そこに重介の部下も来て重介を引きとった。
藤介は一斉に鉄砲を放たせ槍をふるって突入し、敵は引き揚げた。

この谷は激戦で多くの血が流されたので大血谷と呼ばれ、現在の地名大地谷の元になった
と伝えられている。鉄砲に討たれた瞬間のことを記述している珍しい話である。

963 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/26(日) 10:19:17 ID:y97dQQ3f
その後の話
竹内氏は高城合戦で数回大規模な攻勢を掛けられるが、その度防戦撃退し、ついに宇喜多
の将の一人平尾弾正を討ち取った。竹内方の勝利で宇喜多勢は陣を引くが、包囲は続く。
同月の辛川合戦、翌月の虎倉合戦では宇喜多方が大勝を収め、高城包囲網は崩れない。
竹内善十郎は弟を使者にして毛利にさらなる援軍を要請するが、包囲を突破して援兵する
のは難しいとの返事で、四月以降の毛利からの書状は現存していない。
毛利からも見捨てられた高城はその後も籠城を続けるが、
いつも通り宇喜多の調略により城将の一人が寝返り、八月落城した。

高城から谷を挟んで南側に鶴田城があり一族の杉山氏が守っていた。鶴田城主の姫は
麓で若い寺小姓と出会い、度々の逢瀬を楽しんでいたがいつの日か姿を見せなくなった。
その直後から宇喜多勢の攻勢が強まり高城陥落後、鶴田城も間もなく落城した。
落城後この男が宇喜多の間者と知った姫は、絶望のあまり旭川の渕に身を投げ、
それ以来「姫こ渕」と呼ぶようになったという。

竹内一族では竹内久盛が有名だろう。彼は一の瀬落城後、高城には入らず
播磨へ落ち延び後に宇喜多家臣新免氏を頼ったという。

馬場職家は間もなく復帰し、二年後の八浜合戦では殿をつとめ八浜七本槍に数えられる。
晩年には子供達に「侍たるもの決して臆病であってはならぬ。(中略)生きるも死ぬも
運次第で臆病になる必要がないのはこの自分の例からも明らかであろう」と語り、
七十七歳の天寿を全うしたという。







964 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/26(日) 10:40:51 ID:gJ44A6sQ
すごいな。このまま岡山県の新聞あたりに、歴史コラムとして載ってても
おかしく無いような話だわ。

しかしあのあたりは戦国後期まで中小勢力がせめぎあっていた中、そこに尼子、毛利、織田って
巨大勢力が介入してきてるから、一つ一つの合戦が、規模のわりに、異常に凄惨なものに
なっているって印象があるな。

966 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/26(日) 11:16:27 ID:+Juf3Ch9
>>964
派手な野戦をしなくても干 殺し 、水攻めとか飢餓必至だもんね

979 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/26(日) 22:15:56 ID:odJS4d7P
>>963
これって、あっち(いい話)でいいよ。
朝顔なんて、体験者しか語れない。

宇喜多直家の伊賀久隆暗殺・悪い話

2009年04月26日 00:01

956 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/25(土) 15:40:15 ID:Uk5Qv9Kx
宇喜多直家が毛利から離れ、羽柴秀吉を通して、織田信長に付いた頃のことである。

宇喜多方の国人に、備前国津高郡虎倉城主、伊賀久隆と言う者がいた。
彼は無二の宇喜多方とされ、また毛利に「加茂崩れ」と呼ばれるほどの大敗の屈辱をなめさせた
武将であった。
が、その高名をわずらわしく思ったのであろうか、それとも何か疑念を抱いたのであろうか

宇喜多直家は、これを殺すことにした。

その頃伊賀家は岡山城下に屋敷を持ち、久隆とその嫡子興次郎が、そこと虎倉の城を
交代で在住していた。
岡山に久隆が在る時、直家は饗応を開き、城下にいた家臣国人たちに食事を振舞った。

さて、久隆は下城の途中、久隆の家臣と知り合いであった宇喜多家の料理人から、密かに
こう告げられた
「今日の料理には毒が入っていました。急いで解毒剤を用いてください!」

