成富兵庫の、ちょっと間の悪かった話

2013年07月02日 19:57

3 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2013/07/02(火) 08:42:53.72 ID:fTeME6Oc
あるとき成富兵庫茂安が江戸に勤めていた時の事である。
将軍家の代がわりがあり、成富兵庫茂安は鍋島家を代表してお祝いの挨拶を行った。
ところが…

鍋島淡路守茂宗は、はるばる佐賀から江戸へと上ってきて愕然とした。
それもそのはず、彼は将軍家代がわりに対する祝いの使者としてやってきたのに、既に兵庫がお祝いを済ませてしまったのである。
茂宗は鍋島主水茂里の息子である。
茂里は亡くなるころに一万石の加増を申しつけられたが、それを断っていた。
そのため、息子である茂宗に改めて加増を行おうということになり、
将軍家代がわりの祝いの使者として役目を果たした時、約束の加増がつかわされることになっていたのであった。

折角の江戸上がりが無駄になった茂宗は、ショックによって身体を悪くし、
茂宗の母である天林はひどく嘆いてかきくどいたので、
茂宗の叔父である安芸守茂賢は、ある時法事の席で兵庫を掴まえてその事を責めたてたという。
兵庫は閉口して、この件についての詫びの証文を書き、この証文は茂賢から天林へと渡されたという。

成富兵庫の、ちょっと間の悪かった話





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駆け落ちした鍋島茂治の娘と成富兵庫

2011年05月31日 00:01

428 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/05/30(月) 21:15:19.13 ID:wrjG+g3k
面白かったので転載

> 285 名前:人間七七四年[] 投稿日:2011/05/22(日) 20:58:54.70 ID:laKpGgoA
> 葉隠物語読んでるんだが、直茂って依怙贔屓ばっかしてんのな
>
> 成富兵庫が加藤清正から駆け落ちした姫を奪還した話は痺れたわ

> 286 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/05/22(日) 22:31:58.55 ID:2sD0nmYg
> >>285
> 面白そうな話なので
> もう少し詳しくお願いします

> 287 名前:人間七七四年[] 投稿日:2011/05/24(火) 18:58:58.98 ID:Ac7hpaHl
> >>286
> 鍋島茂治の娘が夜中に若侍と駆け落ち
> その数年後、加藤家の家老の側室になっていることが判明
> 茂治の家来が連れ戻しに行ったが、本人も加藤家も拒否する
>
> で、成富兵庫の出番となる
> 大勢の共を連れて熊本入りした兵庫だが清正は仮病を使って会わない
> 兵庫は慌てず、そのまま居座り物見遊山よろしくあちこちを見て回る
> その内、噂が広まり仮病で会わないのは卑怯だという世論に負けた清正は兵庫に会う
> そこでも女の引き渡しを渋る清正だが兵庫が朝鮮での借りを持ち出すと一も二もなく陥落
> かくして姫は佐賀へ連れ戻されたとさ
> そいでばっきゃあ

龍造寺氏と、たまには鍋島氏を語るスレ
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1271704721/




430 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/05/30(月) 21:47:08.10 ID:EQZ6c5QC
>>428
どの辺りが依怙贔屓なのかようわからん・・・

433 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/05/30(月) 22:21:04.75 ID:DnMhRMXV
>>428
この話は続きがひどい。
http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-3175.html

434 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/05/30(月) 22:23:18.43 ID:wrjG+g3k
>>430
「葉隠の直重の話は依怙贔屓ばかりだ」って事で、成富さんの話はそれとまた別だぞ?

