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「伝説の姫君嶋子」

2017年11月08日 20:23

390 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/11/08(水) 16:19:17.49 ID:g4JuK26V
まとめのコメントに出ていた喜連川温泉に行ったら
「小さな大大名 喜連川足利氏」という小冊子をくれたのでそこから抜粋

「伝説の姫君嶋子」
大蔵ヶ崎城主の塩谷惟久には足利頼純(小弓公方)の娘で嶋子という大変美しい妻がいました。
1590(天正18年)の小田原攻めの頃、豊臣秀吉はそれぞれの大名に対して、人質を出すように命じました。
しかし、惟久はそれに応えられず、秀吉の怒りを恐れて鷲宿村に移ってしまいました。
そこで嶋子は、夫である惟久の無実と断絶しそうな古河公方家の再興を古河にいる豊臣秀吉にお願いするため、
死を覚悟しつつ、古河に向かいました。
秀吉は美しい嶋子の願いを聞き入れ、古河公方で残った氏女(うじひめ)と嶋子の弟国朝を結婚させ、
喜連川の地で再興させました。

ついでに戦国ではないけど興味深い話↓
「討ち入りで大名が幻になった話(国替えの話)
喜連川足利氏と同じく足利の血を引く吉良家に関するこんな伝説も残っています。
喜連川足利氏は、源氏の流れをくむ家として、大大名と同じ扱いをされていましたが、
でも下野の小さな大名にはかわりありませんでした。
それを残念に思った吉良上野介は将軍徳川綱吉に働きかけ、喜連川足利氏を足利尊氏と縁の深い
三河国へ国替えすることへの内諾を得ました。
この吉報は、吉良家から喜連川足利家へ伝えられました。喜連川足利家の使者が吉良家に出向き、
お礼を述べて帰ろうとしました。
その時、大雪が降りそうなので泊まっていくようにと、吉良家から声をかけられました。
しかし使者は「主君に急ぎ報告したいので」と丁重に答えて帰りました。
その夜のこと、吉良家に赤穂浪士の討ち入りがあり、肝心の吉良上野介が討ち取られてしまったので、
国替えの話は立ち消えとなってしまいました。



391 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/11/08(水) 17:02:46.75 ID:q4w5b6bw
>>390
この話でいつも思うのは、里見の庇護下にあった小弓頼純と那須の家臣である喜連川塩谷とが縁戚になったこと
どういう経緯があったんだろう
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