勝茂さまの御願文

2017年04月09日 17:13

802 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/04/09(日) 00:31:38.41 ID:VKe4zR8e
勝茂さまの時代には、毎年の正月に自ら御願文をお書きになり、神社に納められた。
年の暮れには願ほどきをされたものである。
その内容は、

「家中によい人物が出るように」
「家中から浪人が出ないように」
「家中に病人が出ないように」

の三ヶ条であった。
一鼎の話である 【葉隠】


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勝茂さまが御家老たちに、

2017年03月29日 19:12

767 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/03/29(水) 17:29:22.71 ID:pKxeS1VR
勝茂さまが御家老たちに、

「訴訟事を裁くときには、どうか死罪にならぬようにと思いながら、
話を聞くようにせよと、つねづね直茂さまは仰せになっていた。
この言葉は今でも忘れることがないので、皆にも伝えておきたい。
また、大切なことのある場合には酒を飲んではならない。
だいたいにおいて、酒は好ましくないものである。
これも直茂さまが御注意されたことだ」

と仰せられたとのこと 【葉隠】



768 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/03/29(水) 18:21:11.91 ID:lhXZwzZY
本多忠朝「酒に呑まれるやつが悪いのだ」

〔壱岐〕朝鮮鴉之事

2017年02月05日 13:57

587 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/02/04(土) 23:59:21.99 ID:AaFg6Mnf
〔壱岐〕朝鮮鴉之事

 予の小臣に壱岐の人がいる。
話に、かの国には「朝鮮鴉」と呼ぶ、
大きさは鳩のようで黒色鴉に似て白毛の混じった鳥が、夥しく群飛して来て野菜に害をなし、
四、五日を経てまた群飛して去るという。
これは前に記した(http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-10250.html
カササギである。

 ならば鍋島勝茂が韓征から持ち帰ってその里に繁盛しているという事とは別に、
この鳥が韓土からわが地に渡来する事は今に始まらぬのであろう。
しかし『本草綱目』にも『本草綱目啓蒙』にもこのような無数群行ことは書いてない。
ただ『本草綱目啓蒙』に、筑前筑後では朝鮮がらす、高麗がらすというと載っているので、
かの国などにも飛び渡ることは壱岐と同じであろうか。
ならばいずれにしても勝茂が持ち帰ったというのは珍しくはないことである。

(甲子夜話三篇)



切腹を御許しください

2016年12月17日 21:19

422 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/12/17(土) 13:47:28.88 ID:RmYfwQ7x
勝茂さまの病気の回復の見込みがなくなったとき、
光茂さまへ、志波喜左衛門が、

「私は、以前から殿のお供をいたす約束をしております。
ご回復の見込みがないよう思いますゆえ、
殿のお命の代わりとして私が腹を切ったならば、
もしかすると御回復することがあるかもしれません。
いずれ冥途へお供する身体ですから、切腹を御許しください」

と申し上げた。
光茂さまが、増上寺の和尚に、

「命の代わりとして切腹をするということは許されますか」

とお尋ねしたところ、

「そのようなことは絶対に許されていない。
剛の者であるから、大切に召抱えておかれるように」

との答えであった。
光茂さまは腹を切ることは許さず、
しかし、その忠義の心にすっかりと感心され、
子孫を疎かにするようなことがあってはならぬと、
自ら筆をとり、そのことを記された。
いまだに子孫はその書付を持っているということだ 【葉隠】



昔の人の言葉を参考にし、他人にも相談をするならば

2016年11月12日 15:59

313 名前:人間七七四年[] 投稿日:2016/11/11(金) 17:47:37.99 ID:TF19QdX0
昔の人が残した名言や行動を聞き覚えておくのは、古人の知恵、経験にあやかるためである。
私心を働かせないためである。
我一個の感情、知識だけでなく、昔の人の言葉を参考にし、他人にも相談をするならば、
客観が加わり、間違いということもなく、悪事も起こらないものである。
勝茂さまはよく直茂さまに相談し、お知恵を借りておられた。
これは『御咄聞書』に書いてある。
とても立派なお心掛けであられた。
また、ある方は弟たちを家来として召しかかえ、
江戸や上方に行くとき、いつも彼らを連れていき、
日々起こる公私の出来事すべてを弟たちと相談して決めたので、
其の方の立ち振舞いには間違いの起こることがなかったとのことだ。 【葉隠】



徴古館 青漆塗萌黄糸威二枚胴具足

2015年09月04日 09:55

654 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/09/03(木) 20:53:18.32 ID:5AXdqxaN
徴古館 青漆塗萌黄糸威二枚胴具足
http://www.nabeshima.or.jp/collection/index.php?mode=display_itemdetail&id=6
青漆塗萌黄糸威二枚胴具足

鍋島勝茂が島原の乱で着用したこの甲冑、青漆とは漆に藍や石黄を混ぜて青く(実際は緑色)
した技法である。なお、この技法自体は江戸時代後期からのものとされる。

最近、この甲冑のレプリカが甲冑師の西岡文夫氏に発注され復元されたが、驚くべき事実が
明らかになった。

西岡氏は当初、レプリカにごく普通に青漆を塗ってみたが、経年劣化を考えても実物と色合いが
全く違う。そこで国立文化財機構 東京文化財研究所保存修復科学センターの北野信彦氏に
科学的調査を依頼し、徴古館の甲冑を調査したところ、青漆ではなく西洋絵画の油絵具に近い技法で
作製された塗料であることが明らかになった。

なお、日光東照宮の平成の大修理で、陽明門羽目板の下から松と鶴絵図が発見されたのはニュースで
報道されましたが、この絵にも同じ技法の塗料が使用されているとのこと。

陽明門壁画公開について
http://www.toshogu.jp/blog/2013/12/post-24.html

詳細は日本甲冑武具研究保存会の会報、甲冑武具研究191号を参照のこと


西岡氏は最初に塗った漆を全て剥がしてまた新塗料を塗りなおしたので、相当難儀されたそうです。




655 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/09/04(金) 02:53:48.83 ID:Nusp8EWX
甲冑は1家に一つは欲しいですな