成富兵庫と上杉家の家臣・某

2011年02月17日 00:00

825 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/02/15(火) 03:25:41 ID:12FwCu8N
成富兵庫の逸話大儀である、このカッパのミイラをやろう
…しかしこの人清正死んだあとの加藤家とも付き合いあったのね



842 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/02/16(水) 12:59:26 ID:yJsdsNc5

>>825
>>成富兵庫の逸話大儀である、このカッパのミイラをやろう

ありがたきしあわせ。
それではお返しとして逸話という程の物でもない、成富兵庫の小ネタを。


成富兵庫が上杉家の家臣・某と話をした時の事。

「全国諸侯の中でも、鍋島家は特に将軍家の御恩が厚く、おろそかに思う事は出来
ませんな」
「まったく仰せの通りですな。しかし鍋島家以外にも似たような話はある物。その
家の方々にも権現様の御恩を思い出していただきたいものです」

……この文面では少々判りづらいかと思うので超意訳を。

「鍋島家は関ヶ原の時、西軍についたってのに減封もされずに良かったよな(嫌味)」
「あの戦はそもそもお前等が原因だろ!上杉家こそ潰されてないだけでも幸せだと
思えよ!(嫌味)」


関ヶ原ネタで他家に喧嘩売るって、どんだけ度胸あるんだ、この上杉家臣。
しかも褒められる類の度胸じゃねぇだろ、コレ。




843 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/02/16(水) 13:07:38 ID:qHyTYA/1
これ、きっと笑顔で会話してるんだぜぇwwwwwww
恐いよなぁwwwwww

844 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/02/16(水) 14:02:21 ID:QWadoMGM
直江か?w

845 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/02/16(水) 14:08:01 ID:1pf763St
直江相手だったらもう、なんかもうどうしようもないぞw

846 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/02/16(水) 14:35:15 ID:4Rl/V5oj
直江山城以外におるまいて

847 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/02/16(水) 15:57:31 ID:zxe3NbXu
また直江かwww

848 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/02/16(水) 19:54:07 ID:iLbrX0+N
「全国諸侯の中でも、鍋島家は特に将軍家の御恩が厚く、おろそかに思う事は出来
ませんな」
「まったく仰せの通りですな。しかし鍋島家以外にも似たような話はある物。その
家の方々にも権現様の御恩を思い出していただきたいものです」

         l;;llllll||lll从从WWWl||ll,,ツ从ツツノlイノ'彡ヽ
         イ从、从从从从从ll|| |リ从////ノノ彡;j
        jl从从从从;;;;;;;;;;;;从;;;;;/;;;;;;;;;、、、;;-ー、イ彡:}
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   き 利    (l :'、 `',. 'l| |;;゙゙゙゙"""´ー、;;| ノ:  / /リヽ \
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   な. た     >; :::ヽ  ::ヽミニニニ彡'"  , '::::://  |
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   ┃ う      }ヽヽ :::::\::( ̄ ̄ ̄ /:::://:    |
   ┃ な     }| ヽヽ :::::`'-、竺;;ニィ'::://    |    l
   // 口    (: |  ヽ ヽ :::: ::::::...  :://     |    |
)  ・・.  を    (  |  ヽ ヽ::  ::::::... //      リ.    |
つ、       r、{  |   ヽ ヽ   //      /     |
  ヽ      '´    |   ヽ  ヽ //      /     |

成富兵庫、加藤家籠城の心配に

2011年02月16日 00:00

824 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/02/15(火) 02:20:32 ID:jmjWCCD8

加藤清正の息子である忠広の改易が決定した時の話。
加藤家は武勇の家として知られていた為、この改易に抵抗して、熊本城に篭城するのではないか、との
噂が流れた。

そうなると鎮圧の軍を出さなければいけないのは九州諸将である。
佐賀の鍋島家でも今後の事に関して、重臣の間で評定が重ねられた。

その評定の場に呼び出されたのは成富兵庫。
既に隠居した老人の身であったのだが、家中でも特に加藤家と親しく付き合っていた事から、『事情通』として
招聘されたのである。


「はぁ? 篭城!? 加藤家が!? ないないないない!! 絶~~対にない!!」

成富兵庫、自分が呼び出された用件を聞くなり、そう断言した。

「しかし兵庫殿、加藤家は先代清正公以来の武勇の家。そう素直にお取り潰しに従いますかな?」
「加藤家が武勇の家っちゅうのは清正公の頃の話じゃろ!清正公や、公と共に戦った勇者は皆死に絶え、
今ではすっかり贅沢三昧の家風に変わってしもうた。熊本城には、篭城出来るだけの金も兵糧も残っとらんよ」

