大名行列を見た真田の奥方小松姫は

2011年08月18日 23:00

小松姫   
453 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/08/18(木) 17:22:34.41 ID:U8ysjJKW
北陸道と中仙道を結ぶ北国街道の途中に上田宿がある。
真田六万石の城下町であるこの地を加賀の前田家の大名行列が江戸への上るために通った時のこと。

大名行列を見た真田の奥方小松姫は家来に命じて将軍家への献上品を奪い取らせた。

当然将軍家からお叱りがあったが小松姫は「親の物は子の物だから」と格別気にも止めていなかった。
そこでこういった乱暴を止めるために真田家は四万石を加えた十万石として
北国街道から外れた埴科郡松代へと移らせることになった。
―――
信憑性は低いというかありえないレベルだけどこういう事をやりかねないというイメージを持たれていたんでしょうか。





454 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/08/18(木) 17:32:19.04 ID:bGEQedZY
この件でまた信之の寿命が縮んだというイメージを
このスレの人たちは持ってると思います

455 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/08/18(木) 18:17:16.14 ID:OWmd0UbH
それが無ければあと20年は生きていたな…。

456 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/08/18(木) 18:32:09.03 ID:4GYXA+99
http://iiwarui.blog90.fc2.com/blog-entry-816.html
こっちと同じ話じゃ、と思ったが、こっちはお咎めなしか

458 名前:人間七七四年[] 投稿日:2011/08/18(木) 18:44:05.83 ID:B764rqvz
前から疑問だったが、小松姫は将軍家の娘とは言っても養女ですよね?血の繋がりがあるわけでもないのに
そこまでの横暴が許されたんですか?それとも養子でも実の子供と同等の扱いになるんですか?

459 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/08/18(木) 19:13:12.61 ID:ycknKA/j
忠政にも桑名を通った御用金をだまし取った前歴があるし、
平八郎の子供の城下を通るときには注意が必要だな。

460 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/08/18(木) 20:27:33.91 ID:bGEQedZY
結果的に献上品ぶん取った上に所領6万石も増えたんだから
真田家が得したいい話では?

461 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/08/18(木) 20:28:38.81 ID:bGEQedZY
間違えた。4万石だった。

462 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/08/18(木) 20:44:08.12 ID:BAxFDuf8
小県は実高が倍以上あったとか聞いたことあるな

463 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/08/18(木) 21:05:57.03 ID:e+R91V+2
>>458
>養子でも実の子供と同等の扱いになるんですか?
うん、そのとおり


469 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/08/19(金) 00:52:35.59 ID:WeEy62cB
>>460
松代に移った後、家臣が集団で上田に帰って帰農する事件があったりするから
万々歳でもなかったようだ。
実質峠一つ越えれば上田領に帰れるというのもあるのだろうけど。

470 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/08/19(金) 00:56:34.84 ID:9L0EVvs6
>>469
江戸時代の半ば過ぎ頃に家臣が集団で帰農してくれればありがたいんだろうな

471 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/08/19(金) 09:35:27.88 ID:nNdhUbN7
家臣は田畑があれば食うに困らないし、真田家はいい口減らしが出来るし
確かに誰も傷つかないな
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こまつ姫とかぐやご飯

2011年06月26日 23:13

小松姫   
362 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/06/26(日) 00:46:44.61 ID:k9duF8mx
本多忠勝が大多喜城主であった頃の話。

彼には「こまつ」という姫があり、忠勝は彼女を大変可愛がっていた。
姫は大変利発で、周りからもたいそう可愛がられすくすくと育ち、いつの頃からか剣術にも熱中し、
城の庭からは「えーい!」「やあー!」というような可愛い声が聞こえてきて、大多喜の人々は
それをとても微笑ましく思い、いつも姫のことを話題にしていたそうだ。
そんなある日のこと

姫が城下に遊びに出かけ、あぜ道を歩いていると突然、叫び声が上がった

「狂いシシだー!!」

なんと、巨大な猪が猛然と駆けてきたのだ。
人々は慌てて逃げ出す。ところが猪の走ってくる方向の畦に、赤ん坊の入った竹籠が!

