板垣饗応

2010年04月24日 00:01

324 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/04/23(金) 19:18:03 ID:SsOIqj5d
天文15年(1546)、武田軍が関東管領上杉憲政の軍を粉砕した笛吹(碓氷)峠の戦い。
この合戦の後、武田晴信は上杉勢の押さえとして板垣信方を置いた。

さて信方はこの陣営において、先の合戦で高名した者にも働きの無かった者にも、皆に
饗応をする、と触れた。
しかしそれには区別があり、先ず饗応の会場を上中下の三つに分け、優れた高名を成したものには三の膳を、
中程の高名には二の膳、働きの無いものには本膳のみ、
さらに二の膳、三の膳には赤椀を用い、それに種々の魚鳥の料理が盛られていたが、
本膳だけの方は黒椀で、それに配膳されているのも精進料理であった。

しかし働きの無かった者とは言えこの差別は流石にいかがなものかと、信方の家臣たちも懸念し
これを密かに信方に告げた。
これを聞くと信方、意外な顔をして

「違う違う、お主達は勘違いをしている。
先の戦では慈悲深い連中が、後生大事だと言うことで敵の首をとらなかった。
こう言った者たちはきっと、平生より受戒を守って食事なども生臭をさけ、精進食を食っているに違いない。
その者たちに肉食をさせ、わざわざ破戒の業をさせるのはこの信方の本意ではない。
だからそのように分けたのだ。」

つまりまあ、皮肉である。
しかしそう言って板垣は、家臣たちの諌めを聞くこと無くそのままの形で饗応を開き、そのため
手柄の無かった者たちは大いに面目を失った、とのことである。

板垣饗応、黒赤を分かつ。と言うお話。




325 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/04/23(金) 19:26:48 ID:emsEp18t
なんか凄みを感じるな板垣の爺はw

327 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/04/23(金) 20:00:43 ID:g7GQHIIX
>>324
八幡太郎の「豪の席、臆の席」を思わせる話だがより嫌味ったらしいなw

329 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/04/23(金) 20:35:47 ID:lXUcfwmf
>>324
「呉子」(ttp://www.h3.dion.ne.jp/~china/book17.html の第六篇)を元にした話しかと思ったらw
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板垣信形配下、荻原助四郎さんの将来の夢・いい話

2009年04月20日 00:11

834 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/19(日) 00:33:44 ID:AU3TS5xe
板垣信形配下、荻原助四郎さんの将来の夢。

「えっとね、槍の高名も1回だけじゃさびしいよね。2回はしたいなあ。

あと、槍下の高名も2回、城への1番乗りも2回、馬上で組討するのも2回、
この、あわせて8回の功名をするまでは、命を大事にするよ。
これをやり遂げたら、殺されたって文句言わないなあ。」

当時の武士は、こんなふうな活躍を夢見ていたのだ。




836 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/19(日) 03:54:59 ID:2alRbgEa
>>834
荻原さんのかわいい口調に吹いた

837 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/19(日) 11:07:04 ID:HjrEQyPG
>>834
あれもしたいこれも欲しいと言いつつそれが手に入ったら何もいらないと

戦国武士がスイーツ(笑)脳とは知らなかった

838 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/19(日) 12:48:57 ID:Ud3W80uD
最近のスイーツって剛毅なんだな

板垣信形と扇の詞・悪い話

2009年03月15日 00:24

822 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/13(金) 23:03:52 ID:X88usixQ
板垣信形が、信州諏訪の郡代をしていたときのこと。
ある時、信形が甲州に帰って報告をし、また諏訪へと戻る前、家のことなど万事を指示しておこうと
息子、弥次郎の所に行くと、壁の折釘に、なにやら物を書いた扇が掛けてある。

これは弥次郎が書いた物かと思い、
「よいか、扇に物など書くというのは、高僧、公家。または御館様のような身分の高い方々が、
我等の持っている扇をとってなされるものだ。おまえがどれだけ書を良くしようと、我々のような
身分の者達が書いて良いものではないぞ」

と戒めれば、弥次郎、これは十日ほど前に、御館様が自分の扇を取って書いて下さったものです、
と言う

信形は立ち上がってその扇を見ると、そこには

『誰もみよ みつればやがてかく月の いざようそらや人の世中』

そう書かれていた。
信形は目をつぶり、すこし考えてから

「去る十月の事であった。晴信様がお煩いになったので、わしが代官として七千騎を預けられ、
笛吹き峠で合戦を行い、勝利した。

その時わしは床机に腰をかけたまま勝鬨を上げた。その姿はまるで御館様のようであっただろう。
ところが意外にもその場に、晴信様はご出馬なされていた。
そしてわしの姿を、御舎弟信繁様以上の振る舞いであると、そうおっしゃったとか。

それゆえに弥次郎、おぬしの扇にそのような歌を書いて下されたのであろう。」

信形はすぐに、諏訪郡代を辞職せてほしいと申し上げたが、許されなかった。
しかしその後も申し上げ続け、諏訪よりも甲州で過ごす方が多くなったと言う。

これは信形が、主君を深く恐れている事を表したのだといわれる。

全てのものは、満れば欠けるのが道理である。
充分であればこぼれる。満足すれば驕りをなし、驕れば災いを呼ぶ。
誰であっても、常にそのように心得ておくべきである。
聖人もおっしゃっていたではないか、貧しくてへつらわない人はいても、
富ておごらない人はいない、と。
(古老軍物語)




823 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/13(金) 23:57:49 ID:XKtcpar3
弥次郎どうなったんだろ、と思ってググったら…
やはり欠けたることもない望月はなかったか

824 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/14(土) 00:08:50 ID:ttopfG3y
>>822

wikiでは板垣に対してnegativeなニュアンスが目立つ記述ですね。
確かに悪い話に繋がる話ではある。

信玄も、古参の幹部の処遇は困ったんでしょう、きっと。

825 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/14(土) 00:11:05 ID:3ofhxkl2
織田信長「追放しちゃえばいいじゃない」

826 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/14(土) 00:48:10 ID:LBrl30F5
元就「大きくなりすぎた家臣は・・・ねえ」

827 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/03/14(土) 01:05:44 ID:tqiPboH7
DQN家久「主家を脅かすような家臣とは一緒に酒飲めば解決するYO」