結解十郎兵衛「孤独の老武士」・いい話

2009年06月07日 00:04

270 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/05(金) 22:59:35 ID:NRzGseBt
戦国時代の話ではないが、戦国武将の話なのでご容赦を
綱淵謙錠の『幕末に生きる』から「孤独の老武士」
(本ネタは室鳩巣の『駿台雑話』)

天徳時(今の虎ノ門駅近く)という格式ある名刹でのお話。
寛永年間というから1624年~43年の頃、天徳寺不断院にて
経に聞きほれる一人の老武士がいた。老武士は旅人の
装いであったが、これが縁で不断院で働くようになる。
教養もあり、人格者でもあったため、寺務を取り仕切る
までに信頼された。

年号が正保になり(1644年)さる大名が隠居後の話し相手を
斡旋してくれないかと天徳寺に打診してきた。非常に条件の
良い待遇を約束され、住職は件の老武士を推薦したが、
老武士は
「実は自分は蒲生氏郷の旧家臣、結解某という者でございます。
蒲生家滅亡後は他家に仕える気も無く行き倒れる気持ちで旅を
しておりましたところ、計らずもここ天徳寺でご恩を蒙り、今は
ただそれに報いたいと思うばかりで、新たな主人に仕えとうは
ございません」
と言って断った。そう言って昔、蒲生氏郷からもらった感状や
諸大名からの招き状を披露し「もはや無用のもの」と焼き捨てた。

そして明暦三年(1657年)、あの明暦の大火が起こる。いわゆる
「振袖火事」というやつ。
火の手が天徳寺にも迫り、いよいよ危ないとなると件の結解某、
「それがしにおまかせください!」と他の僧達を立ち退かせ、
下働きの者と貴重な仏典、仏像、日用品まであらかた非難させ、
「これで思い残すことはない」と自分以外の全員を逃がした。

後日、焼け跡には手を合わせ結跏趺坐した姿で黒焦げになった
結解某が見つかったそうな。

死に場所を見失った戦国武士が、運良く殿軍を勤めることができたお話。

この結解某、作者の綱淵謙錠は『氏郷記』の南部征伐(1591年)にて
十一番備(氏郷は十二番備)を勤めた結解十郎兵衛ではないかと
推測している。この時十九であっても、大火の際は八十五ということで
当時としてはかなりの長寿。

でも実は更に興味深いことに綱淵謙錠はこの結解十郎兵衛の名を
『氏郷記』でしか見つけられなかったと書いているが
ttp://iiwarui.blog90.fc2.com/?q=%B7%EB%B2%F2
我等が「いい話」スレの中にも登場しているのである。
1568年の氏郷初陣の際に種村伝左衛門と共に氏郷の父、
蒲生賢秀から「剛の者」として近習を申し付けられているのだ。

この時、齢19で大抜擢されたのだとしても、没年108歳と北条幻庵よりも
10年以上長生きしたモンスターということになってしまうが、
とりあえず蒲生家に信頼された結解家という忠臣が居たのは
間違いない。

長文スマソ





271 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/05(金) 23:13:46 ID:BORV6J1V
常識的に考えるなら、一族内の誰か、かな。
十郎兵衛という名なら、同名者が一族内にいてもおかしくないと思う。

272 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/05(金) 23:17:17 ID:BOmyUVMV
>>270
( ;∀;)イイハナシダナー

しかし、あの綱淵謙錠が見つけられなかった結解十郎兵衛も、
ググルと結構出てくるね。

ネット社会ってすごいな。

273 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/05(金) 23:23:48 ID:KZmFhkui
>>258
犬ともいえ 畜生ともいえ 武者は勝つ事が本にて候

274 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/05(金) 23:39:32 ID:NRzGseBt
>>272
ホントだねえ。

奥村桐之丞
実名不詳。初め北条家臣。小田原攻めで蒲生氏郷の家臣、結解十之丞の槍を合わせ、
十之丞の股を突いた。(「叢記」)

結解ファミリーの一員か、同一人物なのか分からんがこんなのもあった。

ちょっと見ただけで
・六角氏に従っていた蒲生賢秀の下、浅井攻め(1560)
 結解十郎兵衛が浅井の将、百々を討ち取る。
・氏郷の初陣vs北畠(1568)
 結解十郎兵衛が氏郷を見失って叱られた。
・上の小田原攻め(1590)
 結解十之丞が奥村桐之丞に指された。
・南部征伐で十一番備え(1591)
 結解十郎兵衛

と、同一人物ではないだろうが、これだけ長く蒲生家の下で結解さんの
戦場での働きが残っているのだから、武門の誉ある家だったんだろうな。
代々仕えた(と思われる)主君が滅んで後の太平の世での心情には
計り知れないものがあっただろうな。
明暦の大火の修羅場の中に死に場所を見出せたのはこの上ない
喜びだったのかも知れないね。

275 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/05(金) 23:48:04 ID:BOmyUVMV
>>274
おそらく結解家の当主が代々十郎兵衛を名乗っていたのでしょうね。

しかし蒲生家は、新参取立ての家臣の事は多く記録に残っているけど、こういう譜代の人は
いまひとつ地味な印象ですな。


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