名和無理之助、初鹿野伝右衛門に・悪い話

2009年06月12日 00:09

196 名前:無理が通らねば…?[sage] 投稿日:2009/06/11(木) 01:11:33 ID:M/LjrgMY
武田家臣・名和宗安は上野の名族出身。
父とともに長尾景虎の侵攻で領地を追われ、甲斐武田の家臣になった。

さて、この宗安、武勇に優れた豪傑でたちまち若手の荒武者として頭角を著し始めた。
姓の「名和」にかけて、縄で編んだ陣羽織を身に付け

「俺は縄でもっても留める事の出来ぬ、どんな無理でも通す縄無理之助だ」

と豪語していた。

さて、武田の駿河侵攻戦・花沢城攻めで宗安こと無理之助は
御曹司四郎勝頼の馬廻りとして、諏訪郡代の重臣・長坂釣閑斎
諏訪一門衆筆頭の越中守頼豊、初鹿野伝右衛門昌次(成金陣羽織の人)らとともに
先鋒を務め、真っ先に敵城門の手前に取り付いたが、敵の矢玉が激しく降り注ぎ
なかなかそれ以上進めない。

そこへ初鹿野伝右衛門

「おい、無理之助、お前日頃から荒武者を自慢しているようだが
 あの門から下がっている鎖を槍で突き上げてみろ」

と話しかけた。これに答えて無理之助

「こんなに激しく矢玉が降り注いでいるんだ。そんな事できるもんか」

それを聞いた伝右衛門さっと飛び出して行くと、矢の雨潜り抜け
城門の鎖を槍で突き上げ陣中に戻ってきた。

すると伝右衛門、それを見て唖然としていた無理之助をいきなり引き倒し
縄製の陣羽織を無理矢理剥ぎ取った。

「な、なにしやがんだゴルァ(#゚Д゚)!!!」

当然抗議する無理之助に伝右衛門、したり顔でこう切り替えした。

「なにしやがんだじゃねーよ!戦でこの程度の無理が出来ないようじゃ
 てめぇに『無理之助』なんて名乗る資格はねぇ!これからはせいぜい
 『道理之助』とでも名乗るこったなw」

この後、二人は敵前でマジ喧嘩。勝頼たちが慌てて仲裁に入って事なきを得たとか。
ちなみにこの無理之助、その後、河窪信実配下となり、鳶巣山砦の合戦で見事に討死した。

いい話じゃあないのでこちらに紹介しました




197 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/11(木) 01:30:15 ID:RlhovSPt
尤道理之介が仲間に入りたそうにこっちをみている

199 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/11(木) 01:40:22 ID:xyHRxXku
しかし陣羽織に縁がある人だな初鹿野さんはw

200 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/11(木) 02:06:29 ID:bnaHEXP4
>>180
マジかいな。
パッキャオは政治家志望らしいがそんな血腥い場に身を投じようとしてるなら
リング上での殴りあいなんてお遊びみたいなもんかもしれないな。
そう考えるとパックの異常な強さも理解できる。

201 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/11(木) 03:41:24 ID:5xE2xkpX
無理之助と初鹿野伝右衛門の有名な度胸試しの逸話やね

縄で編んだ陣羽織ってどんなんだろう

204 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/11(木) 10:44:48 ID:zlROmY7C
>196意地と頓知の張り合いみたいだなー


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