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吉川元春の子作り・いい話

2009年02月18日 04:43

933 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/17(火) 15:24:09 ID:X3jsr7qd
元春の子作り

長男:元長1548年生まれ(前年に元春が妻を娶っている)結婚記念
次男:元氏1556年生まれ(前年に厳島合戦)厳島記念
三男:広家1561年12月生まれ(同じ年の1,2月頃に長男の元服)元服記念

娘の誕生年が分からんけど出来すぎじゃね?




942 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/17(火) 19:44:53 ID:tacZ7Rol
>>933
毛利三兄弟ほどじゃないにせよ吉川三兄弟もなかなか優秀だったようだな。
元長が早死にしたのが悔やまれる・・・。

結局三男の広家が継いだけどなぜ次男の元氏に継がせなかったの?

943 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/17(火) 19:50:46 ID:HZEj7cyK
>>942
元長が死んだとき、元氏は既に他家に養子に入っていたからじゃないかな?

944 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/17(火) 20:51:19 ID:SI4j/Evw
秀吉「まんじゅう怖い・・・吉川怖い・・・」
      :
      :
元長「ってな具合でさw」
毛利家臣団「元長さんGJ、あの猿に一泡吹かせてやりましたね」

その頃
秀吉「あ~まんじゅう怖い、怖いから食べちゃおw
   黒ちゃん、お茶とまんじゅう取ってきて」
黒田官「お茶と・・・饅「頭」取ってくるんですね・・・」
諸侯「毛利も馬鹿だなw」

957 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/18(水) 00:48:33 ID:BXQecEqu
>>933家運が開けると益々ハッスルしてしまう、ホットな夫婦だったのだろうねw

あ、確か向井兵庫正綱もおんなじような感じでぽこぽこ子作りしてたな
嫁さんは“鬼平”長谷川平蔵の先祖の家から来ていたがあんまり怖くなかったらしい

吉川元春「今新田」・いい話

2009年02月18日 04:42

937 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/17(火) 16:33:03 ID:xLUI+aEr

これだけじゃ何なので、吉川元春公の逸話をば


・今新田(元春さんの格好いい話。出:名将言行録)

1569年の事
豊前立花山城主立花鑑載が高橋鑑種と共に毛利方に寝返り、これを好機と毛利氏は北九州へ兵を進めた
ところが戸次鑑連(後の道雪)の猛攻により毛利の後詰めが到着する前に落城してしまい、折角の足がかりを失ってしまう
援軍を組織していた吉川元春と小早川隆景は目的を変更し落城した立花山を攻撃。これを再奪取する事に成功する
・・・が、時をほぼ同じくして山陰の最前線、出雲で尼子氏が挙兵。元就は出征中の元春に尼子残党の鎮圧を命じた
これに対して元春は「この状況では帰る事はできません。尼子の事は父上にお任せします」と断りを入れ、豊前に腰を据えた

ところが事態は悪化する
周防を追われた大内氏が大友氏の援助によって挙兵、元春と隆景は腹背に敵を抱えることになってしまった
挟撃されてはひとたまりもない。元就の指示を断り立花山に拘った元春も仕方なく退却する事になった
元春は殿を勤め夜陰に乗じて陣を払おうとするも大友方はこれを察知。諸将は追撃に掛かる・・・はずだった
ところが大友勢は動かなかった
旗指物を乱すこともなく整然と退却する吉川軍を見た戸次鑑連が制止したのだった
これによって元春は悠々と退却し、無事に帰還することに成功した

後にこの顛末を聞いた元就は
「そのように整えて退却するとはなんと見事な。世に知られた新田義貞の矢矧の橋を彷彿とさせるようだのう」
と褒めたそうだ

938 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/17(火) 16:42:52 ID:xLUI+aEr
あ。注釈入れるの忘れてた
多分「矢矧の橋」は梅松論の天竜川撤退の話と何かが混同してると思われる
意味自体は単に新田義貞のような立派な大将になったもんだなーってな具合だと思う
太平記が手元にないんで詳しい人居たら注釈入れてくれるとありがたいです




947 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/17(火) 22:10:45 ID:9flXuPVi
>>937

この時の大内輝弘は、大友宗麟から300名ほどの兵をつけられ
豊後から船で毛利方後方に送り込まれたコマンドだったんだよね。
これが意外と善戦したというか、毛利に反感を持っていた大内家残党が
加勢したため、毛利元就は大ピンチ。
が、毛利勢反転後は船で脱出もならず、最後は防府で玉砕しちゃった。


毛利勢の博多から長路門司までの間70kmは、大友方についた
道途中の国人からの襲撃で数千人の死者を出したとおもう。

戸次鑑連は、一旦撃退したものの南の秋月、更には佐賀の竜造寺から背後を突かれる
可能性が強かったから、毛利勢を追撃したくてもその余裕はなかったのだと。

948 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/17(火) 22:21:07 ID:WxYzpXSm
輝弘はいい捨て駒だな

