今は、天下創業の御政務である。

2017年03月15日 19:17

667 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/03/15(水) 17:53:08.67 ID:FwIHOceO
ある人が言った
「大久保相模守忠隣、本多上野介正純などは、父祖代々御当家に仕えて大功のある人々の子です。
であるのにその一身が修まらざるによりて、最期には辱められ、彼らに縁のあった大名たちもまた、
名家、あるいは数代の武臣であったのに、多くがこの事によって改易されました。
これは非常に荒い御政務ではないでしょうか。」

これを土井大炊頭利勝が聞いた
「愚かなることを申す者かな。私などは今、武家(将軍家)執事職を兼ね勤めていると言っても、
子孫が君命に背くなら、他の者よりも罪を糾明されてこそ本意である。
またその上で、折が有れば、大久保・本多といった罪を問われた人々に存命の子孫が有れば、
宜しく召し仕わされる事、これが仁政である。

今は、天下創業の御政務である。
だからこそ、先ず御譜代より厳しく戒め置かれているのは天下に恐れられている。
御譜代の者が別してその罪を深くしてこそ、上の後威光が増すのである。

忠隣、正純の父である、大久保忠世、本多正信も、息子に対して泉下で憎んでいるだろう。
仮に存命していれば、共に子を勘当したであろう。
彼らはそういう人物であった。」

そう申されたという。

(武野燭談)



668 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/03/15(水) 19:41:25.77 ID:jC7m6Npx
>>667
いい話じゃない?

669 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/03/15(水) 21:45:02.10 ID:kjNWxgyd
正純の父が正純
※訂正済みです
670 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/03/15(水) 22:44:16.45 ID:ccF9VRfj
Oh!マサズミホンダJrのコトダネー
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この両説は、確かには分からない。

2016年12月27日 17:40

476 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2016/12/27(火) 04:54:42.37 ID:M9KwdTmq
さきの土井大炊頭(利勝)は、

権現様(徳川家康)の御乳人の召使いに“松”という女がおり、これを
榊原の家来・土井氏と出合わせて持った子である。

一説には大方様(於大の方)の女房たちの子であるという。であれば、
水野下野守(信元)の落胤だろうか。

この両説は、確かには分からない。

――『武功雑記』



謀叛の廻文

2015年12月22日 07:55

805 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/12/22(火) 06:51:58.19 ID:Qsqv1Uho
大御所徳川秀忠が死去した後、諸大名の元にどこからともなく、
『将軍家光を殺し駿河殿(徳川忠長)を新将軍として立て参らせん』との内容の書状が廻ってきた。

この時、伊達政宗が最初に家光の元に参り、このような物が来たと申し上げた。
藤堂高虎がそれに続き、その他の大名も皆この事を告げたが、加藤肥後守忠広父子からは
報告がなかった。また徳川忠長も、この事を知りながら早く報告しようとしなかったため、
彼らは罪を被ることとなった。

実は、この謀は土井利勝より出たものだという。利勝はこう考えた
『今の世の中、普通の大名が謀反を企てても、誰もそれに組しようとはしないだろうが、
御一門の人々が決断すれば、あるいは組するもののあるだろう。』

そこで秀忠が逝去してから、罪を被った風を装い引き籠もって、密かにこの廻文を巡らせたのだ。
加藤父子の罪が定まってから、利勝はいつの間にか再び出仕するようになった。

古き人は、私にこのように語った
「利勝は深い謀のある人で、永き当家の忠臣であった。」
誠にその通りである。

(藩翰譜)




使いの不首尾も

2014年11月16日 17:28

208 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/11/16(日) 15:27:01.02 ID:9qNWEAcA
土井大炊頭利勝殿へ、蒲生下野守殿(忠郷)より子細あって安達内匠という者が
使いに遣わされた。大炊頭殿がお会いになって用事を申されたところ、

内匠は暫く黙して手を突いていたので、大炊頭殿は「腹痛などではないだろうか」
と案じなさった。すると、内匠は「口上を忘却いたしましので、恐れ入りますが、
御次の間で思案いたして申し上げたいのです」との旨を述べたため、

大炊頭殿は「それならばゆるゆると思案しなさい」と申された。やや暫くして、
内匠は御目にかかり、口上の首尾を案じ出して申し上げたということである。

大炊頭殿は「人多しといえども内匠の如き使いはおるまい。ひたすら当座の首尾に
合わせてしまって、忘れたことも押し隠すものである。嘘偽りの無いことだ」と、
甚だ感心なさり、