「誰か、子供を!子供を!」

母親が叫ぶ。迫る猪。と、その時である!

姫はとっさに赤ん坊をだきかかえ母親に渡す。そして振り向きざま、迫ってきた猪に

『ガッ』

一閃!猪に一太刀を浴びせる!

大猪は叫び声を上げ竹やぶへと逃げた。姫、さらにこれを追いかけ竹やぶに入り猟師の仕掛けた
猪罠の方向にこれを追い込み、見事捕らえた。
そして姫は人々に

「これで大丈夫。もう心配しなくていいよ。」

と、声をかけた。
この時竹やぶ越しに陽の光が姫にそそぎ、キラキラと輝いているように見え

「なんときれいなんだ。輝くように美しいとはまさにこのことだ。」

と、城下の人々は感嘆し、彼らはこの日から、姫のことを「かがやく姫様」と呼ぶようになり、やがて言葉が縮み
「かぐや姫」となった。

このような事もあり、姫は城下の人々から大変慕われ、彼女が信州上田の真田信幸との結婚が決まり
大多喜を離れる時には、城下の人々皆が見送ったという。

そして、姫が去った大多喜では、この姫様のことを忘れないよう、筍をつかった炊き込みご飯を「かぐやご飯」と
呼ぶようになった、と云う。

大多喜に伝わる、『こまつ姫とかぐやご飯』というお話。

(浅井清恵 ふるさと民話さんぽ「広報おおたきNo.427」より)




364 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/06/26(日) 01:09:16.55 ID:htS1QpnD
>この時竹やぶ越しに陽の光が姫にそそぎ、キラキラと輝いているように見え

こまつ姫についたあだ名が真田家繋がりで小松明・・・な訳ネーか

365 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/06/26(日) 01:11:34.46 ID:MSxHVO8u
我が家から光が消えた、と信之が嘆いたとされる話は
小松明のような恐ろしい存在がいなくなった、という意味だったのか

366 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/06/26(日) 01:47:41.54 ID:gyuGdQe1
民明ネタかと思った

367 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/06/26(日) 08:08:46.59 ID:legXsIAX
ごめんなさい、「かがやく姫様」と書かれているにもかかわらず
『こまつ姫とかやくご飯』に空目してしまいました・・・

368 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/06/26(日) 09:06:49.73 ID:yxoy3sXT
早く朝御飯食べちゃえよw
お腹すいてんだろ

375 名前:人間七七四年[age] 投稿日:2011/06/26(日) 23:01:03.13 ID:9WF9L7wJ
>>362
真田昌幸「本多家に謀られたかぁ!」

大坂の陣直前、小松殿より真田家重臣団への書状

2010年12月01日 00:00

小松姫   
545 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/30(火) 09:50:21 ID:2hkiFQ/V
小松姫の講談が公開されてたよ。
特に新しいエピソードは無いけどね。

http://www.podyose.com/




549 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/30(火) 12:07:00 ID:HgyGrIXf
>>545では、逸話というほどでもないけど小松さんネタ

“突然の陣触れのでしたので、支度もロクに出来ず、さぞ大変だったと存じます。
そちら(大坂)で他家と万事調整して行くのも難しいこととは存じますが、よろしくお願いします。

また、今回は河内守(長男・信吉)が大将ですが、息子はまだ若く、信之様のようには行かないし、
最近は幕府の法度も固く、さぞかしやり辛いでしょう。

ですが、どんな難しいことを言ってきても、御陣のうちは信之様に免じて忠義を尽くし、
奉公していただくよう、お頼み申し上げます。
この書状は、家老衆に回覧の上、御意見をいただきますよう、お願いします。

少なくてお恥ずかしいのですが、金子を用意しました。どうぞ皆様で分けて下さい。”
(まことニすこしにてはつかしく候へ共、金子すこし進し候を、みな手前よりうけとり候べく候)



大坂の陣直前、小松殿より真田家重臣団への書状。
息子に「兄弟のうちどっちか死んでも良かった」、本気でそんな事言う親はいませんよ・・・





554 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/30(火) 20:31:18 ID:WUbndmjP
>>549
大阪の陣で弟が豊臣側に付いて胃が痛い時期に
小松に小遣いまで減らされる信之の悪い話ですね