久隆これを聞き、「今解毒をして生き延びても、直家はとてもわしを生かしてはおくまい。
必ず殺される。同じ死ぬのなら、城に籠って討ち死にすることこそ本望だ。」
と、岡山を脱出し、馬を飛ばして深夜に虎倉の城に帰り、家人を集め篭城の支度をさせた。
子の興次郎は急いで解毒薬を作り久隆に与えたが、既に手遅れだったのであろう、
夜のあける頃に、死んだ。

それから虎倉城は半年以上篭城をし、宇喜多勢もそれを攻略できなかったが、
毛利勢が備中に攻め込んだときそれと合流し、城を放棄し共に引き上げていった、とのことである。

数ある直家の暗殺の中でも、いまひとつ目的のはっきりしないお話。





957 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/25(土) 19:51:39 ID:InDbnMlF
家中でもかなりの高禄を食んでたらしいし直家も死期が迫っていたから
焦りが出たんじゃないかと俺は思う。

958 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/04/25(土) 22:04:51 ID:1UTGwk5+
何故暗殺したのかって?
そこに人がいるからに決まってるじゃないか。

と言う冗談は置いておいて、毛利方の調略って線はないの?

961 名前:正純[sage] 投稿日:2009/04/26(日) 01:09:24 ID:24/jJNWN
>>956
で、毒が効いていないように見えるのですが

965 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/26(日) 11:12:15 ID:+Juf3Ch9
>>956
松田元輝を抹 殺 するときに伊賀さん一役かってるんだよな


……用済みでしか

967 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/26(日) 13:14:26 ID:AV6viTFi
>>961
ただ単に、宇喜多から出されたご馳走のなかに毒は入ってなくて、
「毒入ってたから毒消し飲めや つ【解毒薬】」って言って解毒薬(実はこれが毒)を
飲ませようとしたんじゃないのか……

968 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/26(日) 14:03:04 ID:9weSNB3d
>>967
推理小説の殺人事件とかでよく見かける方法だな

宇喜多直家の岡山城接収・悪い話

2009年04月11日 00:10

552 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/10(金) 01:02:53 ID:k4fGND0y
岡山城城主、金光宗高が宇喜多直家の麾下に入り、しばらくした頃の事。
宗高が謀反を謀ろうとしている、そんな風説が流れた。

この宗高の家臣に、後藤某と言う者がいた。直家はこの後藤とかねてより親しくしていたが、
この風説が流れるようになってから、直家の居城、沼城に後藤を度々呼び、碁の相手をさせた。

そうしているうちに、金光宗高が、この後藤を、罪があったと言って殺した。
「かかった!」
直家、そう思ったことであろう。直家は宗高を沼城に呼び出し、言った

「切腹いたせ。

宗高、お主は先年の明禅寺合戦の後、わしに敵しがたくなって味方になった。
だが、内々に叛心を抱いていたのであろう。そのせいで、後藤がわしに懇ろなのを憎み、
彼を殺したのだ!この所業、捨て置けぬ。」

宗高は必死に言い訳をし、陳謝した。しかし直家は容赦しない。そしてここは直家の居城、
逃げ場は、無い。宗高も生を諦め、切腹を受け入れる体を見せる。

すると直家、彼にやさしく言う、

「宗高、わしはお主の死後、お主の子供達に所領を与えて、路頭に迷わないようしてやりたいと
考えておる。

…そのためにも、だ。

岡山城の者たちに、『この城を直家に異議無く受け渡すこと、宗高が認めた』と、一筆
書き残しておいてほしい。
無駄な争いが無い事こそ、子供の将来の為にもなろう…。」

宗高、これに抗する事は出来ず、その旨を書状にしたため、そして切腹した。
そして岡山城に直家よりの接収部隊が向かうと、最初抵抗の姿勢を見せたものの、
この書状を見せると、おとなしく城を明け渡した、との事である。

このようにして、やがて直家の本城となる岡山城は奪取された、と言うお話。





553 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/10(金) 01:16:18 ID:K4eUZrSt
意外な事に、子供達にはちゃんと所領を与えてるんだよね。

554 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/10(金) 01:22:56 ID:k4fGND0y
>>553
そこが宇喜多直家の凄みだよね。間違いなく悪党なんだけど、チンケな悪党じゃ無い。