下野侯に「褒美なさいませ」と申されたということである。大炊頭殿の寛仁により、
使いの不首尾もよく取り成して申されたことは、有り難きことである。

――『責而者草(三河の物語)』




土井利勝と鮭延秀綱のヒゲにまつわる話

2014年04月26日 18:48

99 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/04/26(土) 11:53:40.54 ID:iOXbuZnl
土井利勝鮭延秀綱のヒゲにまつわる話

江戸初期の大名や武士の間では頬や顎にヒゲを生やすのは勿論の事、もみあげを伸ばすのも武士としての
武辺者の趣を示す嗜みのひとつでもあった

しかしある時土井利勝が綺麗さっぱりとヒゲを剃った出で立ちで登城した

諸大名は利勝の行為を不思議に思ったが、土井家中の剛の者、鮭延越前(秀綱)らの話からその理由が判明した

鮭延「殿(土井利勝)は歳を経てヒゲを蓄えるにつけ、なにかと神君(徳川家康)に似て来たと
噂をされるのを痛く気になされておる。
あらぬ噂(土井利勝は実は家康の隠し子だから容貌が似てくるのではないかといった噂)が過分になされぬ様に
ヒゲを落とされたのよ」

ヒゲ面の諸大名の中にあってヒゲを落とした事から
わけを知らぬ者にまで理由を詮索される意味ではちょっと悪い話





101 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/04/26(土) 15:40:18.27 ID:Zhc8gxkT
水野勝成「大御所と利勝とそれがしは従兄弟、水野の血が強いだけでござろう」

102 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/04/26(土) 16:45:51.67 ID:iOXbuZnl
>>101
古河の歴史
http://culture.city.ibaraki-koga.lg.jp/rekihaku/tenjiannai/josetu/tosikatutokeihu.htm
土井利勝の出生については当時から徳川家康の子供とのうわさが広まっていたが、利勝自身はそのうわさをできるだけ避けていた。公には土居利昌と葉佐田氏の娘との子供となっている。また一方では家康の従弟の水野信元説も当時から唱えられていた。
江戸時代中期には藩内で藩主の家譜調査がおこなわれ、家康の子と明記されている。
近年、地元研究者の説でも実父は家康、養父が土居利昌(三河国碧海郡土居村早乙女小左衛門利昌 家康の家臣 知行500石)が有力視されている。

保科正之「…だそうです」

103 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/04/26(土) 17:09:59.30 ID:6C8dYTeN
天一坊「ではわしが将軍御落胤である可能性も」

104 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/04/26(土) 17:24:17.45 ID:/NUGOV8U
秀吉「ないない」

105 名前:人間七七四年[hage] 投稿日:2014/04/26(土) 23:13:07.92 ID:rE086cAs
秀頼「ですよね~w」

106 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/04/27(日) 00:10:29.27 ID:djLyE9Or
毛利秀頼は守護大名の斯波義統の御落胤だと思ってたら
異説があったんだ

107 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/04/27(日) 00:18:12.03 ID:A/y6LEAC
大野治長「そっちの秀頼かい!」

108 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/04/27(日) 00:20:06.52 ID:A/y6LEAC
土井家臣団は鮭延秀綱以下みんなもみあげとおひげもふもふなのに…

諸役人が土井利勝に用筋を伺う時

2013年12月25日 18:43

967 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/12/24(火) 18:39:14.87 ID:3S5L+UmG
諸役人が土井利勝に用筋を伺う時、利勝は心に叶わないことには、

「確かにもっともではあるが、未だなんとなくやり方があるだろうと
思うので、とくと仲間衆と相談なさって申し出なさい。

仲間衆の相談で極めがたいなら親類衆、または、御自分の家来などへも
相談なさって申し出なさい」と、言った。

その人がそのように相談し、了簡して申し出た時、
利勝は、まことにもっともだと思えば、

「一段ともっともに思う。ぜひともその通りにしなさい」と指示した。

――『名将言行録』




968 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/12/25(水) 19:00:02.21 ID:mxnu+bBb
正面切ってアホとかいうと殿中だろうが斬られるからな。斬られなくても遺恨とか残るし

969 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/12/25(水) 19:15:17.03 ID:nYAmJCrs
安藤直次の人創り
ttp://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-3314.html

帯刀の人材育成を利勝流にアレンジした感じで
この逸話と合わせて読むと面白いかも

970 名前:人間七七四年[] 投稿日:2013/12/25(水) 21:42:52.35 ID:XOExiR9t
侍女に薙刀習わせるのは、割と普通だと思うんだが

971 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/12/26(木) 02:44:29.50 ID:+DFDB6aD
女の人の武器って大体薙刀なイメージ
城内での戦闘には薙刀が扱いやすくて向いてるのかな

972 名前:人間七七四年[] 投稿日:2013/12/26(木) 09:06:45.31 ID:+qI3mXcu
長いリーチと小さな動作で隙を少なくして身を守るってのが薙刀つかう理由じゃなかったっけ?

