「南蛮寺興廃記」より、日本人キリシタンのハビアン、コスモ、ジュモンについて

2017年06月16日 17:52

875 名前:「南蛮寺興廃記」4[sage] 投稿日:2017/06/15(木) 18:31:46.74 ID:vOUcUOZp
「南蛮寺興廃記」より、日本人キリシタンのハビアン、コスモ、ジュモンについて

智慧才覚あって破天連の門弟子と成り愚蒙の者を教化する者三人あり。
一人は生国加賀国の者にして禅家の僧、名を慧春と号す。
此の僧、癩瘡を病み身体破れ膿血溢腫、僧家の交わり叶わず。
其の親、貧賤にして保養することも叶わざりければ乞食となり京都に至り
真葛ヶ原の辺に倒れ臥して在りしを南蛮寺より引取り両イルマン施薬して
数月を歴ける所に癩病漸くに平癒して、遂に全体快復することを得たり。
此の僧大きに悦び誠に不思議の因縁を以て天帝広大の恩恵を蒙り難病忽ちに
全快を得て再び人界の生をまぬがる、此の高恩を報ぜんには縦い粉骨砕身すも
宗門の為にせんこと本望たるべしとて、信心に帰伏す。
(この後に、もともと富豪であったが没落し梅毒にかかった呉服屋安右衛門、
口唇裂のあった百姓善五郎の話があって、同様に信心を起こしている)
両破天連(計理故離(ケリコリ)=グレゴリオ・デ・セスペデスと弥理居須(ヤリイス)=ルイス・フロイス?)、
是等三人が智慧さとく、ことさら博識にして教えに通達せるを大きに悦び、
慧春を梅庵(ハビアン)と号し安右衛門を告須蒙(コスモ)と名付け、善五郎を寿問(ジュモン)と
号して天帝の宗意を伝え追々帰伏の人をして此の三人を以て説法教化して説得せしむるに
和語を以て教諭する故、弁理能通して大いに利益ありければ南蛮寺の法器を得たり。
破天連イルマン悦びあえり。両伴天連、感悦の余り密かに内殿にて奇術を教えるに
此の三人、流水に棹をさすが如くに砲術を伝授して、手拭いを以て馬と見せ、
塵を虚空に投げて鳥となし、枯れ木に花を咲かせ、塊を宝珠とし、虚空に坐し、地に隠れ、
俄に黒雲を出し、雨雪を降す等の術、得ずということなし。
(此の後、南蛮寺で治療してもらった人々が報恩のため全国に布教を進めたことが書かれている)

※ハビアンは不干斎ハビアンで、当初はキリスト教の優秀さを仏教・儒教と比較して書いた「妙貞問答」を著述したが
後に修道女と駆け落ちし破門されたため、反キリスト教の「破提宇子(破・デウス)」を著述。
コスモとジュモンの話の話は過去に果心居士めいた話が出ていた。
http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-4612.html



876 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/06/15(木) 22:09:35.65 ID:FnLuyGVB
バテレンは奇術師だったのか!

877 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/06/16(金) 01:10:33.75 ID:OT8kP4lS
当時ですら魔法使いだの人肉を喰らうだの噂が立ってたくらいだから
江戸時代になればまあこんなもんだろう

878 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/06/16(金) 14:50:47.22 ID:f8eZnz2g
梅毒を持ち込んだ奴等がそれを治療して信心を起こさせる…うーん

879 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/06/17(土) 01:13:46.04 ID:Utr99RBV
伴天連が梅毒を持ち込んだわけじゃない
スポンサーサイト

芸州寂静寺デイウス画像の事

2016年11月10日 17:15

285 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/11/10(木) 11:25:31.29 ID:K23paop2
芸州寂静寺デイウス画像の事

 寛政己酉(1789年)、予は東勤のとき、安芸の怒田本郷駅に宿泊した。
この所に寂静という親鸞宗の寺がある。
予の医者がここに宿泊したときに、その住職が語った話である。

 寛永の肥前天草一揆騒乱のときにあたり、ある僧がどこからとなくこの所に来て説法講談した。
聴者の群集は日ごと多くなった。
ある時にその僧はついに耶蘇の法をすすめ、信じる者が多くなったので、
領主からかの僧を捕らえ、東武へ連れて行ったそうだ。