555 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/10(金) 09:47:56 ID:1hyYqL54
つまらないところで欲かいて約束守らんと信用もされんからねぇ。
日頃は大変誠実に見えてここぞというところになると…

556 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/10(金) 09:53:24 ID:VlNpqa/4
ラスボスはそこで失敗したからなあ

557 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/10(金) 09:56:53 ID:MORKcSA2
ラスボスなら開城した瞬間に雪崩れ込み撫で斬りにするであろう

560 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/10(金) 14:22:28 ID:LXzm+wtm
>>553-554
なんというか、大方はきっちり手間暇かけて仕込む謀略家なのに
そのへんあまり陰湿さを感じないのが直家さんのマジ怖いところかも

鮮やかすぎて何故かスッキリ爽やかだもんな('- `;

戸川秀安の母・悪い話

2009年04月07日 00:03

451 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/05(日) 23:31:26 ID:HSFp1G+n
戸川秀安の母。

天文七年、備前、門田村にて戸川秀安が生まれると間もなくして、父が死んだ。
母の元には、秀安と、その姉の、幼い姉弟が残された。

彼女は門田村で二人を育てたが、ある頃村に居辛くなり、仕方なく二人をつれて
美作の姉の元に向かった。が、その途中、母は、二人も子供を養育するのは無理だと思い至った。
そして池を見つけると、このとき二歳の娘の、着物の袖に小石を詰め、その池に沈めた。

後、成長した戸川秀安は、宇喜多直家に仕え、直家の第一の家老と呼ばれる。




452 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/06(月) 01:17:49 ID:wK41KAQX
>>451
言ってくれれば俺が養育したのに(´・ω・`)

453 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/06(月) 04:41:43 ID:c0u61rIB
>>451

( ;∀;) ワルイハナシダナー

459 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/06(月) 19:13:25 ID:xnrZBqn+
>>451
孟母三遷みたいな母ちゃんだったというのは聞いた。

いつの間にか乳母に収まって

464 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/06(月) 21:41:30 ID:KFueQxUd
>>451
http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-category-19.html

この話?

465 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/06(月) 22:02:48 ID:hAy3vR2U
>>464
あー、戸田になってたから気がつかなかった!
まあ、ちょっと内容異なっているようなので、備前軍記の戸川さんのお話ってことでw;

宇喜多直家の小さな茶亭・悪い話

2009年04月07日 00:02

455 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/06(月) 15:43:35 ID:mZo7OgO8
永禄(1558~)の、始めの頃の事。
宇喜多直家は、自分の舅である中山信正の居城、亀山城から沼を隔てた東茶園畑という場所に
小さな茶亭をつくった。そして狩に出た帰りにはそこで休憩した。この時亀山城から信正も呼び、
狩の獲物を調理し共に酒宴を楽しんだ。
こういうことが何度もあったので、信正は、「城からここにすぐに来れる様にしよう。」と、城と茶亭を
隔てる沼に、橋をかけた。

さて、二月になって、直家、いつものように狩に行き、日が暮れてから件の茶亭に行った。
その夜は信正の勧めで亀山城に入り、共に酒宴をし、夜も更けた頃信正から、
「今日は泊まっていくと良い。」と言ってきた。そこで直家も、「ではお言葉に甘えて、今夜は
泊まらせていただきます。しかし家来の方は先に返そうと思います。」と、共に来たものを皆、
城から出した。これに信正も安心をしたか、自分の家臣たちにも、
「今日は城中の番の者も、皆早く休むが良い。」と休息させ、婿と舅、打ち解けて話などした。

さて、深夜に入り、信正も「そろそろ寝るか」と寝所に向かおうとした。直家も、「では私も休みます。
ああ、私の刀はどこに置いたかな?」と、自分の刀を、取った。


この瞬間を、待っていた


直家、突然抜き打ちに信正を、斬る。信正も斬られながら脇差を抜いて反撃しようとしたが、組み伏せ
首を取った。
走り出て城門を内から開くと、先に帰らせたはずの家来達、武装して続々と集合した。
帰らせるとは偽りであり、周辺に潜ませておいたのだ。