これに利勝は返書して

2013年12月20日 18:55

914 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/12/20(金) 18:14:48.12 ID:P2cxD71R
山口重政は大久保忠隣の事に連座して改易され蟄居していたのだが、
大坂冬の役の前に、土井利勝へ書を贈り、

「日頃、御厚恩を受けてはいますが、現在は御勘当の身なので報い奉る期がありません。
いま罪を蒙っていることは天下の人の知る所ですから、偽って大坂へ籠もったとしても、
城中に疑う者はおりますまい。

されば間隙を窺って秀頼公を刺殺し、日頃の御厚恩を報い奉れば、兵を労さずして
天下は平穏となるでしょう。そこで妻子を留めて人質にするつもりです」と言いよこした。

これに利勝は返書して「私は以前から貴所が精忠にして私のないことを知っています。
しかりといえども、貴所が初めより将軍家の親愛を得られていたことを知らない者はいません。

今、わずかな罪を蒙られているとしても、余程の事があるわけではないのですから、
人がどうして疑わないことでしょうか。その時には貴所の志は成し遂げられません。

もしまた、城中が信用して貴所の志が遂げられたとすれば、世間は必ず将軍家がさせなさったと
みなすでしょう。その時には万世に婿を害したとの謗りを受けなさることでしょう。
絶対に人臣の為すべきことではありません」と言いよこした。

重政は書を受け、涙を流してこの事を止めたという。

――『名将言行録』




915 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/12/20(金) 18:23:29.29 ID:o3xsw6+T
士は己を知る者の為に死す的な良い話

土井利勝、大久保忠隣・本多正純改易について

2012年12月17日 19:50

804 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/12/17(月) 10:05:37.76 ID:bP7jvpZP
大久保相模守忠隣、本多上野介正純などは、父祖より代々御当家に仕え、大功ある人々の子である。
然れどもその一身修まらざるにより、名を恥ずかしめ、それに縁座する大名もまた、名家数代の武臣であったが、
多くがこれに連座し改易された。

この事について、『荒き御政務である』との批判があった。
土井大炊頭利勝はこれを聞くと

「なんと愚かなことを申すのだろう。
私のような者でも今、武家(将軍家)執事職を兼ね勤めているが、もし子孫に君命に背くものが出れば、
他のものよりもきつく罪に問われる事を望む。

それに時期が来れば大久保・本多らも、存命の子孫があればそれが、宜しく召し使われるだろう。
それこそ仁政というものである。

今は、天下創業の御政務の時期である。まず譜代こそ厳しく戒め置かれなければならない。
にもかかわらず天下を動揺させるような行為をすれば、しかも譜代のものであれば別してその罪は深い。
これはお上の御威光を傷つけるものであるからである。

そんな事は、泉下の大久保七郎右衛門忠世、本多佐渡守正信も強く憎んだと想像できる。
仮に彼らが存命なら、子を勘当していただろう。」

その様に申されたという。
(武野燭談)

大久保忠隣本多正純改易への批判に対する、土井利勝の意見である




土井利勝の目付選抜法

2012年11月10日 19:18

344 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/11/09(金) 21:21:35.38 ID:cRRPWd/b
堀田加賀守正盛はだんだんに立身し、大身を仰せ付けられた頃、彼は土井利勝の屋敷に出向き、こう尋ねた

「小身の私が将軍家よりお取り立てして頂き、この様に大身の数に入り、家臣も多く召抱えることになりました。
そこでご相談なのですが、家臣を管理する目付役・横目役などを申し付けるべき人品は、どのような人柄の者が
然るべきだと考えていらっしゃるのでしょうか?
土井殿の賢慮をお伺いしたく、こちらへ参ったのです。」

この様にまめやかに尋ねた事に、土井利勝

「それは最初に、良きことに気が付きましたね。
役についての、人柄の吟味は尤もの事ですが、その中でも目付などに適した人品について、私にまで相談されるとは、
誠に奥ゆかしいことです。

あなたや私などは、将軍家のご威光のおかげを以って、方々へ饗応に招かれます。
その膳部は爽やかにして切り目正しく、季節折々の初物も食い甲斐があるように料理されて、
この料理が完成するまでの亭主の奔走はどれほどだっただろうか、などと考えている所に、
勝手より人が出てそっと『あの膾にはハエが止まっていました!あの刺身には蚊が止まりました!』などと
言ってきては、それ自体は何の意味もないことではあっても、聞いてしまってはどうしても気分がよくありません。