 かの僧が置いていったデヰウスの画像が今も本郷禅宗の寺にあるという。
この事を語った僧も見たそうだ。
その像は阿弥陀のようで威霊があったと。
奇聞である。

 天草に凶徒蜂起のとき、安芸にこのような事があったとは
世人に知らないことである。
(甲子夜話)

デウス像見たいなあ




嶋原の賊矢文

2016年10月25日 21:22

239 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/10/25(火) 05:15:08.44 ID:dsNNs2EC
嶋原の賊矢文


薩州の支、佐土原侯〔島津筑後守〕の臣の某が持ち伝えている、
寛永中の耶蘇一揆のときに、原の城中から寄せ手に射遺した矢文として、
伝写したものを見た。
本書は今なおかの臣の家にあるという。
その文は憎むべきものだ。
これがまさに彼らが賊徒であるゆえんである。


「矢文


『一、当城之土民、宗門ノ為メニ尸ヲ山ニ捨て、名ヲ後代ニ留メント欲ス。
之ニ加ルニ忝モ上使板倉内膳正ヲ討チ奉リ、生前死後之本望、之ニ過グベカラズ候。
冀クハ近日一戦遂、万死ヲ顧ズ、尽ク相果ン。
且又余慢有ルニ依テ、狂歌ヲ綴リ軍中ニ放ツ者乎。一笑セヨ。』


一戦功成テ古城ヲ鎖ス、 三軍ガ死ヲ望テ責レドモ成シ難シ、
九州ノ大勢十余万、   一冬立チ尽シテ花ノリヲ待ツ。


島原や有馬の城を責かねて 心づくしに見ゆる上使衆


肥後守いかに心は細川や なかながし日をあかし暮らして


物数寄は越中流とききければ 敵にあふてはならぬ物数寄


有吉や頼むかひなき先手にて 敵をばうたで味方をぞうつ


信濃路や敵に心をかけ橋の かいがい敷もあぐるせい楼


立花や袖の香ふれし昔より 猶かふばしき武士の道


有馬山すそのの桜咲みだれ 軍は華を散す古城


寛永十五年寅三月日」


(甲子夜話)



日比屋モニカと奈良屋宗札

2010年08月05日 00:01

289 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/08/04(水) 06:48:06 ID:2mnPCtjx
あ、書き込めるようになってる。
アクセス規制に巻き込まれてた間につらつらと書き溜めてたモノなどを。


堺の商人であり、キリシタンでもあった日比屋ディオゴ。
彼の娘、モニカについてはまとめサイトにも逸話が載っている。

このモニカが幼く、一家がまだキリシタンに改宗する以前に、親同士の約束として親
類の一人と婚約をしていた。
その相手とは奈良屋宗井という堺でも裕福な商人の息子、宗札という男であった。
実は奈良屋宗井、ディオゴの妻の実父であり、モニカと宗札は姪と叔父という関係になる。

やがてモニカは成長すると、近隣の評判となるホドの美貌と聡明さを兼ね備えるよう
になり、父と共にキリシタンへと改宗する。
その評判を聞いた大名家や大商人達から婚姻の申し込みが引っ切り無しに舞い込むホドであったが、
熱心なキリシタンであった彼女は、
「俗世を離れ、神に仕える生活をしたい」
と言って全ての求婚を断ってしまった。

収まらないのは宗札である。
元々モニカは自分の婚約者なのだ。お殿様によって力づくで奪われたのならともかく、
異国の名も知らぬ神に生涯を捧げるから結婚出来ません、では到底納得出来ない。

「こうなりゃ力づくででも結婚してくれるわ!」

宗札は仲間と語らい、モニカ拉致の計画を立て始める。
その不穏な動きはディオゴの周囲でも察知していた。
日比屋と奈良屋の間に緊張が漂う中、モニカは教会に行く時以外は家から出る事はなく、唯一の外出機会である
教会へも、裏口伝いにキリシタン仲間の自宅敷地を通って行く、という厳重な警戒が続いた。