その上、秘かに幕府の方でも加藤家を警戒し、肥後の商人から米を買い取り、上方に持ち出してしまっていたという。
これでは戦いたくとも戦えない。
加藤家は大人しく改易に応じるしかなかったのである。




825 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/02/15(火) 03:25:41 ID:12FwCu8N
成富兵庫の逸話大儀である、このカッパのミイラをやろう
…しかしこの人清正死んだあとの加藤家とも付き合いあったのね

826 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/02/15(火) 03:34:33 ID:GnOqSWLq
市松+広島城という夢のコラボでもあっさり改易っていうか転封されてるのにそれ以下のスペックで籠城は無いだろ

827 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/02/15(火) 11:24:26 ID:YLyN703/
光秀がガラシャ助けに来た時、元親も来ると思ったが結局山崎で死んだままか

828 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/02/15(火) 11:26:38 ID:YLyN703/
誤爆すまない

829 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/02/15(火) 12:02:03 ID:k/6hapsQ
元親さんは四国統一のための遠征につぐ遠征でボロボロだったから・・・

830 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/02/15(火) 18:59:22 ID:P0Ix4H4A
>>826
熊本城だけでもかなりハイスペック
全国の様々な城や城跡を見た事があるが
兵糧攻め以外に攻略方が思いつかんかった
丘にある城、平地にある城、両方の利点を持ってる
当時貧しかった肥後でこれを完成させた清正は悪い意味でスゴいと思う


831 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/02/15(火) 19:06:53 ID:dQGmBJ0o
まぁ薩摩兵がリアルに落とせなかった城だからな…あの城はガチ。

忠広当時の徳川にゃ後顧の憂いもないし徹底抗戦しようったって何を待つんだって話だし
当たり前のように落ちただろうけど。

832 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/02/15(火) 19:11:05 ID:KeUtXPRC
>>830
熊本城が大規模な城になったのは細川時代の拡張のため。
加藤時代は対島津のみを想定した、比較的規模の小さい城だった。
細川時代も熊本城の戦略目的は対島津の押さえで、縄張りを見ればわかるが
薩摩方面以外の防備は非常に薄く弱い作りになっている。

833 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/02/15(火) 19:18:27 ID:2J21xXcn
>>832
逆に言えば、その頃から対薩摩用として作られてたのか・・・破却される予定だったのを鎮台にしたのは
正解だったんだな

834 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/02/15(火) 19:18:59 ID:kS2A6JE5
>>832
北は田原坂とか砦施設でカバーしてる感じ

835 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/02/15(火) 19:20:26 ID:QJglTUBP
TERUが珍しく本気出して造った広島城は大坂城にも匹敵する城だったらしいけど、大きすぎて守備兵が足らんだろ。

忍城や上田城みたいに小さくても持ちこたえる城もあれば
八王子城みたいに巨大な城でも守備が1500人くらいだと1日で
落城したりする

836 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/02/15(火) 21:44:50 ID:puFtS76j
武田の新府城も規模が大きすぎて篭城できんかったな

837 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/02/15(火) 21:50:24 ID:ykU9a49x
勝頼ェ・・・

838 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/02/15(火) 21:50:47 ID:KeUtXPRC
本能寺の後安土城を焼いたのも、誰が焼いたかともかく結局はそういう事だろうね。
守るには大きすぎて防衛に人数を取られすぎるし敵に取られても困る、って事で。

「水神様の負け惜しみ」

2010年08月29日 00:00

686 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/08/28(土) 10:48:14 ID:cZbQQ9J2
「水神様の負け惜しみ」

佐賀藩鍋島家に成富兵庫茂安という、このスレでも知名度の高い武将がいた。
建竜造寺隆信に仕えた時から有名な武辺者で、今山の合戦でわずか12歳で(ムリヤリ)初陣を飾り、
藤津の合戦では隆信から「一日に十度の武功があった」として十右衛門の名を与えられたほどである。
それでいて、鍋島家の時代になってからは水利工事で凄まじい手腕を発揮したチート武将でもある。
彼が手がけた工事は100ヶ所近くにおよび、それらを有機的に結合させることで利水・排水・洪水対策をやってのけた。
この為、佐賀では水争いや百姓一揆がほとんど無かったという。
どこか一ヶ所でもこのシステムを壊してしまうと、佐賀平野全体に影響が及ぶ為、むやみに暴れられなかったからだ。
実際、戦後までこの水利システムには手がつけられなかった。
例えば現代の専門家ですらこんなことを語っている。

