我が孫六をまいるぞ!

2015年03月21日 16:27

580 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/03/20(金) 20:40:33.15 ID:VayAq84e
土佐の山内忠義は剛気英邁の人であったが、彼には秘蔵の刀で、常に身から離さず帯びていた名刀があった。
関の孫六兼元の作で、二尺三寸五分。仮名で「かねもと」と銘がある。
非常な大業物で、これで度々家来を手打ちにした。役人などが前に出てなにか気に入らないことを言うと
ハタと睨んで「身が孫六をまいるぞ!」と大声で叱りつける。この剣幕に恐れて、皆唯々諾々として
平伏した。もしこの一言を聞いてなお、反抗しようものなら、抜き打ちに殺されるのである。

ある時、高知城より一里ばかりある荒倉山で、猪狩りが催された。
忠義自ら出馬し、大勢の勢子を配置して、猪を追い出す大網を貼り、一番、二番、三番と勢子を立て、
打ち手は鉄砲を持って要所に控えていた。
忠義も手づから鉄砲を持ち猪を待ち伏せた。

ただし、猪が手負いに成ってかかってくる場合、万一殿様に過失があってはならぬので、忠義が
待ち伏せている背後には、家老たちによって老練の猟師が隠し置かれ、
「危急の場合には撃ち留めよ。必ず殿にお怪我のないようにせよ。」と密かに申し付けてあった。

そうしているうちに狩りが始まり、やがて一匹の大猪が手負いと成って荒れに荒れ、忠義の居る方に
飛ぶように駆けてきた。
元より剛毅な人であったから、忠義は大猪を近くまで引き寄せて撃ち留めようと鉄砲の照準を定めた。
その間に猪が間近くまで来た。その時、傍の藪陰より一発の銃声が鳴ったかと思うと、
その猪は撃ち倒された。

これに忠義は激怒した。「何者が我が当の敵を横合いより撃ったのか!?」
すると、一人の年老いた猟師が這い出てきて頭を地につけ平伏した。これを見ると

「おのれ憎き奴!我が孫六をまいるぞ!」と怒鳴って刀の柄に手をかけた。
が、その老人は、「忝く思います。頂戴いたします。」と両手を出した。
その言葉通り、与えられるのだと思ってしまったのである。

忠義もこの意外な体に少し拍子抜けして刀を抜けず戸惑っていた、
そこに、家老たちが慌てて駆けつけ、「この者は我々より予て申し付け置いたもので、万一危急の場合には
殿に変わって撃ち留めよと申し付けました次第です。」と、詳しく申し上げると、
忠義これを聞いて

「その方らの申し付けとあっては、この者の落ち度ではない。
ただし『孫六をまいるぞ』ともうした時、両手を出したのは妙なやつだ。
さりとて、この秘蔵の刀を遣わすことは相成らぬ。差し替えの刀をあやつに遣わせ。」

そう、その場で別の刀が拝領された。しかしこれは不調法のご褒美というものであろう。

(刀剣談)



581 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/03/20(金) 20:42:19.86 ID:ExqvmYzk
良い話だ

582 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/03/21(土) 01:30:52.16 ID:UV/uEQOC
良い話かあ?

583 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/03/21(土) 10:07:24.53 ID:ceRcJez6
高虎さんが両手を出しております

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一国兼光

2015年03月15日 16:26

732 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/03/15(日) 00:30:12.10 ID:fqXGeGvU
一国兼光

紀州の徳川頼宣が、土佐国山内土佐守(忠義)の愛蔵している兼光が、世に名高い大業物であると
云うのを聞き伝えて、ある時藤堂高虎に対し頼んだ。
「土佐守の兼光を所望してもらえないだろうか」


高虎は承知し、早速山内忠義を訪ねて、紀伊大納言所望の件を話した。
すると忠義は、元来非常に気性の激しい人でもあったので、大いに反発した

「以ての外のことです!あれは我ら秘蔵第一の刀、進上などは思いもよらぬ!」

そのけんもほろろの態度に高虎も少し腹を立て言い返した

「左様に仰せられても、もし将軍家より御所望と有れば差し上げぬはずはないではないか。」

ところが忠義
「例え将軍の命であっても、あの兼光は差し上げ申さぬ!土佐一国に変えても嫌でござる!」

そう言い切った。これには高虎も呆れ返って二の句も付けず辞して帰った。

ところが、この話が評判となり、土州公の「一国兼光」と呼ばれ、一層名高いものに成ったという。
忠義が国に変えてもと言っただけはあって、この兼光は無双の上作であるそうだ。

(古今名家珍談奇談逸話集)



733 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/03/15(日) 04:13:35.51 ID:5ay60gPF
なぜ刀剣話には高虎がよくでてくるんだろう?

736 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/03/15(日) 10:03:04.03 ID:+1AuPQV/
>>733
想像してみろよ。全身切り傷だらけで指が何本か無い身長190cmの大男が
「おう、山内の。紀伊とこの若がお前ぇの持っとる兼光欲しい言うてのお。
何とかならんかのう。」なんて言って来たらどうする?

737 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2015/03/15(日) 16:52:32.53 ID:e+wSdY8Z
ちびりながら差し出す

山内忠義と毛利勝永、大阪の陣にて・いい話?

2009年04月18日 00:12

799 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/17(金) 11:25:53 ID:+M4yaywc
山内忠義

大阪の冬は寒かった。12月に和議も成りひとまずはやれやれです。
でも後片付けが大変、大阪城の西、船場方面の鰻谷橋の前のわが陣所、
各大名家の荷駄が入れ乱れてのてんやわんや、大忙しです。

橋を渡って、城から一人の武士がこちらにやって来ました。
よく見るとかって知ったる毛利勝永殿ではありませんか。
四国で別れて以来です。

毛利殿「いやあ、山内殿にはすっかりと世話になった上に、こっそり
大阪に入城致しまして、山内殿に大迷惑をおかけしました。そのお詫びに参りました。」
と、頭をかきかき、ばつの悪そうな顔。
和やかにお互いの息災を確かめあったのです。

私が「ところで毛利殿、家康様に会っていきませんか、
丁度今から私もご挨拶に伺うところだったのです、きっと懐かしがるでしょう。」
というと、
毛利殿、真顔になり「いやあ、それは止めておきましょう、武門のならいとはいえ、
関ヶ原で寛大なご処置を頂いた家康様には、ほんと会わせる顔が無いのです。」
といってすたこら去っていきました。

それが最後の分かれと成りました。




800 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/17(金) 13:03:45 ID:OC14IyZD
>>799
アッー!!

801 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/17(金) 13:36:36 ID:eSOspI3q
経緯と裏事情知らなきゃいい話なんだがな…

804 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/17(金) 14:09:55 ID:JNPoMeRv
>>801
kwsk

805 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/17(金) 15:58:52 ID:eSOspI3q
>>804
まんま>>800だがもう少しkwsk言うと
勝永を土佐で預かった時に忠義と勝永がデキてしまったと言われる
つまり実は忠義が元カレに復縁を頼んでるわけでして

勝永の土佐脱出の際も
「忠義様が心配なんで大阪について行きます」
と監視役をだまして逃げたという逸話がありまして…

807 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/04/17(金) 18:24:54 ID:JNPoMeRv
>>805
ああなるほど
それじゃ色々ときついものがあるね
ありがとう



詳細
ちょっと酷いんじゃないか毛利勝永!
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