流石に宗札も手が出せないまま、数ヶ月の時が過ぎる。
危惧された襲撃もない日常を過ごす内、日比屋の人々からは緊張感が消え去っていたのだろう。
ある日、裏口の鍵を管理している下男が出かけてしまった為、モニカは表玄関から普通の道を通って
教会へと向かったのである。

が、宗札は諦めていなかった。モニカの見せた隙を見逃さず、彼女を拉致。自宅へと監禁してしまったのだ。


290 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/08/04(水) 06:48:56 ID:2mnPCtjx
パニックに陥ったのは日比屋の一族だけではない。
たちまちの内にキリシタンと仏教徒の争いになり、日比屋側の奈良屋襲撃が失敗に終わると、
ディオゴは宗札ではなく父の宗井に狙いを付けて、仕返しにと宗井を拉致した。
奈良屋はモニカを、日比屋は宗井を互いに人質として、両家にはキリシタンと反キリシタンが武器を持って集まる。
堺は一触即発の緊張感に包まれていた。
両家のにらみ合いはそのまま10日ホドも続いたという。

「こりゃダメだ、宗札のヤツ、結婚が認められないならモニカと一緒に無理心中する
って言ってる。交渉の余地はねぇぞ」
「だからって誘拐犯にムザムザ娘をくれてやるなんてコト、出来るハズないだろ!」
「……いや、待てよ。一つ、良い案がある」
「良い案? 何だそりゃ」
「宗札がキリシタンになりゃいいんだよ! 元々アイツはモニカの婚約者なんだし、
こんな事件を起こすホドあの娘に惚れてるんだ。モニカだって相手がキリシタンなら、
結婚をイヤとは言わないんじゃないか?」
「おお、それは良い!」

日比屋に集まったキリシタン仲間達からは同意と賞賛の声が上がったが、当のモニカ
の両親は不満げな顔を隠さない。

「何を悠長なコトを言ってるんですか!? キリシタンだろうが何だろうが、ウチの娘は拉致監禁されてるんですよ!?
ウチの娘に劣情を抱いた男に、口では言えないあ~んなコトやこ~んなコトを現在進行形でヤラれちゃってるかも
知れないんですよっ!!一刻も早くあの娘を助けてください!!!!」
「い、いや、奥さん、その男ってアンタの弟……気持ちはわかるケド、何気に酷くね?」
「それに大丈夫! キリシタンは悪いコトなんかしないんだ、ゼッタイにね! モニカ
の身を守る為には、宗札をキリシタンにしちゃうのが一番手っ取り早いんだよ!」
「うむ、そうか、洗礼を受けちまえば、罪は犯せないもんな。お前頭いいな!」

「ダ、ダメだ……コイツら使えねェ! アンタ達が……アンタ達がおかしな宗教を広
めるからこんなコトになったのよ! 大体、モニカが宗札と結婚したくないなんて言
い出したのもアンタ達のせいじゃない! 日本から出てけぇ~~~~っ!!!」
日比屋で唯一、仏教徒であったディオゴの妻は、激怒の手紙を宣教師達に送りつけた
と言う。


が、しかし。
結論から言うとそれで解決しちまったのであるwww
モニカの口から
「改宗してくれたら結婚してア・ゲ・ル(はぁと)」
と囁かれた宗札は一も二もなく改宗に同意。すぐにでも宣教師の元に連れて行ってくれ。と言い出す始末。
改宗を条件に結婚への了承を取り付けた宗札は、即座にモニカを開放。それを受けて日比屋側も宗井を開放した。

改宗した宗札はルカスという洗礼名を付けられ、モニカと結婚。この結婚は日比屋への婿入りという形だったらしく、
彼はその後日比屋宗札を名乗っている。宗札について、フロイスは「立派な性格」「品行方正」「正しい心」
「模範的なキリシタン」と褒めちぎっている。まぁ、キリシタンでさえあれば、どんなヤツだろうと
手放しで褒めちぎるフロイスだから、ここらの評価はスルーで良いと思う。
でも、この逸話と並んでこの評価が書いてあるんだよ。流石にどうかと思わないか、
フロイス?