659 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/09/04(金) 08:22:16.42 ID:yYyhqmta
甲冑のは鍋島家が勝茂の頃から新技術の取得に熱心だったという話か

元旦の参詣

2015年01月01日 17:18

477 名前:人間七七四年[] 投稿日:2015/01/01(木) 13:44:21.24 ID:SOQqwQep
元旦に勝茂さまは与賀、本庄、白山八幡の三社へ御参詣になった。
ある年の元旦、五男の直澄さまが正月の挨拶に遅れてこられた。
勝茂さまが、
「おまえはどうして遅れてきたのか」
と御注意なさると直澄さまは、
「父上がいつも三社参りをされているので、わたしも後に習い参詣するようにしたのです。」
と申し上げた。
それを聞き、勝茂さまは、
「おまえまでが元旦の参詣をしなくともよい。
わたしはすでに両親もおらず、かと言って在国中であるがゆえ、
江戸の将軍さまへの御挨拶にも上がれない。
要するに、自分より上の者に対する礼が欠けることないよう、参詣しているのだ。
おまえなどは、わたしに元旦の挨拶にくればそれですむことだ。」
とお諭しなされたとのこと。
次代の光茂さまは、元旦に向陽軒のお宮へ御参詣になられたということである 【葉隠】



478 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/01/01(木) 14:11:56.74 ID:HE/RFR7h
>>477
なんか勝手な理屈だな

ビードロの屏風

2014年08月08日 19:12

469 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/08/08(金) 15:41:10.42 ID:jqaERPuC
勝茂さまが御参覲へ向かう少し前のこと、長崎にはじめてビードロの屏風がもたらされた。
勝茂さまは珍しい物だからと将軍さまに御献上なさろうとお買い求めになった。
壊れやすい物なので、家中の者どもには、よく注意するようにと、何度も仰せになられた。
さて、屏風を納めるための箱が出来上がったので、
御進物役の鍋島采女が屏風を箱に納めるため受け取り、家屋へと持ち帰った。
そこへ、友人の枝吉利左衛門が訪ねてきて、

「ビードロの屏風なる物を、話の種に是非見たい」

と言い出した。采女は、

「もう箱に納めたので、悪いが見せることは出来ない」

と断ったが、利左衛門は是非見たいと言い張って箱から取り出した。
と、そのとき、誤って取り落とし、ビードロの屏風を破いてしまった(おそらくは割れた)。」
利左衛門は屏風をそのままに、

「人の運命とは、さてさて分からぬものぞ」

と言い捨て立ち去った(1/2)

471 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/08/08(金) 15:56:36.78 ID:jqaERPuC
立ち去る様子が心配であったので、采女は利左衛門を呼び戻し、

「御心配されるな。わざとなされたことではないのだから、御前へは申し上げようがある。
なにも気にかけられることはない。
もっともこのことは他言無用ですぞ」

と慰めた。利左衛門は、

「殿の大切な道具を破ったことには変わりない。腹を切る覚悟です」

と言い出した。采女は、

「さてさて武士が気の小さいことを言われる。どんな宝でも、人の命に代えられるものか」

と言って、ひとり勝茂さまの御前へ出向き、

「御献上品のビードロの屏風、とりわけ大事の品と心得お預りしましたので、
家にて箱にしっかりと納まっているか調べていましたところ、取り落とし破ってしまいました。
このこと、わざわざ人を通して申し上げる必要もございませぬゆえ、
勝茂さまへ直に申し上げに参りました」

と言い捨て、御前を退った。
勝茂さまは采女の様子を見て御心配になられ、すぐにお呼び戻しになり、

「少しもかまわぬ。気にするな」

と仰せになり、それですんだ (2/2) 【葉隠】

472 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/08/08(金) 16:05:33.68 ID:jqaERPuC
追記

その後、利左衛門と采女はこのことをいっさい口外しなかった。
利左衛門はいつか恩返しをしようと思っていたところ、
勝茂さまがお亡くなりになり、采女は追腹を切ることを決めた。
そこで利左衛門は、浴衣一枚と大きな敷物一枚を采女に贈った。
采女はたいそう喜んで、その浴衣を着て追腹を切った。
介錯は三谷千左衛門。
この話につけても、大切な道具は軽々しく取り扱わないようすべきであろう




474 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/08/08(金) 21:43:44.64 ID:QNYEbE6G
いい話のようなそうでもないような…w

鍋島は、卑怯ものでござった

2014年05月30日 18:52

32 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/05/30(金) 03:33:59.36 ID:nOyEJ+RM
佐賀の戦国研究会アカウント(@sagasengoku)からの転載、転載なんで改行、段落割り以外は変えてないのでそこのところはご容赦を

関ヶ原も終わり徳川政権が確立した頃、江戸では鍋島家・桜田屋敷と、伊達家の屋敷が隣りだった。
佐賀から倉町宗伯という者、江戸へ医術修行に登っていたが、伊達政宗公と懇意になり、度々伊達屋敷を訪れていた。

ある時、伊達家へ、立花宗茂公がお出でになった。
話の始めに伊達政宗公が問われたのは、『関ヶ原後、立花殿と鍋島殿と合戦をしたというのは、我が屋敷の隣の鍋島殿であるか。』
立花宗茂公答えて曰く『いかにも。左様にございます。』
伊達政宗『その時は、勝利とはならなかったようだが、どの様な事だったのか。』
立花宗茂公答えて曰く『鍋島は、卑怯ものでござった。その為、あの一戦(江上八院の戦い)は我等勝利を得られぬ結果となりました』 
伊達政宗公『時に、宗伯よ。立花殿の話は、その通りであるか?』