島谷幸宏 しまたにゆきひろ
九州大学大学院教授
国土交通省土木研究所河川環境研究室長を経て現職。専門は河川工学、河川環境。
『僕は、武雄河川事務所に赴任したときに、「今の技術、計算技術などをもってすれば、
絶対に成富兵庫茂安の仕事を越えられる」と思っていました。
それで六角川(ろっかくがわ)の遊水地の計画を立ててみると、彼がつくった遊水地とほとんど一緒だったんです。
俺は何やってるんだろう、と思いました。彼がやったことは、間違いなく「最適」だったんです。』

んで、そんな茂安は工事の時にも農民たちに気を使い、農繁期には彼らを使わないようにしたり、時には身分を隠して彼らに混ざったという。
千栗(ちりく)の土居(堤防)工事の時のことである。茂安が百姓に混じっていると、こんな話し声が聞こえた。
「兵庫様はこの土居に杉の木を植えて、その根で土居を頑丈にするつもりらしいぞ」
「あの人も意外にバカだな。杉なんて根が浅いから強風で倒れちゃうじゃん。そしたら土居まで痛んじゃうよw」
茂安「そ、そうなんだ・・・・・・じゃ、お前ならどうする?」
「ん?俺なら笹を植えるな。根がしっかりしてるから、風で飛ぶことも水に流されることもない」
このやりとりのあと、茂安はさっそく笹を植えさせたのである。
が、その後方にはしっかりと杉を植えさせていた。
茂安「笹が剥き出しじゃカッコ悪いから杉で隠すんだよ!それに洪水の時に馬や牛を繋いでおけるじゃないか!(杉の苗を用意してた俺の立場がないじゃん!)」

後に水神とまで呼ばれた男のちょっとだけカッコ悪い話。




687 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/08/28(土) 12:17:49 ID:TIxKS4Gg
今の技術力をもってしても超えられないってすごい

成富兵庫 『勝ちといふは』

2010年06月21日 00:02

882 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/06/19(土) 23:03:07 ID:PhePMldt
このタイミングに鍋島侍の逸話を投下。


成富兵庫 『勝ちといふは』


佐賀の水神といわれる成富兵庫茂安。

そんな彼が部下から「万事に勝つためにはどうすればいいでしょう」と聞かれたことがあった。

重安答えて曰く「勝ちといふは味方に勝つことなり」。

部下がそれはどういうことかと尋ねると重安はこのように答えたとされている

「味方に勝つといふ事は自分に勝つということである。

自分に勝つといふ事は気力で周りの不利な状況に勝つということである。

其の為には日頃から味方数万の侍の中に自分に続くものがいない程に心身を鍛えておく必要がある。

そうでなければ敵に勝つことは無理である」。

成富重安の良い(こと言った)話。

出来ればオランダに勝って…とまでは言わないが引き分けて書きたかった…。

ちなみに出典は『葉隠聞書』。

「武士道は死ぬことと見つけたり」のアレです。

戦国時代とは違う江戸時代の武士道を説いた本ですが結構戦国時代の逸話が多かったりするんですよ。




成富兵庫茂安のいい話 素行不良を

2009年12月04日 00:19

834 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/03(木) 04:23:19 ID:zmh/2Q7g
鍋島家の武将、成富兵庫茂安のいい話


龍造寺家の武将、成富信種の息子、茂安。
幼いころは、性格が粗暴で大人でも手が付けられないほどの暴れん坊だった。

ある時、茂安は遊び仲間と博打をしたが、負けてしまった。
茂安はこともあろうに、家の籾倉まで博打のかたにしてしまった。

親戚連中はさすがに茂安の勝手な振舞いに激怒した。
「なぁ、信種よ、あんな奴、生きていたってしょうがないよ。ばっさりやっちまおう」

だが、父親である信種は集まった一堂にこういった。
「たしかに、わが息子の凶状は申し訳ない。
だが、今一度、機会をくれ。
それでも行状が改まらない時は、わが手にかけて討ち果たそう」
こういって説得した。