長崎唐人町屋の「いつくゆん」

2010年05月13日 00:02

912 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/05/12(水) 19:13:03 ID:7rhPxxe9
寛永の頃、長崎の唐人町屋に「いつくゆん」という者がいた。
彼は広壮な屋敷を構え、そこを唐人商人の宿として提供し、利益を得ていた。
小間使いとして日本人を雇っていたが、中に15歳ほどの少年がいた。
宿泊した唐人の中に人相に詳しい者がいて、少年を見るなり、
「この者は天下に待望を抱くだろう。しかし、それは遂げられずに終えるはずだ」
と予言をした。

数年後、少年は戦国に終止符を打つとされる大反乱の指導者となる。
名を四郎といった。

四郎と幼い頃から親しくしていた学友は、
「彼は海で泳ぐのが好きで、魚を手掴みして捕ることができた。
その他は、別に変わったところもない少年でしたよ」
と語ったという。
深見新右衛門殿の物語りである。

(老談一言記)




913 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/05/12(水) 19:43:33 ID:lrbhzRbM
>>912
ジェロニモさん魚のつかみ取りが上手かったのか

革島ジョアン、同僚にからかわれ

2010年03月22日 00:02

454 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/03/20(土) 22:12:26 ID:GopwGXGs
ルイス・フロイス「日本史」より


革島ジョアンと言うキリシタンの武士がいた。
彼は宗教について攻撃的で、いつも他の宗教、宗派の欺瞞を言い、争っていたのだと言う。

さて、このジョアンがある時同僚たちと共に、異教徒の崇敬を集める「西宮」という寺院に参拝した。
これはおそらく「西宮えびす」として有名な、西宮神社のことであろう。
参拝者で賑わう神社に入ると、ジョアンが普段から他宗教に対する敵愾心をあらわにしていたせいであろう、
同僚たちが彼のことをからかい始めた、

「革島、お主はキリスト教と言う邪悪な信仰に帰依して、神に対していつも罰当たりな言動をしているから、
こういう場所に来ればその罰を受けずにはいられないだろう。」

するとジョアン、たちまち怒り出し

「死人や、木石に過ぎない彫像のどこが恐ろしいものか!悪魔を表わした彫像を崇拝することが
いかに馬鹿げたものか、今ここでわしが教えてやる!わしの崇敬の仕方を見るが良い!」

そう言うとその神社の「偶像」の頭まで上り、その上から小便をした。
この行為は参拝の人々の憤激を買ったと言う。


今でもこんなことしたら、その場で袋叩きにあっても文句は言えないだろう。しかし、いくら信仰と言っても
その信仰心をこういう攻撃的で下品な形で表す人を讃えているあたりに、フロイスや当時の(あくまでこの当時の、である)
キリスト教の排他性、排撃姓を良く現している、と言える逸話である。




455 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/03/20(土) 23:03:33 ID:nQHLRS9H
彫像がただの木石にすぎないっていうのはまあ事実だけどさ。
極端に走ると嫌われるよなあ。

456 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/03/20(土) 23:10:26 ID:7SaI/Wgi
タリバンと同じ理屈だよ…

459 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/03/21(日) 02:47:46 ID:OiQSv9rw
馬鹿にされたままじゃ帰れない武士の意地もあったのかもしれんが
こういう挑発にすぐ乗るような奴は長生きできないぞ

462 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/03/21(日) 11:47:34 ID:dIZgSooI
偶像崇拝はダメという事はジョアンは正教徒だったんだな。

467 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/03/21(日) 13:42:48 ID:40GRWWg0
この時代よりちょっと前に、ヨーロッパで宗教改革が起き、プロテスタントが
興こっている。
新教からの腐敗している、堕落している、という非難に対し、カトリック内部
からも自浄作用というか、改革運動が起こる。
この改革運動、腐敗や堕落を一掃する為のモノだから、妙に潔癖症で過激な教
団も多かったらしい。

……で、そーゆー過激派の中でも一番有名なのがイエズス会。(^^:
タリバンに例えた方がいたが、「原理主義過激派」という点ではまさしくイエ
ズス会はタリバンと同じ。