556 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/30(火) 20:46:07 ID:RPMfp4R4
少なくてお恥ずかしいのですが、金子を用意しました。どうぞ皆様で分けて下さい

「それ、今月のわしのお小遣い…(´;ω;`)ウッ」

557 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/30(火) 20:47:57 ID:Rx6fe16p
「ご飯はまだかの」
「おじいちゃん、ご飯は昨日食べたでしょ」

558 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/30(火) 20:59:36 ID:WIjO28Qo
普通に小松姫の気遣いできるいい話なのに、お前らときたら・・・

559 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/11/30(火) 21:00:00 ID:OFM+wjju
>>557
鬼嫁過ぎる・・・

小松さんのとある日常

2010年06月06日 00:01

小松姫   
522 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/06/05(土) 01:07:18 ID:OjCUmnom
とある日常

桑名藩主として既に老境を迎えていた本多忠勝は江戸来訪の最中に突然真田邸を訪ねた
真田信之に嫁いだ娘小松は江戸人質として江戸にあったからだ
通常ならば手続き等々手間がかかるが流石は忠勝、アポ無し突撃である
予期せぬ父の来訪に小松は驚きつつも喜んだ
真田側には準備も何もないから邸内は急なもてなしに上へ下への大騒ぎであったのだが

帰途についた忠勝にふと従者が声を掛けた

「申し上げ難き事ながら小松殿の身なりは些か貧相に見受けられました。
 真田の内情は苦しいのでしょうか?」

これに忠勝

「ほう、お主は気付かなんだか?
 急の訪問であったが屋敷内は手入れが行き届いておった。特に武具の手入れは見事だった。
 身なりだけを見ていては地力を取り違えるぞ」


家計を遣り繰りした妻と広い視野を持った物わかりの良い舅のお話




523 名前:人間七七四年[] 投稿日:2010/06/05(土) 01:10:45 ID:wKrDME7X
でも真田なんて全く信用ならんところに
よく娘をやったよな。

524 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/06/05(土) 01:23:19 ID:Te7tWz/3
確か真田家の税率はかなり高いんだよね。
それでも装飾にはほとんど使われてなかったんだな。

525 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2010/06/05(土) 01:38:50 ID:hAVNCoNd
>>524
この時代や江戸時代の税率って言うのが案外言葉のマジックで、例えば5公5民とか6公4民とか
言うのは検地の結果出た生産量である「本年貢」からの割合なんだけど、
通常農家の農業生産はこの本年貢の数倍から十数倍あったらしいのね。
で、その「本年貢」は、それぞれの領主の検地の厳しさによって量がかなり違ってくる。

なので下手すると「5公5民」の地域よりも「7公3民」の地域のほうが支払う年貢が少ない、なんて事
すらあった。

その地域が重税だったかどうかって言うのは、表向きの数字を見ただけじゃ解らないんだよね。

526 名前:人間七七四年[] 投稿日:2010/06/05(土) 02:27:34 ID:U1+2TTOx
それうちの大学が手広く研究してるらしい。

小松姫の関ヶ原・いい話

2009年06月11日 00:12

小松姫   
349 名前:人間七七四年[age] 投稿日:2009/06/10(水) 00:39:01 ID:dR/1w8cX
小松姫の関ヶ原

あまりに有名な話なのだが、まとめサイトで独立しては書かれていなかったので、記録の為に。
ご存知、戦国日本最凶・・・ではなかった最強の鬼嫁としてその名を日本全国に轟かす小松姫。
義父に戦国謀略横綱(東の正横綱)真田昌幸、義弟にKY赤備え真田信繁、そして亭主は

戦国一胃痛の似合う男、真田信之(この頃は信幸)である。

会津攻めと言う事で義父義弟と亭主は出征して小松姫は沼田はお留守番だった。(そりゃそうである。)
さて、その頃犬伏(栃木県小山市あたり)では亭主と義父と義弟はあの有名な犬伏の別れとなってしまった。
当然義父と義弟は上田へ帰るのだが、途中には沼田がある。寄っていこうと考えるわな。『いろんな意味で』
ところが亭主の信幸は使者を走らせて状況を先に沼田に知らせていたようである。
昌幸が沼田へ到着し孫の顔を見たいから城に入れてくれと言ったところ。門から出てきたのは、
お留守番の完全武装の小松姫を総大将とする完全武装した留守居役と侍女達。
既に殺る気満々の姿だったのだ。そして小松は舅の昌幸に対してこう言った。