そしてその日から、父と子のマンツーマンの日々が続いた。

信種の甲斐もあって、茂安は心を入れ替えることができた。

のちに佐賀の水神とたたえられる成富兵庫。
彼が多くの人々から慕われたのも、父親が親身になって和を説いたことだからかもしれない。





成富兵庫のいい話 大坂冬の陣

2009年12月04日 00:18

835 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/03(木) 04:48:24 ID:zmh/2Q7g
成富兵庫のいい話 大坂冬の陣


慶長19年(1614年)徳川家康は豊臣秀頼の居城、大阪城を攻めようとした。
いわゆる、大坂冬の陣である。
鍋島家も出陣するために兵庫を先に使わした。

兵庫は地面に材木を打ち込ませ、陣を構えさしていた。
ところが、伊達政宗の手の者が後からやってきて、それを空き地と思って自分の陣地にしてしまった。

さぁ、相手はあの伊達政宗。一筋縄でいく人物ではない。
交渉人、成富兵庫はさっそく政宗のところへ行く。

まず、兵庫は朝鮮の役での思い出話と、白馬をいただいたお礼を申し上げた。
昔話に花が咲き、政宗公が気分良くなってきたころ、

「この陣場は信濃守(勝茂)より申し付けられ、某が材木を打ち込んで鍋島陣としておきました。
遠国のため、いまだ軍勢そろわず空き地のようにも見えたことは確かです。
ですが、どうぞ陣をお替えください」

政宗公も納得し、陣所を変えることを了承してくれた。

機転が利き、人の扱いが上手かった成富兵庫のいい話でした。





成富兵庫のいい話   欠け茶碗

2009年12月04日 00:17

836 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/12/03(木) 05:10:22 ID:zmh/2Q7g
成富兵庫のいい話   欠け茶碗


江戸城に登城した時、成富兵庫も勝茂のお供をした。
控えで待っているとき、気分を悪くしたものがいたので、兵庫は茶坊主に水を持ってきてくれるよう頼んだ。

坊主はもってきてくれたが、ふちが欠けた粗末な茶碗をもってきた。
「俺たちが田舎者だからなめているのか」
兵庫は意趣を返すことにした。成富兵庫らしいやり方で。

兵庫はその茶坊主の名前と住所をたずねた。
いきなりだったし、不審に思って躊躇していたが、あまりにしつこく聞いてくるので、坊主は仕方なく教えた。

翌日、兵庫は茶坊主の家へ家来数十人とともにお礼にうかがった。
そして、その茶坊主には、紗綾の生地10巻を贈った。
茶坊主も、あれだけのことでここまでしてくれることに驚きをかくせなかった。

それ以来、鍋島家中が登城すると、茶坊主は
「兵庫殿のお供でしょうか?」
とつき合いをよくしてくれる。湯茶までサービスしてくれる始末だった。
また、茶坊主の仲間も兵庫のところへと連れて行き、兵庫はその者たちにも贈り物を配った。

気をよくした茶坊主たちは、兵庫のところへと通うようになり、色々な噂話をするようになった。
こうして、鍋島家は江戸城内の情報を手に入れる手段を得ることができた。
諸大名もこれを見習って、茶坊主を求めたという。





成富茂安はだいたいこんな感じ

2009年06月06日 00:02

52 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/04(木) 23:05:35 ID:lPK2ZyH9
成富茂安って佐賀城水没の仕掛けも作ってたんだっけ?