「この時代のキリスト教」というイメージだけではなく「日本に来たのは原理
主義グループ」という視点を持っておいた方がいいかも。

468 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/03/21(日) 13:48:02 ID:bcAe7+ub
>>462
正教徒は「イコン禁止だとふざけんなコラ」と喧嘩吹っかけた側じゃ
なかったっけ

ほんとにモノの崇拝が良くないと思ってたんなら、日本人がマリア像を
踏めずに殺されまくってる時に法難ktkrとか陶酔してないで
「いや別に踏んでもいいんだぜお前等、それ只の板」と言ってやれと

ロレンソの討論術

2010年03月15日 00:00

664 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/03/14(日) 13:29:52 ID:T5fWAAOp
ザビエルが洗礼を施した日本人の中に、ロレンソと呼ばれる者が居た。
彼は片目が完全に見えず、もう片方もほとんど見えなかった。
ほぼ盲目と言って良い彼は、琵琶法師として平家物語等を語り、日本の古事に通じていた。

彼は改宗後、ひたすらキリスト教を布教する事が自分に与えられた指名と考え、ポルトガル語を学び、
宣教師達の通訳として、自らも日本人への宣教師として、ザビエルの後を継いだトーレスの右腕と言う
べき存在となっていた。

イエズス会の布教記録である「日本史」を書いたフロイスはこう記述する。
「彼は大層高い学識のある僧侶と討論したが、デウスの御好意によって一度も負けたことはなかった」
「彼は自分に答えられない問いがあった場合、機転を利かせてこう言った『貴方達が尋ねられた事に私
が答えるのはたやすい事です。ですが、貴方達にそれを言って理解出来るかどうか……今日の所は私が
答えただけの知識で我慢なされよ。また後日、神の導きがあれば、その問いに答える機会もあるでしょ
う』と。そしてその夜、司祭トーレスに、『その問い』について尋ね、後日に備えたのである」
このような人であったから街に出て、彼の面相について嘲笑う人も多かったが、彼の説教を聴けば誰も
が彼の言葉に心を動かされたのである。


……いや、皆突っ込みたいところはわかる。(^^;
だが、フロイスはこれを「良い話」として記述して、ロレンソを「知識と知恵と人格とを兼ね備えた素
晴らしい人物」として記述しているんだ。

なんつーか、これを良い話としてしまう辺りがフロイスのフロイスたる所以なのかなぁ、と思う。
まぁ、明らかに悪い話なんだが、フロイスさんが「良い話じゃないかっ!!」と言い張っているので良
い話スレに。

「僧侶の嘘を方便と言う」はキリスト教でも通用するらしいロレンソさんのお話でした。




665 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/03/14(日) 17:01:13 ID:Jb6WgSb+
昔、大河で稲川淳二が演じていたのを思い出す。

666 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/03/14(日) 18:44:36 ID:DIlfpnym
ホジャ物語に似たような話があったな

667 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/03/14(日) 20:15:56 ID:zU55HvWs
宗教を信仰してる人間にとっては価値観の根幹を成してるんだからそんなもんでそ
キリストの釘が盗まれた時あれが無くなる位ならフランスの栄えてる都市が滅んだ方がマシって言った
「敬虔で高潔なフランス国王」も居るし理屈や道理も神や仏の為のもの

674 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/03/14(日) 21:39:15 ID:uqLx0H0A
>>664
どちりいなだったかな、こんな項目あってさ、

(・∀・)ノ 「先生ー、神が天地創造したとか、キリストが死んで復活したとか、
      見たことも無いことをどうやって信じたらいいんですかー?」
(´・ω・`) 「そりゃあね、神様が言ったことだから、見たことなくても
       信じなくていいってことじゃないんだよ。
       神様のお告げなんだから、目で見るより確かなことなんだよ」
(・∀・) ノ「じゃあ先生、その神様のお告げって誰が聞いたのー?」
(´・ω・`) 「聖なる教会がそう言ったんだよ。教会ってのは精霊が治めてる聖なる場所だから、
       それについてちょっとでも疑ったり迷ったりするのは厳禁なんだよ」

当時の宣教師のゴリ押…苦労した様子が垣間見えるよね!