小松姫「もう敵味方の間柄になった故、大殿と言えども門をあけるわけには参りませぬ !」

昌幸もこうなれば退散するしかなかった。仕方ないので城の近くの寺で休憩を取ったところ。
今度は、沼田から小松姫が孫2人を連れてやってきた。孫の顔を見たいという昌幸の願いを
かなえるためにである。ただし、寺のまわりには・・・・

護衛兵という名の監視部隊が昌幸達の動向を監視していたのだ。

これには昌幸も参ったらしく曰く

昌幸「さすがは本多忠勝の娘。武家の妻女はこうあるべきじゃ 。」

と感心したとか。謀略に対して筋で勝利した小松姫の格好いい話でした。
ちなみに昌幸唯一の敗北だそうである。(関ヶ原までは上田城を保っている。)

もう一つ付け加えると、小松姫は本多忠勝と側室の間の娘だそうで、
その母上の名は、「乙女」という事だそうである。





350 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/10(水) 00:53:11 ID:3MYY9TVA
>>349
実名わかってるのレアだな

351 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/10(水) 02:16:06 ID:QmBjbvXs
あ、これまだ出てなかったんだw


小松殿、暴れん坊奥方・悪い話

2009年02月13日 01:08

小松姫   
844 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/12(木) 12:10:58 ID:EbN8CUil
潔い切腹で思い出した


暴れん坊奥方

徳川の与力であった沼田城主真田信幸には太閤秀吉の下知が徳川経由で届いていた
これとは別に真田本家経由でも届いていた
諜報に長けた真田ならではの厳重さである
徳川もこれを知っていて利用していた、家康も大した狸である
ある時、徳川からの使者が真田本家より数日遅れた
台風により道を阻まれていたのだ
事情を知る信幸は遅参を咎めず使者を労った
すると
「三河武士も堕ちたものよ」
「なっ、何奴!」
「ご使者殿、妾の顔見忘れたか?」
「こ、これは奥方の小松殿!」
「鮮度が命の情報を真田本家より遅れて伝えるなど何たる無能。そなたは徳川家に、その養女たる妾に恥をかかせた。ここで潔く腹を切れ!」
某番組ならば抵抗が始まるがそこは面倒臭い三河武士
「さもありなん」
と、一切の言い訳もせずその場で切腹しようとし始めた
焦った信幸が必死に止めてその場は治まったという

しかし、いくら命じられたとはいえ使者が謁見場で腹を切るのは甚だ不作法
高確率で講談のネタだとされている
真実ならば信幸の胃に、創作ならば小松殿にとって悪い話




845 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/12(木) 12:23:06 ID:db7T+5Jl
労った信幸の立場ねえなw

855 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/12(木) 14:56:28 ID:5J50TMsZ
>>844
本家から裏を取ってるって、堂々と言っちゃっても良いのかw

真田信之の次女まさ、桝を継ぐもの・いい話

2009年02月08日 00:02

小松姫   
427 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/07(土) 20:29:42 ID:7Ow4giSZ
桝を継ぐもの

真田信之の次女はまさといい小松殿との子とされている
彼女は22歳で夫佐久間勝宗と死別し実家に戻った
父信之の死後、落飾し見樹院と号し化粧領で隠遁生活をしていた
彼女の化粧領の年貢は五升桝で計測されていたのだがこれが実質四升七合の桝
百姓は彼女の慈愛に感謝したと言われる
が、どこにも面倒な奴達はいるもので…
まけてもらった三合分がどうしても素直に受け取れない
彼等は見樹院が毎朝庭に一抓みの米を蒔いて雀の餌にしているのを思い出し
「雀の餌にしてくれ!」
と次々に見樹院に渡して帰ってしまった
見樹院は深々と頭を下げ素直に受け取ったとされる
後日、松代藩の江戸普請に赴く村の若者に見樹院から餞別が送られた
村人は畏れ多いと困り果てたのだが
「これは私からではありません。庭の雀からの品です」
との見樹院からの言葉が伝えらた
普請に赴く若者達はその気遣いに感謝し士気も大いに上がったそうな