53 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/04(木) 23:24:46 ID:hTMgA4cq
「何万石詰まれても鍋島の黒吹貫の下でしか戦いたくないんや!!」
(だから加藤清正さんの1万石でのスカウトはお断りします)

成富茂安が小姓の頃からこう言い続けとったのは周知の事実やな
そんな茂安が江戸の都市整備に参加したのはなんでか知ってるか?
徳川に指名されて悔し涙に濡れた茂安にある大物鍋島関係者が助言したんや
「ぽっと出の小姓上がりが建てられるほど佐賀城は安くないんや」
「どうしてもって言うならそこらの天下普請でいいからまず完成させてみんかい」
「その時にはわしの教え子として鍋島杏葉の紋を着せたる」
闘将直茂SDとの師弟関係が誕生した瞬間やな

江戸で普請したのは茂安にとっては不幸中の幸いやったで
層の薄い関東なら出場機会に恵まれるさかいな
しかし杏葉の紋着たさにここまで頑張ってくれたとは嬉しい誤算やったで
それもこれも鍋島魂のなせる業やな


だいたいこんな感じ>成富茂安




54 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/04(木) 23:26:49 ID:5LwAv7Ea
わざわざ猛虎魂コピペ改変で説明すんなw

55 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/04(木) 23:33:51 ID:8Hoabehi
成富さんの印象良い話が一気に印象最悪な話になったなw

56 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/05(金) 00:08:36 ID:IF+8QPId
>53
成富茂安サイコーや!龍造寺はんなんて最初からいらんかったんや!

57 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/05(金) 00:25:52 ID:Y2EXhMBX
>>55
むしろ直茂SDが大暴落www

67 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/05(金) 16:22:47 ID:hXktMFtG
>>53
ええ話しやないか

68 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/05(金) 16:44:26 ID:vpFM5Azp
龍造寺五天王はわしが育てた


蛤水道・悪い話

2009年06月05日 00:09

40 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/06/04(木) 20:30:34 ID:qBv6+qV0
蛤水道

鍋島家家臣、成富茂安は慢性的な水不足を解消するため
背振山地(現在の福岡県と佐賀県の境にある山地)の蛤岳
から水路を引いた。これにより鍋島側の水不足は解消されたが、
当然福岡側は流れ込む水量が減り、とうとう日照りにより水不足
となった。
困り果てた福岡の村人達は、蛤水道を破壊しようと決意した。
実行役として白羽の矢が立ったのは、夫を亡くし、乳呑み児を
抱えていた「お万」という婦人であった。

だが、お万は村の窮状を救うため「必ず蛤水道を壊します!」
と村人達に約束し、わが子と共に決死の覚悟で鍋島の地に潜入した。
だが、戦国の世に乳呑み児を抱いた婦人が易々と他家の地で動ける
はずもなく、お万は蛤水道の目前で役人に見つかってしまう。

「もはやこの子は守りきれない。他人に殺されるくらいなら…」
お万は近くの滝のほとりに立つと、わが子を泣く泣く滝壺に落とし、
非情の執念で蛤水道に向かった。だが、ついに役人に捕まり、
お万は役目を果たせず無念の死を遂げた…

知らせを聞いた茂安は心を痛め、後に福岡の村にも水が行くように
蛤水道に「野越し」と呼ばれる改修を施した。
お万の子が沈んだ滝は「稚児落しの滝」と呼ばれる様になり、
お万とその子は懇ろに弔われた。

だが今でもお万の執念は生きている。

蛤水道は四百年たった今も水路の役目を務め、佐賀平野と
福岡に水を運んでいる。だが地域住民が蛤水道を清掃しよう
とすると必ず雨が降ったり、天候不良に見舞われるという。

戦国の世とは言え、役目のため、わが子を殺めたお万の無念が
晴れる時が、いつの日か来るのであろうか…




41 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/04(木) 20:33:26 ID:FuMF5r5S
せめて子供は預かっといてやれやwwww

42 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/04(木) 20:38:30 ID:n9JmF6tE
未亡人に白羽の矢て、なにげにひどいな
成富茂安を説得するための方便だったと思いたい・・・

43 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/04(木) 20:55:46 ID:wANUBWFQ
子供は村のもんが食わせてやるからとかいう話かと思ったら全然違ったwww

白羽の矢を立てた方も立てた方だがお万も何故やる気になったのか理解できない…
成功したらお前と子供を一生食わせてやると言われたんだろうか

44 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/04(木) 20:58:00 ID:U4kehnvW
人質代わりにもなるし預かってやりゃよかったのにな
それとも却って怪しまれないための小道具になるって判断か