総じて、欠けた所のない人というのは稀です。ならばその人に適した分野を見立てて仕事に使うべきです。
酢や煎酒に蚊が入ったことまで、取り上げて尽く申し立てるような器量のものは、目付・横目には無用の人品です。

だからといって、砒素石や斑猫(どちらも毒薬)が堂々と入っているのを見逃してしまうような、
律儀過ぎる者も目付役には適しません。
と言うか、そんな者がもし本当にいたら、、それは毒石や斑猫と同じ有毒な存在です。
であれば、その人物の危険性をいち早く察知し、注進するような侍こそ、真の目付になるべき者です。

この大炊頭が家人に目付を申し付ける時は、例えば、人間の目は横に切れているのが天より与えられた姿であるが、
この目で物陰から覗いたり、目を眇めるなどして物を見ようとすれば、まっすぐに見るのとは違って
見損じもある。であれば、ただまっすぐに見たものを実として、途中に脇目をセず、向こうばかり見るのだと思えと、
そう申し付けています。」
と答えたのだという。
(武野燭談)

土井利勝の目付選抜法、というお話。





347 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/11/09(金) 22:57:21.58 ID:PMNMRWSA
>>344
土井さんはホント官僚の鑑だな

349 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/11/09(金) 23:19:30.89 ID:m9LGRbKG
>『あの膾にはハエが止まっていました!あの刺身には蚊が止まりました!」などと
>言ってきては

俺のことか…

350 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/11/09(金) 23:29:29.88 ID:FsTELhoz
毒をみのがすのが律儀ってのがよくわからん

351 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/11/09(金) 23:51:49.04 ID:khQPPpsy
人を疑う事を知らない人間性って意味じゃないか

352 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/11/10(土) 00:12:56.97 ID:77PFQ/KV
訳の問題もあるだろうけどこれが律儀と呼ばれる行為なら
律義者と呼ばれた方の評価が大分変わってくるな

353 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/11/10(土) 00:17:32.57 ID:ghAmbUb8
>>350
加減を知らないってことじゃないかな
弛める部分も大事だと言われると毒にも気付かないほどリラックスして、
引き締めてやれと言われたらチリひとつ落ちてたくらいで打首だと騒ぐような

354 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/11/10(土) 02:14:17.51 ID:YaJkWQ2/
つまり目付に適しているかは目付きを基準にしろ、と

これは古き人たちが申していることである

2012年11月09日 20:02

335 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/11/08(木) 20:25:00.56 ID:X1OGkpuB
江戸城本丸において、将軍家より隠密の相談がある時は、その昔はだいたい数寄屋にて行われていたのだが、
土井大炊頭利勝がある時思いつき、千畳敷の真ん中に将軍家に出て来て頂き、四方の金唐紙なども全て取り外し、
少しも隠れる場所の無いようにした所、誰であろうと、その相談の間、近づく者無く、相談の内容が漏れるようなことも
無くなったと、これは古き人たちが申していることである
(武野燭談)




336 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/11/08(木) 20:50:56.90 ID:I9N32n+s
天井と床下はどうなってたんだろう

337 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/11/09(金) 09:10:16.64 ID:cmBvDaDs
分厚いビードロで外からはモザイク模様に

338 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/11/09(金) 11:02:11.50 ID:gMeCskhA
>336忍者が周りにいれば入り込めない

339 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/11/09(金) 11:33:56.01 ID:uA14xTkd
本多様が天井は心配無いって言ってました

「そんなに咎めちゃいけません。」

2012年11月04日 19:01

162 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/11/03(土) 20:21:39.94 ID:0bGScpr4
元和元年(1615)の事だという

幕府重臣である酒井忠世土井利勝が江戸城より退出するときに、御台所の入り口で、
そこで働く下男たちが、料理で切り残した魚鳥の肉を紙に包み、蔦で結ってこれを手に
出てくる所と出くわした。

切れ端とはいえ、幕府の予算で購入した食材の一部を自分たちのために盗んでいるのである。
下男たちは老中たちの姿に驚き慌て、包を袖や懐に隠しながら逃げ惑った。

これに、酒井忠世土井利勝の後に居た老臣が見咎めて言った

「公の私(公務の中に多少の私情の入ること)とは言いながら、憎き奴原の仕業かな!」

ところが忠世と利勝はこれを聞くと、口をそろえて

「そうではありません。江戸が未だ経済的には豊かではなく、それ故に彼らも少ない扶持で
召し使われています。そんな彼らに、ああいった恩恵でも無ければ、どうして妻子を養えるでしょうか?
それに、彼らがあれを自分達の当然の得分だと思っていたら、あんなふうに隠しませんよ。