実はこの五升桝
元々は真田信綱が作ったものである
彼の死後、娘が信之に嫁いだ際に信之が受け取り藩政にも使用したとされる
これが信之から娘の手に渡っていたのだ
他に実質九升五合の一斗桝もあったそうだがこれは信之の代で失われている
真田三代記では松代転封の信之一行を領民が別れを惜しんで涙する場面があるがあながち誇張ではないかもしれない




428 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/07(土) 20:35:34 ID:0BKMuQu1
森忠政「俺が松代から出てく時は喜んでたくせに領民どもめ・・・」

429 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/07(土) 21:00:37 ID://IEkAn9
なのに、信之の孫の信利ときたら…
沼田は昌幸が徳川・北条を敵に回し、上田合戦をしてまでも確保した
土地だというのに。

454 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/08(日) 15:25:30 ID:fUP5sfcl
>>427
信之スレでは翠星石のAAでおなじみの人ですね

484 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/09(月) 15:02:12 ID:IQFkgHQh
>>427
信之の死後まで生きてた次女ってのも凄いはなしだな(笑)

487 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/09(月) 18:58:31 ID:4NQU/NUx
>>484
ぐぐってみたら、見樹院は寛文13年(1673年)に79歳で没とのこと。
となると、64歳まで出家しなかったってことなのかな? 未亡人なんだし、
実家に戻ってきてからすぐに出家していそうな気がするんだけど…

488 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/09(月) 19:40:25 ID:dBEQqXzb
>>487
見樹院の名は佐久間勝宗の戒名桃雲宗見廣岳院から取られたとされているので死別後すぐに出家はしていたんじゃないかな
ただ、現在で言う在宅出家の様なもので上田城・松代城(当時は松城)の城内に住み台殿・三の丸殿と呼ばれていたらしい
信之の隠居に付き従って柴村で柴殿と呼ばれていたりもしますな
92歳の父と暮らす64歳の娘…、何という老々介護

489 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/02/09(月) 20:11:09 ID:67WPTgib
後の坊っちゃんの冒頭である。

小松姫それは将軍様への献上品です・悪い話

2008年12月24日 00:02

小松姫   
577 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/12/23(火) 11:15:00 ID:jqxvnMC/
あくまで伝承なんで…

【小松伝説】

家康死後に真田家が松代に国替えされる前のお話
加賀前田家の荷駄隊が将軍献上品を江戸に運ぶ為に上田領内を追加していた

小松「よお、なんか景気良さそうじゃんか」
「こ、これは真田の奥方様」
小松「お、これ丁度欲しかったんだ~」
「あ、これは将軍様(秀忠)への献上品で…」
小松「(∩゚Д゚)アーアー聴こえない~」
「困ります。我が前田家が将軍様のご不興を被りかねません」
小松「おいおい、俺は大御所の養女だぜ?秀忠なんぞ目じゃねーよ」
「なっ」
小松「しかし、貴様の言い分はもっともだ」
「で、では…」
その場で小松は書状をしたため
小松「代わりに此持って行きな、じゃな~」

~江戸~
前田家の使者から荷物と共に小松の書状を受け取った秀忠は絶句する
‘加賀前田家の荷駄は本多平八郎が娘、徳川家康が養女、小松が確かに受け取った’
‘幕府にではなく将軍家への献上品を将軍家に連なる私が得て何の不都合がありましょうや’
‘前田家の臣は確かに将軍家へ献上品を届け給うものなり’
結局、前田家、真田家共におとがめ無し

~駿府~
家康「さすが平八郎の娘www」



578 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/12/23(火) 11:20:44 ID:5ooCPZQM
こんな女、一発殴りたい

579 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/12/23(火) 11:24:02 ID:OA8VQd9A
>>578
返り討ちにされんぞw