たまたまこの様な場に居合わせてしまった倉町宗伯、答えて曰く
倉町『いや、左様にてはあらず。かねて立花様と、あるじ鍋島家はご昵懇であった為、前もって使者を立て申した。
今度思いがけなく討伐の命を受けた為、近日中に柳川を攻める事になる。武具その他籠城の御用意をなされよ、
よく準備が整ったと知らせを貰えれば軍勢を差し向ける、かねてご懇意の間柄、事前に申し通しておきまする、と直茂公の意思を申し上げた所、
立花様はご返答に(用意と言っても特に無い。いつでも攻めて来られるがよかろう。)とあられた。双方合戦の日時を決めて一戦をしたのでござる。
この時の鍋島家の使者は、それがしが親族、倉町出雲(備前左衛門信秀)でござる。ただ今の立花様が仰せのお話は、納得できかねまする。』
倉町は、苦々しい気持ちで申し上げた。

すると立花宗茂公は大変、御不快な様子になられた。
後日、伊達政宗公が鍋島勝茂公と面談した時、政宗公が「先だってこういう事があってな」と、この時の話をした。
勝茂公は大変お喜びになられ、倉町宗伯へ50石の御扶持を与えられたそうだ。

(焼残反故:勝茂公譜考補二より)

もめごとがあった話だけど、オチが倉町の忠義を褒める話なのでいい話スレに




33 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/05/30(金) 07:51:56.94 ID:HYw8PQtp
良い話なのか悪い話なのか良く分からないけど、立花宗茂が捏造するようなカス野郎だったってこと?
どっちかというと悪い話っぽい

というか形式的な質問なのか知らないけど、
伊達政宗「その鍋島とは隣家の鍋島か?」
というのに驚いた。当時はまだ情報社会じゃないからそんな事も認知してなかったのか。
いかに北と南とは言え。

34 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/05/30(金) 08:00:57.94 ID:86xlVFgA
いや
両家の返答はどちらも正しいでしょ

35 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/05/30(金) 10:23:42.23 ID:hDYmQrCK
倉町がこの場で立花をdisる発言はやりにくいけど、
主家の名誉のために意見をはっきり伝えて反論した忠義あふれる良い話だと思った

36 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/05/30(金) 11:11:01.17 ID:PbtyJr34
宗茂にとっちゃ浪人する羽目になった思い出したくもない敗戦だろうに
そういうの気にしないでズカズカ聞こうとする所が実に政宗

37 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/05/30(金) 11:25:28.65 ID:DAxvciZu
遺恨ある同士を煽ってニヤニヤしてるいつもの政宗としか。

38 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/05/30(金) 11:41:32.86 ID:nOyEJ+RM
>>33
それはさすがにうがち過ぎじゃあないかなあ
伊達が鍋島家を知らんってこともないだろう
肥前名護屋に赴いたこともあるわけだし、成富兵庫と陣張りでごちゃごちゃした話もあったし
ただ「あーお隣さんの鍋島さんね!」ぐらいの感覚じゃね

39 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/05/30(金) 16:00:26.29 ID:WSay/2xj
>>37
同感w

40 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/05/30(金) 19:44:46.75 ID:QA3YBDlj
江上八院の戦いの時、立花家は薦野半左衛門を使者に徳川と和睦交渉中
だったから、表立って宗茂が戦いに出るのはまずいって小野和泉が代わりに
戦ったんだよなあ

41 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/05/30(金) 19:53:42.42 ID:86xlVFgA
伊達さまと最上さまが揉めるのは良い
鍋島と立花は揉めたらダメ

なぜなら九州は修羅の国だから(笑)

大野千兵衛始末

2013年06月21日 19:50

906 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/06/21(金) 00:57:29.98 ID:TY5j+8Ym
大野千兵衛の兄と、蓮池の鍛冶職人に衆道のうえで遺恨がうまれた。
まわりの者たちがなんとか仲裁しようと働いたが、
二人は和解せずに訴え出ることとなった。
その頃、勝茂さまは江戸においでになられて、
鍋島甲斐守直澄さまが国をお預かりしておられた。
直澄さまはこの訴えをお聞きになると、
「その二人に勝負させよ。
両者ともに助太刀のないようにするのだ。
もし一対一の勝負に助太刀する者があれば、
その者には処罰がくだるものと思え」
と仰せになった。
して、町の中に決闘場を作らせそこで勝負を行わせることとした。
そして勝負の当日、町中ということもあり、
見物人が隙間もなくひしめく状態となった。
大野は早くから決闘場に到着したのだが、
相手の鍛冶のいっこうに来る様子がない。
日が傾き始めたころには見物人たちは、
「これはもう来ないだろうな」
と帰り始めたところ、
「来た、鍛冶が来たぞ!」
と声があがり、見物人たちはどっと戻ってきた。
鍛冶は一人で、刀一本を差し小さな笠を被るという出で立ちだった。
決闘場へ入ると、笠を脱ぎ捨て左手をさしだす姿で、
「いざ、立ち合おうぞ」
と、大野に呼び掛けた。
このとき、待つ大野はもろ肌脱ぎになっていたが、
着物を直すまもなくそばにいた者たちに押し出された。
そうして切っ先から火を出すばかりに激しく斬り合った。
見物人たちがかたずを飲んで見守るうちに、
大野が太股を斬られてばったり倒れた。
その瞬間に、何者かが決闘場に飛び込んできて、
「おのれ、逃がさぬぞ」
と叫ぶやいなや、ただ一太刀で鍛冶を斬り伏せた。
大野の弟、千兵衛であった。
鍛冶も大野(兄)もその場で絶命した。(1/2)

907 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/06/21(金) 01:18:28.08 ID:TY5j+8Ym
この始末が直澄さま、家老衆に報告されると、
「助太刀はならぬと命じられたにもかかわらず、
助太刀するとは千兵衛は不届き者である。
処罰するべきであろう」
と評議が進んだ。
ちょうどそのとき、勝茂さまが帰国された。
勝茂さまは事件の詳細をお聞きになると、
「千兵衛はひとかどの者だ。
目の前で身内を斬られながら、
自分の命が惜しいからといって、
おめおめと引き下がるような者は武士ではなかろう」
と仰せになり、千兵衛をお褒めになり助命した。
その処置をくだしたあとに、
次は直澄さまを呼び出し、
「留守の間に思慮の浅いはからいをしてくれたものだ。
とくに見世物のような形で勝負をさせたことは言語道断である」
と、厳しくお叱りになられた。
この千兵衛は後には御鷹師にまで御取り立てされ召し使われた。
千兵衛はその御恩を深く感じ、後追腹を切った 【葉隠】(2/2)