675 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/03/14(日) 21:49:46 ID:3LuqiqZk
宣教師はエリートだから、神学についてもエキスパートだったと思うよ
でもそれをまともに聞く民衆はいやしない
「南無阿弥陀仏で救われる」のほうが救済になる場合もあるさ

676 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/03/14(日) 22:16:37 ID:gIaXg5e+
>>675
ところがどっこいフロイスの書簡によると

『当地(京)の人々は己の宗旨に甚だ詳しく、学問も深いので、田舎の人であろうとも
キリシタンになるために来たと自ら言うものは未だかつて無く、彼らが通常目的としているのは
ただひたすら聴聞することである。

彼らの宗旨(仏教諸派)の欺瞞と福音(キリスト教)の真理を説くと、彼らは疑問を呈し、
もしその疑問に対する答えが満足の行くものであれば、そこではじめて洗礼を受けるのである。』


677 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/03/14(日) 22:26:34 ID:e21yuBX3
化け物と異教徒は殴って良いんだよ

678 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/03/14(日) 22:42:57 ID:lRBMqJUJ
殿が馬鹿なこと言い出したぞー道雪さん呼んでこーい

679 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/03/14(日) 22:52:12 ID:uqLx0H0A
右近「呼んだ?」

680 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/03/14(日) 23:19:23 ID:k0wrJb3F
日本人はなにげに神学論争に理詰めで反論してくるのが好きだし上手いんで
扱いが難しいってヴァリニャーノが言ってたな

681 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/03/14(日) 23:20:48 ID:k0wrJb3F
ゴアとかにも滞在してるヴァリニャーノがそう言うのだから
少なくとも16世紀当時、アジア全域の中でも、
日本人はやたら神学に食って掛かるのが好きな連中だったってことだ

682 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/03/14(日) 23:25:28 ID:jxPrRoQS
日蓮宗の連中が頑張ったからかなぁ・・w

683 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/03/14(日) 23:44:34 ID:b0y9jcNS
キリスト教しらないで死んだ爺さんは地獄いってるのか?って話ならここでみたな
日本人って農民レベルでも頭いいのかしら

684 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/03/14(日) 23:51:34 ID:6mzsZB9K
疑り深いだけじゃね?

[ 続きを読む ]

まったく空気読む気がねぇコンスタンチノ渡辺さん

2010年03月07日 00:04

21 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/03/06(土) 13:48:58 ID:+V7Pac4Z
ザビエルの後を継いでトーレスが山口で布教を行っていた時の事。
周防の王、大内義隆を滅ぼした陶晴賢の家臣で渡辺太郎左衛門という者がトーレスの許を訪れた。
彼は周防で最も勇敢な戦士であり、残虐な殺戮者であり、大言壮語する者であり、人々にひどく恐れられていた。
しかし彼はトーレスの説教を聴くと、洗礼を受け、周防での布教の最も重要な大黒柱となったのである。

彼は外敵に対しては獅子の威を示し、教会の中では羊のようであった。
コンスタンチノという洗礼名を授かった彼は、仏教の僧侶と討論する為に彼等を訪ねて行ったが、
僧侶は彼を恐れて誰一人として出てこようとはしなかった。
また、彼は人一倍大きな刀を帯びていたので、教会に僧侶や異教徒が押しかけてきた時に、彼の大きな刀を
教会の入り口に立てかけておけば、彼等はコンスタンチノを恐れ、教会の前から立ち去った。

ある時、コンスタンチノが主君である陶晴賢の宴席に招かれたのだが、出席者の一人が、彼が
洗礼を受けた事を知らず、キリスト教の悪口を言い立てた。
コンスタンチノは落ち着いた様子で彼を殴り飛ばしたが、コンスタンチノの仲間が尚も危害を加えようとするのを
止めて言った。
「コイツは自分が何を言ってるのか、何が正しいのかも判らないアホなんだ。
アホに相応しい罰は今、オレが与えた。これ以上は罰するべきじゃない。今後、こいつが悔い改めずに
同じ言動を繰り返すなら、そん時は遠慮なくブチ殺せばいいじゃないか」