亀山城の者たちが混乱している間に直家、たちまち城を乗っ取る。そして合図の狼煙を上げる。
これを見た直家の主君、浦上宗景は、砥石城主、島村貫阿弥に急使を出した

『中山信正が謀反を起こした。その退治のため宇喜多直家を向かわせたが、そなたも直家に
加勢してほしい。』

これに貫阿弥、家来を連れて亀山城に駆けつけると、城は合戦の模様などさらさら無く、
平穏の様子であった。
不思議に思っていると直家が出てきて、「この城は我々の手で、既に攻め取りました。しかし
加勢に来ていただいたお礼がしたく、どうぞ城にお入りください。」と言われ、言葉のままに城に入れば、
島村貫阿弥主従、城内で待ち構えていた手の者に、たちまち惨殺された。
そして間髪おかず城主のいない砥石城を攻め、これも乗っ取った。

そう、これは宇喜多直家が、主君浦上宗景と共に謀った、有力家臣の中山信正と島村貫阿弥を
排除するための陰謀であったのだ。
主家である浦上家を圧迫していた両家は、この一晩で、滅びた。


…が、この陰謀を主導した直家は、中山、島村の旧領の大半を手に入れ、浦上家から離れ、
独立大名への道を踏み出すこととなる。

そんな、宇喜多家興隆の始まりとなった、陰謀のお話。




456 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/06(月) 16:48:02 ID:54RBDJA2
この山のような死亡フラグと当然の結果は何なんだ!w

457 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/04/06(月) 18:51:26 ID:Ll5mXzL+
なんか清々しい

458 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/06(月) 19:05:46 ID:TqRgtXOA
暗殺が爽快すぎていい話すれかと間違えた

460 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/06(月) 19:44:28 ID:t1pZ7nSF
>>455
趣味が暗殺になるのがわかるな。ここまできれいに決まると。

461 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/06(月) 20:39:32 ID:eM6EJgak
直家 「本当はオレだってこんなことしたくなかったんだが主君の命令で仕方なかったんだよ。
でもこんな主君じゃ今後オレも暗殺されるかもって思ったから叛旗を翻しちゃった。テヘッw」

462 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/06(月) 21:24:29 ID:kh2VqJug
>>461
嘘だッッッ!

463 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/06(月) 21:39:09 ID:zu59SZA0
小畑健作画でキラぽい直家が主役の漫画よみてえw

466 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/06(月) 22:06:22 ID:/0GxVcZN
漫画のゴルゴもそうだけど暗殺って突き詰めると芸術になって
ただの「人殺し」という一言では済まなくなっちゃうw
いや、もちろん悪いことですけどね

467 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/06(月) 22:31:10 ID:oAGx6+fI
直家の暗殺を見ると(被害者には悪いけど)
あまりの鮮やかさに笑っちゃうしかないね。
ちなみにこういう顔の人に
みんなホイホイやられちゃったわけです。
直家木像↓
ttp://www.city.okayama.okayama.jp/museum/rekidai/ukita/image/naoie.jpg
直家木像

戸田秀安の出生の秘密・悪い話

2009年03月15日 00:20

847 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/14(土) 18:15:03 ID:JSl7yH7V
宇喜多直家が安國寺恵瓊を拉致してまでその次男を救出した重臣戸田秀安
彼には宇喜多直家の叔父説がある

ある娘(角屋との説があるので便宜上使用する)が晩年の宇喜多能家の
寵愛を受けた末に身ごもった
しかしながら既に能家の息子宇喜多興家に嫡孫直家が生まれていた
能家は恥ずかしかったのか秘密裏に側近富川正実に角屋を下賜
こうして富川家に宇喜多家の後落胤が生まれたのである
夫婦仲は良かったらしくすぐに本当の二人の子が産まれた
こちらは娘であり、お家騒動の心配もない理想的な家族が出来上がった
………はずだった
能家が暗殺され興家が博多に逃亡すると富川の子に疑惑が浮かぶ
「あのガキ、能家の隠し子じゃね?」
富川正実が時を空けずに病死すると露骨に疑われだした
角屋はもはや備中にはおれぬと宇喜多宗家にいる博多への脱出を決意
まず、幼い秀安を寺に嫁いだ姉に預けた
こうすれば養子とも出家とも言い訳は出来るからである
そして、娘を
 池 に 捨 て た
こうして身一つで博多に脱出した角屋はいともあっさりと興家の次男忠家の乳母におさまり
宇喜多宗家の奥向きを取り仕切るようになる
やがて宇喜多直家が備中に戻ると角屋は秀安を出仕させるのである
富川を戸川と書き換えて…
角屋は宇喜多騒動の後、孫戸川達安の下で93歳で亡くなった