580 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/12/23(火) 11:25:27 ID:5qzhbDW1
平八郎ってこんなゴリ押しDQNキャラじゃなかったような・・・

581 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/12/23(火) 11:40:49 ID:qV9dyXJ7
なんか「政宗だからしょうがない」に近いノリだな>小松

582 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/12/23(火) 11:57:39 ID:obcImnXp
信之も大変だな

583 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/12/23(火) 12:09:42 ID:FOb2kFiF
>>572
カッコイイww

584 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/12/23(火) 12:21:14 ID:lit5DyM5
>>582
信之「おかげさまで寿命の縮まる思いですよ」

585 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/12/23(火) 12:45:41 ID:Q9vXw7xF
>>584
おい当時屈指の長寿大名

586 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/12/23(火) 13:49:57 ID:Jpy/cq/i
>>578

ttp://www2.vipper.org/vip1037701.jpg.html

ヤンデレ小松様・悪い話

2008年12月08日 00:26

小松姫   
92 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/12/07(日) 00:17:46 ID:/5xmNyP9
ヤンデレ

信長が本能寺に散り、強力な同盟者を失った徳川家では一族譜代の政略結婚が相次いだ。
家康自身の次女・督を関東北条家へ、長男の信康の娘・登久を旧信濃守護・小笠原家へ。

本多忠勝の長女・稲も家康の養女として、いずこか他家へ嫁ぐことが決まった。
しかしこのアマ、黙って嫁に行くようなタマではなかった。

「ケッ!自分のダンナぐらい、自分で決めてやらあ!!」

稲は、おのれのムコ候補が家康への面会(という名のムコ審査)のために集まる広間へ
乗り込むと、平伏した若侍たちのマゲを引っつかんで(……)頭を上げさせ、顔を覗き見た。

「オラオラ、アタシの目にかなうイケメンはいねーのかよ!」
武士ともあろうものが稲の気迫に押されたか、養父・家康と東国最強の実父を恐れたか、
はたまた美女に手荒くされて喜ぶ性癖でも持っていたか、全員されるがままになっていた。

その時、「無礼な。」
逆に稲の手を扇子で叩いて、本多平八殿の娘御とも思えませんな、とばかりに睨み返して
来る若武者がただひとり、いた。

「こんな漢が…まだおったんかい……! /// 」
こうして稲はその若者・真田信之のもとへ嫁ぎ、『小松殿』と呼ばれるようになったそうな。

以上、「ヤンキーがデレた」話。有名な話だけど女性が強い話が続いたので。
鬼嫁にも乙女だった季節があるものなのです。

その後の夫婦の活躍は『殿といっしょ』でお楽しみ下さい。



93 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/12/07(日) 00:55:32 ID:4rUzdP2l
>>92
その嫁、大阪の陣で自分の息子2人が無事帰還したとき
「2人いるんだからどっちか死んでもよかったのに」と言い放った鬼嫁だよな

94 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/12/07(日) 00:58:10 ID:WEBcZuCH
>>93
旦那もそれ聞いて「さすが本多忠勝殿の娘だねー」ってケタケタ笑ってたんだけどねw

95 名前:人間七七四年[] 投稿日:2008/12/07(日) 01:55:22 ID:g7HM4QgP
>>93
実際にどっちか死んだほうが後年の家督争いは起きなかったわけでw


96 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/12/07(日) 02:03:55 ID:wKOD+v/p
まあ2人いた弟のうち1人は実際死んでるしな

97 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/12/07(日) 02:48:54 ID:8ofcghO7
>>92
あの漫画、誇張じゃなかったのかw
つか信之最初はそんなだったのになんであんなざまに・・・・

98 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/12/07(日) 08:50:46 ID:u8kh4Xa4
信幸から信之に改名した時に彼は変わってしまったのでした

99 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/12/07(日) 08:55:48 ID:OqDH67BF
何百人もの家臣やその一家を養わなきゃならない責任を負ったら、そうそう反骨的な事はできないでしょ
同じような立場でも全く自重しないやつも多いけど

