FC2ブログ

だからこそ胸の覚悟が第一なのだ

2019年07月30日 14:32

299 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2019/07/30(火) 03:54:51.62 ID:m2Cmpsib
藪内宗把という人は名高い侘数奇で、かつ人を何とも思わない人物であった。
彼は隠居後、子の世話になっていたが、ある時侘数寄の友人が来た折、話の興が深くなった。
その友人が「用がなければ晩まで語らないか」と言うと、宗把も「それが良い」と答えた。

そこで友人は下僕を呼んで、自宅から夕食をここに持ってくるようにと命じた。
すると宗把に母屋の方から「夕食が出来ました」と伝えて来た。彼は「ここに持ってくるように」と
言い、食事が届くとまだ夕食の届かない友人を尻目に一人で飲み食いした。

この仕方はこの時代の風俗であり、珍しくない事であったようだ。しかし世の常の者は、客の夕食が
届くのを待ってから食べるものであるが、その礼儀もないというのは、宗把の心強く大胆な仕方であった。

すなわち、侘数奇は心強く大胆でなければ、道具をはじめ全てが不如意であるのだから、世に名高い人と
交われば、心劣りして肩身が狭く、自然と茶湯が嫌になるものである。だからこそ胸の覚悟が第一なのだ。

(長闇堂記)



300 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2019/07/30(火) 18:53:26.82 ID:yQhGIf45
利休といい山上宗二といいこの男といい

301 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2019/07/30(火) 19:01:49.07 ID:BdRJQ6Cs
傲岸不遜じゃないと茶人にはなれないのか?

302 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2019/07/30(火) 20:08:14.03 ID:lKAqgCGR
誰に批判されても我が道を行けとな
文化系の人っぽいよね

303 名前:人間七七四年[] 投稿日:2019/07/31(水) 18:03:12.30 ID:HDK0hrXm
道クソ

304 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2019/08/03(土) 00:38:46.97 ID:XZbNzS3v
現代茶道だと礼儀というか、もてなしというか、要は心配りが重視されるが、茶の湯の創成期
ではその辺のニュアンスが異なるのかな。
そもそも、どちらが茶に造詣が深いか競う「闘茶」が起源だし、茶室での亭主と客の立場も
いわゆるホストとゲストじゃなくライバル同士の勝負、数寄振りを競う場みたいな感じだっ
たのかと思う。

306 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2019/08/03(土) 09:47:37.53 ID:1GDfPUqH
>>304
あーそれなら納得できる

307 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2019/08/03(土) 09:48:37.36 ID:1GDfPUqH
そうでないと変人と言うか嫌なやつばかりになてしま
スポンサーサイト