886 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2020/03/05(木) 15:18:45.62 ID:9PH4zRef
蘆名盛隆公が大庭三左衛門に討たれ給うたのどのような理由によるか、と言えば、
ある年、盛隆公が八丁目に出馬され陣を貼り、伊達政宗公と決戦されて、伊達の軍悉く破れて引き退いた。
蘆名勢はこれを急追し、伊達の兵を数多打ち取って勝鬨を作り、そこから戻って御帰陣の時、二本松の宿を
通った。
この宿では貴賤群衆して蘆名勢の凱旋を見物したが、この時、ある町家の内に十四、五歳の容儀勝れた童が、
片手に色有る花を一枝持ち、前に書物を広げていたのを、盛隆公が見つけた。
盛隆公は少しの間、この町家の前に馬を留めると、その主人に、使いを以てその子を御所望された。
彼の父母には否やという言葉はなく、御所望にお任せすると応えると、盛隆公は御悦び斜め成らず、両親に
物の具を給わり、少年を自らの引き替えの御馬に乗せて会津へと共に帰城した。この少年が大庭三左衛門であった。
盛隆公が大庭三左衛門を寵愛し給う事限りなかった。
しかし愛楽の互いに替わることは、紅の栄えから?して落ちる樹に例えられる。まもなく君の寵愛も廃れ、
御志も枯々となった。
これに大庭三左衛門は恨みを含んでいたが、家中の譜代相伝の子たちは、三左衛門に権を取られると
安からぬ事に思い、妬ましいと思っていた所に、これを見て悦び、三左衛門に聞こえぬ所で、彼を
『鴨汁』と渾名を付けて笑っていた。これは「醒めては喰われぬ」という意味であった。
後になって三左衛門はこの事を密かに聞いて、胸塞がり心迷い、跳ね上がったように大息をついて、
昼夜これを思うに骨髄に徹し、忍びがたきこと限りなかった。
このような所に、ある人が三左衛門に向かって「今朝の(盛隆の御前での)御鴨汁の御料理に御参りになるように」
と言ってにっこりと笑った。
三左衛門はこれを聞くと、毒矢を胸に受けたよりも甚だしく堪忍に及ばず、彼を一刀に斬って憤りを休んじ、返す刀で
切腹しようと思いきったが、大汗を流してそこは堪忍した。
「これは他の誰が言ったわけではない、屋形(盛隆)の仰せである。咎なき奴を殺し徒に命を捨てるより、屋形を
一太刀討ち申し恨みを泉下に報ぜん」
と思い定めた。
「明日、盛隆公を討ち奉らん」と考えていたその晩、三左衛門は知音朋輩達を呼び集めて丁寧に振舞った。
彼は交わりを深くして酒を進め、にっこりと笑いながら客に向かってこのように言った
「昨夜の夢に、私の望みが叶う事を見ました。その内容は三日過ぎて各々に語りたいと思いますが、確かな吉夢で
ありましたので、これを喜ぶために、今朝にもと考えましたが、昼間は互いに公用重ければ、座席を急いで
立ててしまうと心残りも多いと思い、大した饗しも出来ませんが、一盃奉る饗応のために、このような夜中に
申し入れました。緩々と過ごして頂ければ辱き次第です。」
そう言って、色々と様々な肴を調え、盃を指しつ指されつ、舞い、謡い、いかにも亭主ぶり、結構華奢に興を催し、
快く酒宴を終え、夜に及んでも明朝死ぬと思う気色は少しも見えなかった。
客人が座席を立って帰る時、彼が「名残惜しい」言った言葉の意味を、客たちは後になって思い知った。
夜も明け十月十日の早朝に、三左衛門は沐浴焚香し、出仕の衣装を美麗に着、袴をつけて御広間へ出た。
丁度その時、盛隆公は御鷹を据えられ椽の柱にもられられていた。御前に近習の者達も居らず、ただ一人御座していた。
三左衛門は椽を一礼して通ったが、普段は刀を抜いて、差さずに通るのだが、この時は刀を指したまま通り、
そして振り返りざまに声を出して、一刀斬りつけ奉った。盛隆公は深手であったが「心得たり!」と御腰の刀を
過半抜かれた所を、三左衛門が二の太刀を継ぎ、斬り伏せ奉った。
そして大手の方へ走り出たが、これを追いかけ討ち留めようとする者も無く、諸人驚き騒ぎ、慌てて屋形の死骸の御傍に
群がり集まった。そのうちに侍一人が三左衛門を追って行くと、跡から人数多続き、三左衛門は二町余り逃げ延びたが
追い詰められ、打ち殺された。
彼の体を見ると、下には白き絹の衣装を着け、六文銭と数珠を首に掛けており、逃げて生き延びようとは思わなかった
ようである。
いかなる因果の報いもて主君を討ち給わったのか。さても余りある次第である。
そしてその後、盛隆公には御子が無く、会津の御家を継ぐ御方が無かったために(実際には嫡子亀王丸が有ったが夭折)、
佐竹屋形の御子に、義宣の御弟義広(蘆名義広)と申す人を御名代に立て申し、御入部ありて義広公の御代となった。
(藤葉榮衰記)
大庭三左衛門による蘆名盛隆殺害事件について
892 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2020/03/06(金) 08:05:37.78 ID:jxfsYbE9
>>886
お持ち帰りして飽きたらポイーってそら恨まれるわ
894 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2020/03/06(金) 22:17:40.32 ID:RxaGC4uW
>>886
痴情のもつれか
武家の子じゃないから家臣としてはうまく使えなかったのかな