歴戦の御老体

2013年03月21日 19:51

790 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/03/21(木) 01:30:12.75 ID:Vqoo2WvQ
石井茂右衛門が乱心して、
女房を引き連れ百姓の家に大小を抜身にして立て籠った。
その女房というのは、中野将監の娘であった。
この一件は素早く勝茂さままで届き、
「この一件、すべて中野一門に任せる。
茂右衛門は討ち捨て、女房は生きて取り戻すように」
と仰せ付けられた。
仰せを受けた中野一門は、策を考えながら現場へ向かった。
そのころ山本神右衛門は入道隠居の身であったが、
「島原でうけた傷がまだ治らぬが、私も行こう」
と言い出した。皆が、
「乱心者一人に歴戦の御老体がお出ましになることはありません」
と言って止めると、激しく怒りながら、
「貴様らに何がわかるか。体は動かぬが指図はこの私がする。
しくじって中野一門の恥になってはならぬ」
と、乗り物にのりこみ、袖がらみ一本を持たせ、
家来どもに入念にこと細かく指示をして出掛けた。
そして打ち合わせ通り、百姓家の両側の壁を打ち破り、
茂右衛門が左右どちらに対処するか迷う隙に、
棒で打ち伏せて捕らえた。
神右衛門の家来は指示通りに、
壁を打ち破ると同時に袖がらみを差し入れて、
女房の着物にひっかけ無事に外へと引き出した。
神右衛門はその女房を駕籠に乗せると、
「私はこの仕事のためだけに来た。
あとの始末はよく心づかいしてやれ。
勝茂さまが女房を無事に取り返せとおっしゃったから、
少しのケガもさせてはらないないと思い来ただけだ。
わざわざ年寄が出向いた理由はそれだけのことよ」
と言い残しそのまま帰った。
茂右衛門はその場で斬り捨てた。
介錯は成富次左衛門である 【葉隠】




794 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/03/21(木) 08:33:20.52 ID:mbqVQr6r
切り捨てたのに介錯があるのか
よくわからんな

795 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/03/21(木) 10:48:30.45 ID:NWfeoRh9
>>790
袖がらみを人質救出に使うという手もあるのか。
トゲが凄いから使い手が未熟だと怪我させそうな気がするけど。

796 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/03/21(木) 19:06:02.99 ID:Vqoo2WvQ
>>794
捕らえてから座らせて切腹なしの斬首だろうね

798 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/03/21(木) 21:50:53.40 ID:qAKcSG+A
片方の壁だけだと、確かに人質を引き寄せて準備されちゃいそうだもんなー

これが戦国武士の風習だったのである

2013年02月10日 18:55

352 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/02/09(土) 20:00:07.77 ID:SDvMJ5MH
島内新左衛門は直茂さまと戦場を駆け巡ってきた古強者だ。
応仁以来の戦乱も治まった勝茂さまの御代、ある日のこと、
新左衛門に御礼日のお目見えがおおせつけられた。
登城して勝茂さまが部屋にお入りになると、
皆々が平伏するなか、新左衛門だけは、
人々の間に背筋を伸ばし微動だにせず座っていた。
勝茂さまが、
「新左衛門、めでたき日だな」
と御言葉をおかけになると、
新左衛門ははじめて礼をした。
新左衛門はいつもこのスタイルを貫いたが、
これが戦国武士の風習だったのである【葉隠】






「まるで外記の具足のようだ」

2013年01月27日 18:55

308 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/01/27(日) 01:40:11.90 ID:a7EzabTl
原城を攻めたときのこと、
田崎外記がとてもきらびやかで派手な具足をつけ参陣した。
勝茂さまはその姿がお気にいらなかったようで、
それ以降、きらびやかで目立った物を御覧になると、

「まるで外記の具足のようだ」

と仰った、ということだ【葉隠】

309 名前:308[sage] 投稿日:2013/01/27(日) 01:48:54.11 ID:a7EzabTl
この話には山本常朝の註釈もあるのでそれも

『この話から、武具というものは、
きらびやかで目立ちすぎるものは、
逆に凄みを失い弱々しく見えて、
相手にその心の内を見透かされ、侮られてしまうことがわかる』




310 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/01/27(日) 02:05:54.01 ID:f6GCJYYj
目立つ具足ってのは手柄立てた時に周囲へ周知するって意味もあるからなぁ

311 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/01/27(日) 02:38:29.52 ID:pAZksPQb
とはいえ身の丈以上に目立つ武具は味方からすれば嫌味だし相手からすればカモに見られそう

312 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/01/27(日) 03:12:29.38 ID:eXEXYI+w
中村新兵衛「武具は目立たなきゃダメだろ」

313 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/01/27(日) 09:25:40.10 ID:U+JEcG04
目立ちたかったら全裸に素手だろ!

