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淀殿に仕えた各務兵庫の娘

2017年06月29日 11:48

69 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/06/29(木) 00:04:31.96 ID:RInqlD5Z
淀殿に仕えた各務兵庫の娘


森家の家臣・各務兵庫(元正)には息子が2人、娘が5人いた。
長女は森重政の妻だった。
次女は大坂衆で落城後に切腹した竹光伊豆の妻だった。
三女は丹後の田中七兵衛の妻だった。
四女は作州の各務勝太夫の妻だった。
五女は淀殿の侍女だった。

大坂城が落ちる前、淀殿は不憫に思い城を出るように勧めたが
どうあっても出ていかない旨を述べ、小脇差を懐に差したという。

後に京極高知の側室となり一男一女をもうけた。


――『武功雑記』



70 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2017/06/29(木) 06:23:26.13 ID:Tm2U+4xu
脇差が欲しかったのか

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経験則

2011年10月02日 22:00

921 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/10/02(日) 18:25:03.08 ID:YXecC1yN
経験則


慶長5年(1600年)、関ヶ原の戦いも間近な信濃の出来事。
東軍の森忠政の家老である各務元正の軍が森家と領を接する西軍の真田昌幸の動きを牽制する為、
国境付近の警備を請け負っていた時の話である。
病床に臥せり既に指揮を執れる状態では無かった元正は何か思う所があったのか息子たちを集めると
一つ助言をした。

元正「真田の軍勢が弱々しく兵を退いても味方の先手の備えを崩して包囲しようとしてはいけない。
    こういう時は横に回りこませてある兵に味方が不意打ちを受ける事があるからだ。」

こうした元正の助言を受けて守備の任に就いた各務軍。
現れた真田の兵に鉄砲を撃ち込むと割りとあっさりと引き下がったが、元正の言うとおりに侮る事無く
備えを崩さずに決して追いかけない。
その後も何度か真田軍が現れたがその度に鉄砲を撃って追い返すといった事が繰り返され、
各務軍はさしたる被害を出すこと無く適当にあしらうだけで守備の任を果たしたのであった。




922 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2011/10/02(日) 19:01:17.21 ID:0pPwHX/l
かがみんの遺訓か・・・(ノД`)・゜・。

森可成討死の時の留守居役は…

2009年10月16日 00:15

501 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/10/15(木) 00:31:01 ID:7XvkQPJd

浅井、朝倉連合軍を迎撃すべく森可成は宇佐山城から坂本郊外へ出撃した。
そして非業の最期を遂げた。このとき宇佐山城の守備を命ぜられた留守居の家臣は・・・


各務兵庫。留守番になると主君を殺す悪い話。




各務元正、若気の至り・悪い話

2009年06月14日 00:00

246 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/13(土) 10:14:08 ID:lvJQt16B
若気の至り

1560年7月15日早朝、各務右京亮が家の中の騒がしさに目を覚ますと突然、
寝室に一人の男が襖を開けて入ってきた。

   / ̄ ̄\
 /      \ \
 |    ( ☀)(☀)  \  
. |    (`廿廿´)   \
  |     \冊/     \ <おはよう。君んとこの家人が邪魔するもんだからね
.  |         }       .\  ・・・何人か殺しといたよ☆
.  ヽ        }         \
   ヽ     ノ           \
   /    く  ( )=|三::::::ラ    \
   |     \/ /     ; ポタポタ \ 
    |    |ヽ、/ \   ;        \

右京亮「お。お前は勘次郎!な、何をウヴォアー」
ブスッドシュザシャグシャブチブシャァ

突然現れたこの男の名前は各務勘次郎元正。まだ20歳の若者であった。
彼は右京亮との領地問題を抱えており、
それの関係で右京亮宅に 一 人 で 討ち入りを仕掛けてきたのである

家人「おのれ曲者!出会え、出会えー!」

しかしながらただで帰れる訳もなく騒ぎを聞きつけた家人が襲い掛かってきたが
勘次郎は襲い掛かってきた家人数人も斬殺すると
そのまま屋敷から風のように走り去って行った。

