難波田憲重、山中主膳の歌に

2009年12月23日 00:09

415 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/22(火) 05:40:55 ID:frDtGcBL
天文六年(1537)四月、扇谷上杉家は父朝興の死去により、扇谷上杉朝定が僅か12歳で後を継いだ。
これを好機と見た北条氏綱は七月、扇谷家の拠点河越を攻略。朝定は河越城を放棄し、
家臣難波多弾正の守る武州松山城へと逃げた。これを追う氏綱の軍勢、難波多勢の籠る松山城に
押し寄せた。

これに難波多弾正はしぶとく戦い、北条勢を撤退させる事に成功するのだが、
この時北条方の侍、山中主膳と言う者が難波多に攻めかかった。

難波多は山中を軽くあしらうと、早々に城に引き上げようとした。山中、これを追いかけ
後ろから

「あしからじ よかれとてこそ戦はめ など難波多のくづれ行くらん」

と詠んだ。『みっともないぞ!勝算があると思って戦を始めたのだろう?どうして難波多殿は
逃げ崩れていくのか?』と言った意味である。まあ勝負をしてくれない難波多を煽ったわけですね。
難波多弾正これを聞いて

「君を置て あだし心も我もたば 末の松山波もこえなむ」

という古今和歌中の古歌を詠んだ。この歌、本来の意味は
『あなたを差し置いて、私が他の人を思う心を持ったなら、あり得ないことですが、末の松山を
波が越えてしまうでしょう』という恋の歌である。
これを転じて

『主君朝興を放って置いて、あなたと勝負するような心を私が持てば、松山城は
北条の軍勢の波に飲み込まれてしまうでしょう』

と言う意味で詠ったのだ。

当時の人々、この難波多弾正の雅な受け答えを大いに賞賛した、とのことである。





416 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/22(火) 06:21:26 ID:NhXhOxLP
難破田さん、井戸に沈んじゃうんだよなあ

犬猿だった義晴との同盟を斡旋したり扇谷家にとっては欠かせない人だったよね

417 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/22(火) 06:44:41 ID:WLd1maVC
北条って提灯の人とか逸話いっぱいあるけど
一般の知名度低いのが悲しい

418 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/12/22(火) 09:51:20 ID:CFlAs2t3
天下統一を進める秀吉に対して、北条家が氏政の弟、氏規を送って、彼が帰国して言うには、上方は屋根が板、
北条家の家は萱ぶきであり、経済力が全然違って歯が立たない相手だと言った話があったような。

さすがに名外交官だけあって、観察力には優れているね。


>>417知名度については、戦国時代を扱った某ゲームで能力値が高い人物が少ないからかも。
やはり能力値が高いほうがユーザーは関心を持ちそう。
北条兄弟ももう少し評価されていれば、知名度は上がったかもしれないのに。

420 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/22(火) 12:22:13 ID:1Bl4bUcp
>>418
いや単純に、滅びてしまった家だから知名度が無いんだろう
源平や足利や豊臣も滅んだけど、あっちは天下を取ってたし、北条は地方だけだしね
その後に、家康という大物が関東入りして自分色に塗り替えてしまったのが大きい

>戦国時代を扱った某ゲームで能力値が高い人物が少ないからかも。
あのゲームにそれほどの影響力はないでしょw
前田利益が「花の慶次」でメジャーになったことから分かるように、
人気作家に漫画化してもらえば知名度はグンと上がる

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難波田憲重の討ち死に・悪い話

2009年02月16日 05:49

11 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/15(日) 11:35:50 ID:ibhPEGG/
いい話(松山城風流歌合戦)の難波田憲重のかわいそうな話

天文14年、上杉朝定は北条綱成の守る河越城を8万とも言われる大軍で包囲するが、翌年4月の
北条氏康の奇襲戦で敗北。扇谷上杉朝定は討ち死にし扇谷上杉氏は滅亡した。

朝定の重臣の難波田憲重も奮戦するが、誤って古井戸に転落し凄惨な討ち死にを遂げたという。




山中主膳と難波田憲重の和歌問答・いい話

2009年02月14日 00:18

726 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/13(金) 19:40:10 ID:NDrS3Odq
既出?有名な逸話ですが便乗


松山城風流歌合戦

天文6年、上杉朝定が家督を継ぐと、北条氏綱は河越城へ向け進軍を開始した。
上杉勢は総崩れとなり、7月15日には河越城が陥落したため松山城へ敗走した。
松山城の難波田憲重は朝定を迎え入れ、7月20日に北条勢と戦闘となったが難波田勢
の活躍で辛くも撃退した。

このとき、追撃する北条方の山中主膳が、敗走する憲重に和歌問答を仕掛けた。

「あしからじ よかれとこそ たゝかはめ など難波田の くずれ行らん」
(主君のために良かれと思い闘ったのではないか、なぜそれなのに難波田憲重ほどの名のある者
が逃げるのか)と詠むと

憲重は馬を止めて踵を返し、

「君をゝきて あだし心を 我もたば すえの松山 波もこえなん」
(幼い主君を置いて自分が討死にせば、しまいには松山は荒波の中に呑まれてしまうであろう。
そういう訳にはいかないのだよ)と歌を返したという。




729 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/13(金) 21:06:50 ID:jAJk6Tr1

>>726みたいに綺麗にまとまるなんて実際は少なかったろうな
口合戦の延長だったんだろうから