728 名前:人間七七四年[sage] 投稿日:2020/03/10(火) 03:15:37.71 ID:L6NogYIg
義久入道瑞閑、芸州下向の事
第二次月山富田城の戦いで、尼子義久は毛利に降伏し開城。そしてその身は毛利の本拠、安芸へと送られた
されば人間盛衰は時を選ばず、栄華の庭に咲く花も風の前に散り尽くし、富貴の門に輝く灯火も栄耀の光衰えてしまえば
草頭の露に消え失せる。昨日は北海の波濤を砕き、今日は山陰夕雲と立ち別れ、玉粧金鋪の台を捨て、身を漂泊旅寄
烟霞遥かの路の末、夢路をたどる心地して、女性や子供たちまで、共にうかれて、出雲路や洗合崎過ぎゆくと、
湖水は滔々として際限もなく打ち寄せる波の数、恨みを空に、掛屋の宿、三澤、赤穴を越え過ぎて、遠き山路に
行き暮れては、石の床、苔の筵に座を囲み、雪霜、雨露を踏み分けて、憂いに名を挙げる高野山の末も三好の里であり、
江の川の霧は路を閉じ、暗路の旅こそ物憂いものである。
義久の御台所が、輿の簾をかき挙げて尋ねた
「ここは何国か」
従う人々は申し上げた
「ここは以前、当方の御分国であった備後国、三好の里であります」
北の方はこれを聞くと、硯を乞い、筆を染めて狂歌を一首詠まれた
『行末は 江の川霧関留て 三好野の道や開けん』
そう詠むと、玉のように散る涙を袂に受け、伏せ転んで座された。
これを見た伊予守義久入道瑞閑は大いに怒り
「されば弓箭に携わり甲冑を帯びる武士は、盛者必衰、安危興亡の身なれば、それは吾一人に限らない!
況や阿修羅王であっても帝釈に討ち負け蓮根の穴に身を隠し。天人も五衰の日に逢うて歓喜苑に呻くという。
おおよそ武士の道とは、身を捨て名を惜しむというものである。私が今、このような憂き目に逢うのも、
妻や子供の故なるぞ!」
そう、涙に咽んで筆を取り
『三好川 霧関込る瀬々に来て 世を渡らんと名をば流しつ』
と詠まれた。哀しと云うも疎であろう。
彼を慕い従う武士は、立原備前守、本多豊前守、同名与次郎、津森四郎、原小次郎、刀石兵庫介、宇山善四郎の、
ただ七騎だけであった。
彼の道中の警護は、天野中務大輔が三百騎にて行った。
同霜月七日に、安芸吉田に到着すると、一日一夜、猿楽、能を催し、珍膳饗喰甚だしく、同九日、同国長田の
延命寺に移されると、内藤下総守、桂少輔五郎を守警として、賄賂賑饗華麗にして、彼らへの尊敬もまた
前に越えており。義久瑞閑入道も、今は身の富楽も心も解いて、己が身の罪に帰した。
(雲州軍話首)
月山富田城の戦いで敗れ、安芸に移された尼子義久についてのお話
義久入道瑞閑、芸州下向の事
第二次月山富田城の戦いで、尼子義久は毛利に降伏し開城。そしてその身は毛利の本拠、安芸へと送られた
されば人間盛衰は時を選ばず、栄華の庭に咲く花も風の前に散り尽くし、富貴の門に輝く灯火も栄耀の光衰えてしまえば
草頭の露に消え失せる。昨日は北海の波濤を砕き、今日は山陰夕雲と立ち別れ、玉粧金鋪の台を捨て、身を漂泊旅寄
烟霞遥かの路の末、夢路をたどる心地して、女性や子供たちまで、共にうかれて、出雲路や洗合崎過ぎゆくと、
湖水は滔々として際限もなく打ち寄せる波の数、恨みを空に、掛屋の宿、三澤、赤穴を越え過ぎて、遠き山路に
行き暮れては、石の床、苔の筵に座を囲み、雪霜、雨露を踏み分けて、憂いに名を挙げる高野山の末も三好の里であり、
江の川の霧は路を閉じ、暗路の旅こそ物憂いものである。
義久の御台所が、輿の簾をかき挙げて尋ねた
「ここは何国か」
従う人々は申し上げた
「ここは以前、当方の御分国であった備後国、三好の里であります」
北の方はこれを聞くと、硯を乞い、筆を染めて狂歌を一首詠まれた
『行末は 江の川霧関留て 三好野の道や開けん』
そう詠むと、玉のように散る涙を袂に受け、伏せ転んで座された。
これを見た伊予守義久入道瑞閑は大いに怒り
「されば弓箭に携わり甲冑を帯びる武士は、盛者必衰、安危興亡の身なれば、それは吾一人に限らない!
況や阿修羅王であっても帝釈に討ち負け蓮根の穴に身を隠し。天人も五衰の日に逢うて歓喜苑に呻くという。
おおよそ武士の道とは、身を捨て名を惜しむというものである。私が今、このような憂き目に逢うのも、
妻や子供の故なるぞ!」
そう、涙に咽んで筆を取り
『三好川 霧関込る瀬々に来て 世を渡らんと名をば流しつ』
と詠まれた。哀しと云うも疎であろう。
彼を慕い従う武士は、立原備前守、本多豊前守、同名与次郎、津森四郎、原小次郎、刀石兵庫介、宇山善四郎の、
ただ七騎だけであった。
彼の道中の警護は、天野中務大輔が三百騎にて行った。
同霜月七日に、安芸吉田に到着すると、一日一夜、猿楽、能を催し、珍膳饗喰甚だしく、同九日、同国長田の
延命寺に移されると、内藤下総守、桂少輔五郎を守警として、賄賂賑饗華麗にして、彼らへの尊敬もまた
前に越えており。義久瑞閑入道も、今は身の富楽も心も解いて、己が身の罪に帰した。
(雲州軍話首)
月山富田城の戦いで敗れ、安芸に移された尼子義久についてのお話
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