まさに一人忠臣蔵。しかしこの一件が元で勘次郎は斎藤家から追放処分を食らったという。


後の鬼兵庫である。

247 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/13(土) 10:45:13 ID:SeqHA/xQ
武勇は凄いが無鉄砲にもほどがあるだろw

248 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/13(土) 10:56:19 ID:KP60D009
かがみんはドジっ子な萌え武将
そんなふうに考えていた時期が(ry

249 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/13(土) 18:21:11 ID:SpwYy3M6
>>246
かがみんまでキ●ガイの仲間かー!

250 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/06/13(土) 18:24:22 ID:FxnH7+Ah
かがみんいうなw

251 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/13(土) 18:27:57 ID:SpwYy3M6
>>248
めんどくさい=ツンデレ
物見に出て敵城内に転落→でもひとり無双=ドジっこ?

まあその、萌への様式美を踏まえているけどねw

252 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/13(土) 20:07:51 ID:lvJQt16B
母親は土岐頼芸の妹なんだぜ・・・かがみん。

259 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/14(日) 00:58:07 ID:4LFzhoN3
>>252
統合するとこうか、

ドジっ子ツンデレ、だが実は名門と縁続きのお嬢様で惚れた相手(森家の倅)にはとことん尽くすタイプ


261 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/06/14(日) 01:48:05 ID:1jo2da9K
>>259
萌え化すんなw


四天王名臣録、森長可編・いい話

2009年01月11日 00:05

38 名前:四天王名臣録 3/4[sage] 投稿日:2009/01/10(土) 21:30:24 ID:afOtHKON
各務兵庫助元正は、森家の家老にふさわしく、武勇の人として知られた。

天正10年(1582)3月、高遠城攻めの時のこと。斥候に出た元正は、塀の狭間から城内を
うかがった。隊ごとに分かれて、評定の真っ最中だった。

(よし、今のうちに攻めかかろう。戻って殿にお知らせせねば・・・)
元正は狭間から頭を引っ込めようとしたが、 「むううぅぅぅ?!」
背中の鳥の尾の指物が引っかかり、城の内側に転げ落ちてしまった。

元正「 あ・・・(゚д゚)」 城兵「 (゚д゚) 」 当然、敵が殺到してきた。
「うおおおぉぉぉ、こうなりゃヤケだ!!ヽ(`Д´)ノ 」 斬って斬って斬りまくった。

織田信忠「・・・あれ、誰?」
森長可「と、当家の士、各務兵庫と申す者!!」

残念ながら、鬼武蔵がどんな顔をして信忠に答えたか、伝えられていない。
ともかく、この時の武功で元正は『鬼兵庫』と呼ばれるようになった。
つまり、森家は二人の鬼が率いていたことになる。

もちろん、家老にまで登った男であるからには、ただの粗忽者ではない。機転もきいた。

同じく武田攻めの時のこと、元正は信玄の弟・逍遙軒信廉の討伐を命じられた。
だが敵もさるもの、事前にこの動きを察知しており、元正は武装した信廉の出迎えを受けた。
不意を突くことに失敗した元正は苦慮したが、突然ひらめいた。

元正「あっ、百段!!」
信廉「え?どれどれ?!」

信廉が馬ヲタだったのかは、不明だ。 が、元正は信廉の油断を突き、見事に討ち取った。




40 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/10(土) 21:34:33 ID:k8EwxByG
百段が相手じゃガチでビビる

41 名前:人間七七四年[] 投稿日:2009/01/10(土) 21:49:01 ID:rbWKcyPC
百段有名なんだなw

42 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/10(土) 21:57:20 ID:sLeFyfEX
百段いる→鬼武蔵いる→鬼武蔵+鬼玄蕃=殺戮の嵐→あれ俺勝てなくね?→逍遙軒諦める

いや、妄想だけどさw

43 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2009/01/10(土) 21:59:09 ID:k8EwxByG
20+15+15で50だな