これはね、今は未だ私たちの目指す仁政が行き届いていないという事なのです。
だからそんなに咎めちゃいけません。」

そう言った。
そして忠世と利勝は

「本当なら、魚鳥の切れ端くらい、隠さずに持たせてやりたいものです。」

とも言った。
その程度の事は問題にならないような豊かな世にしたい、ということであろう
(武野燭談)


酒井忠世土井利勝、切れ端の包に政治の至らなさを知る。というお話




163 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/11/03(土) 21:09:56.53 ID:sA2vHhfG
http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-6213.html
佐渡守「それはめでたいことです。殿が天下一の大名となり、方々から貢物が届くようになったので、それを
盗む者も出たのです。」

いい方にも悪い方にも解釈できるんだな

164 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/11/03(土) 22:09:01.01 ID:+0d2IRI4
そういう役得はあって当然というかそれを前提とした扶持を貰ってるイメージだったわ
別にそういうわけでもないんだな

165 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/11/03(土) 22:09:22.86 ID:/Xo4EPr5
土井利勝は優秀で公平な官僚のイメージがあるなー

166 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/11/03(土) 22:13:55.07 ID:9vM6Q9bY
これも土井利勝が下人をかばういい話とも受け取れるし。

167 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/11/03(土) 22:17:16.31 ID:+0d2IRI4
あ、何も疑わずにいい話だと思っちゃった
ここ悪い話スレだったw

松平信綱は大下戸であった。土井利勝は大上戸であった

2012年10月27日 18:05

57 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/10/27(土) 15:18:04.49 ID:XLJRcSZd

松平信綱は大下戸であった。対して土井利勝は大上戸であった。
信綱は「天下の老中でありながら酒を飲むなど…」と心の中で誹った。

ある日、老中たちが神田橋を通った時、一人の酔っ払いが
ヨロヨロとみっともなく歩いていた。

これを見て「良い機会だ。利勝を困らせよう」と思った信綱は
「大炊殿大炊殿、向こうを御覧なされませい、見事な伊達歩みですぞ」
と言った。

すると利勝は「伊豆殿、御嗜みなさい。下戸が酒に酔うことほど
見苦しいことはありません」と返したので流石の信綱も返答できずに
困ってしまった。

――『名将言行録』





58 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/10/27(土) 15:37:17.57 ID:aIJKGdv5
土井さんは大上戸だったのか
めんどくさい人たちが揉め事起こしたら
ベロンベロンに酔わせて権現様と錯覚させて解決させてたかも

59 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/10/27(土) 16:00:05.01 ID:t2TVrZnV
飲まなきゃやってられないんだろう。

60 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/10/27(土) 16:24:55.93 ID:oclVz5Rv

      _,,..,,,,_ ,,_ ,,_ ,,_ ,,_      _∧∧∧∧∧∧∧∧∧∧∧∧_
     / ●ω・ ヽ ヽ.ヽ ヽ.ヽ    > そ、その動きは伊達歩み!<
     l       l .l l .l l        ̄∨∨∨∨∨∨∨∨∨∨∨ ̄
     `'ー---‐´‐´‐´‐´‐´

61 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/10/27(土) 16:32:57.31 ID:i/mGEpuT
いもむし!?

62 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/10/27(土) 17:18:18.46 ID:9ySdeeFX
伊達巻かと

63 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/10/27(土) 17:24:50.36 ID:i/mGEpuT
ナルホド。がってん合点

64 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/10/27(土) 17:27:20.02 ID:sWrG/cwG
色的にずんだ餅の材料かとおもった>イモムシ

65 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/10/27(土) 18:10:48.82 ID:ZXiMqwVP
後ろはまーくん色に染まった家臣団です

68 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/10/28(日) 01:46:20.58 ID:GbnvUDqp
>>64
原材料イモムシってそれ何処のゲテモノすぃ~つ…。

>>60
見ようによっちゃずんだ豆?眼帯した豆キャラクターにしたら売れるかなw

「これこそ間違いなく御墳墓の地だ!」

2012年09月30日 20:12

684 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/09/30(日) 18:07:03.09 ID:SL7Dp0qe

成瀬正成土井利勝は観智国師存応を伴って上州新田にやって来た。
徳川家の先祖の旧蹟を捜索しに来たのである。

しかし、聞き込みをしてもそれを知る者が見つからなかった。
だが、一人の農夫が「世良田の近くの丘に古寺のあとがあると言い伝えがある」
と証言したので、

利勝は人夫を集めて丘の上を掘らせたところ、たくさんの古仏古瓦を発掘した。

「これこそ間違いなく御墳墓の地だ!」

利勝らはその地形を記録して帰り、(徳川家康に?)報告したという。

――『徳川実紀(駿府政事録)』

後の大老もいろんなことやってたんすな。




685 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/09/30(日) 18:30:24.46 ID:q/AyMoqe
>「これこそ間違いなく御墳墓の地だ!」