コンスタンチノの仲間は少数だったにも係わらず、敢えて彼に立ち向かおうという侍はおらず、
宴席はそのまま何事もなかったかのように続けられたという。

またある時、観世音菩薩に帰依した僧侶が、千手観音の功徳を説教していた。
その僧侶は何やらワケのわからない祈祷(真言の事か?)を持ち出して、
「この呪文を唱えている人を殺傷しようとしても不可能だ! 敵の刀は斬る事が出来ず、曲がってしまう事は
間違いない!」
と言ったのを聞いてコンスタンチノ、
「じゃぁオレがお前を斬る。世俗の人が唱えてもそれだけの効験があるんなら、坊主であるお前なら、
全然大丈夫な筈だよな?」
と進み出た。
「まぁ、殺しちゃうのも気の毒だから、指一本出せや。お前が正しいなら、オレの刀が曲がるんだろ?」
僧侶は真っ青。
そりゃそうだ、こんな布教上の口上を大真面目に受け取られても困る。それでいて、キリスト教徒は
「キリストの肉と血って言ったって、俺達別にホントに人肉食ってるワケじゃねぇし。何マジんなっちゃってんの?
常識で考えろよwww」
とか言っているのだ。
周囲の人達もまぁまぁ落ち着いて、となだめるのだが、コンスタンチノはあくまで
「いや、コイツの身体で効験を確かめる!」と言って聞かない。
結局最終的には周りの人間達に懇願される形で、コンスタンチノはその場を立ち去った。
(出典:日本史/ルイス・フロイス)

まったく空気読む気がねぇコンスタンチノ渡辺さんの悪い話。




23 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/03/06(土) 16:00:04 ID:3/dT73wN
>>21
最終的に周りに従ってるし空気読んでるじゃん
むしろそういうキャラだろw

24 名前:人間七七四年[] 投稿日:2010/03/06(土) 19:38:39 ID:Um6imPTl
キリスト教がらみで説教一発で入信した話がよくあるけど、どういう説教したらそういう風になるんだ?

25 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/03/06(土) 20:06:39 ID:Qf2mt/61
>>24
現代でも特に今まで宗教とかかわってない人が転んだりするからな
かつての日本テコンドー女子代表の人が今まで普通にブログ書いてたのに
ある日を境に急に書かれる内容が宗教臭くなってぞっとしたわ

27 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/03/06(土) 20:58:53 ID:SaYVjAbH
>>24
戦国時代の人は、明日死ぬかもしれないリアルな不安の中で生きてたのだから
死後天国に行けると聞いたら喜ぶんじゃない?

それと、戦国人は意外に論理的だったから
天体の運行など、科学について詳しい知識を知りたがり
説明に納得して入信する例が多かったようだよ。

原マルテイーノの述懐   大公妃のおっぱい・悪い話

2009年04月22日 00:01

841 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/21(火) 18:03:25 ID:fnUXTf+t

西洋がらみで

原マルテイーノの述懐   大公妃のおっぱい

今私は、追放の地マカオで、もう日本語を忘れてしまった仲間のドラードと共に
活版印刷機械でキリストの教えを印刷しております。

多忙な毎日の中でふと蘇ってきた記憶。

あれは天正13年2月、花の都、フィレンチェの舞踏会でした。
日中は動物園なる不思議な庭園で、象、ライオン、豹、麒麟、鸚鵡、犀、
数々の不思議な動物の数々を目にして驚嘆したものでした。
花の聖母教会のとてつもなく巨大なドームと華麗な装飾、広場で見た
ミケランジェロのダビデ像、ルネッサンスの傑作彫刻の数々、華麗な噴水、

でも、トスカーナ大公の居城での舞踏会は圧巻でございました。 

舞踏会を主催されたフランチェスコ1世の威光は絶大なるもので、
当時のフィレンチェ中の貴族のみならず、外国の駐在大使諸卿は残らず来席され
もの凄い人い人混みでございました。
その中で、仲間の伊東マンショは、我らが代表者として大公妃と踊りを為さればならない
はめとなったのです。
大公妃はふくよかで大柄と言うか、有り体に申せばデブでござりました。
私どもは田舎育ちで小柄、未だ16歳でございます。そそり立つ巨大な胸の辺りに
あわれな伊東の頭が見え隠れしておりました。
中浦ジュリアンは、よぼよぼのお婆様と踊っておりました。
今思えば不思議な体験でございます。

