雑談・楠葉西忍について

2017年04月21日 10:16

740 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/04/21(金) 00:14:41.31 ID:TiEVwH//
教科書的には日本にキリスト教が伝わったのは1549年という事になってるけど、景教として遣隋使か遣唐使が持ち込んでるんだっけ

741 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/04/21(金) 00:37:40.76 ID:t9KytjzS
イスラムは入ってこなかったんかねえ
宋か明くらいには入ってきてるはずだけど日本には来なかったんだろうか

742 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/04/21(金) 00:50:33.39 ID:uFvNYzkl
>>741
室町時代の商人・楠葉西忍(幼名ムスル)の父である「天竺人ヒジリ」がイスラム教徒だったという説が在る

743 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/04/21(金) 01:33:19.92 ID:pNPhOchv
朝松健の一休伝奇ものに西忍が出ていたのを思い出す
後は「聚楽第 太閤の錬金窟」でギヨーム・ポステルが日本に来たことにしている
宇月原 晴明の「黎明に叛くもの」て小説でも大乗院寺社奇事記のムスルの話を引用してた。
(果心(カシム)居士や松永久秀や斎藤道三がアサシン教団員だったという話)

744 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/04/21(金) 02:10:55.19 ID:pNPhOchv
訂正
史実の西忍についての話が載ってるのは「大乗院寺社雑事記」で
上の小説で引用していた「大乗院寺社奇事記」はそれをもとにしたフィクションだった。

本当の「大乗院寺社雑事記」の西忍記事は文明18年2月15日の死亡についての記事が一番まとまってるので
国立国会図書館デジタルコレクション
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1155249
の217コマ目を参照してほしい。
(93歳で死んだとか、父親が天竺人だとか、幼名がムスルとか書かれている)

745 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/04/21(金) 07:15:42.95 ID:5HHheB3O
パルクールを駆使して稲葉山城に潜入する道三なんて想像してオラわくわくすっぞ

746 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/04/21(金) 17:19:32.99 ID:dooTgSY+
こんなの見つけた

京都の西本願寺といえば、親鸞<1172~1262>が開いた浄土真宗の本山です。
その宝物中には親鸞もよんでいたという<世尊布施論>があります。
これはじつは仏教の経典ではありません。
中国で7世紀に景教徒によって漢語に訳された景教の経典なのです。
それが日本にも持ち込まれていたのです。
この<世尊>は釈迦ではなく、イエスなのです。
内容も、イエスの<山の上の垂訓>(マタイの福音書5~7章)に始まり、
イエスの生涯、教え、基督教の救いなどについて述べています。

http://www.asobine.com/article_blog.php?shopid=409&blogmode=new&story=BL0000003355

747 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/04/21(金) 19:26:09.88 ID:T+yycnAH
空海は新訳聖書を、最澄は旧訳聖書を持ち帰っているとどっかに書いてあったなあ
眉唾なのだと聖徳太子の傍には景教徒がいたってのもある

ここでも馴染みのある松浦静山は群馬の多胡碑にJNRIと刻まれた石槨と十字架が見つかったと甲子夜話に記しているらしいね
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