314 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/01/27(日) 13:19:34.04 ID:IIJcNzxh
編笠七蔵「俺の出番か!」

315 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/01/27(日) 19:16:54.45 ID:+zEci214
一条信龍「勝負服なんだから目立ってなんぼ」
信龍's 「「「そうだそうだ」」」

316 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/01/27(日) 19:43:28.56 ID:YiBaonjf
剣聖さまなら全裸でもやばいだろうな・・・種子島で一斉射撃か畳で畳みかけて槍でぶすぶすやるしかねえか

鍋島家の祖

2013年01月24日 19:53

177 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/01/23(水) 22:33:17.63 ID:9F3Oc/un
勝茂さまが将軍様に元旦の挨拶を申し上げた帰りのこと、
城内を歩いていると、突然に林羅山が近づいてきて、
「鍋島家の先祖は何氏でありますかな?」
と問いかけてきた。
今までそのようなことを考えていなかった勝茂さまは、
確信があるわけでなかったがその場の思いつきで、
「鍋島は少弐氏の流れにござる」
と答えを返したところ、羅山は、
「おお、それは名家でござるな。
いま幕府では系図改めが進行中でござるが、
いずれ太田備中守殿からお申し入れがあろう」
と会話が弾んだ。

勝茂さまは鍋島邸にお帰りになると、
いろいろと調査をされて、平原善左衛門が少弐氏の流れで、
その系図も持っているということを突き止めた。
そこで善左衛門から系図を取り上げて鍋島の系図に作りかえられ、
幕府へと提出されたということである。
その後、先祖に興味が湧いたので調べてみると、
鍋島家の祖である鍋島三郎兵衛尉経直さまは、
佐々木氏だとの説があるとわかった【葉隠】


関連
「失礼、鍋島殿のご先祖はどなたかな?」
http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-3896.html


178 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/01/23(水) 23:06:05.21 ID:XBeC+MAB
>>177
これは現代の感覚でみると悪い話にみえるけど当時の尺度だと良い話なのかな?

179 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/01/23(水) 23:53:41.13 ID:f70+D/ZQ
悪い話だったら家臣が書き残さないんじゃね?

180 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/01/24(木) 00:22:24.84 ID:7hS+4jx3
いい加減と言うかおおらかと言うか。

>系図改めが進行中
何でアータは自分ちのチェックしてないんですか。

181 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/01/24(木) 00:58:41.10 ID:2wZMAWwa
残念ながら既出
http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-3896.html

相田吉左衛門が、神埼の長者林を通りかかると

2012年11月29日 19:51

521 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/11/28(水) 19:30:19.40 ID:vZJ3EBrF
中野内匠の家来、相田吉左衛門が、
夜、神埼の長者林を通りかかると、
突然に大男が立ちふさがり、
「裸になり、持っている物すべて置いていけ」
と言うと同時に、大力で相田が刀を抜けぬよう両手首を抑えた。
相田は、
「裸になるから、どうか命だけは助けてほしい」
と力なく言うと、大男は両手を放した。
すると相田はまず大小を大男に渡し、
つぎに衣服をいそいで脱ぎ渡し、
おそるおそる立ち去る様子を見せながら、
すれ違いざまに、大男が取り上げた刀の柄を握り、
立ち去る方向に抜き、そこから反転し袈裟がけに斬り殺した。
相田はそれから神埼へ行き、事の次第を届け出た。
何のお咎めもなく済むかと思われたが、
しばらくしたある日、鍋島紀伊守様が佐賀城へお越しになり、
「わたしは足を一本折ってしまいました」
と、いきなり勝茂様に申し上げた。
普通に歩行しているが、なぜそんなことを言うのかと勝茂様が尋ねると、
「普段から可愛いがっていた、
数人分の大力を持ちよく働く駕籠かきがいたのですが、
それを中野内匠のところの者に斬り殺されたのです。
ですからすぐにその者に切腹をお命じください。」
と訴えた。
勝茂様は事情を紀伊守様に説明したのだが、
最後はやむなく、相田に切腹を命じることになり、
これは何とも残念なことであった。

切腹の当日、中野一門が総出で相田の見舞いに訪れた。
相田はそれを殊更喜んで、
「わざわざのお見舞い、誠にかたじけなく思います。
お礼に、日頃練習していた仕舞をお目にかけましょう」
と、子供たちを呼び拍子をとらせ、
ゆうゆうと仕舞を舞い終わると、
甥の相田権兵衛が介錯をつとめ最後を遂げた【葉隠】




522 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/11/28(水) 19:34:29.08 ID:zt5JlkmR
なにがどうしてやむなくになるのかわかんねえ…

523 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/11/28(水) 19:37:58.99 ID:aCLMo1m9
喧嘩両成敗とか屁理屈ゴネられたんじゃない?

524 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/11/28(水) 19:41:46.70 ID:wAyX7EF7
全裸でも鮭さまとか幽斎さまとかだと返り討ちにできそう

と言って勝茂様の遺言状を

2012年11月22日 19:58

527 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/11/21(水) 21:44:54.34 ID:JGRtyo9K
>>479関連の話

光茂公の御代となったばかりのころのこと、
多久美作殿は、作り馬鹿の志田吉之助に相談を持ちかけた。

美作
「御代かわりは最初が大事だ。
そこを考え、勝茂公が拙者に遺言状を残してくださっている。
志田殿にもぜひ読んでもらい、
なにか助言があれば是非とも聞かせてほしい。」

と言い、美作殿は遺言状を読み上げ始めた。
しばらく聞いていた吉之助だったが、
吉之助
「退屈になってきたから帰る」
と言い出した。
美作殿もさすがにお怒りになり、
美作
「普段から武士らしくない放言をふざけ、
金が欲しくなれば金貸しを営み、
腰抜けを演じたかと思えば山賊無頼と喧嘩する、
そんな志田殿には、勝茂様や私が、
真面目に奉公する姿はさぞ愚かに見えるのでしょうな。
この遺言状は主君びいきを差し引いても素晴らしい内容。
なにが退屈なのですか」
とその理由を詰問した。
吉之助
「美作殿は人なみの家老であると見ていたのだが、
どうやら何の役にも立たない家老のようだ。
その理由は、そもそも家老というものは、
主君が家中の者どもに慕われるように計らうもの。
美作殿が読み上げられた勝茂様の遺言状は内容素晴らしく胸打つものがある。
その遺言状を御代替わりの始めに家中の皆に教訓したなら、
家中の者どもは勝茂様をさらに慕い思い、
それを授かった貴方の名も上がるばかりであろう。
勝茂様がお亡くなりになりまだ日も浅く、
ご恩を受けた家中の侍どもが涙もかわかぬうちから、
その遺言状の内容を知ったならいよいよ先代への思いが募ることになる。
それにひきかえ光茂様は江戸生まれで、
肥前の侍どもにも国柄にも馴染み薄く、
新しい主君は、はたして九州者の気持ちをわかってくださるだろうか?
というような世間話が拙者の耳にも聞こえてくる。
そこに遺言状が知れ渡れば光茂様をお慕いする者はいなくなるだろう。
誠の家老であるなら、その遺言状を新しい殿様の考えとして、
美作殿の才覚、手間も隠して公表できるはずだ。
そうして新しい殿様は勝茂様にもまして、
ありがたい主君だと慕われるように計らうべきであろう。」
と答えた。
美作殿は、
「まさにその通りだ。やはり志田殿に相談してよかった」
と言って勝茂様の遺言状を破り捨てた【葉隠】