45 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/06/04(木) 21:10:54 ID:WNpZU+Ub
>>44
地元の言い伝えじゃ、そう言う理由みたいだ。
最期は、お万と子供諸共滝に…って話もある。
すごいマイナーな話が、ここで出るとは。ちょっと感動。

46 名前:人間七七四年[age] 投稿日:2009/06/04(木) 21:52:12 ID:JGqKjmQj
>>40鍋島ネタ大義である。好きなものを取るがよいぞ。

  ∧ ∧   
 ( ´・ω・)                                      ○
 ( ∪ ∪  ,.-、   ,.-、   ,.-、   ,.-、     ,.-、      ,.-、   .,.⊥、
 と__)__) (,,■)  (,,■)  (,,■)  (,,■)    (,,■)      (,,■)   (,,■)
       梅干  高菜 大腸菌 こんぶ ホズゲン プルトニウム オプーナ
          ,.-、   ,.-、     ,.-、      ,.-、   ,.-、   ,.-、    ,.-、
          (,,■)  (,,■)    (,,■)     (,,■)  (,,■)  (,,■)   (,,■)
          砒素 明太子 ちりめんじゃこ タラコ  柴漬  塩辛 とりかぶと
      ,.-、   ,.-、     ,.-、    ,.-、    ,.-、   ,.-、    ,.-、   ,.-、
     (,,■)  (,,■)    (,,■)   (,,■)   (,,■)  (,,■)   (,,■)  (,,■)
      鉛 有機水銀  野沢菜  サリン 天然痘菌 石見銀山  鮭マヨ VXガス


47 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/04(木) 22:08:38 ID:QmG0pBJ4
実際のところは、お万が村人を信用できなかったから預けなかったんだと思うぞ?

48 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/06/04(木) 22:21:46 ID:WNpZU+Ub
>>47
どうかな…現代みたいに福利厚生がある時代じゃ無いし。
武家の子供ならともかく、一農民の母子が水不足にあえぐ寒村で厚遇が得られるとは思えない。
村を救う為にお万は死ぬ。母が死ねば子も死ぬ。ならばせめて母の手で…って言う悲話だと思う。

49 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/04(木) 22:35:55 ID:ZRYS7gdr
村の外道共には何の報いもないというのが悲しい現実

50 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/04(木) 22:46:44 ID:iBKoDCL8
外道と言っても村の人間にとっても死活問題だしなぁ
男手は必要だしそれを支える家族も必要
天涯孤独の人間にお鉢が回ってくるのはしょうがないだろう
未亡人が村の為にしてくれる事ってのもかなり限定される

51 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/04(木) 22:55:20 ID:hTMgA4cq
>>40
この話は鍋島藩の成富兵庫茂安のめちゃめちゃいい話に繋がるんだよなあ。

58 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/05(金) 01:39:20 ID:iXXm7yn4
>49
村で問題が起きたときに犠牲になるのは、身寄りのいないものか村外のもの

そしてその財産は村の公益に宛てられる



原因不明の問題なんかも気持ち悪くて仕方ないから特定のものに押し付けたり
村八分とか、そういう仕組みでしょ


59 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/05(金) 03:28:46 ID:SAVYlRF0
当時は生きる事も難しい時代だったからなぁ
村がひとつの運命共同体で武装組織でもあったからな
今じゃあ批判されまくってる村社会も当時は生き残るために必要なものだったし


60 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/05(金) 05:32:17 ID:o5l2qSDU
>>58
こっわー
どんだけの数に人間が良識に圧し潰されていったんだろう
こっわー

63 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/05(金) 13:19:52 ID:PLeJRnaP
>>40
悲しい話やね。

しかし後の祟り方はよくわからん

64 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/05(金) 13:33:29 ID:osrx1WF4
うちの子に触らないでッ!ってことなんじゃない?

66 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/05(金) 14:42:14 ID:7mXi6lqq
赤子を滝壺に捨てるのも一種のテンプレみたいな感じなのだろうか