すごいゴットハンド臭がする(´・ω・`)

686 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/09/30(日) 19:30:18.42 ID:WtmvNjRi
ほほえましいなw

687 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/09/30(日) 19:38:40.49 ID:KqbV6UIN
>>685
稲妻ヅモ

688 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/09/30(日) 21:23:53.91 ID:eh+JOYTU
それっぽいものがあったら何でもよかったんだろうなw


689 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/09/30(日) 21:51:43.24 ID:G8uDJ1+k
>>すごいゴットハンド臭がする(´・ω・`)
トッシーなら○く治めるためには埋めるくらいやっちゃいそう・・・

690 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/09/30(日) 22:04:55.10 ID:DDorhG0P
竜巻ヅモも

691 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/10/01(月) 06:26:56.10 ID:bHmGh7wP
そいじゃ真空ヅモ追加しとこう

692 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2012/10/01(月) 18:30:56.55 ID:2SUJ1x8S
自己中どもめ

土井利勝、秘密漏洩に

2011年08月01日 23:00

953 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/08/01(月) 15:34:36.71 ID:VacFFy20
社報でこの逸話を見つけたとき、思わずあの「逆にこう考えるんだ(ry」のAAが浮かんだのと、リアクション芸人の
前振りと言わんばかりの前振りを家光さんがした逸話です。

多分この逸話に関連しているのではないかと思えます↓
http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-2647.html

徳川3代に仕えてそれらを支えてきた土井利勝、あるとき徳川家光が秘密の話をするというので、親しい重臣だけ
呼び集めて合議をする事になった。
(議題内容はおそらく上の↑逸話の内容ではないかと推測されます)

様々に議論を交わし、お開きになる頃に家光が「この話は秘密にし、口外しないように」という、何か
リアクション芸人の「押すなよ、押すなよ」と言わんばかりの前振りを言います。

当然、秘密の会話内容は他人にダダ漏れとなってしまい、家光は激怒します。

家光「あれだけ口外すんなと言ってるのに秘密の意味が無いじゃないか、どうするんだよ!」とご立腹な家光。

そこにがこう言いました。

利勝「秘密の話とは大概、親しいモノが寄せ集まって引き籠るような場所でヒソヒソと小声で行われるのが常。
   それこそ、あの場所で何か秘密の話等をしているに違いないという推測を起こさせるのは容易ですし、
   何かの拍子で話が漏れるのは当然の事。
   しかも薄い壁や障子を隔てて誰かが聞いているのは当然の事です。」

そこで利勝は言います。(あのAAを想像しながらお読みください)

利勝「(逆にこう考えるんだAAry)窓とか、ふすまのない開けた場所で、大声で大々的に話せば、その話を
こっそり聞き耳を立てているものも、会話の内容が秘密の話とは思わず聞き流すことでしょう。
    だから変に隠さずに逆に開けた場所で行えばいいのではないですかな?」

利勝の話に、家光は納得してその後は秘密が漏れる事は無くなったそうだが、まさにあのAAが浮かぶお話というか、
木を隠すなら森と言った逸話だと思いました。





家康、若き日の土井利勝に

2011年02月16日 00:01

803 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/02/15(火) 20:43:37 ID:Wn3XMCki
徳川家康はある者を役職につけようと考えて、その人柄を若き日の土井利勝にたずねた。

「その者は私をあまり訪ねて来ませんので、人柄をよく存じません」
利勝がそう答えたことは、家康を怒らせた。

「お前のところに出入りする奴ばかり役職につけたら、おべっかばかりになって
家中に無能しかいなくなるじゃあないか。

お前のところに出入りしない者や、お前に対して不遜な奴でも有能な者を見抜いて推薦し、
出入りしている者であっても軽薄者は退けるよう、わしに進言するのがお前の役目なんだぞ」

利勝はこの言葉を胸にして家康の補佐役として成長した。
その成長ぶりを見て家康は
「利勝は同じ誤りを繰り返さず、真心を持って使える人物だ」と言った。




804 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/02/15(火) 20:48:06 ID:ldT9RDI+
あの偉人でも若いころはやっぱり未熟だった、お前らも頑張れよシリーズですね

目付にふさわしい人物像

2010年09月14日 00:00

44 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/09/13(月) 21:34:55 ID:aMAi1fCm
幕府の老中・堀田正盛土井利勝に目付にふさわしい人物像を質問した。