100 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/12/07(日) 10:40:19 ID:PfygA25Q
>>99
政宗「だよなー。幕府ににらまれるようなことなんか慎まないとな!」
家久「おとなしく行儀良くしていなくちゃ駄目なんだよね、大名って
わがままできなくてつらいよねー」

101 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/12/07(日) 11:30:39 ID:g2+S2FV2
正則「か、改易取り潰しなんて、へ・・・屁の突っ張りよ!」


102 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/12/07(日) 11:34:40 ID:PCEKYydp
信之は常識人枠

109 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/12/07(日) 15:21:46 ID:8ofcghO7
小松殿みたいなタイプかなり好み

真田信之の妻、小松殿と関ヶ原と沼田の人々・いい話

2008年11月06日 00:11

小松姫   
148 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/11/05(水) 00:41:09 ID:w/TEVTBv
真田信之の妻、稲姫(小松殿)

「一人くらい死ねばよかったのに」(大阪の陣で子供二人の無事を聞いて)

「義父上といえども我が殿の許可の無い者はこの城に一歩も入れません」(関ヶ原の前、孫に会いたいと
沼田城への入城を求める義父、昌幸に対して武装した姿で)

等々、猛将、本多平八郎の娘としての面目躍如たる小松殿。
この姫、関ヶ原の真っ最中にも、もちろん活躍している。


夫、信之も参加している東軍、中山道部隊による上田城攻め。このとき、沼田を守る小松殿は
一つの懸念があった。
同族である真田家が治める上田と沼田。沼田には上田城に篭城している者達の、親類縁者が
多くいた。

「上田城の篭城衆が、沼田のものに工作をしてくれば…
どうすれば?そうだ!

だれか、城下に触れを出せ!」

しばらくして、上田城の真田昌幸の元に、こんな急報が届いた
「沼田にいる我ら篭城衆の親類縁者がみな、沼田の城に!」
昌幸「なんじゃとぉ!?」

小松殿は、「所持物騒な折、みなを慰めたいと思う。諸士の老母・女房・子供たちはみな、城に
登ると良い」と、触れを出した。
城下の者達は心細さもあり、次々と城に入った。こうして小松殿は逆に、篭城衆の人質を、
一手に握ってしまったのだ。

関ヶ原の決戦のあと、昌幸が戦うことなく上田城を開城した裏には、この人質の圧力も大きかったとか。


『関原軍記大成』にある、女傑の活躍のお話。



150 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/11/05(水) 00:44:38 ID:pqprWB6K
>148
色々な意味ですごいなぁ…>小松

151 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/11/05(水) 01:25:04 ID:vpKS1lMg
親が親なら子も子だな

152 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/11/05(水) 01:27:05 ID:XVj2CaNs
さすがホンダム娘

153 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/11/05(水) 03:05:28 ID:PlZeqq1J
は?

154 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/11/05(水) 13:53:25 ID:pqprWB6K
バサラ厨は自重しる

165 名前:人間七七四年[] 投稿日:2008/11/05(水) 23:39:37 ID:kfXTFbom
>>148
流石、小松の親分さん

真田信之の妻、小松殿のメイドさん・悪い話

2008年11月06日 00:08

小松姫   
513 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/11/04(火) 22:26:37 ID:WJq3R15T
>>497
奥さんに隠れて遊びに行くつもりだったけどバレて
「そんな遊ぶ金があるなら、金だけ貰ってこい」
って言われたんじゃないの?

519 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/11/05(水) 00:42:05 ID:20Yz6thR
>>513
信之が隠れ遊びなんてマネできるわけないです(><)


戦国のメイドさん

上田への帰り道、沼田に寄った真田昌幸は、沼田城へ家臣の安中作右衛門を使いに出した。
安中の口上を聞いた留守番の侍たちは相談の上、小松に全てを話した。
報告を受けた小松は鎧をつけ、長刀を持ち、かがり花という名の侍女を連れ、城の広間で安中と会った。

侍女が長刀を広間に突き立てたのを見ると、小松は安中を呼び寄せた。
躊躇する安中に侍女が近づき、腕を取って締め絞ると、安中の五指からゾーキンの様に血がしたたり落ちた。