528 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/11/21(水) 22:15:51.75 ID:BMvfWn+S
破り捨てちゃ駄目だろ

529 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/11/21(水) 23:26:36.86 ID:dMqQwsD5
勝茂って可哀想だよなw

530 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/11/21(水) 23:51:04.74 ID:6pAeQzF3
さすが鍋島藩士。どこか斜めだな。

531 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/11/21(水) 23:53:25.56 ID:ioxlymfs
黒官はわざと家来に当たり散らして、早くNGMSに代わるように願わせたというが
勝茂もそうすればよかったのか?

532 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/11/22(木) 10:34:46.63 ID:GcjH3LWU
>>531
そもそも勝茂自身が半ば伝説化した直茂パパンの声望に追いつこうと必死だったので
そんな余裕はありませんのだ

相良喜兵衛、鍋島家のお屋敷前で、

2012年09月15日 20:30

463 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/09/14(金) 21:09:25.69 ID:plGmYg29
相良喜兵衛がお供として江戸に滞在していたとき、
用事を済ませ帰ってきたところ、
鍋島家のお屋敷前で、幕府の御目付衆とばったり出会った。
御目付衆は、喜兵衛の腰の物を見て、
「その刀は御法度違反のようだ。
大小の寸法をはからせてもらうぞ」
と言って馬を止め喜兵衛を取り囲んだ。
囲まれた喜兵衛は、小膝を折って、大きな声で、
「私は当屋敷鍋島信濃守の家来です。
国もとより用事を申しつけられ、
昨夜、江戸に到着しました。
江戸の御法度については、主人より厳しく申し聞かされ、
長い大小をたずさえることが御法度だと承知致しております。
しかし江戸への道中、ことのほか治安の悪いところもあり、
若輩の身ではじめての旅ゆえに、寸延びした大小を差して来ました。
ですから江戸では規定の大小を差そうと、
大小を準備するために町方へ行き、
ただいま帰ってきた次第でございます。
お咎めを受けたうえは、私一人の命の覚悟は定めました。
ただし、主人が御法度を私に申し聞かせていたことは、
しっかりとお耳におとめおいてくだされ」
と言って、束に手をかけ、必死の色をあらわした。
御目付衆はたじたじとなり、
「それならば問題ない」
と言ってその場を去った。
このなりゆきを見ていた屋敷じゅうの鍋島の者たちは、
門の内側に詰めかけて、喜兵衛の身になにかあれば、
すぐに斬って出る構えで成り行きを見守っていた。
屋敷奥にいた勝茂様もその報告を受け、
「喜兵衛ならば、当家の恥になるふるまいはしないだろう」
と繰り返しおおせになりながらも、
やはり心配なようで歯がみをなさり、
何度も使いの者を様子見につかわされた。
事が済んだのち、喜兵衛には羽織をたまわったとのことである 【葉隠】




464 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/09/15(土) 01:01:11.91 ID:Lmw7Wf7H
何と言うか、真面目に仕事している目付けが可哀想に感じるエピソードだな

465 名前:人間七七四年[] 投稿日:2012/09/15(土) 01:30:28.65 ID:0S33Rrqd
ルールを守りすぎてもモンゴル帝国を返り討ちには出来ないんだよ

466 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/09/15(土) 04:17:29.76 ID:cHnSDcNE
目付「お、おう・・・」

467 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/09/15(土) 06:31:26.25 ID:9zENmurk
>>465
たっ、竹崎さん!!!

468 名前:人間七七四年[] 投稿日:2012/09/15(土) 12:47:01.89 ID:17iBZplU
>>465

武士の鏡だねぇ

469 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/09/15(土) 12:52:45.24 ID:vaYI/Sdh
その昔、島原で軍令破って手柄立てたら閉門食らった大名がいましてね…

470 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/09/15(土) 14:45:10.93 ID:mD0XS7/x
嫁「軍令破って先駆けするぐらいでないと武士と呼べません、閉門されたことこそが当家の誉です」

471 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/09/15(土) 17:20:02.72 ID:Ju7dJweT
>>465
源平の頃からルールも糞も無かったわけだが。

472 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/09/15(土) 18:01:11.67 ID:YIfNn8CK
>>471
義経がルール破りの天才だからな

473 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/09/15(土) 18:15:26.05 ID:Ju7dJweT
>>472
だからそのルール自体が無かったっていう。
水夫撃つのはルール違反とかいうのも後世の創作だし

474 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/09/15(土) 18:18:05.17 ID:fg19uC2/
義経が破ったのは戦争のルールではなく頼朝の意向

475 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/09/15(土) 18:18:19.44 ID:sUUSV7x9
だよねぇ。

でもローマでも
重装甲騎兵は落馬すると自力で再騎乗できないwので
再騎乗補助のためにおつきの人がいるのだけど、
この人たちを攻撃してはいけないルールがあったような。

476 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/09/15(土) 18:52:00.00 ID:YIfNn8CK
水夫の件は狙ってやったのではなく結果論
平家側の矢が足りず序盤で撃ち尽くしてしまったため
一方的に射られて無防備な水夫や舵取りが先にやられてしまっただけ
防具つけてないからね