後年耳にしたのですが、このビアンカ大公妃、とんだ食わせ者、元はと言えば
ベネチィアからの流れ者、上手くフランチェスコ1世をたらし込んで
大公妃に収まるは良しとしても、邪魔になった自分の夫を密かに手にかけたとか。

でも神はよくご覧になっております。フランチェスコ1世、公妃、
共に2年後にぽっくりと亡くなられました。
ヒ素による毒殺だそうです。




842 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/21(火) 19:08:47 ID:7xBQMDXP
>>841
おもしろいなw
しかしこの頃はイタリアも、戦国時代みたいな感じだよね。
あっちは天下統一とは行かなかったけど。

843 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/21(火) 21:18:15 ID:NJErpDN5
>>842
だが乱世が一段落ついたら一挙に平和ぼけ?ヘタレ化したところは日伊共通かもね

844 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/21(火) 21:22:56 ID:z3+QzHRS
それはないわ…
世界初のファシスト政権誕生の地だぞ
しかも恐慌前だ
マフィアは割拠してるし

845 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/21(火) 21:52:38 ID:XQQyP4TI
>>841
記録では、捕虜になったあと光秀に「こいつは人間じゃないから」と言って
解き放たれたという。その後の行方は不明。
イエズス会に払い下げられた、という話もある。可能性としてはこちらも
あると思う。ある意味有名人で、どこいっても目立つ人物のその後が全く
ないってのも、イエズス会の奴隷に戻されて海外に売り飛ばされたと思えば
しっくりくるか。

846 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/21(火) 22:00:54 ID:v3LS1SP1
イタリアは、この当時は戦国時代というより、他国に支配下にされ
まくり。
実質的な独立国はヴェネツィア共和国のみという体たらく。

そのヴェネツィアは、この当時は強国と言っていいが。

849 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/22(水) 00:56:57 ID:QdeRMpQh
>>841
中世ヨーロッパでは、貴婦人はトップレスファッションらしいね。
事実かな?気になって仕方ない。

850 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/04/22(水) 01:01:51 ID:RmbyPRj/
>>845
光秀もすげえ理由で解き放ったんだな

851 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/22(水) 03:31:27 ID:YDWjQWHP
>>849
奴隷なんかの前では普通に素っ裸だったらしいよ

奴隷を人間としてみてないから

852 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/22(水) 07:15:12 ID:1NfubA9b
奴隷にとっては普通にご褒美だったのでは

853 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/22(水) 08:46:58 ID:qq30wM4F
ちょっと奴隷になってくる

854 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/22(水) 10:02:41 ID:DNp7ACey
図らずもおっきしたらどうなったんだろう?

855 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/22(水) 12:22:44 ID:bnqhs+W/
>>854
家畜やペットが勃起したからって気にはしないだろ。






獣姦っていつからあったか、それによっちゃあ

856 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/22(水) 12:31:53 ID:TQ8XJrDG
女性の側に仕えるからちょん切ってたりして・・・

857 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/22(水) 12:32:03 ID:AlzEhvLB
獣姦は貴族達の見せ物だったんじゃない?
会員制の秘密クラブみたいなやつ。
地獄の火クラブだっけ?

858 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/22(水) 12:41:12 ID:FgurobbZ
寝そべって裸体に麦蒔いて鳥に啄ませるのを見せ物にしてた王女がいたんだっけ?
戦国にこういう変態はいないのか

868 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/22(水) 17:55:16 ID:LNZhmGAA
>>855
まぁ仕事の支障になるようなら去勢だわな

873 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/22(水) 21:00:44 ID:PFhDEMiV
>>849
幕末にアメリカに言った使節団は
「女房諸肌脱ぎ、旦那たすき掛け」と表現している。
当時の礼装がそう見えたらしい。

トップレスではないだろ、胸をぎゅうぎゅうっとつめてもりあげていただけで。