848 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/14(土) 18:54:21 ID:Urm9hNay
>>847
1行目が戸田になってるから戸川か富川か富田か混乱してきたぞ
富田ヒャッハー

あと、興家が逃亡したのって博多じゃなくて福岡でなかったっけ?

849 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/14(土) 18:58:00 ID:pu5jTim2
>>848
釣り?

850 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/14(土) 19:06:34 ID:pnoApfQ3
自分も興家は備前福岡だと思った。
それとも宇喜多と博多って実は関係があったのかな。

851 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/14(土) 19:06:48 ID:Otdj6Vpf
>>848の混乱のしかたを見てたらわけわからんくなってきた

852 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/14(土) 19:07:49 ID:jOcUhszB
いや、福岡で合ってるよ。備前の福岡。

853 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/14(土) 19:30:00 ID:JSl7yH7V
ごめん、俺の勘違い
備前の福岡が正解
福岡=博多と考えた田舎者でゴメンナサイ

ちなみにこの話は当の戸川家は全否定してる
戸川家は富川入道に嫁いだ角屋からの発祥としている
つまり預けたんではなく元々寺の子だと
たが、学者さんは宇喜多家との接点がないので乳母におさまる理由に乏しいと反論してる
どちらにしても富川→戸川の変姓は‘わからない’で片付けられてる



あ、鬼武s(ry

宇喜田家軍制・いい話

2009年02月18日 04:41

945 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/17(火) 21:33:20 ID:lNfH8370
宇喜田家軍制

宇喜田家の軍制として、直家は家中の人数はもちろん、
弓鉄砲や軍資金、兵糧にいたるまでそれらを四つに分かち、
戸川、岡、長船、花房の四人の組頭にそれぞれを預けおいて、
領内のすみずみまで必要に応じて一時に集まるように工夫をほどこしていた。
東に事態があれば東組を派遣し、小事ならば一組で対処を追え、
中くらいのことであればこれに北組を加える、
大事ならばさらに南組をも加える、しかし指揮は東の組頭がとる。
この場合、西組のみは残して、直家自らの用に備える。
各組頭の下には二人の副将を置き、
もし組頭不在の折にはこの副将二人の協議によって処置する。
この軍制の機能性は、あたかも下り坂の車、順風の舟のごとしであったという。

名将言行録




951 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/02/17(火) 22:54:09 ID:R5jxE0dE
>>945
>この軍制の機能性は、あたかも下り坂の車、順風の舟のごとしであったという。
付け足しておこう

泳ぎのうまい人の代になり、この軍制が破綻した後、家運はあたかも下り坂の車、順風の舟の如く…w

宇喜多直家、重臣・戸川秀安の次男を助ける・いい話

2008年12月26日 00:01

535 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/12/25(木) 11:51:42 ID:xaBqsVWK
悪い話でお馴染みの宇喜多直家のいい話。

毛利と同盟して織田と戦っていた宇喜多家ですが、
いろいろあって毛利と手を切り、織田に寝返ることになりました。
しかしここで直家を悩ませたのが、毛利に人質として預けている
重臣・戸川秀安の次男・孫六。
毛利と手を切り、織田につけば、当然人質の孫六は殺されてしまいます。
若いころから苦楽を共にした秀安の息子を見殺しにすることに
直家は思い悩みます。

そんな直家の胸中を察した秀安は
「人質として預けたときから、息子の命はないものと思っています。
今は御家の一大事。孫六ごときの命と代えられるものではありません」
と、息子を見殺しにして織田につくことを進言しました。
この秀安の忠誠に直家をはじめ家臣一同が感激しますが、
それでも直家は今までの秀安の功績や共に過ごしてきた日々を思えば
簡単に孫六を見捨てることに踏ん切りがつきません。


