454 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/11/03(土) 22:39:14.16 ID:qOtmps2b
大阪冬の陣、伯楽淵の戦いの時、横川次大夫が取った頸を、箕浦右近が使いとして家康本陣の
茶臼山へ持参し、それが一番頸であることを、本多上野介(正純)を以て言上した。
しかし頸の名字は知れず、名もなき頸であるとして、そのまま白砂に置かれた。
そのような所に、浅野但馬守(長晟)の使者である菅田士郎右衛門という者が茶臼山へ参ったのだが、
その頸を見て、彼の名前を知っていたため、知人としてこのように置かれるべきではないと思い、
頸を取り上げて石の上に置き、感じ入った様子であった。
これを見た箕浦は、彼に近づいて聞いた
「あなたはどちらの御家の方か、あの頸を御存知なのか。」
菅田答えた
「しかじかの者である。この頸は、仔細有って見知っている。これは平子主膳という者の頸である。
この者の父まで、五代討死を致した。そして今日この者の頸を見るにおよび、六代の討死にして、
誠に侍の冥加にあい叶いたる者と存じ、石の上に上げたのだ。」
箕浦これを聞くと再び尋ねた
「確かに御見知候や」
「確かならぬ事を、初めてお目にかかったあなたに申すような事はしない。」
こう言われ、その場で菅田と知人に成り、紀伊国の事などを尋ね、その後箕浦は上野介に
「先程の横川次大夫が討ち取った頸の事、平子主膳の頸であることが解りました。何かのついでにも
仰せ上げられますように。」と申し上げた。本多上野介からは「重ねての披露は難しい。」と言われたが、
それでもと、達って申した所、徳川家康は大いに感じ入り
「平子の頸であると?さては六代まで討死を遂げたのか。冥加の侍と云うべし!」と仰せに成った。
上野介が「平子は御存知の者でしたか」と尋ねると、「彼は隠れもなき者である。」との上意あり、
そしてその頸をとった横川次大夫へは、感状が下された。
これは合わせて、箕浦の使いの致しよう巧者成るが故と、その頃評判と成った。
(士談)
武士にとって討死はむしろ名誉である、という事がよく解る逸話ですね。
455 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/11/03(土) 23:27:17.93 ID:y/aNoiQu
六代まで討死とか壮絶やな
456 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/11/04(日) 01:55:48.51 ID:l7DCctIn
息子も大阪の陣で討死しているので、七代…
458 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/11/04(日) 10:43:15.31 ID:1AjO4BYd
>>456
え?お、おう・・・
459 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/11/04(日) 11:10:03.90 ID:Tz26sLmg
7代連続討ち死には
平子家の合戦での立ち回りが致命的に間違ってるとしか・・・
460 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/11/04(日) 12:29:50.41 ID:st2l0x2P
活躍して討ち死にした武士の家は普通重んじられるから、討ち死にが手柄の第一、と言われる By竹崎季長
461 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/11/04(日) 14:59:33.22 ID:WgVotmTC
大御所様は当代の勇士知りすぎ問題
§
( ゚∀゚) <話は聞いた その者は紛れもない勇士
../ /ハ\
く_ノ;=8=」レ
家康 な、なんだってー!!
感状だー!>
462 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/11/04(日) 17:21:22.46 ID:10fHARKO
>>456
良い話か悪い話かこれもうわかんねえな(錯乱
463 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/11/04(日) 17:22:43.65 ID:xFrMk15D
7代連続討ち死にとかよく家が保たれたな…
そんだけ死んでれば結構若いうちに死んだのもいそうだが
464 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/11/04(日) 18:25:40.35 ID:+iuEsOmt
討ち死にではないけど少弐氏当主も横死ばっかしてたよな確か
大阪冬の陣、伯楽淵の戦いの時、横川次大夫が取った頸を、箕浦右近が使いとして家康本陣の
茶臼山へ持参し、それが一番頸であることを、本多上野介(正純)を以て言上した。
しかし頸の名字は知れず、名もなき頸であるとして、そのまま白砂に置かれた。
そのような所に、浅野但馬守(長晟)の使者である菅田士郎右衛門という者が茶臼山へ参ったのだが、
その頸を見て、彼の名前を知っていたため、知人としてこのように置かれるべきではないと思い、
頸を取り上げて石の上に置き、感じ入った様子であった。
これを見た箕浦は、彼に近づいて聞いた
「あなたはどちらの御家の方か、あの頸を御存知なのか。」
菅田答えた
「しかじかの者である。この頸は、仔細有って見知っている。これは平子主膳という者の頸である。
この者の父まで、五代討死を致した。そして今日この者の頸を見るにおよび、六代の討死にして、
誠に侍の冥加にあい叶いたる者と存じ、石の上に上げたのだ。」
箕浦これを聞くと再び尋ねた
「確かに御見知候や」
「確かならぬ事を、初めてお目にかかったあなたに申すような事はしない。」
こう言われ、その場で菅田と知人に成り、紀伊国の事などを尋ね、その後箕浦は上野介に
「先程の横川次大夫が討ち取った頸の事、平子主膳の頸であることが解りました。何かのついでにも
仰せ上げられますように。」と申し上げた。本多上野介からは「重ねての披露は難しい。」と言われたが、
それでもと、達って申した所、徳川家康は大いに感じ入り
「平子の頸であると?さては六代まで討死を遂げたのか。冥加の侍と云うべし!」と仰せに成った。
上野介が「平子は御存知の者でしたか」と尋ねると、「彼は隠れもなき者である。」との上意あり、
そしてその頸をとった横川次大夫へは、感状が下された。
これは合わせて、箕浦の使いの致しよう巧者成るが故と、その頃評判と成った。
(士談)
武士にとって討死はむしろ名誉である、という事がよく解る逸話ですね。
455 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/11/03(土) 23:27:17.93 ID:y/aNoiQu
六代まで討死とか壮絶やな
456 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/11/04(日) 01:55:48.51 ID:l7DCctIn
息子も大阪の陣で討死しているので、七代…
458 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/11/04(日) 10:43:15.31 ID:1AjO4BYd
>>456
え?お、おう・・・
459 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/11/04(日) 11:10:03.90 ID:Tz26sLmg
7代連続討ち死には
平子家の合戦での立ち回りが致命的に間違ってるとしか・・・
460 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/11/04(日) 12:29:50.41 ID:st2l0x2P
活躍して討ち死にした武士の家は普通重んじられるから、討ち死にが手柄の第一、と言われる By竹崎季長
461 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/11/04(日) 14:59:33.22 ID:WgVotmTC
大御所様は当代の勇士知りすぎ問題
§
( ゚∀゚) <話は聞いた その者は紛れもない勇士
../ /ハ\
く_ノ;=8=」レ
家康 な、なんだってー!!
感状だー!>
462 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/11/04(日) 17:21:22.46 ID:10fHARKO
>>456
良い話か悪い話かこれもうわかんねえな(錯乱
463 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/11/04(日) 17:22:43.65 ID:xFrMk15D
7代連続討ち死にとかよく家が保たれたな…
そんだけ死んでれば結構若いうちに死んだのもいそうだが
464 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2018/11/04(日) 18:25:40.35 ID:+iuEsOmt
討ち死にではないけど少弐氏当主も横死ばっかしてたよな確か
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