477 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/09/15(土) 18:56:25.20 ID:Lmw7Wf7H
ルールじゃなくて道義的なもんだな
いくさには華がないと

478 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/09/15(土) 18:59:06.21 ID:JKvx2fFL
現代だって非戦闘員を巻き込むような戦い方は避難されるしな
なんでもありなようで一応最低限の紳士協定みたいなもんがある
それがなくなったらどう言い訳しようが虐殺

479 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/09/15(土) 19:28:00.18 ID:HoKRRRu5
一ノ谷でのだまし討ちと壇ノ浦でのやり方だろうなあ
どうみても傀儡な安徳と神器が海中に沈んだのも
ああ、これは生かすつもりはないんだな・・・って

480 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/09/15(土) 19:29:25.73 ID:Nm1+L9EV
>>473
そもそも水夫殺したから勝てたってのが根拠不明の創作だから

481 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/09/15(土) 19:40:55.93 ID:KRc/z4lc
エジプト軍「ぬこを盾にしちゃいけません」

482 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/09/15(土) 20:18:15.87 ID:CBep5anU
猫は時間を見るものであって投石器で城内に投げ込むものではありません

483 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/09/15(土) 21:18:55.09 ID:hE7L6WJq
投石機で投げなくても、老指揮官に率いられて月まで大ジャンプしちゃうからな

484 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/09/15(土) 22:52:30.41 ID:8AvySYXp
>>482
道灌公が悲しむな

485 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/09/15(土) 23:47:02.19 ID:Ju7dJweT
代わりにウンコとか生首投げ込むんですねわかります

勝茂公が江戸城へ登城なさったとき

2012年04月18日 21:30

639 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/04/18(水) 17:32:09.62 ID:RHA8pAZi
山本常朝
『勝茂公が江戸城へ登城なさったとき、お供として八兵衛正純が先頭を進んだ。
大下馬から竜の口へまわろうと、同心の後ろを通りかがかったとき、
運悪くも、同心が前の者を打とうと振り上げた棒が、
八兵衛の額に当たって血が流れてしまった。
その瞬間、八兵衛は飛び掛かって、その同心を組み伏せた。
いあわせた同心たちは、棒を振り上げ八兵衛を取り囲んだ。
当方(鍋島家)のお供番の仲間たちも、ひとかたまりとなり刀の柄に手をかけた。
双方臨戦態勢になったとき、警護の御頭衆が駆けつけ、事情を聞き、
「私どもの落度ですね。こちらに処罰をお任せください」
と、その場を治め、事なくすんだとのことである』




640 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/04/18(水) 17:35:57.97 ID:zVtg269Z
鞘同士が触れ合っても一悶着なんだから
流血までいったらもう斬るしかないんだろうな。

641 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/04/18(水) 18:05:21.51 ID:CELyd6eG
>>640
そこはこの話のように機転を利かせた仲裁者がいたり、
お互いに譲りあったりで、事無くすませる知恵もあったのだろう。
それでも、いくとこまでいく逸話も数多く残ってるけど

642 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/04/18(水) 18:12:45.71 ID:bf3w05sb
三歳「もうそういう時代じゃないから無礼はするな、たとえ相手に無礼があってもぐっと我慢だ
    あ、黒田家の連中は別ね、かち合う事があったら殺れ」

643 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/04/18(水) 18:23:53.74 ID:lhklSbbO
>>642
一行目で終わればいいはなしなのにな・・・
さすが俺達の三斎様!

644 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/04/18(水) 19:07:42.28 ID:UfSJgBJt
いつも思うが何でそこまで黒田を嫌ってるんだ?

645 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/04/18(水) 20:19:26.78 ID:mVoHMMA1
黒田が存在するからだろうw

646 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/04/18(水) 20:23:48.40 ID:82JNew2Y
>>644
黒田長政が関ヶ原後の移封のときに旧領から年貢を徴収したまま移ったので
後任の忠興が抗議したんだけど長政曰く「だが断る」
これで忠興がキレた

647 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/04/18(水) 20:45:59.83 ID:UfSJgBJt
その辺はわかってるんだけど不倶戴天の敵レベルまで昇華してるのがね

648 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/04/18(水) 20:56:54.09 ID:4Pxyq8RN
三斎様に怨まれたり、家臣に大殿と比較されまくったり、
ngmsは色々大変だな
[ 続きを読む ]

武士としての心得を取り違えた者ども

2012年03月30日 21:44

456 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/03/30(金) 19:01:39.08 ID:Aj8EpCTf
山本常朝
『土山茂右衛門、大木次太夫、石井伊左衛門の四人が連れだち、
川上実相院の如法経会に参詣した。
川上宿の鉄タク長左衛門なる相撲取りも弟子数人を連れ参詣していた。
四人が相撲取りの弟子どもと口論となり、
相手が大勢であったのでフルボッコにされたうえ、
茂右衛門と弥市右衛門は棒で傷を負わされた。
この事件が知れて取り調べられ、
四人ともそれぞれの一門にお預けとなった。
次太夫は茂右衛門に、
「このままでは武士の面目が立たない。
明日明けきらぬうちに仕返ししたい」
と手紙した。
二人は明朝に屋敷を抜け出し長左衛門のところへ仕返しをしかけた。
二人は長左衛門の屋敷へ押し掛けて、
「茂右衛門、次太夫、仕返しに参った。出合え」
と、呼び掛けると家の中から、
「弟子はここにはいないがオレが相手をする」
と、長左衛門が裏口から出てきた。
そこを待ち受けていた茂右衛門が討ち果たした。
そして、
「喧嘩相手は数人いたので相手が誰かわからん。
こうなれば川上宿じゅう残らずなで斬りにしてくれる」
と大声で気を放ったので、他に出てくる者はいなかった。
両人は仕返しを果たして帰った。(1/2)

457 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/03/30(金) 19:11:29.42 ID:Aj8EpCTf
両人は仕返しを果たして帰った。
後日、茂右衛門と弥市右衛門は切腹。
次太夫は浪人、伊左衛門は閉門ときまった。
茂右衛門は手腹の願いを出して、
左の片腹へ刀を突き立てたとき、
向こう側にいた者が、
「深く突き立てると、腸が出て見苦しくなる。浅く立てられい」
と声をかけられた。
茂右衛門は笑って、
「その方は万事に詳しい情報強者だが、腹を切ったことはまだなかろう」
と答えた。
介錯は中島七左衛門。
茂右衛門は、刀を右に引き回そうとしたが、
回りきらなかったが、七左衛門がエイと気合いをかけ、
その勢いで茂右衛門は引き回したという。
このときの殿の考えは、如法経会の参詣に、
四人とも脇差だけで行ったのは、
武士としての心得を取り違えた者どもであるということだったそうだ』(2/2)




458 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/03/30(金) 20:31:34.92 ID:mt8S84+M
いい話なのか-?