と、そこで直家は一計を案じます。

当時、毛利の外交僧・安国寺恵瓊は京と毛利領を往復していましたが、
なんとそのとき、タイミングがいいのか悪いのか
恵瓊は途中にある宇喜多領をノコノコ通りかかっていたのです。

「これだ!!!!!(`・ω・´)」

すかさず直家は恵瓊の元に使者を送り、
「これはちょうどいい。恵瓊殿、殿が大事な用があるので来てほしいそうです」
と、恵瓊を岡山城へ招きました。

直家に招かれるということは、後に元春・隆景も避けた死亡フラグ。
しかし毛利の外交を担当している恵瓊が、同盟国の国主に招かれて行かないわけにはいきません。
不安を覚えながらも直家の元に向かった恵瓊は、案の定、岡山城につくなり監禁。

直家は毛利に、
「ふはははは!今後、宇喜多は毛利から離れて織田につくことを宣言する!!
でもその前に、お前んとこに預けてる戸川秀安の次男・孫六を返せ!!
もしこの要求を断るというのなら、安国寺恵瓊の命はないものと思うがいい!!」
と、人質交換という名の脅迫を始めたのでした。

しかし毛利側としては重臣・安国寺恵瓊を人質に取られ、どんな無茶な要求を
されるのかと思えば、家臣の息子、それも嫡男ではなく次男と交換と言われ( ゜д゜)ポカーン
そんな要求でいいのならと、さっさと孫六と恵瓊を交換したのでした。


父親である戸川秀安も「気にせず見殺しにしてくれ」と言った孫六のため
ここまでのことをやってのける直家の、家臣思いのいい話。




536 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/12/25(木) 11:59:25 ID:va97smkv
直家・・・( ´・ω・`)

537 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/12/25(木) 12:01:54 ID:yBdzdEfE
ええ話や 敵には容赦ないけど家臣には優しいのがさすがだよね

538 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/12/25(木) 12:09:46 ID:HuslWt8+
逆にいえば恵瓊も毛利に大事にされてるよねw

539 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/12/25(木) 12:10:28 ID:4qyVNh2F

>>535
分かっていても引っかかったえけいバロスw

540 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/12/25(木) 12:45:45 ID:AKmUJEBS
直家も家臣団とは三河武士並に厚い関係だから癒されるな

541 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/12/25(木) 12:54:41 ID:n6rC2iXQ
実にいい話だ
語り口もすばらしい

542 名前:人間七七四年[] 投稿日:2008/12/25(木) 12:55:05 ID:QqMtdFNk
我觉得,在那场大战中,活着的、死了的、成功的、失败的都是英雄
因为他们为了自己的理想,赌上性命,参与到时代的变动中,有这种
魄力的都是英雄。

543 名前:人間七七四年[] 投稿日:2008/12/25(木) 12:55:54 ID:QqMtdFNk
接上“动”改成“革”

544 名前:人間七七四年[] 投稿日:2008/12/25(木) 12:56:23 ID:n0El7Z/U
>>536
いい話だ…

>>540
泳ぎの達者な愚息の代にお家騒動起こして衰退しなければなぁ…


545 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/12/25(木) 13:35:24 ID:Yo5iCx80
>>535
あぁ、秀家公もこれほどの器量があれば家臣をうまくまとめられたのにな。
滅亡もなかったかもしれない。

546 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/12/25(木) 14:33:16 ID:OZlQWBB0
>>540
弟者には信頼されてなかったけどなw

547 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/12/25(木) 15:32:29 ID:cpCcOmjp
>>538
そりゃあ織田家との外交の取次ぎ役である恵瓊を
たかが家臣の次男坊との交換を断って失うわけにもいかんでしょ。

548 名前:人間七七四年[] 投稿日:2008/12/25(木) 21:06:39 ID:n0El7Z/U
>>546
忠家はいつでも身をもって兄の盾になるために鎖帷子を着込んでいたのに一メセタ

549 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/12/25(木) 23:34:39 ID:5HyVTvfD
直家「これで使い易い鉄砲玉が増えたぜ・・・」

としか思えないのは俺の性格がねじ曲がってるからでしょうか?