智仁勇兼備の者

2014年11月04日 18:53

152 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2014/11/04(火) 15:34:58.32 ID:68eTn+ig
徳川家康家臣、蜂屋半之丞(貞次)は聞こえたる武辺者であったが、ある時の合戦で、
眼前の敵を見逃して退いたことがあった。

家康はこれを知ると、「どうして眼前の敵を見逃し退いたのか」と尋ねた。

蜂屋は答えた
「我々に向かってくる敵ならば、隙あらば我が身にもその矢が当たるでしょうから、その敵を討ち取らずに
退くことはしません。
ですが、戦いを好まぬ敵は、たとえ眼前に居たとしても、そのまま捨て置いて引き取るべきです。

敵であったとしても、今後我々に従えば味方になります。であれば、向かってこない者を殺すことを、
私は好みません。生かしておいて、我らに従わせる事こそ本意であると考えています。」

家康はこれに深く感心し、「お主は智仁勇兼備の者だ」と賞賛した。

(明良洪範)




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蜂屋半之丞は音に聞こえた武辺者である

2013年08月15日 19:51

897 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/08/15(木) 10:02:21.42 ID:pR/+yBr7
蜂屋半之丞は音に聞こえた武辺者である。

ある時眼前の敵にかまわず退いた事があり、神君は「半之丞はどうして
眼前の敵にかまわず退いたのか」と尋ねられた。

半之丞はこれに答えて
「我らに立ち向かってくる敵でならば、この身に矢が当たろうともその
敵を討ち取らずに退く事はありませんが、戦いを好まぬ敵は眼前にあろう
とも捨て置き退きます。

敵であろうとも従えば味方になります。ならば手向かいしない者を殺す事
は好まず生かして従える事こそ本意かと存じます。」と申し上げた。

神君は「知仁勇兼備である」として、ことのほか褒められたと言う。

(明良洪範)






蜂屋半之丞、逃げる

2010年06月14日 00:00

386 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/06/13(日) 22:12:32 ID:DB6KDsWx
永禄6年(1563)、三河一向一揆の時のこと

家康に背き一揆軍に参加したものの中でも、蜂屋半之丞貞次と言えば、当時の三河を代表する勇者として
有名であった。

蜂谷は背が高く力も強かったので、真ん中が太くなるように作らせた白樫の三間(約5.5メートル)槍に、
紙を投げつけるとサクっと貫くほど研ぎ澄ませた長吉の刃をはめこみ、、これを自在に振るった。

『半之丞の槍先に、誰が向かってこようか!』

蜂屋は常々、このように豪語していたそうだ。


さて、一揆とのある合戦で家康は攻勢をかけ、一揆軍は退却を始めた。この退却する軍勢の中に
蜂屋を見つけた家康は、その方に向かって駆け出した!当時家康21歳、血気にはやる若者なのだ

「蜂屋!戻れ!!わしと槍を合わせよ!!」

これに蜂屋半之丞、わしと戦おうなどとは何を生意気な、返り討ちにしてくれる!と、振り向くと、
そこにいたのは家康

「げぇッ!殿!?」

すぐさま回れ右、前かがみになって槍を引きずりながら、一目散に逃げ出した。
この、逃げる蜂屋に追いついたのが松平金助である。

「蜂屋半之丞!もどってわしと槍を合わせよ!」

「ぬ?家康様ではないな!?さっきは家康様であったから逃げたのだ。お主ならば容赦ない!」

と蜂屋、取って返すと槍を合わせ、たちまち鯨にモリを突き立てるように刺し貫いた。
この槍を引き抜いたところで、またもや家康が追いついてきた

「おのれ蜂屋め!勝負いたせ!!」

家康の声を聞いた途端蜂屋、勝利の余韻に浸る間もなく再び、槍を引きずりながら一目散に逃げ出した。


家康は陣に帰ってから
「蜂屋は自分から逃げ出すような侍ではないのに、私を見ると逃げて行ってしまったよ。」
と言った。この時家康、非常に愉快そうで、上機嫌だったそうである

有名な三河一向一揆、蜂屋半之丞逃げる、の一席。




391 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/06/14(月) 17:33:38 ID:kyUKQoup
>>386
忠義と信仰の板挟みの中で主君と戦う…といえばシリアスだけど、
こうして見るとやっぱ面倒くせぇな三河武士という感想になってしまうw

392 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/06/14(月) 17:47:30 ID:YQ5+sPmY
それをしつこく追い掛け回す家康、どうみても面白がってわざとやってる様にしか見えない。

393 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/06/14(月) 19:16:46 ID:mMptHekV
べ、別に殿とは戦いたくなかったんだから!
松平の長として、反省だけしてくれれば良かったんだから!!

ナニコノツンデレ。

徳川十六神将、蜂屋半之丞の母

2009年05月09日 03:15

253 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/05/08(金) 00:20:38 ID:O+EPmnA0
永禄七年(1564)、徳川家康の三河吉田城攻めで、徳川十六神将の一人としても数えられる、
当時26歳の青年、蜂屋半之丞は、本多忠勝と先陣を争い、数多の敵を討つなど大きな活躍を見せた。
が、不運にも流れ弾に当たり、討ち死にした。

半之丞の屋敷では、彼の母が半之丞の帰りを待っていた。
蜂屋家の家来達が戦場より返ってきたので母は急いで門前に走り聞いた

「半之丞はどうなりました!?」

これに家来は沈痛な面持ちで、「討ち死になされました」と、報告をした。

ところが、母はこの家来にキッと顔を向け
「そんなことは知っています!討ち死にまでの首尾はどうだったかを聞いているのです!」

「そ、それでしたら、多くの敵を斃しました。」

にこりと笑い
「それを聞きたいと思っていたのです。」

そう言って、奥へと戻っていった。
そして家来たちに見えぬところまで下がると、そのまま打ち伏し、前後もわからなくなるほど
泣き、嘆いたとのことである。

当主である半之丞が死んだ以上、蜂屋家を守るのはこの母である。
息子の戦死とはいえ、家来達の前で嘆くわけにはいかなかったのだ。

そんな時代の、武士の母の、お話。