「そうですね…たとえば、あなたがさあご馳走を食べるぞという時に
『先ほどその汁に蝿が入ってました』なんて言う人は御家にとって
災いでしかありませんね。もっとも、毒が入っていると知りながら
伝えないような人は論外ですけどね(^^)」

そのように利勝は言ったと伝えられている。




47 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/09/13(月) 22:21:37 ID:AIz6Iu9+
>>44
涼しげな顔の利勝と一瞬返事が遅れる正盛の図を想像した

「糸の切れ端で三百石」

2010年08月17日 00:01

697 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/08/16(月) 21:17:06 ID:9jCdKgwx
「糸の切れ端で三百石」

ある日、土井利勝はたまたま座敷で唐糸の切れ端を拾い、大野仁兵衛という近習に預けた。
「あんな糸屑が何の用に立つとお考えなのか。大名に似合わぬ吝嗇な話だ」と笑う者も居たが、それから数年過ぎたある日、利勝が大野を呼び
「先年預けた糸の切れ端はどうしたか」
と尋ねると
「ここにございます」
と大野が巾着から取り出した。
利勝はその糸の切れ端で脇差の下緒の先のほどけた所をくくったのち、家老を呼んで
「主人の言葉をこの様に大切に守った事は奇特千万なことだ」
と言って、大野に三百石加増するように命じた。
そしてこの糸が唐土から日本の長崎に渡来し、江戸で皆の手に入るまでの多くの人々の苦労を話し
「これを捨てて塵にしては天の咎めも恐ろしい。いま下緒をくくったので無駄にならなかった」といい
「われ一尺に足らぬ唐糸を三百石の知行で買い取ったわ」と笑った。

土井利勝のエコな話




698 名前:人間七七四年[] 投稿日:2010/08/16(月) 21:44:13 ID:kWRXHRmm
そんな冗談みたいな昇給話は現代にも無いかなぁ(′・_・`)

699 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/08/16(月) 21:47:32 ID:7zUhi+58
現代企業は基本的に忠義を報償の勘定に入てるわけじゃないからそんなん当たり前
ワンマン社長ならありうるけもしれないけど

700 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/08/16(月) 21:49:11 ID:gispfGfx
「数年前に預けた部下を呼べ」
「3年前に解雇したじゃないですか」
というオチしか見えてこないぞw

701 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/08/17(火) 03:17:46 ID:AnhDDb6a
殿様「○○を呼べ」
家来「○○は昨日切腹させたじゃないですか?」
だったら笑える

702 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/08/17(火) 06:24:28 ID:xEcQgv5T
>>701
それ、市松にはよくある事。

703 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/08/17(火) 09:29:02 ID:JVrr4p3H
天庵「上杉戦にて活躍した政頼を呼べ」
管谷政貞「え?」

知恵伊豆の名案?

2010年06月01日 00:05

377 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/05/30(日) 23:49:36 ID:vmbSQvly
「知恵伊豆の名案?」

寛永年間に朝鮮から使節が江戸にやってきた。
その直前のことだが、暴風雨の影響で江戸城の櫓の表面がはげ落ちてしまった。
時の将軍徳川家光は使節に失礼だという理由で、至急修理するように命じた。

しかし、あまりにも突然の事なので役人は難儀していたのである。
その時、役人に助言したのが老中の松平信綱であった。

「私にいい考えがある。別の櫓の、使節の方々には見えない場所を切り外して
はげた所にはめこんでおけばよいのだ」
この助言に誰もが「さすが信綱様だ」と感心したのである。

「ちょっと待った!」
ところが反対した者がいた。大老の土井利勝である。

「それはよからぬ考えだ。無理なことは無理だと上様に知っていただくべきである。
できもしない事をできると、上を欺くのは臣下のやるべきことではない。

あなたのような知恵者ならばそうした細工もできようが、凡人には到底できない事だ。
そうなれば、ついにはその者の能力まで疑われる事になろう。
できない事はできないと、はっきり上様に申し上げよ」

信綱はこの言葉に感激して
「あなたの今のお言葉は生涯の教訓といたします」と利勝に言った。




378 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/05/30(日) 23:56:38 ID:NjO/ZLS5
天才が天才に才を授け、授けられた天才はさらに完成度を高めてゆく
王貞治とイチローの会話のようだ

379 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/05/30(日) 23:56:54 ID:2VUgCQ+B
知恵伊豆は政治家よりも、技術者の方が向いてるんじゃね?
発明王とかになれそうだ。

380 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/05/31(月) 00:46:17 ID:tWi42994
本当に知恵者だよな。
鳩山にもこういうブレーンがいればな。

381 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/05/31(月) 00:48:55 ID:wDer8lfn
ぽっぽは周りの話をあまり聞かないらしいよ