安中は「ちょ、マジ痛いっスよ!離して下さい!」と言ったが、
侍女は「こんなの座興じゃん?おーほほほほ(・∀・)」と許してくれない。

そこへ小松が「ξ゚⊿゚)ξ大殿に伝えな!ここに寄りたいって話だけど、来るなら
アタシがこんなヤツら連れて相手してやるってな!」(意訳)

そこでやっと安中は解放された。しかし、腕の皮はベロベロに剥け、骨は砕け、
小松の気迫に飲まれ、蛇の口から逃れる思いで昌幸の元へ逃げ帰った。

話を聞いた昌幸は、やむを得ず自ら交渉に当たることにした。
(以下、有名すぎる逸話)

その後、侍女が広間に突き立てた長刀を抜こうとしたが結局抜けなかった。
調べると、畳の下板を貫通し、床下の横木に刺さっていたので、長刀の柄を外し、
刃を埋めて広間を治した。(吾妻記)



520 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/11/05(水) 00:47:14 ID:5HwQusm5
指雑巾絞りITEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEE!!

522 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/11/05(水) 00:49:24 ID:QBLEW2Cq
>>519
小松も侍女も板垣絵で再生されたw

523 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/11/05(水) 01:28:16 ID:j8Kcr+xo
握撃…(((((((( ;゚Д゚))))))))ガクガクブルブルガタガタブルブル

真田の小松姫・怖い話

2008年10月16日 12:55

小松姫   
634 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/10/13(月) 20:57:32 ID:QP2/qeqc

同じく大阪の陣の時のこと。
大阪城南側に陣取った徳川本隊の前に立ちはだかった強固な砦。
やがて、その砦から、ある三河武士は「ウチにとっちゃ害虫じゃ」とまで忌み嫌った真田家の
六連銭の旗がひるがえった。

「真田め、やはり裏切ったか!」 徳川陣中に緊張が走った。
真田隊の真田信吉・信政兄弟(信之の子)に非難が集中する中、赤鬼二代目・井伊直孝が立ち上がった。

「おのおの方、落ち着かれよ。信吉殿は絶対に裏切りませぬ。

なぜなら信吉殿とそれがしはアッ!ーでピーーしてバキューン!な仲でござる。
信吉殿が、それがしのうまい棒の味を忘れられるハズがござらん。」(一部誇張あり)

直孝のこの発言で陣中の緊張は解けた。
が、別の意味で緊張が走った。

やがて、砦は彼らの叔父・真田信繁の築いたものと判明し、兄弟は冤罪を逃れ帰国することができた。
が、帰り着いた兄弟に、母親の小松姫こと稲ちんの言うことにゃ

「あら、帰ってきちゃったの?二人もいるんだから、どっちか氏ねば(幕府の)憶えもめでたいのに」


以上、マイナーな方の真田さんの(バツが)悪い話。肩身が狭いのは信之兄ちゃんだけじゃねーのである。




635 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/10/13(月) 21:13:16 ID:Qxb7d8t/
ちょ、脳内で小松の外見が殿いつのあの鬼嫁になったw

636 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/10/13(月) 21:19:33 ID:3zM8o97G
>>635
奇遇だなあ、実は俺もだw
しかし幕府の憶えもめでたいってどういうことだか…初心者には難しい

638 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/10/13(月) 21:37:04 ID:QP2/qeqc
>>636
ゴメン、たぶん小松は実家の本多忠政・忠朝兄弟のことが頭にあった。

家康に「親(忠勝)に似ぬ役立たず」と、働きの悪さを怒られたりしてるわりに
忠朝が戦死したせいで幕府の評価が高まり、最終的には
桑名10万石→姫路15万石に栄転した。

639 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/10/13(月) 21:51:34 ID:QP2/qeqc
また言葉が足りねーな

要はどっちが家を継いだって同じだろうから「大将か副将が戦死するほどがんばりました」
ってのを見せてポイント稼いだ方がお家のためになるだろっていう、
まさしく真田チックというか、殿いつ小松の言い出しそうな糞リアリズムと思われ

スレ汚しスマヌ

640 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2008/10/13(月) 21:54:59 ID:8grONAxi
(;∀;)オニヨメナハナシダナー