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駿河の国府、馬場町に、山田仁左衛門長政という者があり

2020年12月17日 16:25

764 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2020/12/17(木) 13:26:03.83 ID:a3nnYr0P
駿河に伝わることに、駿河の国府、馬場町に、山田仁左衛門長政という者があり、父は紺屋仁左衛門、
常に武機軍学を好み、いつの頃か、駿府の貨物の用にて、年々長崎に往来する人と同道して長崎に至り、
暹羅(シャム)国へ渡って居住した。

その時に彼の国では、隣国との争いあり、国王の名をヲンフウ(ソンタム)と云い、長政が器量有ることを知って
相親しみ約し、戦争の謀を長政にはかった。長政は奇才ある者であったため、彼の国の人を日本人に仕立て、
武具までも日本様に取り拵え、日本より加勢が来た、という旨を唱え、長政を大将として隣国と合戦し、勝利を得た。
これによって、国王は長政を嗣子として娘を以て娶した。

長政は浅間社が産神であったことによって開運したとして、軍船の図を絵馬として暹羅国より、寛永年中に奉納した。
この図絵、年認ともに長政の自筆であるという。
彼は一度、帰朝の願望があったが果たせず、その後毒殺によって害された、
匹夫にして外夷に至り、国威を外邦に振り輝かした、奇男の勇夫であった。
この絵馬の事は後に台聴に達し、享保年中に、江戸に召し下され上覧になった。

(山田仁左衛門事蹟)



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