949 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/17(火) 22:33:16 ID:ZKK2LWio
時勢を読めず夢を見るからああなる
大内義長がどんな目にあったかよく知っているだろうに

吉川元春とその妻より、息子へ・いい話

2008年12月23日 00:03

471 名前:人間七七四年[] 投稿日:2008/12/22(月) 23:00:50 ID:M3Hn68U3
馬鹿な子ほど可愛い

吉川元春と妻(新庄局)から息子に宛てた手紙

-----------------------
武士は身だしなみをきちんとすることが大切だ。
お前は気に入らないと思うが言っておく。
今の流行を追いかけることは、武士の家に生まれたお前にはふさわしくないことだ。

額をとにかく剃りなさい。
そのうえで鬢をつければ立派に見える。

それをせずに、商人か乞食坊主か恵比須舞いのような格好をしているのは理解できない。
親から見て、こうすれば良いと思うことは、たとえお前が気に入らなくても、
親孝行だと思って直してもらいたい。

お前は盃を目の高さ、鼻の高さまで上げて戴いていた。
なるほどこれはちょっと見には粋に見えるがよろしくない。
偉い人から戴いた盃は目の上まで捧げて鄭重に戴くように。

また、他人から敬礼を受けるときも目礼ではいけない。
少し身を前にかがめて敬礼しなさい。
-----------------------

この息子はかぶいているばかりでなく、わがままな性格でもあった。
他家に養子に出ていたが、領地が少ないと不満を漏らし、もっと広い領地を持つ家の
養子に鞍替えしようとした。しかし、毛利本家から待ったがかかったためむくれてしまう。


再び元春夫妻の連名の手紙
-----------------------
決して本家を恨んではならぬ。
もし、これが承知できなければ
毛利・小早川・吉川三家に対し敵心ある者の
生まれ変わりであると看做す。
-----------------------

自重してくれと息子に頭を下げて頼んだ。

この息子、三男経言は人質として秀吉のもとへ送られたが、元春は(可愛かったのだろう)
後に頼んで返してもらい手元に置いた。兄が夭折したため、彼が吉川家を継ぐことになる。

彼こそ関ヶ原でいろいろ苦労した、その後も何かと苦労した吉川広家である。



472 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/12/22(月) 23:05:24 ID:IvBtJkC9
>>471
つーか、毛利家文書の藩主の書状とか見ると、毛利の跡継ぎは代々ろくでなしばかりに見えるから困るw

親が子に色々言って心配するのはいつも一緒だねえ。

473 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/12/22(月) 23:14:50 ID:XqxLz6B1
あの広家さんも昔はやんちゃだったのかw

474 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/12/22(月) 23:23:10 ID:oh9EqWT/
>>472
不思議だよな。
実際の業績とか見ると、それなりの人が多いのにw

475 名前:人間七七四年[] 投稿日:2008/12/22(月) 23:37:29 ID:MprPnWW/
毛利隆元「こんな家に生まれたくなかった…というよりあんな親父と弟達ry」

476 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/12/22(月) 23:41:21 ID:IvBtJkC9
>>475
でも隆元が死んだ時、小早川隆景なんて、殆ど錯乱したんだよね。「毛利家はもうおしまいだ」って。

物凄いグチグチ言うし、陰口や嫌味も叩くけど、本音の所では信頼し尊敬しあっているのが
毛利家の家風って感じがする。


477 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/12/22(月) 23:42:03 ID:cMGR8vCx
>>472
「あの」輝元も秀就に対して手紙で諭してるしね。
ある意味毛利家の伝統ですな。

478 名前:人間七七四年[] 投稿日:2008/12/22(月) 23:50:32 ID:5bYHOul9
>>476
安国寺恵瓊「拙僧のこともも少し信頼していただければ」

479 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/12/22(月) 23:53:34 ID:IvBtJkC9
>>478
小早川隆景の場合、恵瓊に関しては、
輝元や広家に「あいつは亡国の臣になるから重用しないように」
って言ってたって逸話が残ってるね。

まあ正直後世の創作くさいが。


480 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/12/23(火) 00:01:53 ID:k43xPVKZ
いつの話か知らんがかなり重用してね

481 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/12/23(火) 00:03:12 ID:pehd7E15
さすがに元就なんかと比べると劣るけど、
輝元も全くの馬鹿って訳じゃないよな。
やっぱり関ヶ原前後での大ポカが評価を決めてるのかな。

482 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/12/23(火) 00:12:32 ID:Q9vXw7xF
>>480
確か設定としては隆景が死ぬ間際。
恵瓊の言葉に乗せられるなよって警告。

491 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/12/23(火) 19:36:12 ID:Zvktpf0d
>>472
親が子供にする小言や説教が絶えないのは古今東西身分問わず一緒ってことだ