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久松家家宝・(雨冠に龍)蛇頭(りょうじゃとう)

2023年02月10日 19:36

636 名前:人間七七四年[] 投稿日:2023/02/10(金) 10:46:03.47 ID:GWEK21bA
>>585

徳川家康の異母弟・松平康俊(勝俊)は、今川氏への人質に出されたり、その次は武田氏の元に、さらにそこを脱出してと
波乱の人生を過ごしたひとでしたが、早くに亡くなりました。
娘が一人しかいなかったので水野家から従兄弟にあたる松平勝政が婿養子となって入り、子孫は交代寄合の大身旗本として続き、
江戸中期の加増で多古藩(千葉県香取郡多古町)の大名となっています。

歴史のさと多古を歩く
https://www.town.tako.chiba.jp/docs/2018013100486/file_contents/11_TakoKanko_A4_p2229m.pdf

さて、康俊の娘(もしくは勝政)は伝承では天正14年(1586)伯父の家康から雨乞いの神通力がある龍頭「?蛇頭(りょうじゃとう)」を授かり、
代々の家宝として伝え、現在はご子孫から多古町に寄贈されています。
その?蛇頭はリンク先の町誌に写真があるんですが、どう見てもミイラ化したワニ頭骨。ヨウスコウワニ?
唐の頭も含めて、家康は早い時期から舶来品好きですよね。

638 名前:人間七七四年[] 投稿日:2023/02/10(金) 15:03:07.54 ID:GWEK21bA
久松家家宝・?蛇頭(りょうじゃとう)
https://adeac.jp/tako-town/texthtml/d100010/mp000010-100010/images/1-kuchie007-2.jpg
1-kuchie007-2.jpg

天正十四年(一五八六)康俊の女に家康から?蛇頭(りょうじゃとう)(口絵参照)を賜っている。松平家では代々これを伝え、現在は
同家から多古町に寄贈され町役場で保管している。それにまつわる伝承が口述書として付けられており、それによれば、「この竜頭は
その昔京都御所に夜な夜な怪物が出現し、そのため御所内で病魔が絶えなかった。それで当家(久松)の先祖がこれを弓で射落とした。
その為に病魔が絶えたとの由、それを記念し久松家に下し賜ったものである。また明治の初期に旱魃(かんばつ)が続き、農民が
困っている時に、この竜頭にお供えをし酒をかけてやり雨乞いをしたら大雨が降り農民に大いに喜ばれたとの由」(昭和五十三年十月六日書)とある。
https://adeac.jp/tako-town/text-list/d100010/ht000720

こちらは多古町史の該当部分



640 名前:人間七七四年[] 投稿日:2023/02/11(土) 10:36:28.10 ID:V7PRnp0X
>>636
ああ、異母弟じゃないや、久松は異父弟ですねw
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