382 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/05/31(月) 01:01:11 ID:pYrSVbRj
それにしても、このころの政治家はすごいのがそろってるな

ご意見番: 土井利勝
実行班: 酒井忠勝、松平信綱、阿部忠秋

こいつらを保科正之と水戸光圀の2名君が見張ってるんだから、
そうそう間違った政治をしようがない

383 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/05/31(月) 02:06:01 ID:2oG2xUU5
凄くないと生き残れなかったのかもしれない

384 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/05/31(月) 02:58:31 ID:aoSlgc1m
将の将の話じゃないが
天才ではないけど天才を扱うのが上手かったり
素直に助言を聞いて成功する指導者ってのはいるね

土井利勝、人の印象

2010年05月16日 00:01

951 名前:土井利勝[sage] 投稿日:2010/05/15(土) 12:48:51 ID:WvQmC/3f
「人物はよほど親しくならないと分かるものではない。
玄関で見た来客をたいしたことはないと思っても、書院でじっくり話すと見直すことがある。
その時に見直さなかったとしても、居間で話をしてハッとさせられることだってある。
つまり、人間は少しの印象だけで判断できるものではない。

……とはいえ、やはり玄関先の印象を良くすることが一番大事なことだ。
玄関先から書院に通して話す人など十人中、四人か三人、居間ともなれば一人いるかどうか。
見直されるような人物でも玄関で終わっては意味がなかろう?特に若者は心に留めるがよい。」




952 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/05/15(土) 13:15:03 ID:/n6j8nFy
至言だ

955 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/05/15(土) 19:08:40 ID:Jz9RsHjR
>>951
お~、オレもこう思ってるんだよ。
よくさ、人は見かけだけで判断するもんじゃないっていうけど
見かけでもよく見られたほうがいいわけじゃん

オレはいつもそれをうまく説明できなかったんだけど
土井さんのこの言葉なら誰でも分かるな
さすがに歴史に名を残す人は違う

土井利勝の気配り

2009年08月16日 21:07

424 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/08/14(金) 22:31:10 ID:cyARl3T4
土井利勝の気配り

寛永6年5月、利勝は三歳から書院飾りの道具を贈られた。
大名からの贈り物は返品されることが多かったが、
利勝は、三歳の息子の忠利に、ありがたく頂戴いたしますと返事をし、
三歳も大喜びであった。

さて、この年の8月末日から9月にかけて、家光と秀忠が利勝邸に御成りになることになっていた。
前日、見舞いのため、忠利ら諸大名が利勝邸を訪れると、忠利一人御成りの間に招かれた。
「なんだろう?」と不審に思いながら御成りの間に入ると、そこには絵が描かれておらず、
床の上段には三歳の贈った道具がずらりと並んでいた。

息を詰める忠利に、利勝は、
「忠興様の志ですし、見事な道具でしたのでこのように飾らせていただきました。
小堀遠州は部屋の絵について色々案を出していましたが、せっかくの道具を鑑賞する邪魔になるので、
絵は描かせませんでした。ごらんください。」といい、
傍らにいた小堀遠州に、
「これで絵を描かせないことに合点が行ったか。」
といったので、忠利は感動し、三歳の喜びの手紙を出した。

三歳は、
「それほど気に入り候つるか!満足このことに候。」ともう一度大喜び。

贈り物贈った人をこれほど喜ばせる、利勝の見事な工夫のお話。




425 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/08/14(金) 22:40:49 ID:XvbHB3zo
>>424さんの出典は「江戸城の宮廷政治」からですね。


426 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/08/14(金) 23:12:29 ID:dvgst/dB
>>424
対応がいちいち上手だなこの人は。

427 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/08/15(土) 06:35:33 ID:CmQx3RzT
乙。
この三歳は三斎入道(細川忠興)だよね?

428 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/08/15(土) 08:07:22 ID:I1unJ4AV
めんどくささ極まる三河気風の中から、時々こうも手際のいい人が生まれるのが面白いな

429 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/08/15(土) 08:49:12 ID:t24OTNLC
むしろ鍛えられたと見るべきでは

430 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/08/15(土) 08:54:54 ID:Fy+egMgJ
めんどくささ極まる連中を相手してるからこそ(ry

431 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/08/15(土) 10:55:16 ID:9Zy3Tq4P
>>424
ほとんど原文ままで吹いた。

432 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/08/15(土) 13:18:41 ID:F6+qxjLf
流石はめんどくさい対策本部長w

433 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/08/15(土) 13:25:55 ID:MoStrd+c
この気遣いに加えて、徳川家康そっくりの顔立ち。
相手はさぞ恐れ入っただろうね。