美少年だからって適当に手を出したらいかんな
蘆名盛隆公が大庭三左衛門に討たれ給うたのどのような理由によるか、と言えば、
ある年、盛隆公が八丁目に出馬され陣を貼り、伊達政宗公と決戦されて、伊達の軍悉く破れて引き退いた。
蘆名勢はこれを急追し、伊達の兵を数多打ち取って勝鬨を作り、そこから戻って御帰陣の時、二本松の宿を
通った。
この宿では貴賤群衆して蘆名勢の凱旋を見物したが、この時、ある町家の内に十四、五歳の容儀勝れた童が、
片手に色有る花を一枝持ち、前に書物を広げていたのを、盛隆公が見つけた。
盛隆公は少しの間、この町家の前に馬を留めると、その主人に、使いを以てその子を御所望された。
彼の父母には否やという言葉はなく、御所望にお任せすると応えると、盛隆公は御悦び斜め成らず、両親に
物の具を給わり、少年を自らの引き替えの御馬に乗せて会津へと共に帰城した。この少年が大庭三左衛門であった。
盛隆公が大庭三左衛門を寵愛し給う事限りなかった。
しかし愛楽の互いに替わることは、紅の栄えから?して落ちる樹に例えられる。まもなく君の寵愛も廃れ、
御志も枯々となった。
これに大庭三左衛門は恨みを含んでいたが、家中の譜代相伝の子たちは、三左衛門に権を取られると
安からぬ事に思い、妬ましいと思っていた所に、これを見て悦び、三左衛門に聞こえぬ所で、彼を
『鴨汁』と渾名を付けて笑っていた。これは「醒めては喰われぬ」という意味であった。
後になって三左衛門はこの事を密かに聞いて、胸塞がり心迷い、跳ね上がったように大息をついて、
昼夜これを思うに骨髄に徹し、忍びがたきこと限りなかった。
このような所に、ある人が三左衛門に向かって「今朝の(盛隆の御前での)御鴨汁の御料理に御参りになるように」
と言ってにっこりと笑った。
三左衛門はこれを聞くと、毒矢を胸に受けたよりも甚だしく堪忍に及ばず、彼を一刀に斬って憤りを休んじ、返す刀で
切腹しようと思いきったが、大汗を流してそこは堪忍した。
「これは他の誰が言ったわけではない、屋形(盛隆)の仰せである。咎なき奴を殺し徒に命を捨てるより、屋形を
一太刀討ち申し恨みを泉下に報ぜん」
と思い定めた。
「明日、盛隆公を討ち奉らん」と考えていたその晩、三左衛門は知音朋輩達を呼び集めて丁寧に振舞った。
彼は交わりを深くして酒を進め、にっこりと笑いながら客に向かってこのように言った
「昨夜の夢に、私の望みが叶う事を見ました。その内容は三日過ぎて各々に語りたいと思いますが、確かな吉夢で
ありましたので、これを喜ぶために、今朝にもと考えましたが、昼間は互いに公用重ければ、座席を急いで
立ててしまうと心残りも多いと思い、大した饗しも出来ませんが、一盃奉る饗応のために、このような夜中に
申し入れました。緩々と過ごして頂ければ辱き次第です。」
そう言って、色々と様々な肴を調え、盃を指しつ指されつ、舞い、謡い、いかにも亭主ぶり、結構華奢に興を催し、
快く酒宴を終え、夜に及んでも明朝死ぬと思う気色は少しも見えなかった。
客人が座席を立って帰る時、彼が「名残惜しい」言った言葉の意味を、客たちは後になって思い知った。
夜も明け十月十日の早朝に、三左衛門は沐浴焚香し、出仕の衣装を美麗に着、袴をつけて御広間へ出た。
丁度その時、盛隆公は御鷹を据えられ椽の柱にもられられていた。御前に近習の者達も居らず、ただ一人御座していた。
三左衛門は椽を一礼して通ったが、普段は刀を抜いて、差さずに通るのだが、この時は刀を指したまま通り、
そして振り返りざまに声を出して、一刀斬りつけ奉った。盛隆公は深手であったが「心得たり!」と御腰の刀を
過半抜かれた所を、三左衛門が二の太刀を継ぎ、斬り伏せ奉った。
そして大手の方へ走り出たが、これを追いかけ討ち留めようとする者も無く、諸人驚き騒ぎ、慌てて屋形の死骸の御傍に
群がり集まった。そのうちに侍一人が三左衛門を追って行くと、跡から人数多続き、三左衛門は二町余り逃げ延びたが
追い詰められ、打ち殺された。
彼の体を見ると、下には白き絹の衣装を着け、六文銭と数珠を首に掛けており、逃げて生き延びようとは思わなかった
ようである。
いかなる因果の報いもて主君を討ち給わったのか。さても余りある次第である。
そしてその後、盛隆公には御子が無く、会津の御家を継ぐ御方が無かったために(実際には嫡子亀王丸が有ったが夭折)、
佐竹屋形の御子に、義宣の御弟義広(蘆名義広)と申す人を御名代に立て申し、御入部ありて義広公の御代となった。
(藤葉榮衰記)
大庭三左衛門による蘆名盛隆殺害事件について
892 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2020/03/06(金) 08:05:37.78 ID:jxfsYbE9
>>886
お持ち帰りして飽きたらポイーってそら恨まれるわ
894 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2020/03/06(金) 22:17:40.32 ID:RxaGC4uW
>>886
痴情のもつれか
武家の子じゃないから家臣としてはうまく使えなかったのかな
美少年だからって適当に手を出したらいかんな
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