459 名前:人間七七四年[] 投稿日:2012/03/30(金) 20:36:35.39 ID:Aj8EpCTf
私の主観ではいい話です(笑)

勝茂公は、いつも

2012年03月11日 22:00

248 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/03/11(日) 07:11:25.96 ID:H362vKAD
山本常朝
『勝茂公は、いつも、
「いつなんどきでも一万の兵で、
朝鮮に七年在陣できるくらいの用意をしておくべきだ。
それくらいでなければ事も成就しまい。
この次、また外国との戦いが始まったとき、
その用意不足であったということのないように」
と仰せられ、財政、兵糧、のことに大変熱心であった。
会計を扱う役所には、朝鮮在陣の予算が記された帳面もあるということだ』




249 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/03/11(日) 07:23:37.00 ID:259QrkT0
1万の兵を朝鮮に七年在陣できる用意ってどれくらいを想定してるだろ。
重税となる農民のこと考えてるんだろうか。

250 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/03/11(日) 07:30:46.37 ID:nSQvUhL1
農民には現地調達させろってことだろうな

251 名前:人間七七四年[] 投稿日:2012/03/11(日) 07:50:17.31 ID:Zy47v9bq
>>249
兵を減らして、民の税を軽くする。
そりゃ一時的に楽になるが、
外国から侵略されたら地獄を見るぞ

252 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/03/11(日) 08:02:05.95 ID:sgjepqAp
>>251
「財政、兵糧、のことに大変熱心であった」
とか書いてあるのに、なんで兵なんだよ。

常備軍を置くわけじゃないぞ。

253 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/03/11(日) 08:41:31.12 ID:aEVHOUnH
鍋島は高禄の分家大量に抱えて藩主の財政基盤弱かったから普段でも苦しかったろうな

257 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/03/11(日) 10:06:31.81 ID:CJ/f4svu
>>249
>>253
外様の一般的な租税は二公一民で鍋島もだいたい二公一民
二公一民というのは太閤検地での租税率で
朝鮮出兵用の戦力を各大名から吐き出させて維持する為の必要分を算定したもの

だから太閤検地から表高を変えずに税率もそのままなら
とりあえず『朝鮮に兵一万を在陣させる』事が出来る分の単年度予算は最低限確保される

258 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/03/11(日) 10:20:27.32 ID:JryqpYtz
>>248
これってスローガンだから実際の内情はおそらく違ったんだろうね
でもしっかり財政を管理する指針になるから良いことだと思う

259 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/03/11(日) 14:07:57.21 ID:aEVHOUnH
二公一民って不作時の年貢減免の時の領主側と村側の損分の負担率じゃなかった?
豊臣家の租税率が二公一民だったわけではないと思ってたんだけど

260 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/03/11(日) 19:37:56.39 ID:HQ3bK9Dt
損分の負担率ってのが何を指してるのかよく分からないが
豊臣の二公一民は関白殿下が保証する大名の徴税権限範囲を規定したものだろ
一律課税でないのは検見法の運用で自明だ

261 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/03/11(日) 20:26:49.46 ID:aEVHOUnH
>>260
税を100%取れる年なんて珍しい方で、ほぼ毎年何らかの形で減免の要求が村側から出る
それの調整で織田政権後期に減免量の二公一民化を図っていたっぽい
不作の年に無理やり平年どおりに徴収したら農民逃げちゃうから減免は認めるけど
領主側だけ損分を全部負担するわけにはいかないから損分の2/3に固定するぞってことじゃないかな
豊臣政権もこれを継承している

この二公一民を租税率も同じと解釈する研究者と租税率は別と解釈する研究者が居るんじゃなかったかな
昔読んだ説だから今の最新の説はどうなんだろう

262 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/03/11(日) 20:49:36.59 ID:cfaPEK+V
あんま詳しい話は他でやってね

263 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/03/11(日) 21:05:37.73 ID:aEVHOUnH
すまん
その通りだ

264 名前:人間七七四年[] 投稿日:2012/03/11(日) 22:19:31.10 ID:H362vKAD
>>263
あんたサムライだよ

265 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/03/11(日) 22:22:46.23 ID:U2JuEww9
小芝居ワロタw

266 名前:人間七七四年[] 投稿日:2012/03/11(日) 23:49:33.03 ID:X+xLruZo
延々とじゃなきゃ俺は聞きたいよ詳しい話、最近神経質なの多いな。
今日、国府台行ってきたけど女子大やら女子高多いんだな氏政殿にあやかり攻め落としたいものじゃて

267 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/03/11(日) 23:58:58.25 ID:E8Qu/EDq
>>266
奇遇だな俺も今日嫁子供連れて里見公園にいたぞ

268 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/03/12(月) 00:20:08.41 ID:FBwhgpDn
オレも税の話には興味そそられたんだが・・・、多少、多少の脱線は大目に見ようやぁ。

史跡とかも結構被害受けたんだろうなぁ。
小田原城の城壁は匠の技で早々に修復したって話を聞いたが。

269 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/03/12(月) 00:30:20.73 ID:TZMeDNAR
まぁこっち辺りで語ってくれた方が嬉しい人も居るかもしれない

http://ikura.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1267685156/